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異世界アプリgate -異世界に行き来して成り上がる -  作者: 白い鴉
第二幕

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12/27

12.命を狙われる

 第一王子との面会から三日後の朝、ミラが青い顔で宿に飛び込んできた。


 猫耳が完全に伏せている。尻尾も下がったままだ。これは今まで見たことのないミラの表情だった。


「田中さん、まずいです」


「何がありましたか」


「昨日の夜から、王都に見慣れない人間が四人います。全員、動き方がおかしい」


「おかしいというのは」


「冒険者でも商人でも衛兵でもない動き方です。特定の場所に長時間いて、周囲を観察している。私が尾行のプロなので、同業者の動きはすぐわかります」


 同業者。つまり誰かを監視している、あるいは狙っている人間だ。


「その四人が監視しているのは、どこですか」


 ミラが誠を見た。


「……この宿です」


 誠は少し間を置いた。


「私を狙っているということですか」


「可能性が高いです。第一王子殿下と面会されたのが三日前ですよね。タイミングが一致しています」


 第二王子派の動きだろう。第一王子と接触したことで、誠を「第一王子の協力者」と判断した。


「ガルドさんはどこにいますか」


「呼んできます」


 ミラが飛び出した。五分もしないうちにガルドを連れて戻ってきた。ガルドがいつもより険しい顔をしている。


「俺も気づいていました。昨日の夜から」


「なぜ言わなかったんですか」


「確信が持てなかった。ただの旅人の可能性もあったので。でも今朝の動きで確信しました」


「どんな動きですか」


「四人のうち二人が交代で仮眠を取っています。つまり二十四時間の監視体制を組んでいる。仕事として動いている人間の動き方です」


 プロだ。ベルトの時の素人とは違う。


「どう動くと思いますか」


 ガルドが少し考えた。


「今すぐ動くつもりはないと思います。まだ様子を見ている段階です。おそらく旦那の行動パターンを把握してから、人気のない場所を狙う」


「人気のない場所というと」


「森の中、です。旦那が定期的に一人で森の方向に歩いていくのを、すでに把握されているかもしれません」


 森の方向。GATEの転移座標がある場所だ。


 誠は少し考えた。これは単純な身の危険の問題ではない。GATEの秘密に関わる問題だ。転移の瞬間を目撃されれば、全てが終わる。


「わかりました。今日から転移の方法を変えます」


「どういうことですか」


「詳しくは言えませんが、宿からの直接の外出は当分しません」


 ガルドが少し首を傾けた。どういう意味かわからない顔をしている。


「ガルドさん、ミラさん、一つお願いがあります」


「なんですか」


「今日の夕方、私が宿を出るふりをしてほしいんです。ガルドさんが私に似た格好をして、宿から出て歩いてもらえますか。その間、四人の動きを確認したい」


 ガルドが少し考えた。


「おとりですか」


「そうです。ただし危険を冒してほしいわけではないです。不審な動きがあればすぐに引いてください」


「……わかりました」


「私はその間、ミラさんと一緒に四人を別の角度から観察します。どこの所属かを確認したい」


 ミラが耳をぴんと立てた。


「それは得意です。任せてください」


「経費は請求しますよね」


「もちろん」


「わかりました」


  ◆


 夕方、作戦を実行した。


 ガルドが誠のコートを借りて宿から出た。身長が全然違うので近くで見れば別人だとわかるが、遠目には似た印象になるはずだ。


 誠はミラと一緒に、宿の裏手から出て別ルートで監視者の周辺に回り込んだ。


 MAPを起動して確認する。ガルドのアイコンが通りを歩いている。そして四つの人影のうち、二つがガルドに反応して動き始めた。


「動きました」


 ミラが小声で言った。


「見えますか」


「はい。あの二人です。尾行の仕方が洗練されています。冒険者じゃないですね。専門的な訓練を受けた人間の動き方です」


「どこの所属だと思いますか」


「王宮の諜報部隊か、あるいは外部の刺客を使う貴族の配下か。どちらかだと思います」


 MAPで確認すると、残り二人はまだ宿の周辺にいる。四人全員がガルドに反応したわけではない。合理的な配置だ。一人を追う二人と、引き続き拠点を監視する二人。


「ミラさん、あの二人に近づけますか。会話が聞けるくらいの距離まで」


「やってみます。田中さんはここで待っていてください」


 ミラが路地の影に消えた。


 誠はMAPを見ながら待った。ガルドがゆっくりと歩いている。尾行の二人が一定の距離を保って追っている。プロの尾行だ。


 十分ほどして、ミラが戻ってきた。


「聞き取れました。二人は話していなかったんですが、一人が小声で別の誰かに報告していました。たぶん遠話の魔法道具を使っていて」


「何と言っていましたか」


「『対象は宿を出た。現在移動中。いつでも動ける』と言っていました」


「いつでも動ける。つまり今夜動くつもりですね」


「はい。あと、もう一つ」


「なんですか」


「報告の最後に『ケント様に連絡する』と言っていました」


 ケント・ロス。第二王子の首席側近。


 やはり第二王子派だ。しかもケントが直接指揮を取っている。


 誠は少し考えた。


 今夜、何かが起きる。ガルドが危険にさらされる前に引き上げさせなければならない。


「ミラさん、ガルドさんに引き返すよう伝えられますか」


「合図を決めてあります。任せてください」


 ミラが路地の角から短い笛の音を出した。高い音が二回。


 MAPでガルドのアイコンが止まった。それから方向を変えて、宿に向かって戻り始めた。尾行の二人がわずかに動揺した動きを見せて、それから一人が走り出した。


「あ、一人が速く動いた」


「ガルドさんに近づこうとしています」


 誠はMAPを見ながら、距離を計算した。ガルドと追っている一人の距離が縮まっている。


「ガルドさんは気づいていますか」


「あの人はプロですから」


 ミラが言い終わる前に、MAPの中でガルドのアイコンが足を止めた。そして追っていた一人のアイコンが、急に動きを止めた。


「何がありましたか」


「見てきます」


 ミラが再び路地に消えた。戻ってきた時、少し笑っていた。


「ガルドさんが振り返って、黙って立っていたら相手が逃げました」


「それだけですか」


「元Aランクの冒険者が真顔で立ち止まったら、誰でも怖いですよ」


 なるほど。ガルドの存在感が、それだけで抑止力になった。


  ◆


 四人全員が撤退したのを確認してから、三人で宿に戻った。


 部屋に集まって、誠はテーブルに地図を広げた。スマホのMAPを拡大して、今日確認した四人の行動パターンを書き込む。


「まず状況を整理します。依頼主はケント・ロス。第二王子派。今夜動こうとしていた。ガルドさんが止まったことで様子見に転じた。でも次はもっと慎重に動いてくる」


「つまり、また来ますね」


 ミラが言った。


「来ます。今度はプロらしく、もっと準備してくる。それまでに手を打ちたい」


「どんな手ですか」


 誠はスマホを取り出した。録音アプリを確認する。


「ケントが指示を出していた証拠が必要です。今日の会話を聞いたミラさんの証言はあります。でもそれだけでは弱い。ケントが直接指示を出している場面の記録があれば、使い方が変わります」


「録音できますか」


「状況次第では。ミラさん、もう少し詳しく聞けますか。ケントはどこにいると思いますか」


「わかりません。ただ、部下が遠話の魔法道具で連絡していたということは、ケントはここから離れた場所にいる可能性が高いです」


「王宮の中か」


「たぶんそうです」


 王宮の中ではさすがに録音は難しい。


 誠は別の手を考えた。


「ミラさん、今夜もう一度、あの四人の動きを確認できますか。深追いはしなくていいです。どこに戻るか、宿がどこかだけでいい」


「それくらいなら。ただし」


「経費は請求する、ですね」


「はい」


「わかりました」


 ガルドが腕を組んで言った。


「旦那、一つ聞いていいですか」


「なんですか」


「なぜ逃げないんですか。今夜のうちに王都を離れれば、命の危険はなくなる」


 誠は少し考えた。


「逃げると、全部が止まります。ギルドの改革も、エレナさんの家の件も、レインとの交渉も。それと、逃げた相手には次もまた同じことをしてくる。一度逃げると、逃げ続けなければならない」


「それでも命より大事なものはないですよ」


「そうですね。だから逃げないように手を打ちます。逃げるのは最後の手段です」


 ガルドが誠を見た。


「……旦那には逃げ場があると言っていましたよね」


「はい」


「それは本当にあるんですか」


「本当にあります」


「なぜそんなに確信を持って言えるんですか」


「……説明が難しいんですが、ある装置を持っています。それがある限り、物理的に逃げられない状況にはならない」


 ガルドがしばらく誠を見た。何か言いたそうな顔をしている。しかし最終的には何も言わなかった。


「……わかりました。信じます」


「ありがとうございます」


「ただし、その装置が使えなくなった時は、俺が体で守ります」


「それは頼もしいです」


 ガルドが短く頷いた。ミラが尻尾をぱたぱたさせた。


「私も守ります。ただし」


「経費は別途、ですね」


「わかってきましたね」


  ◆


 夜、ミラが情報を持って戻ってきた。


「四人の宿を特定しました。王都の東側、外壁近くの安宿です。一人が先にチェックインして、他の三人が合流していました」


「よくわかりましたね」


「尾行したら自然に着きました」


「逆に気づかれませんでしたか」


「気づかれていません。私の尾行を見破れる人間は、この王都にはほぼいないので」


 なかなか強気な発言だが、実績から見て信頼できる。


「その宿の名前と場所を教えてください」


 ミラが地図に書き込んだ。


「ありがとうございます。今夜はもう休んでください。明日、動きます」


「どう動くんですか」


「証拠を作ります」


  ◆


 翌朝、誠は現代のアパートで一時間ほど考えた。


 ケントへの対処として、いくつかの選択肢がある。


 一つ目、証拠を集めてレインに報告する。第一王子の首席側近が商人の暗殺を企てていたとなれば、第二王子派への打撃になる。しかしレインに証拠を渡すことは、レインへの貸しを作ることでもある。


 二つ目、証拠をエレナ経由で第二王子に渡す。第10話のベルト件と同じ手だ。側近が勝手に動いていたことを知れば、ダグラスはケントを処分する可能性がある。しかしダグラスがケントを守る選択をする可能性もある。


 三つ目、証拠をケントに直接見せて、交渉する。「この証拠を公にしない代わりに、手を引け」というやり方だ。これは一番リスクが高いが、一番確実に動きを止められる。


 どの手が最善か。


 誠はコーヒーを飲みながら考えた。


 レインには書面の条件を待っている段階で、まだ完全に信頼関係がない。エレナ経由でダグラスに渡すのは、前回使った手なので二度目は効果が薄い可能性がある。


 つまり、三つ目が現実的だ。


 ただし、ケントに直接会うには罠の可能性がある。


 誠はスマホで録音アプリの設定を確認した。長時間録音モード、最大音質。これで六時間以上は録音できる。


 次に、GATEのMAPを確認した。MAP機能には周辺の危険度表示がある。もし危険が迫ったらMAPが警告する。その瞬間に転移すれば、どんな状況からでも逃げられる。


 これが誠の最後の切り札だ。


 GATEがある限り、物理的に詰められることはない。


  ◆


 昼前、ミラ経由でケントに会いたいというメッセージを送った。


 正確には、ケントの部下の宿に誠が直接出向いて、メッセージを渡してもらった。「田中誠より。ケント殿に直接お伝えしたい話があります。今日の午後、王都南区の茶館にてお待ちしています」


 返答は一時間で来た。「参ります」


 案外あっさりした返答だった。


 エレナに報告すると、エレナが眉をひそめた。


「あっさりしすぎています。罠の可能性があります」


「わかっています」


「それでも行くんですか」


「行きます。ただし、ガルドさんを茶館の中に先に入れておきます。ミラさんには外を監視してもらいます。私は逃げる手段を持っています」


「その逃げる手段というのは」


「いつか話します」


 エレナが誠を見た。


「……田中さん、あなたはいつも『いつか話す』と言いますね」


「話せる時に話します。今はまだその時じゃない」


「信頼してほしいなら、こちらも信頼してほしいですけどね」


「……ごもっともです。もう少しだけ待ってください」


 エレナが少し息を吐いた。


「気をつけてください」


「三人目です、それを言う人が」


「誰が言ったんですか」


「アリアさんとガルドさんと」


「……みんな同じことを思っているんですね」


「そうみたいです」


  ◆


 午後二時、王都南区の茶館。


 ガルドが先に入って、入口に近い席に陣取った。誠が一番奥の個室を指定して待つ。


 MAPを起動する。外にミラのアイコンが見える。茶館の周辺に不審な動きはない。今のところは。


 録音アプリを起動する。ポケットの中で、静かに録音が始まった。


 十分ほどして、ケント・ロスが入ってきた。一人だ。


 APPRAISEをさりげなく向ける。


┌────────────────────────┐

│ 【 APPRAISE RESULT 】 │

│ 名称 :ケント・ロス │

│ 役職 :第二王子殿下 首席側近 │

│ 年齢 :四十二歳 │

│ 状態 :警戒中   │

│ 備考 :本日は武装していない。 │

│     ただし外に護衛が二名。 │

│     会話の内容を記録する │

│     魔道具を所持している可能性。 │

└────────────────────────┘


 会話を記録する魔道具。つまりこちらが録音しようとしているのと同じことをケントもやろうとしている。


 お互い様だ。


 ケントが個室に入って、対面に座った。笑顔は作っていない。今日は素の顔で来ている。


「田中さん、直接会いたいとは驚きました」


「お時間をいただいてありがとうございます」


「何の話ですか」


 誠は単刀直入に言った。


「昨日の夜、私の宿を監視していた四人の方の話です」


 ケントの顔が、わずかに動いた。


「……何のことですか」


「四人の宿は特定しています。王都東側の外壁近くです。そのうちの一人が、あなたに連絡を取っていたことも確認しています」


 ケントが少し間を置いた。


「確認、とは」


「会話を聞いていた人間がいました」


 ケントがしばらく誠を見た。表情が消えている。交渉の顔だ。


「……それで、何が言いたいんですか」


「手を引いてほしいというわけではありません」


「では」


「取引をしたいです」


 ケントが少し目を細めた。


「取引、ですか」


「はい。私はケントさんが監視を指示していた証拠を持っています。それを公にするつもりはありません。その代わり、一つお願いを聞いてください」


「どんなお願いですか」


「私の商売に関与しないでください。監視も、妨害も、嫌がらせも。私は政治に関与しない代わりに、政治から関与されない。それだけです」


 ケントがテーブルの上で指を組んだ。


「あなたは第一王子と会いましたね」


「会いました」


「それは政治への関与ではないですか」


「求められたので会いました。どちらの陣営にも肩入れはしていません」


「それを信じろと」


「信じるかどうかはケントさんが判断することです」


 ケントが少し笑った。


「その言い回し、殿下が気に入っていましたよ。レイン殿下に使ったと聞きました」


「人から聞いたんですか」


「王宮に耳はたくさんあります」


 誠は少し考えた。王宮の中での会話を、ケントは把握している。レインの書斎での会話も、もしかすれば。


「ケントさん、一つ聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「なぜ私を排除しようとするんですか。私は政治的な脅威ではないはずです」


 ケントが少し間を置いた。


「あなたは脅威です」


「なぜですか」


「どちらの陣営にも属さない人間が大きな力を持つことは、どちらの陣営にとっても計算が崩れる要素になります。あなたが中立でいる限り、あなたを動かした方が有利になる。だから両陣営があなたを求め、それと同時に警戒する」


 これは正直な分析だ。


「つまり、私が中立でいる限り、誰かに狙われ続けるということですか」


「そういうことです」


「それは困りますね」


「だから、どちらかについてほしいんです」


「断ります」


「なぜですか」


「どちらかについた瞬間に、もう一方の敵になります。今は両方から必要とされているからこそ、動ける。それが私の立場の価値です」


 ケントが誠を見た。長い沈黙だった。


「……田中さん、あなたは思っていたより、政治的な人間ですね」


「商売人です」


「その商売人の論理で言うと、今日の取引の条件はどういう内容ですか」


「私の商売への不干渉。証拠は私が持つが、使わない。それだけです」


「証拠の内容を確認させてもらえますか」


「できません。証拠の存在を知っていることが取引の前提です。内容を明かすと、そこから対策を取られる可能性があるので」


 ケントが少し考えた。


「……わかりました」


「合意していただけますか」


「今日のところは」


「書面でお願いします」


 ケントが少し苦笑いした。


「あなたは本当に、何でも書面にするんですね」


「口約束は証拠になりません」


「……用意します」


 その場で簡単な合意書を作った。「田中誠の商売への不干渉」と「双方が持つ情報の不使用」という内容の、二行の合意書だ。


 ケントが署名した。誠が署名した。


 握手はしなかった。お互いに、そういう気分ではなかった。


  ◆


 茶館を出ると、ガルドが外で待っていた。


「うまくいきましたか」


「とりあえずは」


「信用できますか、あの人」


「できません」


「では何の意味があるんですか」


「書面があります。もし破ってきた時の証拠になる。それと、破る前に少し躊躇させる効果があります」


 ガルドが頷いた。


「ミラさんはどこですか」


「もう少し外を見ています。ケントの護衛が動かないか確認しています」


「ありがとうございます」


 誠はGATEを確認した。クールタイム残り三十分。今日中に現代に戻れる。


 録音アプリを停止した。今日の会話は全て記録されている。ケントが「証拠を持つ側と不使用の合意をした」という事実そのものが、証拠になる。


 ミラが走って戻ってきた。


「ケントの護衛、動きませんでした。宿の四人も今日は引き上げています」


「よかった」


「田中さん、あの人と何を話したんですか」


「取引をしました」


「どんな取引ですか」


「私の商売に手を出さない約束をもらいました」


 ミラが目を丸くした。


「……暗殺しようとしていた人間から、不干渉の約束を取るんですか」


「そうです」


「なんか、すごいですね」


「怖かっただけですよ」


「怖かったのにやったんですか」


「怖いからやりました。怖いままでいると、もっと怖いことになるので」


 ミラがしばらく誠を見た。それから尻尾をぱたぱたさせた。


「やっぱり田中さんって、変わってますね」


「よく言われます」


「誰に」


「色々な人に」


 三人で宿に向かって歩いた。


 夕方の王都は静かだった。石畳に夕日が長い影を作っている。


 誠はポケットの中のGATEを握った。


 今日、また一つ問題が片付いた。完全ではない。ケントがいつまでも約束を守るとは限らない。しかし今は時間を稼ぐだけでいい。


 レインからの条件書が来るまでの、時間を。


  ◆


 夜、現代のアパートでさやかに電話した。


「昨日、言っていた大事な仕事はどうなりましたか」


「なんとかなりました」


「また同じ答えですね」


「いつもなんとかなるので」


「でも今回は声が少し違います」


「どう違いますか」


「少し、疲れた声」


 誠は少し間を置いた。


「……そうかもしれません」


「大丈夫ですか」


「大丈夫です。ただ、少し人が怖いと思いました」


「人が怖い?」


「自分の利益のために他人を道具として動かす人間が、身近にたくさんいるので」


 さやかが少し黙った。


「……田中さんも、そういう人間に見えますよ」


「え」


「計算して動くじゃないですか、いつも」


「……そうですね」


「でも田中さんは、計算しながらも、放っておけない人間のために動きますよね。それは違うと思います」


 誠はしばらく何も言えなかった。


「……さやかさん、よく見ていますね」


「三年間、先輩として見ていましたから」


 電話を切って、誠は天井を見た。


 計算しながらも、放っておけない人間のために動く。


 それは自分でも気づいていなかった。でも言われてみれば、確かにそうかもしれない。


 アリアの帳簿。エレナの財政。今日のケントとの交渉も、元をたどれば全部、誰かのために始まったことだ。


 めんどくさいのは、最初からわかっていた。


 でも、動いた。


 それが田中誠という人間の基本仕様なのかもしれないと、今夜初めて少しだけ思った。



─────────────────────────────────────────

       次話予告:第13話「隣国の商人」

     ガラン共和国の大商人カルロスが王都に現れる。

     「あなたのビジネスは我が国の経済を脅かす」

     国際的な経済競争の幕が上がる。

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