もう一つのバイト
急遽カフェを午後以降お休みにして、オーナーが運転するワゴン車に乗り込み、移動。
その車内でようやく今回の依頼について雪乃さんから説明を受けた。
「いいか、今回の相手は妖怪じゃねぇ。悪霊だ」
「すみません、おろしてください! 私帰ります!」
「主役が何言ってやがる!」
「私ホラーは本当にダメなんです! お願いします…」
「大丈夫だ。何もお前一人じゃねぇんだ! しっかりしろ!」
うぅ…。妖怪はもう平気だよ。みんないい人達ばかりだったし。
でも、幽霊とかは無理!!
「悪霊だろうが幽霊だろうが瑠璃には手を出せないから大丈夫。何より僕がいる。ね?」
「うん…わかった…」
ここまで子狐丸に言われてわがまま言えないよね…。
逃げ帰るのは諦めて、雪乃さんから詳細を聞いた。
田舎の村にある、とある古民家を建て替えるために取り壊していたらおかしな空間が見つかり、その部屋の中には凄まじい数の御札がはられていたそう。
「その部屋にこれくらいの木箱があったらしいんだが、バカがあけちまったらしい!」
雪乃さんのジェスチャーでわかったのは、縦幅一メートル、高さと横幅が三、四十センチくらいの箱だってこと。
人が入る大きさではないとわかって少しホッとした…。
「箱には御札が貼られてなかったのですか?」
「家主に命じられて作業員が御札を破いて無理やり開けたらしい…どうせ金目のものでも入ってるとか思ったんだろ。マヌケが!」
おバカですか!?どう考えても開けたらだめでしょうそんなの! 気になるのはわかるけど…。
「箱の中には何が…?」
「真っ黒い塊が入ってたそうだ。中身を確認した直後に何人かが麻痺したように倒れて大騒ぎらしい」
何よそれ…。絶対やばいものでしょう。
車は高速道路に乗り、かなり遠くまで走った。
高速を降りて、初めてくる土地の景色を流れる車窓から眺めていたら、街を離れてどんどん家もまばらな田舎へ向かう。
現地に到着する頃には夕焼け空になっていた。
それで思い出したのが、アヤメさんが迎えに来てくれる時間。確認したら現在午後4時半…。
すぐに電話をかけて理由を説明し、用事が済んでカフェに戻り次第連絡すると伝えておいた。
電話をしていた私に気がついたオーナーが申し訳なさそうに…
「瑠璃ちゃん、付き合わせてしまって悪いね」
「大丈夫ですから謝らないでください。私に何ができるかもわかりませんけど、来てしまった以上は頑張ります」
「心強いよ」
車を降りると解体中の大きな家が目についた。平屋で、結構な築年数だと思う。昔は樹齢の長い大きな木が多くて、かなり立派な木を家屋に使ってたと本で読んだ。
この家はそれくらい古いということになる。しかもあんな太い一本柱、絶対にお金持ちとか権力者の家よね。
……ふぅ…いい加減現実と向き合わなくちゃだめかな。
取り壊し途中で、半壊状態の家の周りを覆うようにいくつもの黒い影が飛び回ってる。
「雪乃さん…あれ、なんですか…」
「悪霊だって言っただろ。 何人か取り憑かれてるらしいから、瑠璃! 祓えるな?」
「わかりません…。でもやれるだけやってみます」
「よしっ! オレと子狐丸は飛び回っているやつらを引き付けるぞ」
「わかった。 瑠璃、気をつけてね」
「うん…」
私にできる事をしなきゃ。
オーナーと人の集まっているところへ向かうと、数人が倒れたまま痙攣したようにガタガタと震えてる。
いや…もうあれは寝たまま飛び跳ねてるといったほうが正しいかも…。
その中にはまだ三つか四つくらいの幼い子もいるから、放ってはおけない。
オーナーが周りで見ている人に説明をしてくれている間に、痙攣している人をよく見てみる。
先ずは一番動きが激しくて危なそうな人…。四十代くらいの男性。
この人の身体には真っ黒い影が三つも入ってて、まるで身体を取り合っている様な感じ。
祓う…のはダメ! 絶対に。
まずは呼びかけてみるか…。
「何が目的ですか? 答えてください」
妖力を込めつつ話しかけたおかげが、痙攣が止まり、黒い影がこちらを見ている…様な気がする。
ものすごく怖いけど、ここまで来たら怖じ気づくわけにはいかないの!
「答えてください。 私になにか手助けが出来ますか?」
相手の声は聞こえない。 だけど、おぞましい光景が頭の中に流れ込んできた。
おそらく相当昔…それこそ江戸時代か、それより前。
この村で起こった事件。
隣の村との揉め事で石を投げあうような、いわゆる印地打ち…石合戦とも呼ばれる争い事に発展。
たくさんの人が怪我をしたり亡くなったのだけど、負けた隣村の人たちを勝ったこちらの村の人たちが全員捕まえ、一部屋に閉じ込めた。
その上で、最後の一人になるまで殺しあえ…と。その一人だけは助けてやるからと。
親子や夫婦、知り合いばかりの人達に突きつけられた酷い仕打ち。
その人達は殺し合うなんてとても出来ず、でも誰か一人でも助かるためにはどうにかしなくてはいけない。
悩んだ結果、どうせ皆死ぬのなら…と、一人いた幼い子を助けるため、それぞれが命を絶った。
家族で短刀を刺し合い、恋人同士刺し合い…。
幼い子には目隠しをして軽く縛り、見せないようにして…。
数日後、様子を見に来たこの村の人達は、ひとり生き残った幼い子を助けるどころか、お前のせいでみんなが死んだと惨状をわざわざ見せつけた挙げ句、生贄として手にかけた…。
その閉じ込められていた部屋がまさに封印されていた場所であり、箱に収められていたのは生贄にされた子…。
生贄の呪いの力を使い、更に他の村の土地も自分達のものにしようと企んだのだけど、今は黒い影になっている人達がこの村を呪った。
聞きかじった様な中途半端な知識で行った呪いに失敗した結果、次々と亡くなる村人…。まさに因果応報。自分たちが他の村人に対して使おうとしていた呪いなのに、それがいざ自分たちに向くと恐ろしくなり、隣村の神主に頼みこんで、この村の人は生贄にした子供共々部屋ごと封印。何百年と封印され続けた…。
今回、その封印が破られて、当時の村の人の怨霊と、生贄にされた子が解き放たれた…。
ここはいわば呪いの巣窟。黒い影は自らを犠牲にした人達が、復讐の念にかられて姿を変えてしまった成れの果て…。
この家の持ち主が、当時の村を取り仕切っていた村長の家系。
今取り憑かれているのは当然子孫という事になる。
「貴方達の恨みは痛いほどわかりました。 この人達は確かに大罪を犯した人達の子孫かもしれない。でも実際に罪を犯したのはこの人たちではないの。 幼い子を守ろうと自らを犠牲にした貴方達が、復讐なんてするのは悲しすぎます! 子供もいるのですよ!? 守りたかったのではないんですか?幼い命を…。その想いを忘れないでください。お願いします…」
あんな辛い光景を見たら、恨む気持ちは嫌ってほどわかる。ううん、少し見ただけの私なんかでは僅かしか理解できてないと思う。でも…! 幼い子を守ろうとしたみんなの優しさはわかる!
だからこそ、そんな優しい人たちに子供を手にかけるなんてしてほしくない…。
その想いを妖力に込めてぶつけた。
「私が力ずくで祓うと貴方達は守りたかった子も含め、輪廻に戻れなくなります。お願いです。守りたかったその子を連れて輪廻へ。今度こそ皆さんは幸せになってください!」
私の願いは沢山の妖力を引き換えに、黒い影を生前の人の姿に戻してくれた。
幼い子を連れた村の人達は連れ添うように集まり、やがて光の粒になってきえていった…。
よかった……。
「瑠璃ちゃん!!」
妖力を使いすぎたのか、立ってられなくなったのだけど、オーナーが支えてくれて。
「無茶したね。祓えば済んだんじゃないのかい?」
「…それでは誰も浮かばれません…。間違いなくこの人達も連れて行かれてたと思います」
「そこまでの恨みだったと言うことか…」
「ええ。あれは恨んでも仕方ないですよ…。あんな…の…辛すぎ…ます…」
「瑠璃ちゃん!? 瑠璃ちゃん!! しっかりしろ!」
オーナーの声がすごく遠くから聞こえる気がする…。




