自家用車
カレンダーを見ると今日は土曜日。学校も休みだから、いつも通りバイトに行きたい。
行かせてもらえるのよね?
もし駄目って言われたらどうしようとか考えながら朝食の仕度をしてたら、子狐丸も起きてきた。
「おはよう。ゆっくり休めた?」
「瑠璃の隣に行きたかった…」
何かやつれてますか?あんなフカフカのベッドなのに。私なんて朝までぐっすりだったよ?
というかですね、アヤメさんはどこにいったのでしょう。バイトに行ってもいいのか確認したいのに。
仕方ない…。気配は…お風呂場? あー、それは邪魔したらいけないね。
子狐丸と話しながら料理をして、キッチンのカウンターに朝食を並べてたらアヤメさんもお風呂から戻ってきた。でもお風呂に入っていたって感じではない。
「お嬢様、おはようございます」
「おはようございます。なにしてたんですか…?」
「朝風呂の御用意を。お召し物もご用意させて頂いきましたので、そちらにお着替えください」
「ありがとうございます」
確かにあの眺めの朝風呂は体験してみたいかも…。
昨日この部屋に着いてから、アヤメさんは私のお風呂から着替え等、全部お世話すると言ってきたのだけど、説得して止めてもらった。そんなの耐えられないから!
本人は残念そうにしてて申し訳ないのだけど、ここは譲れない。
だから代わりにこうやって他のところで気を利かせてくれたのかなと思うと、申し訳ないと思う反面、嬉しくもある。
だって、のんびり朝風呂とかすっごい贅沢じゃない! ささやかな夢が叶うのよ。
妖魔界でも毎日のように朝のシャワーは浴びてたけど、あれは必要に迫られてだから、意味が違うの!
朝食後、片付けはしてくれるというアヤメさんに任せて、朝風呂へ。
昨日の夜景も凄かったけど、朝もなかなか…。少し朝靄がかかってるのがまたキレイ。
大きな湯船に浸かりながら景色を見てたのだけど、なにか忘れているような?
……あ、バイト!!
慌ててお風呂から出て、着替えを…。なにこれ…。
いかにも高級って手触りの服や下着。どれもサイズピッタリの物が。
色々と私の個人情報が筒抜けです! 他にないからこれを着ていいのよね?
着心地も今まで着ていた物とは雲泥の差…。
って、今は気にしてる場合じゃないね! 急がないと。
「子狐丸、カフェに行くよ。来るよね?」
「もちろん」
「お嬢様?」
「バイトに行きます! いいですよね?」
「かしこまりました、ではすぐにお送りいたします」
あ、確かにここからカフェまでの道は知らないし、そもそもこの部屋から外へ出る方法も知らない。
「お願いします!」
玄関に用意されていた靴も素敵なショートブーツ。すごく可愛い…。じゃなくて!
外に出るには当然エレベーターしかないのだけど、それも地下へ直通。
もちろん非常階段はあるけど三十階分駆け下りるのは…。
エレベーターにのって、地下一階へ。
「お嬢様、すぐに車を回しますので申し訳ありませんが少しお待ちください」
「は、はい」
え?今、車って言った?
意味がわからなかったけど、勝手がわからない場所だしどうにもできず、子狐丸と待っていたら、また真っ黒の車が。
でも…今までで一番普通かも?長くもないし、でっかくもない。
アヤメさんはわざわざ降りて後部座席のドアを開けてくれたから、お礼を言って子狐丸と乗り込んだ。
これ、多分すっごい高級車…。幼い頃、両親と乗ったおぼろげな記憶と合致するところがいくつかあるもの。
小型の冷蔵庫に、よくわからないスイッチ類の数々にテレビ。それに外からは一切見えない窓…。
「アヤメさん、この車は…?」
「お嬢様の普段使い用になります。お帰りの際には運転手も到着いたしますが、今は私でお許しください。母が手違いで運転手を別のビルに送ってしまいまして…。本当に申し訳ありません」
「いえ…それは全然かまわないのですが、車の説明を…」
「かしこまりました。 装甲は窓ガラスも含め対物ライフルにも耐えうる防弾なのは勿論、爆発物にも耐えられます。装甲の重さを物ともしないパワフルにチューンされたv12エンジンが搭載されており…」
……私は狙われてるの?撃たれたり爆発させられるの?怖いよもう…。
しばらくアヤメさんによる車の説明がされて…。
あのね、私が聞きたかったのはそういう事ではないのよ…。
何を言ってるのか全然わかんないし。
唯一理解できたのは、あのビルからは車でしか出られないって事。もしくは屋上からヘリでなら移動可能…。もうヤダ…。
「瑠璃?」
「え…?どうしたの?」
「いや、瑠璃がいいならいいけど…」
子狐丸は何を…? っ…!!!
知らないうちに私は子狐丸にしがみつくように腕を絡めてたらしい。慌てて離れる。
「はしたない事をしてごめんなさい! なんか色々と理解が追いつかなくて…」
「離れなくていいのに」
無理無理無理…押し付けるみたいにしてたなんて恥ずかしすぎるよ!
カフェまでは15分くらいだったのに、やたら長く感じた…。
「お嬢様、お帰りはいつ頃になりますか?」
「えっと…」
もうこちらでお風呂を借りる必要も無いし、閉店時間には帰れるから…
「遅くても20時過ぎには終わると思います」
「かしこまりました。それまでにはお迎えに上がります」
「お願いします…」
またドアを開けてもらい、車を降りる。
カフェに入ると見慣れた光景にやっとホッとして…。
「瑠璃ちゃん、まだバイトを続けてくれるのかい?」
「オーナー…助けてください…」
「どうしたんだ、瑠璃ちゃんは…」
「ん?瑠璃が来たのか!?」
「雪乃さん…。私もう無理かもです」
「ああん?何言ってんだ瑠璃は…」
「実は…」
………
……
お二人に必死に説明したのだけど、すごいため息をつかれてしまった。
「何が不満なんだ。至れり尽くせりじゃねぇか」
「九城の当主ともなれば、当然だよ?」
あれえぇ…私がおかしいみたいになってる。
「子狐丸ぅ…」
「こればっかりは僕にも…」
うぅ…。
「雪乃さん、お母さんなら助けてください…」
「そうは言われてもだな…。オレとしても瑠璃の安全は譲れねぇんだ。わかってくれ」
「じゃあ、せめてここに住まわせてください…。部屋空いてませんか?家賃はバイト代から天引きしてください。家事もしますから」
「ダメだ! 瑠璃、お前は自分の立場を自覚するいい機会なんだ、しっかりやれ」
そんなぁ…。
「バイトは続けてもいいんだろう?ここではのんびりしてくれていいから」
「…はい…」
味方だと思っていたみんなに見捨てられた気分。もういっそあのボロアパートに帰りたい…。




