第十三章 秋が深まる町
九月になると、空気が変わった。
朝晩に風が出て、日差しが斜めになってきた。道後の石畳を照らす光の角度が、夏とは少し違う。温泉街の空気も、夏のにぎわいとは質の違う落ち着きを帯びてきた。
宿の仕事は続いていた。
繁忙期が過ぎると、宿泊客の数が少し落ち着く。でも客層が変わった。夏の間は家族連れや若い旅行者が多かったが、秋になるにつれて、一人旅のリピーターや、静かな時間を求めて来る年配の客が増えてくる。チェックインのときの会話が短くなって、でも滞在の中身が濃くなる。そういう変化を、わたしは帳場に立ちながら感じていた。
おばあちゃんが言っていた。宿は、季節が変わるたびに顔が変わる、と。同じ建物で、同じ仕事をして、でも来る人が違えば、場所の意味も少しずつ変わっていく。それがこの仕事の面白さだと。
面白さ、という言葉が、おばあちゃんから出てきたことが、少し意外だった。でもそれを聞いてから、わたしも同じように感じるようになっていた。
気づいたのは、ある朝のことだった。
チェックアウトの客を見送って、帳場に戻って、次の準備に取りかかろうとしたとき、体が自然に動いていた。考えてから動くのではなく、体が先に動いている。次に何をすればいいか、頭で考える前に手が向かっている。
なじんでいる、と思った。
ここに、なじんでいる。
その気づきは、嬉しいともなんとも言えない、不思議な感触を持っていた。なじむことで、ここが居場所になっていく。でも居場所になっていけばいくほど、ここにいることへの問いが、また少し顔を出してくる。
このままでいいのか。
一か月のつもりで来て、もう四か月以上が経っていた。
来たときの自分と、今の自分は、少し違う。眠れるようになったし、体が動くようになったし、人の顔を見て何かを感じる余裕が出てきた。言葉も、少しずつ出てくるようになっていた。
でも、ここにいることが自分の選択なのか、ただ流れに乗っているのか、その区別が、湊人さんとの電車の中での会話と同じように、まだうまくつかなかった。
湊人さんと会う機会は、九月に入ってから減っていた。
観光協会の秋の企画が忙しいらしく、宿に顔を出す用事もひとまず終わっていた。商店街で見かけることはあったが、向こうも急いでいる様子で、短い挨拶を交わすだけで終わることが多かった。
いつもの人懐こい笑顔はあったが、疲れが少し表に出ているときがあった。頑張っているな、と思いながら、わたしはそれ以上踏み込まなかった。踏み込む言葉を、まだ持っていなかった。
佐和さんの店には、引き続き通っていた。
九月のある夕方、カウンターに座りながら、なんとなくそのことを話した。
「湊人さん、最近忙しそうで」
「秋のイベントの時期だからね。あの人、引き受けすぎるから。断れないのよ、地元の用事は」
「佐和さんは心配してるんですか」
「心配というか、もったいないと思ってる」
「もったいない?」
佐和さんはコーヒーを出しながら、少し考える顔をした。
「湊人くんって、旅館の仕事も観光協会の仕事も、ちゃんとやってるのよ。でも、どっちも自分がやりたくてやってるというより、やらなきゃいけないからやってる、って感じが少しある」
「やりたいことが、別にあるってことですか」
「あるかないかも、まだ分かってないんじゃないかな。やりたいことを探す前に、やらなきゃいけないことで埋まってる感じ」
わたしはコーヒーを飲みながら、その言葉を少し自分に当ててみた。
やりたいことを探す前に、やらなきゃいけないことで埋まっている。東京での最後の頃、似た状態だったかもしれない。でも今は、ここにいることで少し余白ができて、何が好きで何を面白いと感じるか、ゆっくり確認できるようになっていた。
湊人さんにはその余白がない。いい顔をし続けることで、自分に余白を許していない。
おばあちゃんが言っていた言葉が、また戻ってきた。いい顔ばかりしてる人は、本音をどこかに押し込んでるから、気をつけてあげて。
「わたし、湊人さんに何かできることあるかな」
「別に何かしなくていいんじゃない」
佐和さんはあっさり言った。
「ただ、由良ちゃんが普通に話しかけてくれるだけで、あの人はたぶん少し楽だと思う。地元の人相手じゃない会話って、息継ぎになるから」
息継ぎ。
電車の中で湊人さんが言っていた言葉を思い出した。外を知っている人間には言いやすかった、と。
地元にいる人間にとって、外から来た人間との会話は、違う空気を運んでくる。それが息継ぎになることがある。
わたしがここにいることに、そういう意味もあるのかもしれない。
十月に入った頃、澪さんから連絡が来た。
手紙ではなく、短いメッセージだった。
「県外受験、家族に言えました。反対されなかったです。もっと早く言えばよかったと思いました」
読んで、胸の中で何かが弾けた。
よかった、という気持ちが、素直に出てきた。飾らない、ただのよかった、という気持ち。
返信を書いた。よかったね、言えたんだね、応援してる、と。短い言葉だったが、書きながら本当にそう思っていた。
画面を閉じてから、少し複雑な気持ちも残った。
澪さんは進んだ。言えなかったことを言えて、次の場所へ向かっている。
じゃあわたしは、と思った。
澪さんが動いたことで、自分だけがまだ同じ場所にいるような気がした。それは錯覚だと分かっていた。それぞれの時間があって、それぞれの速さがある。でも、誰かが動いたときに、自分の停滞が目に見えやすくなることがある。
このままでいいのか、という問いが、また少し大きくなった。
ここにいることが好きだ。宿の仕事が面白くなってきている。でも、それだけで次の人生を決めていいのか。好きと、これでいいはイコールではない。
答えが出なかった。
出ないまま、夕方の仕事の時間が来た。
十月の中頃、白石さんからはがきが届いた。
達筆な字で、短く書かれていた。
道後の秋は、言葉がよく育つ季節です。ことば帳は今頃どんな色をしていますか。近いうちにまた参ります。
わたしはそのはがきを帳場のカウンターに置いて、しばらく見ていた。
ことば帳は今頃どんな色をしていますか。
白石さんらしい問いかけだった。ことば帳を擬人化するでもなく、ただその状態を問うている。でもその問いは、ことば帳に書いているかどうかを、遠回しに尋ねているようにも読めた。
あれから、一行書き足した。
言えなかったのは、言葉がなかったからじゃなくて、聞かれたくなかったからかもしれない。
二行になった。でも、それからまた止まっていた。止まっているのは怖さではなく、今は言葉が熟していない感覚だった。言いたいことはあるが、まだ形になっていない。
はがきをおばあちゃんに渡すと、「また来てくださるの」と言って、小さく頷いた。
「楽しみにしてます」
「白石さん、いつも由良のことを見てるから」
「見てるって、どういう意味ですか」
「気にしてるってこと。あの方は言葉に厳しい人だけど、言葉に誠実な人を大切にする」
言葉に誠実な人。
その言葉が、少し重かった。わたしは言葉に誠実だろうか。ことば帳の二行は、今のわたしの正直な言葉だ。でも、まだ言えていないことの方が多い。
誠実さとは、全部を言葉にすることではないかもしれない。でも、言えることを言えないままにしていることは、どこかで不誠実になっていく。
十月の末になると、道後の木々が少し色を変え始めた。
松はそのままだが、商店街の端の街路樹が黄色くなっている。朝の空気に冷たさが混じって、湯けむりがより白く見える。
ある午後、わたしは帳場で一人、来月の予約を整理していた。
リピーターの名前が、いくつかあった。去年も来ている人、一昨年も来ている人。おばあちゃんが備考欄に細かく書き留めた記録と、その人たちの好みが重なって、何年もの時間の層になっている。
この宿には、戻ってくる人がいる。
一度来て、また来る。何かがここを引き戻す。それは温泉かもしれないし、食事かもしれないし、あるいはことば帳かもしれない。でも、その何かを作り続けているのは、おばあちゃんだ。
ひとりで、長い時間をかけて。
わたしは予約帳を閉じて、しばらく帳場に座っていた。
来月、宿はどうなるだろう、と初めて具体的に考えた。おばあちゃんは七十九歳だ。体調を崩したのは一度だったが、これからも同じとは限らない。ひとりで切り盛りするには、いずれ限界が来る。
わたしがいることで、今は二人で回せている。でも、わたしはいつまでここにいるのか。
一か月のつもりが、半年になった。次のことは、まだ何も決まっていない。
このままでいいのか、という問いは、もう少し具体的な形になってきていた。抽象的な不安ではなく、この宿の、この先のことへの問いになっていた。
答えはまだない。
でも、問いが具体的になってきたことは、どこかで進んでいる証拠かもしれない、とも思った。
窓の外を、一枚の葉が風に乗って横切った。黄色く色づいた、小さな葉だった。
秋が深まる町で、わたしはまだここにいた。
そのことが、今は怖くなかった。ただ、次の問いが来ていた。それに向き合う準備が、少しずつできてきているのかもしれない、と思いながら、わたしは立ち上がって、夕方の仕事を始めた。




