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異世界アプリgate -異世界に行き来して成り上がる -  作者: 白い鴉
第二幕

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11/27

11.王子との駆け引き

 ベルト副頭が失脚してから一週間、王都の商業区域はざわついていた。


 ギルドの不正が公になったことで、長年泣き寝入りしていた商人たちが声を上げ始めた。「あの取引はおかしかった」「うちも被害を受けた」という声がギルドの窓口に列をなした。アリアはその全てを丁寧に記録し、オーレンに報告し続けた。


 誠の名前は、この一件で王都中に広まった。


 面倒なことに。


 「ギルドの腐敗を暴いた商人」という評判は、誠が望んでいたものではなかった。目立ちたくはなかった。ただ商売をしたかっただけだ。しかし現実はそうはならなかった。


 声をかけてくる商人が増えた。情報レポートへの問い合わせが増えた。そしてギルドの改革を歓迎する若手商人たちが、誠を「改革派のシンボル」として祭り上げようとし始めた。


 シンボルは困る。シンボルは的になる。


 そんなことを考えながらアパートでコーヒーを飲んでいると、さやかからLINEが来た。


『新しい職場、今日で三日目です。やっぱりIT系は田中さんっぽい雰囲気がある』


『どういう意味ですか』


『みんなロジカルで、感情より数字で話す感じ。田中さんそういう人じゃないですか』


『私は感情も使いますよ』


『使ってるつもりなんですね』


 痛いところを突かれた。


『副業の方はどうですか』


『少し有名になりすぎて困っています』


『有名になって困るってどういう状況ですか』


『目立つと的になるんですよ』


 長い沈黙の後、さやかから返信が来た。


『なんか田中さんの副業、規模がどんどんおかしくなってる気がします』


『気のせいです』


『絶対気のせいじゃないですよ』


 返信せずにスマホを置いた。


 GATEを確認する。クールタイム残り二十分。異世界に戻る時間だ。


  ◆


 王都のギルドに着くと、アリアが珍しく外で待っていた。


 建物の入口の脇、人目につきにくい場所に立っている。誠が近づくと、小声で言った。


「急ぎの話があります」


「どうぞ」


「今朝、第一王子殿下の使いが来ました」


 誠は少し間を置いた。


「ギルドに?」


「あなた宛てに。私が受け取りました」


 アリアが懐から封筒を取り出した。第二王子からの招待状とは違う。封蝋の紋章が、より格調高い意匠をしている。第一王子の個人印だろう。


「中を見ましたか」


「見ていません」


「ありがとうございます」


 誠は封筒を受け取った。カメラで翻訳する。


 「田中誠殿へ。明日の午後、王宮内の私室にて面会の機会をいただきたい。人払いをした上でお待ちしております。レイン・アルデナ」


 人払いした上で。つまり公式な面会ではなく、記録に残さない形で話したいということだ。


「エレナさんには連絡しましたか」


「していません。あなたに直接渡すべきだと判断しました」


「正しい判断です。ありがとうございます」


 アリアが誠を見た。


「行くんですか」


「行かないと選択肢になりません。第二王子と会った以上、第一王子とも会わなければバランスが取れない」


「……気をつけてください」


「はい」


「第一王子は、第二王子より頭が切れると言われています。笑顔の裏が読みにくい」


 誠はアリアを見た。


「それは個人的な意見ですか、ギルドの公式見解ですか」


「……個人的な意見です」


「参考にします」


 アリアが少し視線を逸らした。


「……田中さん、最近有名になりすぎていますよ」


「私もそれを心配しています」


「改革派のシンボルみたいに言われているのを、聞きました」


「困っています」


「なぜ困るんですか。良いことではないですか」


「シンボルになると、シンボルとしての行動を求められます。それは商売と違う。私は商人でいたいんです」


 アリアがしばらく考える顔をした。


「……なるほど」


「アリアさんも、今回の件でギルド内では注目されているんじゃないですか」


 アリアが少し目を細めた。


「……少し」


「大丈夫ですか」


「規定の範囲内のことしかしていません。問題はないはずです」


「規定の範囲内で最大限のことをしてきた結果が今回のことです。胸を張っていい」


 アリアが誠を見た。何か言いかけて、やめた。


「……では、また」


「また来ます」


  ◆


 エレナの屋敷を訪ねて第一王子からの書状を見せると、エレナの表情が少し変わった。


「レイン殿下が直接……」


「人払いした上でという指定がありました」


「それは特別扱いです。殿下が直接、記録に残さない形で会いたいと言うのは、よほどのことです」


「どんな人物ですか。第二王子とは違う印象がありますか」


 エレナが少し考えた。


「……王宮で何度か見たことがあります。いつも笑顔で、話を聞く姿勢を崩さない。でも」


「でも?」


「何を考えているか、わからない人です。ダグラス殿下は感情が顔に出るので、ある意味わかりやすい。レイン殿下は全てを計算した上で動いているように見えます」


「アリアさんも同じことを言っていました」


 エレナが少し眉を上げた。


「アリアさんが?」


「個人的な意見として」


「……彼女は人を見る目がありますね」


「そうですね」


 エレナがしばらく書状を見ていた。


「田中さん、一つアドバイスしてもいいですか」


「どうぞ」


「レイン殿下と話す時、絶対に先に本音を出さないでください。殿下は相手の本音を引き出してから、そこを利用して条件を縛ります」


「具体的には」


「例えば『王国の発展のために何がしたいか』と聞いてくる。そこで正直に答えると、その答えを使って『では協力してくれるね』という流れに持っていく。気づいた時には約束させられている」


「なるほど。では何と答えればいいですか」


「質問を質問で返してください。殿下が何を求めているのかを先に引き出す。そうすれば対等な交渉ができます」


 誠は少し考えた。質問を質問で返す。相手の手を先に見る。これは営業でも使う手だ。


「参考になります」


「それと」


「まだありますか」


「手土産を持っていってください。手ぶらで王子に会いに行く商人はいない。何かを差し出すことで、こちらが敬意を示している格好になる。ただし、差し出すものは惜しくないものにすること。高価なものを差し出すと、見返りを期待されます」


「惜しくないが、印象に残るもの」


「そうです」


 誠は少し考えた。現代から持ってきたもので、価値があるが使い捨てで惜しくないもの。


 コーヒー、か。


 現代では数百円のドリップパックが、異世界では希少な飲み物になる。香りと味で印象を残せる。費用は千円以下で済む。


「わかりました。考えます」


「田中さん」


「なんですか」


「気をつけてください」


 さっきのアリアと同じ言葉だった。


「二人に同じことを言われると、少し怖くなりますね」


「怖くていいんです。怖いからこそ準備する」


「……それも同じことを言われました」


 エレナが少し首を傾けた。


「アリアさんと、よく話しているんですね」


「ギルドに毎日行きますから」


「……そうですか」


 エレナが何か言いたそうな顔をしたが、今日は言わなかった。


  ◆


 翌日の午後、誠は王宮の門をくぐった。


 前回の茶会とは違う入口だった。案内の使用人が一人だけついて、人気のない廊下を通って奥に進む。途中で誰とも会わない。確かに人払いがされている。


 通された部屋は、思ったより小さかった。執務室ではなく、書斎のような雰囲気だ。本棚に本が並んでいる。カメラで翻訳すると、歴史書や経済書が多い。


 窓際に、レイン・アルデナが立っていた。


 二十八歳。体格は中くらいで、印象は穏やかだ。ダグラスのような軍人的な迫力はない。むしろ学者か文官のような雰囲気がある。


 笑顔で近づいてきた。


 APPRAISEを素早く向ける。


┌────────────────────────┐

│ 【 APPRAISE RESULT 】 │

│ 名称 :レイン・アルデナ │

│ 身分 :アルデナ王国 第一王子 │

│ 年齢 :二十八歳 │

│ MP :312(希少水準) │

│ 備考 :政治・経済・外交を得意とする。│

│     目的のためなら手段を選ばない │

│     冷徹さを内に持つ。 │

│     相手の本音を引き出すのが巧み。│

└────────────────────────┘


 相手の本音を引き出すのが巧み。GATEもエレナと同じ評価をしている。


「田中さん、来てくれてありがとう。堅苦しい挨拶は抜きにしましょう」


 声は穏やかで、柔らかかった。ダグラスの直球とは正反対の入り方だ。


「お招きありがとうございます」


 誠はリュックからドリップコーヒーのパックを取り出した。


「手土産をお持ちしました。故郷の飲み物です。お湯があれば飲めます」


 レインが受け取って、封を開けずに香りを嗅いだ。


「……これは」


「コーヒーといいます。苦みと香りが特徴です。頭が冴えます」


「初めて嗅ぐ香りですね。興味深い」


 使用人を呼んでお湯を頼んだ。二人分のカップが用意されて、誠がドリップの仕方を説明した。レインが興味深そうに見ている。


 出来上がったコーヒーを二人で飲んだ。


「……苦い。でも、後味が良い」


「慣れると手放せなくなります」


「なるほど」


 レインがカップを置いて、誠を見た。笑顔は変わらない。


「田中さん、単刀直入に聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「今のアルデナ王国の商業構造について、率直な意見を聞かせてください。外から来た目で、どう見えますか」


 エレナのアドバイス通り、質問を質問で返す。


「殿下はどういう意見を期待されていますか」


 レインが少し目を細めた。一瞬だけ、笑顔の奥の何かが動いた気がした。


「なぜそう返すんですか」


「私が先に意見を言うと、その意見に縛られます。殿下が何を求めているかを先に理解してから話す方が、有益な会話になると思いました」


 レインがしばらく誠を見た。それから少し笑った。今度は笑顔の質が変わった。計算された笑顔ではなく、少し本物に近い笑顔だ。


「面白い。ケントから報告は受けていましたが、直接会うとまた印象が違いますね」


「どんな報告でしたか」


「掴みどころがない商人だと」


「的確な評価です」


「では改めて。私が求めているのは、王国の商業システムの改革です。ギルドの腐敗は今回の件で一部表面化しましたが、根本的な問題はまだ残っています」


「根本的な問題というのは」


「商取引の不透明性です。誰が何を売り買いしているか、正確な記録がない。税収も正確に把握できない。それが王国の財政を圧迫しています」


 誠は少し考えた。これは本音に近い話をしている。


「つまり、複式簿記と取引記録の標準化が必要だということですか」


 レインが少し前のめりになった。


「そう、まさにそれです。あなたがギルドに提案したという内容を聞いています。あれを王国全体に広げたい」


「それは大きな話ですね」


「大きいからこそ、あなたのような人間が必要です」


 ここだ、とエレナの声が頭の中に響いた。ここで正直に答えると、条件を縛られる。


「殿下、その改革を進めるために、私にどういう役割を期待されていますか」


「王国の商業顧問として、制度設計に協力してほしい」


「顧問というのは、具体的にどういう立場ですか」


「王家の庇護下に入ってもらいます。その代わり、商売の自由と安全を保証します」


 王家の庇護下。つまり王家の傘下に入れという話だ。


「庇護下に入るということは、王家の意向に従う義務が生じますか」


「制度設計の範囲での協力です。それ以外の自由は保証します」


「殿下、一つ確認させてください」


「どうぞ」


「その庇護は、第一王子殿下個人のものですか。それとも王家としてのものですか」


 レインが少し間を置いた。


「……どちらを望みますか」


「王家としての庇護であれば、継続性があります。しかし王位継承が確定していない現時点では、それは約束できないはずです。第一王子殿下個人の庇護であれば、殿下の立場が変わった時にどうなるか不明確です」


 レインがしばらく誠を見た。笑顔が、わずかに薄くなった。


「……するどいですね」


「商売の話です。リスクの確認は基本です」


「つまり今すぐ答えは出せないということですか」


「条件を書面で確認させてください。内容によって判断します」


 レインが少しの間、沈黙した。


 部屋の外から微かに廊下の足音が聞こえる。それ以外は静かだ。


「……田中さん、あなたは何者ですか」


 突然の質問だった。


「商人です」


「それだけですか」


「それだけです」


「故郷はどこですか」


「遠い東の地方です」


「その地方の名前は」


「殿下でも聞いたことのない地名だと思います」


 レインがコーヒーを一口飲んだ。


「この飲み物も、その地方から来ているんですか」


「そうです」


「……不思議な地方ですね。私は相当な数の地図を見てきましたが、あなたが持ってくるものの出所に心当たりがない」


 誠は少し考えた。これ以上突っ込まれると、答えが苦しくなる。


「殿下、話を戻してもいいですか」


「どうぞ」


「商業顧問の件は、書面での条件提示をいただいた上で判断します。ただし一点だけ、今この場で確認させてください」


「なんですか」


「私が顧問を断った場合、私の商売への影響はありますか」


 レインが誠を見た。


「ありません」


「その言葉を信じていいですか」


「私の言葉を信じるかどうかは、あなたが判断することです」


「では書面でいただければ、信じます」


 レインが少し笑った。今度は完全に本物の笑顔に見えた。


「あなたと話すのは、面白いですね」


「光栄です」


「私の側近たちは、みな私の意図を先読みして動こうとします。でもあなたは、私の意図を確認してから動こうとする。その差は大きい」


「意図を確認せずに動くと、後で齟齬が出ます。それは双方にとって損です」


「なるほど」


 レインが立ち上がった。窓の外を見た。


「田中さん、一つだけ言わせてください」


「どうぞ」


「私はあなたを駒として使おうとは思っていません。ただ、あなたの知識と視点が、この王国に必要だと思っています」


「ありがとうございます」


「その言葉を信じるかどうかは、あなたが判断することです」


 誠は少し笑いそうになった。さっき自分が言った言葉を、そのまま返してきた。


「では書面をお待ちします」


「一週間以内に用意します」


 握手した。レインの手は細く、しかし握り方は確かだった。


  ◆


 王宮を出て、石畳の道を歩いた。


 今日の面会を整理する。レインは確かに頭が切れる。エレナのアドバイスがなければ、途中で本音を引き出されていた可能性がある。


 しかし今日の面会で一つわかったことがある。


 レインは誠を本当に必要としている。演技ではなく、王国の商業改革に本気で取り組もうとしている。


 だとすれば、交渉の余地がある。王家の庇護を完全に断るのではなく、条件を縛った上で受け入れる形が最善かもしれない。


 ただし、条件は絶対に書面で確認する。


 それと、出身地への疑念が強まっている。「不思議な地方」という言葉が気になった。レインは調べ始めるかもしれない。


 GATEの秘密が漏れる前に、何らかの対策を考えておく必要がある。


 誠はガルドに合流した。ギルドの外で待っていてくれた。


「どうでしたか、旦那」


「一週間以内に条件書が来ます。それから判断します」


「第一王子は、どんな人でしたか」


「怖い人です。第二王子より、はるかに」


 ガルドが少し目を細めた。


「なぜですか」


「第二王子は怖さが見えます。でも第一王子は怖さが見えない。どこまでが計算で、どこからが本音かわからない」


「旦那は、そういう相手に対してどうするんですか」


 誠は少し考えた。


「書面を取ります」


 ガルドが短く笑った。


「相変わらずですね」


「一番確実な方法ですから」


 二人で王都の通りを歩いた。夕方の人通りの中で、誠は少し考えを整理した。


 第一王子が動いた。書面の条件次第では、協力関係を結ぶ可能性がある。


 しかし条件が何であれ、一つだけ絶対に譲れないことがある。


 GATEの存在は、誰にも知られてはいけない。


 それだけが、誠の唯一の秘密であり、唯一の切り札だった。


  ◆


 夜、現代のアパートに戻ってさやかに電話した。


「なんとかなりましたか、例の大事な仕事」


「なんとかなりました。次の段階に進みました」


「次の段階ってどういう」


「もっと大きい話になってきました」


 さやかが少し間を置いた。


「……田中さん、本当に大丈夫なんですか」


「大丈夫ですよ」


「なんか最近、声が違う気がして」


「違いますか」


「なんか、生き生きしてる。リストラされる前より全然」


 誠は少し考えた。


 生き生きしている。自分ではわからないが、そうなのかもしれない。


 毎日、自分の頭で考えて、自分で判断して、自分の行動の結果が直接出る。誰かに指示されて動く仕事ではなく、自分が舵を握っている感覚。


 それが面倒くさくもあり、悪くもない。


「……そうかもしれません」


「よかった。じゃあ、頑張ってください」


「さやかさんも新しい職場、頑張ってください」


「はい。あと」


「なんですか」


「何かあった時は、ちゃんと頼ってくださいね。田中さんって全部一人で抱えそうなので」


 誠は少し間を置いた。


「……わかりました」


「約束ですよ」


「約束します」


 通話を切って、ノートを開いた。


 今日の出来事を記録する。第一王子面会。条件書一週間以内。出身地への疑念。


 それから一行空けて書いた。


 やれることはまだある。

─────────────────────────────────────────

       次話予告:第12話「命を狙われる」

     第一王子と接触したことで、第二王子派が動く。

     暗殺者がMAPに映った時、誠の最初の選択は「逃げない」だった。

─────────────────────────────────────────


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