18.同盟か独立か
レインからの書状が届いたのは、ロッドのおとり作戦から一週間後だった。
内容は短かった。
「田中殿へ。改めてご相談したいことがあります。明後日の午後、王宮にてお待ちしております。今回は人払いなしの正式な場で、ということをあらかじめお伝えします。レイン・アルデナ」
人払いなし。つまり今回は記録に残る形での面会だ。
誠はSTORAGEに書状の内容を記録してから、エレナに連絡を取った。
「正式な面会という意味は何だと思いますか」
エレナが少し考えた。
「……決断を求めてくる、ということだと思います。非公式な場では断られてきた。だから今度は公式の場で、記録に残る形で要請することで、断りにくくしようとしている」
「なるほど」
「それと、もう一つ」
「なんですか」
「正式な場での面会は、第二王子派も知ることになります。レイン殿下があなたを正式に取り込もうとしている、という情報が第二王子に伝わる。つまり殿下は、あなたとの関係を公にすることで第二王子への牽制にも使おうとしています」
誠は少し間を置いた。
「私を政治的なカードとして使う、ということですか」
「そういうことになります」
やはりレインは計算している。非公式な場では何度断られても、公式の場なら断りにくい。そして断ったとしても、「第一王子が取り込もうとした商人」という情報は広まる。
どう転んでもレインに有利な構図だ。
「アドバイスはありますか」
「行くなら、完全に受け身にならないこと。殿下のペースで話が進むと、気づいた時には何かを約束させられています」
「何か持っていくものはありますか」
エレナが少し考えた。
「提案を持っていってください。断るだけでは何も生まれません。ただし、殿下の要求を断りながらも、代わりになる価値を提示できれば交渉になります」
「代わりになる価値」
「そうです。庇護下に入ることは断りながらも、王国にとって有益な何かを提案する。そうすれば殿下は空手で帰すことにはならないし、あなたは独立性を保てます」
誠は少し考えた。
代わりになる価値。
頭の中で、一つのアイデアが形を取り始めた。
◆
面会の前日、誠は現代のアパートで夜遅くまで資料を作った。
経済特区の概念だ。
現代では珍しくない制度だが、異世界には存在しない。特定の地域を「独立した商業地区」として設定し、通常の規制を緩和して自由な取引を認める。王国にとっては税収が増える。商人にとっては取引の自由度が上がる。外国の商人も集まる。
問題は、既存の利権を持つ者にとっては脅威になることだ。ギルドの一部、貴族の一部は反発するだろう。
しかしレインは改革志向だ。財政難の王国にとって、税収増加は魅力的なはずだ。
誠はA4用紙に概要をまとめた。特区の場所(王都の東側、現在の未開発区域)、税制の概要、商人登録の簡略化、外国商人の受け入れ条件、予想される税収増加の試算。
全部で三枚。翻訳したものを持っていく。
◆
翌日の午後、王宮の正式な会議室に通された。
今日は前回の書斎とは違う。広めの部屋に、テーブルと椅子が並んでいる。側近が二人、壁際に立っていた。記録係らしき人物もいる。
レインが入ってきた。今日は公式の衣装を身につけている。前回の私的な雰囲気とは違う、王子としての顔だ。
「田中さん、来てくれてありがとうございます」
「お招きありがとうございます」
向かい合って座った。
レインが先に口を開いた。
「今日は改めて、正式なお願いがあります。田中さんには、王国の商業顧問として正式に王家の庇護下に入っていただきたい」
「前回と同じ内容ですか」
「前回より条件を整えています。報酬、身分保証、商売の自由、全て書面で確約します」
誠はレインを見た。
「一つ確認させてください。庇護下に入るということは、王家の意向に反することができなくなりますか」
「商業制度の設計に関する範囲内での協力をお願いします。それ以外の自由は保証します」
「その範囲というのを、具体的に定義できますか」
「……どういう意味ですか」
「商業制度の設計は、政治と切り離せません。税制、通商条約、ギルドの規制。全部が政治的な決定に関わります。その全てで殿下の意向に沿うことを求められた場合、私の独立性は実質的になくなります」
レインが少し間を置いた。
「範囲を明確にする条文を追加することは可能です」
「ありがとうございます。ただし、もう一つお伝えしたいことがあります」
「どうぞ」
誠はリュックから資料を取り出した。テーブルに置く。
「庇護下に入ることへの代替案として、一つ提案があります」
レインが資料を手に取った。側近の一人も近づいてきて、横から覗き込んでいる。
「……これは」
「独立商業特区の設立案です。王都の東側の未開発区域を、独立した商業地区として設定します。通常の商業規制を緩和して、国内外の商人が自由に取引できる場を作る。王国にとっては新たな税収源になります」
レインがゆっくりと資料を読んでいる。表情が変わっている。笑顔が少し薄くなって、代わりに本物の興味が出てきた顔だ。
「試算によると、三年後には現在の商業税収の二割増しが見込めます。外国商人も集まりやすくなるので、情報と資金が王都に集中します」
「……これは、田中さんが考えたんですか」
「故郷で学んだ制度を参考にしました」
「故郷ではこういう制度が実際に機能していますか」
「機能しています。規模は違いますが、基本的な仕組みは同じです」
レインがしばらく資料を見ていた。側近が耳元で何か囁いている。
「田中さん、一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「なぜこれを、庇護下に入る代わりとして提案するんですか」
「私が庇護下に入れば、私は殿下の商人になります。でも特区が設立されれば、私は特区で商売をする一商人であり続けられます。どちらの方が王国にとって価値があるか、判断していただきたいと思っています」
「……つまり、あなたを縛るより、自由にしておいた方が王国の利益になる、と言いたいんですか」
「そういうことです」
レインが少し笑った。今日は計算された笑顔ではなく、本物に近い笑顔だ。
「田中さんは本当に、毎回予想外のことを言いますね」
「予想通りのことを言っても、交渉にならないので」
「これは……検討する価値があります」
「ありがとうございます」
「ただし、条件があります」
「聞かせてください」
「特区の設立と運営に、あなたが関与すること。設計だけして後は知らない、では困ります」
「どの程度の関与を想定していますか」
「設立初期の三年間、顧問として制度設計に協力してほしい。報酬は出します。ただし、王家の庇護下ではなく、あくまで顧問契約という形で」
顧問契約。庇護下ではなく、対等な契約関係。
これは想定より良い条件だ。
「書面で条件を確認させてください」
「もちろんです。一週間以内に用意します」
「わかりました」
握手した。今日は双方、少し力が入っていた。
◆
会議室を出ると、廊下にエレナが待っていた。
今日は同席していなかったが、王宮内にいたらしい。
「どうでしたか」
「庇護下ではなく、顧問契約という形になりそうです」
エレナが少し目を見開いた。
「……庇護下を断って、顧問契約に?」
「特区の提案をしました」
「特区というのは」
「独立商業地区です。詳しくは後で話します」
エレナがしばらく誠を見た。
「……田中さん、あなたは本当に」
「なんですか」
「毎回、私が予想しない手を打ちますね」
「予想通りの手を打っても、面白くないので」
「面白くない、という理由で動くんですか」
「それだけじゃないですが、一部はそうです」
エレナが少し笑った。廊下に日が差し込んでいて、エレナの金髪が少し光った。
「田中さん、一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「この先、どこまで行くつもりですか」
「どういう意味ですか」
「特区を作って、王国の商業を変えて、その先に何があるんですか。あなたは何を目指しているんですか」
誠は少し考えた。
目指しているもの。
最初はただ、稼ぎたかった。リストラされて、行き場がなくて、たまたま見つけた抜け穴で稼いでいた。
でも今は。
「……わかりません」
「わからない?」
「最初から目標を決めていたわけじゃないです。必要に迫られて動いていたら、ここまで来ていました」
「それが今も続いているんですか」
「そうだと思います」
エレナがしばらく誠を見た。
「……正直な答えですね」
「嘘をついても仕方ないので」
「でも田中さんは、この場所が好きになってきていると思います」
「なぜそう思いますか」
「逃げる理由がたくさんあるのに、逃げないから」
誠は少し間を置いた。
「……そうかもしれません」
エレナが視線を窓の外に向けた。王都の街並みが見える。石造りの建物と、東洋風の装飾が混じった独特の景色。
「田中さん」
「はい」
「私も、ここが好きです。没落しかけているけれど、それでも」
「そうですか」
「田中さんのおかげで、もう少し好きでいられそうです」
エレナが誠を見た。いつもの凛とした表情だが、今日は少し違う色がある。
誠は何と返せばいいかわからなかった。
「……ありがとうございます」
「お礼を言われることじゃないです」
「じゃあ、一緒に特区を作りましょう。王都がもっと面白くなります」
エレナが少し笑った。
「……それは楽しみですね」
◆
その夜、アリアに結果を報告した。
「庇護下ではなく顧問契約になります。特区の提案を受け入れてもらえそうです」
アリアがしばらく黙った。
「……特区というのは、具体的にどういうものですか」
「独立した商業地区です。ギルドの規制が一部緩和されて、外国商人も参入しやすくなります」
「ギルドの規制が緩和される、ということは」
「ギルドの役割が変わります。反発は出ると思います」
アリアが少し考えた。
「……私は、どう動けばいいですか」
「今は何もしなくていいです。書面の内容が確定してから、ギルド内部での調整が必要になった時に相談します」
「わかりました」
「アリアさん、一つ聞いてもいいですか」
「なんですか」
「特区ができた場合、アリアさんはどうしたいですか。ギルドに残りますか、それとも特区の運営に関わりますか」
アリアが誠を見た。予想外の質問だったらしく、少し目を丸くした。
「……私に選択肢があるんですか」
「あります。特区の運営には、規定に詳しくて公平な判断ができる人間が必要です。アリアさんはその条件を満たしています」
「それは……今すぐ答えを出す必要がありますか」
「ありません。ゆっくり考えてください」
アリアがしばらく書類を見ていた。
「……田中さんは、どうしてほしいんですか」
「私がどうしてほしいかより、アリアさんがどうしたいかの方が大事です」
「……そういう答えが返ってくると思っていました」
「予想通りでしたか」
「田中さんはいつも、私に選ばせます」
「自分で選んだ方が、後悔しないので」
アリアが少し間を置いた。
「……考えます」
「はい」
「でも田中さん、一つだけ言ってもいいですか」
「どうぞ」
「どちらを選んでも、田中さんの近くにいたいと思います」
今度は誠が少し間を置いた。
「……それは」
「仕事上の話です」
「そうですか」
「……そうです」
アリアが視線を落とした。耳が赤い。
誠はそれをどう受け取ればいいかわからなかった。
しかし、悪い気はしなかった。
それだけは確かだった。
◆
現代のアパートに戻って、さやかにLINEを送った。
『今日、大きな提案が通りそうです』
『どんな提案ですか』
『新しい地区を作る話です。自由に商売できる場所』
『田中さん、不動産開発まで始めたんですか』
『違います。制度設計の話です』
『制度設計……田中さんの副業、もうコンサルタントじゃないですか』
『言われてみればそうかもしれません』
『本当に何者なんですか』
『元営業マンです』
『元営業マンが制度設計してるんですか』
『なんとかなっています』
さやかからしばらく返信がなかった。少しして来た。
『田中さん、今度ご飯行きましょう。ちゃんと話聞きたいです』
『いいですよ』
『今度、じゃなくて日程決めましょう。来週の土曜どうですか』
誠は少し考えた。来週の土曜。異世界の状況が落ち着いていれば問題ない。
『大丈夫です』
『約束ですよ。あと田中さん』
『なんですか』
『今日の提案が通りそうってこと、素直に嬉しそうに言ってください。そういう時は喜んでいいんですよ』
誠は少し間を置いた。
『……嬉しいです』
『それでいいんです』
スマホを置いて、誠は少し笑った。
嬉しい、という感情を素直に認めるのが、なぜか少し難しい。
でも今日は、確かに嬉しかった。
庇護下を断って、独立性を保ちながら、王国の商業を変える足がかりを作った。
アリアが「近くにいたい」と言った。エレナが「楽しみ」と言った。
全部、嬉しかった。
誠はGATEを確認した。STORAGEに今日の記録を入力する。レインとの顧問契約の方向性。特区提案の受け入れ。アリアとエレナの反応。
最後に一行追加した。
さやかに「嬉しい」と伝えた。
それだけで十分だった。
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次話予告:第19話「外交危機」
ヴェルノ・サッハが動いた。
ガラン共和国がアルデナ王国に身柄引き渡しを要求してくる。
「田中商会はガランの経済を破壊している」
国家間の問題に発展した時、誠の手元に残る武器は何か。
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