九城からの迎え
「お嬢様、昨夜はあまりお休みになれませんでしたか?」
「ええ…」
あの状況で寝れるわけがないよね?
「少し失礼いたします」
藤崎さんはそう言うと、私の後ろに周って、背中、首、頭…と軽くマッサージをしてくれた。
寝不足でぼーっとしていたのだけど、スッキリして身体も軽い。
「今、何をしてくれたんですか?」
「お身体の疲れを取り、体調を整えました。今日一日くらいは効果が保つと思いますが、今夜はしっかりとお休みくださいませ」
「ありがとうございます」
私も寝たかったのよ?真っ暗な部屋の隅にメイドさんが無表情で立ってさえなければ寝れたの!
なんて本人に言えるわけもなく…。
用意してくれた朝食も手が込んでいて、すごく美味しいんだもん。決して悪い人ではないの。
「あ、そういえば…今日引っ越すんだよね」
「はい。お嬢様がこちらへお帰りになる必要はもうありません。次は新居の方へ家の者がご案内するかと」
「じゃあ大家さんと、みどりさんにご挨拶してこなきゃ!」
「そちらも私が済ませておきますが…」
「ダメだよ。そこは住んでいた私が行かないと」
「かしこまりました。ではこちらを…」
手渡されたのは如何にも菓子折りといった感じの箱。
でもおかしいんだ、とっても重いの。お菓子が入っている重さじゃない。
何だろう例えるなら金属が詰まってそうな…。
嫌な予感がして、開封。
ぱっと見は和菓子の詰め合わせ。
でも上げ底になってて、その下には小判が…。
何処の越後屋か!!
「藤崎さん、これは…?」
「ご挨拶にと」
「ちょっと子狐丸ぅ…なんとか言って。もう私の手に負えないの…」
「任されたよ。 藤崎、これ、いつの時代だよ。よく小判なんかあったね?」
時代がどうとかの前に、それは賄賂なの! 引っ越しの挨拶ではないのよ!
「最近は纏めて安く売られてまして。最近の人間は物の価値を知らなさ過ぎます! しかし、こういった場合、札束よりは小判のが見た目にも豪華さがあり、最適かと思われます」
安い?それって偽物ってことよね? 小判なんて金だし、本物なら骨董品や美術品みたいな扱いですごい価値があるはず。
東雲の実家に額縁にいろいろな種類が入れられて飾られてたの見たことがあるけど、あれもすごく高価だったと記憶してる。
子狐丸は小判を一枚掴むと口へ。歯を立てるとガギッと嫌な音がして…。小判のメッキが剥がれてる。やっぱり偽物だよね…。
「藤崎。これ贋金だ。 お前は瑠璃に恥をかかせるのか?」
「まさかそんな!! 小判の贋金など作っては御上から…」
「藤崎、お前はいい加減に現代知識をちゃんと学べ! 九城の敷地内で仕事してた頃のままでどうする…」
「しかし、私は江戸初期から九城家に仕える…」
「瑠璃の側にいたいなら学ばないと、問答無用で追い返す」
「…はい…」
いやいや…。メイド服着てメイドさんしてて、知識は江戸時代のままです。とかなんの冗談ですか。もう理解が追いつかない上にツッコミどころが多すぎて頭痛い…。
家電とかは使いこなしてるし、東雲でもメイドしてたのよね?
なんか、お母様が藤崎さんを私達子供に近寄らせなかったのって、これが原因では…?
そう疑いたくなるくらい色々とズレてる。何度も言うけど、本当に悪い人ではないのだけどね。
なんにせよ、これはご挨拶の手土産にはできないから急遽手作りする事にした。
お買い物は出来るそうなので、激安スーパーに材料を買いに行ってもらい、念の為子狐丸にもついていってもらった。
その間に私はパウンドケーキを作る下準備を…。
二人はすぐに帰ってきたから、買ってきてもらったものを使い、作った生地をオーブンで焼く。
妖魔界のオーブンレンジさんなら手間いらずであっという間だったなぁ…とか、もうあちらが恋しくなってきた…。
ちょうどパウンドケーキの焼ける頃に雪乃さんが迎えに来てくれて、少しだけ待っててもらい、先ずは大家さんのおばあちゃんにご挨拶。
もう話は通っていて、ケーキを渡してお礼を伝えるだけだった。
次に私と同じ二階のみどりさんのお宅へ。
チャイムを鳴らして少し待っていたら、相変わらずのボサボサ頭にジャージ姿で出てきてくれた。
「ど、どうしたの…?」
「えっと、大家さんから聞いてるかもですが、引っ越すことになりまして…。そのご挨拶に」
「ええっ!?」
びっくりしたぁ…。こんな大声出せるんだこの人。
「そんな…。せっかくのネタが…」
「ネタ…?」
「あ、いえ…なんでもない…です…」
「はぁ…。それで、これ…よかったら食べてください。私が作ったのでお口に合うかはわかりませんが」
「あ、あ…ありがとう…。寂しくなる…ね」
数回しか顔合わせてないけどね…。でもそう言われて悪い気はしない。
無事にご挨拶も終わり、雪乃さんに連れられて一旦カフェへ。
「九城から迎えが来るからな、ここで待ってればいい」
「九城からですか!?」
「ああ。次期当主の瑠璃を迎えに来るのは当然だろう」
私はてっきり雪乃さんとバスか電車で向かうのかと…。
オーナーが淹れてくれた紅茶を飲みながら待つこと数分。
店の前に真っ黒の車が数台並んで止まった。
何あれ…怖っ…。絶対に関わったらだめなのでしょ。オーナーにお客様かな。
稀に人ならざるモノ関係の仕事ですごい人やヤバい人も来る、みたいな話は聞いてるし。
今はバイト中じゃないし、裏に行ってたほうがいいかも。
「お、来たな」
「雪乃さんのお知り合いですか?」
それはそれで納得というか…。
「何言ってんだ、お前の迎えだよ」
「……はい?」
だってあれ、どう見てもどこかの親分が乗ってるでしょ。
予想通りというか、なんというか…。黒スーツの人に車のドアを開けられて、すごい豪華な着物姿のお姉さんが降りてきた。極妻!?
「凪が直接来やがったか」
「当然だろうね。 雪乃、また揉めないでくれよ?」
「あいつがしつこいからだ!」
なぎ…? 何処かで聞いたような。 あ…。東風家の当主で、現在九城の当主代行をしてる人だ!
とんでもない偉い人が来ちゃったよ!?
「子狐丸、どうしよう…」
「どうって? 瑠璃の迎えなのに何を怯えてるの?」
無理無理。東雲でも爪弾きにされてた私には対処不可です! ノーです! チェンジで!
「お邪魔しますえ…。 うちのご当主様は…。 おみえでしたか。お待たせして済みませぬ…」
私を見つけるなり膝まづくキレイなお姉さん。
「い、いえ、そんな!」
「これからはわたくしの事は母と思って頂けると嬉しゅうございます…」
「母…?」
いきなりこのお姉さんは何を言ってるの?
「おい、オレを差し置いてまだ言ってやがるか!」
「…瑠璃様。子狐丸様もさあ、こちらへ…」
「は、はい…」
「無視するな! おい、凪!」
「小煩い雪の化身が…。お前も来るのなら大人しくしている事です」
「ったく…。 オレも行ってくるから」
「ああ。店はなんとかやっておくよ」
オーナーはこないの? …お店があるから当然よね。でも心細いよぅ…。
凪さんに先導されて乗った車は所謂リムジンで、前後にも黒い車が…。まるで要人の車列。
「なにか飲まれますか?」
「今は大丈夫です…」
さっきカフェで紅茶飲んでたし、何よりこの車の中でこぼしたらと思うと恐ろしい。
雪乃さんは平気でなにか飲んでるのは流石…。でも瓶から直飲みはお行儀悪いと思います。
「今日はあくまでもご当主様の顔見せです。家の者に周知させるだけですので、緊張なされずともよろしいですのよ」
「は、はぁ…」
「瑠璃、お前がトップなんだ。ビクビクしてんじゃねえよ。そこは頭らしくドシッと構えてろ」
無茶を言いなさる。私みたいな小娘に何を求めてますか…。
「子狐丸、そばにいてね…」
「当たり前だよ。僕は瑠璃の刀だからね」
「仲のよろしい様子で安心致しました。 しかし子狐丸様…?」
「うん?」
「ご当主様は九城家にとってもこの国にとっても大切なお方、それをゆめゆめお忘れなきよう…」
「わかってる」
今、凪さんから殺気とでも言えそうなくらい怖い感じが…。子狐丸は気にもしてないみたいだけど…。




