和解
子狐丸は私が迷い家であいつ…シキに屈しなかったのをすごく喜んでくれた。
布団から引きずり出されて、力いっぱい抱きしめてくるくらいに。
この笑顔が見られたなら、必死に抵抗したかいもあったと思えるよ…。
でも、今は浮かれてる場合じゃない…
「子狐丸、申し訳ないんだけど、改めてよう子さんを紹介してもらえる?その上で謝りたいの…」
「瑠璃はそういうところ律儀だよね。でもあいつはあまり気にしてないと思うよ?名前をもらって喜んでたし」
「その…名前も子狐丸が連れてきた妖しい子…って意味でよう子ってつけちゃったの…」
「あははっ!」
「笑い事じゃないよ!? 名前は一生のものなのに…」
「あいつも妖怪なんだよ?妖しい子でまちがってないし」
…言われたら確かに。でも私に悪意があったのは間違いないのだから…。
「名前については気にしないでいいよ。喜んでたからそのままにしといてやって」
「でも!」
「知らないままの方がいい事もあるよ」
そう…ね。名前に悪意が込められてたなんて知ったら傷つけてしまう。だったら違うことで償うしかない。
子狐丸があの日、帰らなかった理由も聞いた。
現世でほんの少し話をしていただけで、こっちでは夜が明けてたって。
時間の流れが違うのだから仕方がないよね。今回、私自身もその影響を受けたんだから。
「私は迷い家に何日もいたんだけど、こっちでは数時間くらい?」
「だね。迷い家ってのはあいつ単一の境界だから、九城も今まで関わってこなかったし、瑠璃のことも知らなかったんだと思う」
ああ、そっか。妖怪で九城って名前を知らない人は殆どいないんだもんね。それくらい影響力が強い。
なんせ妖怪は不死に近いから、当時の九城の人達のことだって直接知っている人もいるわけだし。
盛大な勘違いの上に発生したすれ違いにも終止符が打たれ、ようやくホッとして眠れる。
その日の夜は隣のリビングによう子さんもいるからか、大人しく寝てくれた子狐丸。
でも甘えてくっつかれてて、そっちのがドキドキしてなかなか眠れなかった…。
仲直りする時に一つ、子狐丸からお願いされた事があって…。時々でいいから手を繋いだり、腕を組んだりしてほしいと。
確かに今までしたことなかったな、と。別に嫌だったとかではなく、単に恥ずかしくて…。
でも、妹のよう子さんに負けてるみたいで悔しいから頑張ってみるつもり。
再び左手薬指に子狐丸がつけてくれた指輪…。寝転がりながら左手を眺める。
うん…なんだかしっくりくるね。痕だけの時は本当に寂しかったから…。
隣を見ると寝息を立ててる子狐丸。またこうやって一緒に居られるようになるなんて考えてなかったよ…。
今回、初めて子狐丸に本気でしかられた…。思い込みが激しい上に一人で暴走しすぎ! って。
何も否定できない。 結果的に今回はよう子さんまで巻き込んだのだから。
色々と反省しなきゃ……。
眠れないまま後悔に押しつぶされそうになっていたら、突然“ドカッ”っとすごい音が隣のリビングから響き、飛び起きる。
「なんの音!?」
もしかして泥棒!?こんな深夜だ、他に考えられない…。
リビングにはよう子さんが寝てる。助けなきゃ!
怖いし、私に何ができるかわからないけど、放置なんてできない。
急いでリビングに行こうと襖を開けようとしたら、その襖を蹴破るように何かが部屋に転がり込んできて、巻き込まれた私はお腹に鋭い衝撃をうけて転がり、あまりの痛みに声も出ない。
「ぐっぅ……」
子狐丸…起きて…よう子さんを守って…。必死ににそう願うしかできなくて…。
願いが届いたのか、ようやく起きた子狐丸は壊れた襖と蹲る私を見て慌ててる。
「瑠璃!? どうしたの! 大丈夫?」
「わた…しより…よう子さん…を」
「わかった!!」
子狐丸はリビングに行こうとして立ち止まる。 まさか…
「起きろバカ!!」
そう叫んだ子狐丸は、しゃがみこんでる。なに!?どうなってるの?
「うう…ん… 兄ちゃん…もう朝?」
「違う! 起きてみてみろ!!」
「はい…?」
リビングとの境目で立ち上がったのはよう子さん。 よかった、無事だったんだ…。
「兄ちゃん、いくら再会できたのが嬉しいからって激しすぎません?襖も壊れてますよ」
「お前だ、よう子。 この襖も、瑠璃も…って、もしかして瑠璃はよう子に蹴られたの!?」
確かにそんな痛みだったけど…。今は声も出ない。
「よう子、瑠璃を診てくれ!」
「は、はい!!」
よう子さんは、お腹を押さえて蹲る私の側に来るとまるで診察するように診てくれた。
「すぐ楽にしますね」
そう言ってお腹に触れられたら痛みがスッと引いていった。
「……兄ちゃん、ちょっと隣の部屋に行っててください」
「なんでだよ! お前がやったんだぞ…」
「いいから!!」
「う、うん…」
よう子さんの有無を言わせぬ声に、子狐丸は大人しくリビングへ行ってしまった。
「瑠璃さん、ごめんなさい…。あたし、その…寝相がとても悪いらしくて…」
「え?」
「ごめんなさい!! 多分というか、確実に蹴ったのはあたしです…」
あのドカッって音も、襖を蹴破ったのも?
「よかった……。泥棒でも入ってきたのかと…。よう子さんが無事で良かったです」
「もしそんなのが入って来たら、あたしはもちろん兄ちゃんも起きてますって。瑠璃さんに危険がある状況ならあたし達が寝てるなんて絶対にありえません!」
「そうなの?」
確かに雪乃さんが来た時も子狐丸は起きなかった…。相手が危ない人じゃなかったからか。
「それより、瑠璃さん? 一つお尋ねしても?」
「うん?いいですけど…」
「その…兄ちゃんとまだ何もしてなかったんです? というより、迷い家から交わらずに出てこれたんですか?」
「えっと…なんの話でしょう? 子狐丸に聞いたとか…? 確かに迷い家からは名付けという頼みを聞いて出てきましたけど…」
「そんな方法が!? いえ、今はそれよりですね…。えっと…あたしはある程度なら身体の様子を診たり、治療もできるんですけど、その…瑠璃さんは…」
よう子さんに耳元で告げられた言葉に理解が追いつかず、頭が真っ白になった。
そして、一つ。迷い家でシキに言われたセリフを思い出した。
“俺は中古は趣味じゃねぇんだ! 記憶も全部消して、元に戻してやる!” あれってそういう意味?嘘でしょ…。
シキは記憶を返してくれたけど、その後にも”元に戻したけどよ“とか言ってたのってそっち!?
よう子さんにシキとのやり取りを話したら、頭を抱えてる。
「そんな…自分の欲求のために、こんな事までするなんて。迷い家は歪みすぎです。 あ、でも…ある意味良かったかもです。迷い家で何もなかったって兄ちゃんに証明できるんですから!」
イヤーーー!! 何も良くない!!
もう一度あの痛みをなんて…無理…。一度あれを知っちゃってからなんて怖くて…。
迷い家シキ…。覚えてなさい。次に会ったらただじゃおかないんだから!!




