帰還
「おい、瑠璃いるか?」
翌日の朝から大きな声で訪ねてきたのは雪乃さん。
私はちょうどよう子ちゃんと朝食の仕度をしてたから、子狐丸が対応に出てくれた。
「飯時だったか、悪いな…」
「大丈夫ですから。雪乃さんもいかがですか?」
「せっかくだ、もらうとするか」
一人分追加した朝食を並べて、四人で食事。
「こっちのカタがついたから迎えに来たぞ」
「結局、私は何もしないままでした…」
「いや、お前がこっちでやってきた事は無駄じゃねえさ。それに、お前の役目はこれからだぞ?」
「…わかりました。 少し時間はありますか?」
「ん? まぁ慌ててるわけじゃねぇからな」
奈子さんを始め、お世話になった人達に挨拶して回らなきゃ…。
オーブンでお菓子を色々と用意して、街の人やお世話になった人に配って回った。
最後に奈子さんの家へ…。
「そうか…帰ってまうんやな。 寂しなるな…。でもまた来てくれるんやろ?」
「はいっ! 絶対にまたきます」
「ほな、また会おな。約束やで?」
「約束です。 璃奈ちゃんにも会いたいですから」
「せやな。 璃奈、瑠璃ちゃんにまたなーって」
手を差し出したら指を握ってくれて…。絶対にまた会いに来るから、元気でいてね。
源さんはお仕事で会えなくて…。お世話になったお礼を伝えてもらえるようお願いをして帰宅。
「瑠璃さん、こちらにはあたしが残りましょうか?奈子さんと璃奈ちゃんの事もありますし…」
「そうしてもらえると嬉しいよ。お願いできる?」
「はいっ!」
「この家はそのまま使ってね。私と子狐丸もまた来ると思うから」
「家も守ります!」
頼もしいよ。
「そろそろいいか?瑠璃」
「…はい。行きましょう」
これ以上引き伸ばせないし、離れ辛くなるばかりだから…。
雪乃さん、子狐丸と家を出て街を通り抜け、山へ向かう。
街の外れに差し掛かったところで、目の前に息を切らした源さんが。
「瑠璃、世話になった」
「こちらこそです。 また遊びに来ますから」
「ああ。待ってる。 みんなもな」
源さんは私達の後ろを指差す。
振り返ると街の人たちが沢山集まってて…。
その中にはよう子ちゃんと、璃奈ちゃんを抱いた奈子さんまで。
「また来るんよ! 待ってるからな!」
「はい!!」
街の人みんなが口々に声をあげてくれてて…。その温かさに胸が一杯になり、言葉が出てこない…。
深く頭を下げて、泣いてる顔を見られないように。
なんとか涙をこらえ、笑顔を作って顔を上げる。
「お邪魔しました! 皆さんお元気で! また必ず来ます!」
そう言って手を振った。
「瑠璃、お前がこっちでやってきた結果だ。よくやったよ…。お前は自慢の娘だ」
「ありがとうございます!」
何度も振り返りながら手を振り、山についた頃には夕方になってた。
久しぶりに来た神社は記憶のままで…。
雪乃さんが呟くと、揺らめく扉が現れて開き、私達を飲み込む。
前はすごく怖かったのに、今は目を開けてられる。真っ暗で何も見えないけど、それもすぐに終わり、森の風景が視界に飛び込んでくる。
こちらは相変わらず朽ち放題で荒れたまま…。
「ここって直さないの?」
「直すと狸が封印されちゃうけど…」
「そうなの!?」
「ここは元々アイツを封印するためのものだからね」
じゃあ敢えてこのままなんだ。封印されるほどって何したんだろうあの狸さん。
オーナーがなにか言ってた気もするけど、なんだっけ。
どこかに出かけてるのか、狸幼女さんには会えないまま山を降り、まずは懐かしいカフェへ。
「瑠璃を連れて帰ったぞ!!」
「おかえり、瑠璃ちゃん。 あちらはどうだった?」
「とても素敵なところでした。あちらに移住したいくらいに…」
「そうか…」
「オーナーも色々とありがとうございました」
「俺は何もしてないけどね」
そう言って笑うオーナー。
絶対に嘘だ…。さすがの私でもそれくらいはわかる。何も教えられていなかったとしても…。
「瑠璃、明日は一度九城の家に顔を出すからそのつもりでいろ」
「はい…」
避けられないんだもんね、覚悟はしてる。
「今日はうちに泊まるか?」
「…いえ、一度アパートに帰ります。ずっと戻ってませんし…」
「そうか…。ま、しゃーねぇな」
「雪乃さん、ありがとうございました。それと、これ…お返しします」
ここを発つ時に預かった対妖魔用のショットガンを返却。
「そのまま持っててもいいんだぞ?」
「いえ、使う事もありませんでしたし、これからもないと思うので」
アレだけ妖怪の人達と関わってきて、今更銃口を向けられるわけがない。例えおもちゃだとしても…。
「わかった。 じゃあ代わりにほれ、忘れもんだ」
雪乃さんに手渡されたのはスマホ…。
「無いと困るだろ?」
「いいのですか…?」
「それは瑠璃ちゃんのだ。持っていきなさい」
「オーナー…。ありがとうございます」
いくつか通知が来てて、確認すると麻衣と優子から。
しばらく休むと学校から聞いたって心配してくれてて…。
心配かけてしまったお詫びと、もう少ししたら学校に行けるから、その時に詳しい話しをすると返信。
二人からはすぐに返事があり、待ってるって…。ありがとう、二人とも…。
でも九城の事とか東雲については話せないから…あまり話せることはないかもしれない。
明日は雪乃さんがアパートまで迎えに来てくれると言うので、子狐丸と一緒に随分と久しぶりのボロアパートに帰宅。
こちらでは一週間程しか経過していないのだけど、私にとっては数カ月ぶり。
カンカンと響く錆びた外階段を上がる足音すら懐かしい。
扉に手をかけると、鍵がかかってない。取られるようなものも何もないからいいけど。
そういえば…鍵も持ったまま窓から子狐丸に抱かれて出ていったなぁと思い出す。
あの時は藤崎さんが残ってくれてたんだよね…。
扉を開けて玄関に入ると三指をついて頭を下げたメイドさんが…。何をしているのでしょう?
「おかえりなさいませ瑠璃お嬢様」
「藤崎さん? どうしてうちに…」
「はい。 お帰りをお待ちしておりました」
「あの、頭を上げてください。そんなことをされては困ってしまいます…。私は藤崎さんに助けらればかりだったんですから」
「寛大なお言葉痛みいります。しかし、お守りできずこのような境遇にお嬢様を置いてしまったのは一重に私の不徳の致すところ」
「ここも住んでみると意外と悪くないですよ。 お風呂がないのだけは困りましたけどね。それもすぐに解決しましたし、私はここでの生活も好きですから」
なんとか藤崎さんには顔を上げてもらい、ようやく家の中に入れた。
玄関で土下座みたいな格好をされてたら中に入れないもの。うちの狭さをなめてもらっては困る。
かばん一つだけにして持ち帰った荷物を部屋におろしている間に藤崎さんはお茶を出してくれて、お礼を言って子狐丸と飲んでいたら夕飯まで完成してた。
メイドさんすごっ…。
「明日は九城家へ向かうのはご存知ですか?」
「はい。雪乃さんからそう聞いています。朝に雪乃さんがここへ迎えに来てくれる予定です」
「了解いたしました。ではその間にこちらは片付けておきます」
「はい? 片付けるって…」
「瑠璃お嬢様をこのような境遇になどおいておけません! 引っ越しの手続きは済んでおりますので…」
「待ってください! そんな急に困ります…。学校もありますし、バイトも…」
「ご心配なされずとも、ここからさほど離れてもいませんから、学校へもご不便なくお送りいたします」
「近くなんですか…? なら良かったです」
ここ、カフェも学校も近いし、何より激安スーパーも近いからね!
「家電とかも運べますか?」
「そちらは引越し先にすべてご用意させて頂いております」
「そう…ですか。じゃあこちらにある家電はカフェのオーナーにお返ししてください」
「わかりました、そのように手配いたします」
今までは自分で色々とやってきたから、お願いするだけで話が進むのは変な感じ。
食後、今日くらいは銭湯に行こうと思い、子狐丸も誘って家を出た。
当たり前に藤崎さんもついてくるけど、いいのかな?てっきりもう帰るんだと思ってた…。
銭湯でお金を払い…って藤崎さんが出すの!?
「ありがとうございます…」
「お気になさらず。今後、お嬢様が現金を出されるような事はなさいませぬよう」
お買い物はどうするの?とか色々と言いたい事はあったけど今は飲み込んだ。番台の前で揉めてたら迷惑だし…。
子狐丸は男湯、私は女湯に別れて入る。あの子は他の人に見えてないとはいえ、女湯に入れるわけにはいかない。
当然藤崎さんは女湯なのはわかるのだけど、わかんないのは、髪を洗われている現状。
「あ、あの…」
「すみません、何処か至らぬところがございましたか?」
「いえ、すごく気持ちいです。じゃなくて、自分で洗えますから…」
「しかし…」
「お願いします」
「…わかりました」
このままでは身体まで洗われそうな勢いだもの。どこの王族ですか!
しかも他人もいる銭湯で意味わかんないから。
藤崎さんはシャワーだけ浴びた後、タオル一枚で待機してて…。
見かねてなんとか湯船に浸かってもらった。
お風呂に入るようお願いしなきゃいけないとか、どんな状況?
メイドさんへの対応に慣れないから疲れてしまう。
こちらから話しかけなきゃ会話もないし、それも必要最低限。
私、メイドさんがわかんない…。
お風呂から出ると待ちくたびれた子狐丸が拗ねてるし…。
「お嬢様、こちらを」
渡してくれたのはコーヒー牛乳。 なんかすごく銭湯っぽい!
お礼を言って受け取り、一気に飲み干す。それがルールなのよね?
甘いのが沁みる…。
子狐丸も貰ってて、少し機嫌も良くなったみたい。
帰り道はちょっと勇気を出して子狐丸の手を掴む。夜で人も少ないし、周りから見えない子狐丸と手をつないでるのが不自然だとしてもあまり気にしなくていいよね。
「瑠璃!?」
「約束したでしょ?」
「う、うん!」
少し蒸し暑い初夏の夜。繋ぐ手も汗ばむくらい。こちらと比べると妖魔界は涼しかったなぁ…。
改めて帰ってきたんだな…と実感する。
「ねぇ瑠璃」
「うん?」
「帰ってきたんだね」
「だね。私も同じ事考えてたよ」
すぐにあちらへ帰りたくなりそうだけどね…。
というか…数歩後ろを付かず離れずついてくる藤崎さんは今夜どうするんだろう。帰る気配がないのよね。
うちに布団は一人分しかないし…。子狐丸も前は小さいままだったから不便しなかったけど、どうしたものか。
最悪、子狐丸は小さくなってもらえばいいとして、藤崎さんは?
帰宅するとすぐに布団の用意までしてくれて、何もさせてもらえないのが落ち着かない!
「ではお嬢様、私は控えておりますので、何かあればお呼びください」
控える?一体どこで?うちは一間ですが…。
藤崎さんはボロアパートの扉を開けると外に出ていってしまった。帰ったわけじゃないのよね?
…まさかと思い、確認するとそのまさかだった。なんでこのメイドさんは玄関の外に控えてるの!
怪しすぎるし、こんなの私が落ち着かない!
「中に入って!」
「しかしお嬢様の寝室ですので…」
「寝室じゃないの! 一間しかないの! 外に立ってたら、私が締め出してるみたいになるじゃない。下手したら通報案件だよ!」
「お嬢様、夜に大きな声を出されるのはお控えになった方がよろしいかと…」
「〜〜〜っ!!!」
一瞬ブチッと何かがキレそうになったけど、なんとか耐えた上で説得して家の中に入ってもらうまでは良かった。 なのに今度は寝ないとか言うし!
「瑠璃、藤崎は数日に一回、二時間も寝れば平気だから、そういうものだと理解してあげて」
「無理だよ!?」
部屋にメイドさんがぬっと立っている中で寝ろと?
こんな中では子狐丸も変な気は起こさないでいてくれるのはいいんだ。
でも落ち着かないのよ!
結局殆ど眠れないまま、夜が明けてしまった…。




