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異世界アプリgate -異世界に行き来して成り上がる -  作者: 白い鴉
第二幕

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17/30

17.スパイが紛れ込んだ

 最初におかしいと思ったのは、ヴェルノとの取引が始まってから二週間後のことだった。


 ガラン向けの石鹸の第一回供給を終えて、次の供給量を調整していた時だ。ミラが珍しく黙ったまま宿の部屋に入ってきて、ドアを閉めてから言った。


「田中さん、少し気になることがあります」


「なんですか」


「先週、ヴェルノさんとの取引条件を調整しましたよね。供給量と納期の変更」


「しました」


「その内容を、私とガルドさん以外に話しましたか」


 誠は少し考えた。


「アリアさんには報告しました。書面の更新があったので」


「エレナ令嬢には?」


「変更の概要だけ話しました」


「それ以外には?」


「……いません。なぜですか」


 ミラが少し表情を固くした。


「昨日、王都の商業区域で、あの変更内容を知っている人間が別にいました」


「誰ですか」


「デルガン商会の若い商人です。仕入れの話をしていたら、『田中商会はガラン向けの供給量を今月から増やしたそうですね』と言ってきました。私は驚かないようにしながら、どこで聞いたか探ったんですが、はっきりとは教えてくれなくて」


 誠は少し黙った。


 変更した取引条件が、外部に漏れている。それも、アリアかエレナ以外のルートで。


「他に漏れていた情報はありますか」


「確認中です。ただ、もう一つ気になることがあって。先月、新しく雇ったアルバイトの荷物運びの男がいますよね」


「ロッドですか」


「はい。あの人の動きが少しおかしいです」


「おかしいというのは」


「荷物を運ぶ時間以外に、宿の周辺をうろうろしていることがあります。私が尾行のプロなので気づきましたが、普通の人は気づかないと思います」


 誠は少し考えた。


 ロッド。二十代の若い男で、王都商人組合のルーカスが紹介してきた人物だ。荷物の運搬と在庫管理を手伝ってもらっていた。


「ルーカスさんはロッドとどこで出会ったか、わかりますか」


「確認していません」


「確認してください。それとロッドの動きを、今日から詳しく観察してほしいです」


「はい。ただし田中さん、もし本当にスパイなら、今すぐ解雇するより少し泳がせた方がいいかもしれません」


「どういう意味ですか」


「泳がせて、誰に情報を渡しているかを突き止めてから動く方が、背後関係まで把握できます」


 誠は少し考えた。ミラの言う通りだ。スパイを追い出すだけでは、依頼主がわからない。


「わかりました。泳がせます。ただしロッドに渡る情報は、私がコントロールします」


「どうやってですか」


「おとりの情報を流します」


 ミラが目を細めた。


「おとり、ですか」


「本物の取引情報ではなく、少しだけ変えた情報をロッドの耳に入るようにします。その変えた情報が外部に出れば、確実にロッドが情報源だとわかります」


「なるほど。それで依頼主まで辿れますか」


「辿れなくても、情報が出たタイミングで誰が動くかを見れば、依頼主の候補が絞れます」


 ミラが尻尾をぱたぱたさせた。


「面白いですね。やってみましょう」


  ◆


 翌日から作戦を実行した。


 おとりの情報は二種類用意した。


 一つ目、「来月からエレナ令嬢の鉱脈採掘権を買い取る予定がある」という話をロッドの近くで、わざと聞こえるように話した。実際にはまだそういう話は出ていない。


 二つ目、「王都北区に新しい倉庫を借りる予定がある」という話を、同じく聞こえるように流した。こちらも実際には検討していない。


 それぞれ違う内容で、どちらの情報が外に出るかで、ロッドが何を優先して報告しているかもわかる。


 ミラがロッドの動きを二十四時間体制で観察し始めた。


「経費は」


「請求してください」


「ありがとうございます」


 結果は三日で出た。


 ミラが戻ってきた時、珍しく少し興奮した顔をしていた。


「動きました。昨夜、ロッドが王都南区の小さな酒場に入りました。中で三十分ほど過ごして出てきました。私は外で待っていたんですが、ロッドが出た後に別の人間が出てきました」


「誰ですか」


「……第一王子殿下の側近の一人です。顔は王宮の茶会で見ていたので確かです」


 誠は少し間を置いた。


 第一王子。レインの側近がロッドと接触していた。


「どちらの情報が出ましたか」


「今朝、エレナ令嬢の鉱脈の話が、王宮の商業担当の官僚の耳に入ったという情報を別ルートで掴みました。倉庫の話は出ていません」


 鉱脈の話だけが出た。つまりロッドは鉱脈の話を優先して報告した。


 エレナの財産状況に、第一王子が興味を持っている。その情報を得るためにロッドを送り込んだ。


 誠は少し考えた。


 レインとは書面での協力関係を結んでいる。しかしその一方で、誠の周辺に情報収集の人間を送り込んでいた。信頼しつつも監視している、ということだ。


「ガルドさんに連絡を取ってください。三人で話したいです」


  ◆


 宿の部屋に三人が集まった。


 誠が状況を説明すると、ガルドが腕を組んで黙った。ミラが尻尾を膝に抱えて考えている。


「第一王子ですか」


 ガルドが低い声で言った。


「側近が関与していました。殿下が直接指示したかどうかはわかりません」


「でも側近が勝手に動くとは考えにくいですね」


「そうです」


 ミラが言った。


「どうするんですか、田中さん」


「ロッドはしばらくそのままにします。知っているふりをして、管理できる情報だけを渡す状態を続けます」


「泳がせ続けるんですか」


「そうです。今、ロッドを解雇すると、レインの側近に気づかれたことがわかります。気づかれていないと思わせたまま、こちらが情報をコントロールする状態が一番有利です」


 ガルドが少し考えた。


「……旦那、第一王子に対してどう動くつもりですか」


「今は動きません。ただし、この件を記録しておきます」


「証拠として、ですか」


「念のためです。レインとは協力関係がありますが、向こうが完全に信頼しているわけではないことは、最初からわかっていました。こちらも同じです」


「信頼していないんですか」


「信頼と確認は別です。信頼しながらも確認する。それが長続きする関係の作り方です」


 ガルドが短く頷いた。


「それと、エレナさんに連絡が必要です」


「鉱脈の件が漏れたことを伝えるんですか」


「はい。エレナさんが知らないまま王宮が動くと、予想外の方向から圧力が来る可能性があります」


  ◆


 エレナの屋敷に向かうと、エレナは落ち着いた顔で話を聞いた。


 怒るかと思ったが、そうではなかった。


「……予想はしていました」


「していましたか」


「父の財産のことは、王宮でも以前から興味を持つ人がいました。鉱脈の話は、知る人が増えれば必ず漏れます」


「対応できますか」


「鉱脈の採掘権については、すでにギルドへの登録手続きを始めています。登録が完了すれば、権利関係が公式に確定します。王宮が介入しようとしても、法的な根拠がなくなります」


「それは知りませんでした。いつから動いていたんですか」


「田中さんが鉱脈の話をした翌日から、父に確認して手続きを始めました」


 誠は少し驚いた。


「早いですね」


「田中さんがいつも言っているじゃないですか。先手を打て、と」


「私はそんなに明確に言いましたか」


「言葉では言っていませんが、行動でいつも示しています」


 エレナが少し口の端を上げた。


「それと、田中さん」


「はい」


「第一王子が私の財産に興味を持っているということは、私との協力関係もレインの目に入っているということですよね」


「そうなります」


「……つまり、私の動きも観察されている可能性がある」


「あります」


「わかりました。気をつけます」


 エレナが少し間を置いてから言った。


「田中さんの周りには、色々な人間が近づいていますね。王子、大司教、ガランの商人、そして今度はスパイ」


「ご迷惑をかけています」


「迷惑とは思っていません。ただ」


「ただ?」


「あなたの周りにいると、退屈しないですね」


 誠は少し笑った。


「それは褒め言葉ですか」


「……どちらとも取れるように言いました」


 エレナが珍しくいたずらっぽい顔をした。


  ◆


 アリアへの報告は、ギルドの閉館後に行った。


 ロッドの件を説明すると、アリアがしばらく黙った。


「……私がヴェルノさんとの取引変更を書面で処理したことが、きっかけになった可能性がありますか」


「それはないと思います。アリアさんが書類を外部に漏らすとは考えていないし、書類自体はギルドの内部で管理されています」


「でも、私がロッドの近くで話を聞かれた可能性は」


「あります。ただし今回の件でアリアさんを責める理由は何もありません」


 アリアが少し考えた。


「今後、取引関係の話をギルドで処理する際は、もう少し気をつけます」


「お願いします。ただし、いつも通りに動いていてください。急に慎重になると、何かに気づいたということが伝わってしまいます」


「……なるほど。おとりの話と同じですね」


「そうです」


 アリアが誠を見た。


「田中さん、第一王子の件はどうするつもりですか」


「今は動きません。記録して、様子を見ます」


「レインの側近が関与していたことを、殿下に直接伝えないんですか」


「伝えると、こちらが気づいていることがわかります。向こうが知らないと思っている状態の方が、今は有利です」


 アリアがしばらく考えた。


「……田中さんは、人を信頼しながらも、確認することをやめないんですね」


「信頼と確認は別だと思っています」


「私にも当てはまりますか」


 誠は少し驚いた。


「アリアさんは信頼しています」


「確認は?」


「……していません」


「なぜですか」


 誠は少し考えた。


「アリアさんが動く理由を、最初から見ているからです。帳簿の写しを作った理由。前任の同僚のために動いた理由。全部、計算じゃなかった」


 アリアが視線を落とした。


「……それで信頼できると判断したんですか」


「はい」


「根拠として、弱くないですか」


「弱いかもしれません。でも信頼というのは、最終的にそういうものだと思います」


 アリアがしばらく黙っていた。


 それから小さく言った。


「……私も、田中さんを信頼しています。確認なしで」


「理由は」


「田中さんが動く理由を、最初から見ているからです」


 誠はアリアを見た。アリアが視線を上げた。少し赤い。しかし今夜は逸らさなかった。


 少し間があった。


「……では、また明日」


「また来ます」


 ギルドを出た。


 夜の王都の石畳が、月明かりで少し光っていた。


 誠は歩きながら、今日の出来事を整理した。


 ロッドの件は引き続き監視を続ける。エレナの鉱脈は登録手続きが進んでいる。第一王子の件は記録して様子見。


 全部、手が打てている。


 しかし今夜一番頭に残っているのは、アリアが言った言葉だった。


 「私も、田中さんを信頼しています。確認なしで。」


 理由まで同じ言葉で返してきた。


 誠はポケットの中のスマホを握った。


 GATEの通知が来ていた。


 「新機能が解放されました」


 誠は足を止めた。スマホを取り出して確認する。


 「???」と表示されていた二つのロック項目のうち、一つが変わっていた。


 「STORAGE ― データの保存と転送機能」


 どんな機能かはまだよくわからない。しかし解放条件が何だったのかも、表示されていない。


 ただ、GATEは今日の何かに反応して、新しい機能を開いた。


 誠はしばらくその通知を見ていた。


 何がトリガーになったのか。


 おとり情報。スパイの特定。信頼と確認の話。アリアとの会話。


 どれかはわからない。


 しかしGATEが「謎の条件を満たした」と判断したのは確かだ。


 誠はSTORAGEのボタンを押してみた。説明文が表示された。


「異世界と現代の間で、データを保存・共有する機能です。テキスト、画像、記録をGATEのクラウドに保存し、どちらの世界でもアクセスできます」


 これは便利だ。今まで手書きのノートや現代でのバックアップに頼っていた記録管理が、GATEのクラウドで一元管理できるようになる。


 誠は今日の記録をSTORAGEに入力した。ロッドの件。エレナの鉱脈。第一王子の側近。アリアとの会話。GATEの新機能解放。


 全部、どちらの世界でも見られるようになった。


  ◆


 現代のアパートに戻って、さやかにLINEを送った。


『今日も色々ありました』


 少しして返信が来た。


『お疲れさまです。副業ですか』


『そうです。スパイがいました』


『スパイ!?』


『情報を盗む人間です。特定できました』


『田中さんの副業、どんどんスケールがおかしくなっています』


『気のせいです』


『絶対気のせいじゃないですよ。大丈夫でしたか』


『大丈夫です。信頼できる人たちが動いてくれました』


『その人たち、本当に大切にしてください』


『しています』


『田中さん、一つ聞いていいですか』


『どうぞ』


『その信頼できる人たちの中に、田中さんのことが好きな人、いますか』


 誠はしばらくスマホを見た。


『……なぜそれを聞くんですか』


『なんとなくです』


『なんとなくで聞きましたか』


『田中さんが大切にしている人たちのことが気になっただけです』


 誠は少し考えた。


『わかりません』


『わからないんですか』


『鈍いので』


『知ってます』


 さやかからそれ以上は来なかった。


 誠はスマホを置いて、天井を見た。


 信頼できる人たちの中に、誠のことが好きな人がいるか。


 わからない、と答えた。


 しかしわからないと言いながら、今夜のアリアの顔が頭から離れなかった。


 鈍いのか、気づかないふりをしているのか、自分でもよくわからない。


 誠はノートを閉じた。


 今夜はもう考えない。やることがまだたくさんある。

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       次話予告:第18話「同盟か、独立か」

     第一王子から最後通告が届く。

     「正式に王家の庇護下に入れ」

     誠が提示した第三の選択肢とは。

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