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異世界アプリgate -異世界に行き来して成り上がる -  作者: 白い鴉
第二幕

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19/30

19.外交危機

 問題は手紙の形で来た。


 ガラン共和国の在アルデナ公館から、アルデナ王国の外務省宛てに送られた正式な外交文書だ。内容がミラ経由で誠の耳に届いたのは、文書が届いてから二日後のことだった。


「要約するとこういうことです」


 ミラが宿の部屋のテーブルに走り書きのメモを置いた。


「田中商会の商人・田中誠は、ガラン共和国の国内産業に対して不当な競争を行い、経済的損害を与えている。アルデナ王国はこの人物の商業活動を停止させ、事情聴取のために身柄を引き渡すよう要請する。応じない場合、ガランはアルデナとの通商条約の見直しを検討する」


 誠はメモを読んで、少し間を置いた。


「通商条約を盾にしてきましたか」


「はい。ガランはアルデナの主要な貿易相手ですから、これは本物の脅しになります」


「身柄の引き渡しというのは、法的に成立する話ですか」


「わかりません。法律は私の専門外です」


「わかりました。オーレンさんに確認します」


 誠はSTORAGEに状況を記録してから、今日動くべきことを整理した。


 まず法的な根拠の確認。次にヴェルノへの連絡。そして王宮の動向の把握。


「ミラさんは王宮の動きを見ておいてください。会議が開かれているようなら、誰が出席しているかだけでも」


「わかりました」


  ◆


 オーレンのところへ先に向かった。


 ギルドマスターは在室で、すでに外交文書の内容を知っていた。今日の午前中にガランの公館の担当者がギルドにも来て、田中商会の商人登録の取り消しを要請していったという。


「ギルドはどう対応しましたか」


「私が対応しました。ライセンス管理は内政問題であり、外国政府の要請に応じる義務はないと伝えました」


「法的には、引き渡しの根拠はありますか」


 オーレンが少し考えた。


「アルデナの法律上は成立しません。あなたはアルデナの法律の範囲内で商売しており、不当行為の記録はない。身柄の引き渡しを定めた条文は、通常の通商条約には含まれていません」


「つまり断る根拠がある」


「法的には、そうです。ただし外交上の問題として処理するには、何らかの回答をガランに送る必要があります。王宮がどう動くかは別の話になります」


「その法的見解を書面にまとめていただけますか。王宮への説明材料として使いたいです」


「可能です。今日中に用意します」


 誠はオーレンのところを出て、次にエレナの屋敷へ向かった。


  ◆


 エレナはすでに状況を把握していた。王宮の情報網が速い。


「外務省で昨日の夕方から会議が続いています。第一王子派と第二王子派の両方が出席しています」


「レインの立場は」


「難しいところです。あなたとの顧問契約を進めている最中なので切り捨てにくい。しかし通商条約を盾にされると、王国経済の問題になります」


「エレナさん、ヴェルノさんに直接連絡を取りたいんですが、方法はありますか」


「遠話石であれば可能です。ガランまでの距離だと魔力消費が大きいですが、父の商会の遠話石を借りられます。ただし一回の通話は数分が限度です」


「今日中に使えますか」


「手配します。ただし内容は」


「ヴェルノさんが今回の件に関与しているかどうかを確認したい。それだけです」


 エレナが少し考えた。


「わかりました。ただし遠話石での通話は魔力の波長で相手に声紋が残ります。田中さんの声がガランに記録されることになります」


「それは問題ありますか」


「証拠になり得ます。慎重に話す必要があります」


「では私が話すのではなく、エレナさんに通話してもらえますか。私が聞きたいことを事前に整理して渡します」


 エレナが少し目を細めた。


「……それは合理的ですね。わかりました」


 誠はメモに確認事項を書き出した。


 一、今回の外交文書はヴェルノが動かしたものか。

 二、ヴェルノとの取引継続の意思はあるか。

 三、ガランの議会内で、この件に反対している勢力があるか。


 三点。短い通話でも確認できる内容に絞った。


  ◆


 エレナの父の書斎で遠話石の通話が行われた。


 誠はその場に同席したが、話すのはエレナだ。石に魔力を込めると、低い雑音の後、ヴェルノの声が聞こえてきた。遠距離のせいか、少しくぐもった音質だ。


 エレナが落ち着いた口調で確認事項を伝えた。


 ヴェルノの返答は簡潔だった。通話時間が限られているためだ。


「今回の外交文書は私の関与ではありません。議会内の強硬派が私に無断で動かしました」


「取引の継続意思は」


「あります。ただし今の状況では表向きには何も言えません。内部で対処を試みますが、時間が必要です」


「穏健派の規模は」


「議席の四割程度です。経済的なメリットを示せれば動かせます」


 そこで通話が切れた。魔力の限界だ。


 エレナが誠を見た。


「聞こえていましたか」


「全部聞こえました」


「どう動きますか」


 誠は少し考えた。状況が整理できた。ヴェルノは無関係で、むしろ協力者になり得る。強硬派は議会の過半数ではない。穏健派に経済的なメリットを示せれば、内部から崩せる。


「特区の構想を使います」


「どういうことですか」


「レインに提案した独立商業特区に、ガランの商人も参入できる条件を加えます。穏健派にとって、アルデナの特区に参入できることは利益になります。強硬派の『アルデナ市場からガランが締め出される』という主張の根拠が崩れます」


 エレナがしばらく考えた。


「ガランの議会を外側から動かすということですか」


「強硬派を孤立させる、と言った方が正確です。ヴェルノさんが内部で動き、こちらが経済的な材料を提供する。両側から挟む形です」


「レイン様への提案はどうするんですか」


「今日中に話しに行きます」


 エレナが立ち上がった。


「遠話石の使用料は後で請求します」


「わかりました」


「金貨一枚くらいです」


「……高いですね」


「ガランまでの距離ですから」


  ◆


 王宮でのレインとの面会は、前回より短かった。


 誠は状況を説明した上で、特区へのガラン商人参入条件の追加を提案した。


 レインが資料を見ながら少し考えた。


「これはガランの穏健派を動かすための材料として機能しますか」


「ヴェルノさんの話では、穏健派の議席は四割程度です。経済的メリットを示せれば動く可能性があります」


「どうやってヴェルノと連絡を取ったんですか」


「エレナ嬢に遠話石で通話してもらいました」


 レインが少し目を細めた。遠話石でガランと直接交渉した、という事実に何かを感じている顔だ。


「……田中さん、あなたはいつの間に遠話石のルートまで持っていたんですか」


「エレナさんのご家族のものをお借りしました」


「なるほど」


 レインが資料を置いた。


「特区へのガラン商人参入条件の追加、検討します。外務省との調整が必要ですが、方向性としては悪くない」


「一週間以内に動きがあると助かります」


「わかりました。ただし田中さん、一つ確認させてください」


「なんですか」


「今回の件で、あなたはガランと独自の交渉ルートを持ったことになります。それは今後の顧問契約において、利益相反になる可能性があります」


 誠は少し間を置いた。


「ヴェルノさんとは取引相手です。今回は情報確認のために連絡を取りました。今後のガランとの交渉は、王国の外務省が主導する形にします。私はあくまで商業面での助言に留めます」


「その線引きを書面に明記することはできますか」


「できます」


 レインが頷いた。


「では顧問契約の条件に追加しましょう」


  ◆


 一週間後、状況は動いた。


 ガランの議会内で、特区への参入条件を含む新しい通商枠組みの提案が穏健派から出された。ヴェルノが水面下で調整した結果だとミラが報告してきた。


 強硬派は反発したが、経済的なメリットを前に穏健派の賛同を取り付けられず、孤立した。


 三日後、ガランの公館からアルデナ外務省に連絡が届いた。


 「身柄引き渡しの要求を取り下げる。通商条約の見直しについても、現時点では見送る。新たな通商枠組みについて、改めて協議したい」


 ミラが報告を持ってきた時は、珍しく静かな顔をしていた。


「解決しました」


「そうです」


「田中さん、一つ聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「今回みたいな問題が来た時、田中さんはいつも最初に何を考えるんですか。私だったら逃げることを考えると思うんですが」


 誠は少し考えた。


「逃げることは最後の手段にしています。逃げると全部が止まるので。それより、誰の利益と誰の利益が一致するかを先に考えます」


「利益の一致を探す、ですか」


「そうです。今回で言えば、ヴェルノさんは取引を続けたい。穏健派は経済的利益が欲しい。レインは財政改善をしたい。全部の利益が特区という形で一致した。だから動きました」


 ミラが尻尾を膝に抱えて、少し考えた。


「……私は誰かを尾行したり、情報を集めたりすることしかできませんが、それでもその利益の一致探しに役立っていますか」


「ミラさんがヴェルノの件を調べなければ、今回の解決策は出てこなかったです。ガランの議会の状況を知らなければ、どこに働きかければいいかもわからなかった」


「そうですか」


「情報がなければ、何も動かせません」


 ミラが少し嬉しそうな顔をした。


「それは経費として請求していいですか」


「してください」


「ありがとうございます」


 ガルドが壁際から短く言った。


「旦那、今夜は早く休んでください。最近、帰りが遅い」


「はい」


「約束ですか」


「……約束します」


  ◆


 現代のアパートに戻ると、さやかからLINEが入っていた。


『来週の土曜、ご飯の件、どうします? 先週ずらしましたよね』


『行けます。来週は大丈夫です』


『何食べたいですか』


『さやかさんが決めてください。何でも食べます』


『じゃあ駅前の定食屋にしましょう。田中さんが好きそうなところです』


『ありがとうございます』


『解決しましたか、大変だった件』


 誠は少し間を置いた。さやかには「外交問題に巻き込まれた」とは言っていない。「国をまたいだ取引でトラブルがあった」という話し方をしていた。


『なんとかなりました』


『それはよかった。田中さんがなんとかなりましたって言う時は、本当になんとかなってるんですよね』


『今回は特に色々な人が動いてくれました』


『その人たちにちゃんと感謝してください』


『しています』


『言葉で伝えてますか』


 誠はしばらく考えた。


 ガルドに、ミラに、エレナに、アリアに。感謝は伝えているか。


『……次に会った時に、ちゃんと言います』


『それでいいんですよ』


 スマホを置いて、誠は少し考えた。


 今回の件を振り返ると、自分一人では何も解決できていない。エレナが遠話石を手配して、ヴェルノと通話してくれた。オーレンが法的見解をまとめてくれた。ミラがガラン議会の状況を調べてくれた。ガルドが終始そばにいてくれた。


 そういう人たちがいるから、動ける。


 誠はSTORAGEを開いて、今日の記録を入力した。外交文書の件、解決。ガラン穏健派との合意。顧問契約への線引き追加。遠話石の使用(金貨一枚)。


 最後に一行書いた。


 感謝を、ちゃんと言葉にする。

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       次話予告:第20話「第二幕の終わり・王都の夜」

     第二王子派のクーデター未遂が起きる。

     誠の商会が標的になった夜、転移能力が最大限に活きる。

     第二幕、最大の危機と決断。

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