妖子
再びの長い長い沈黙を破ったのは金髪の女性だった。
「迷い家に行ってたんですよね?」
「よくご存知で。 ええ。しばらく囚われてましたよ」
「その…やっぱり…」
「何ですか?」
「いえ! 何でもありません!」
言いたい事があるなら言いなさいよ。そもそも今話すべき内容はそれじゃないでしょう?
「子狐丸、いい加減にして。黙ってないで話してよ。そのために帰ってきたのよ?」
「う、うん…。瑠璃はその…迷い家でやっぱり…」
「話す内容が違わないかな? あんなやつの話なんてどうでもいいのよ! これからどうするかでしょう?」
「僕は…それでも瑠璃といたい」
はい?意味がわからない。浮気相手を同伴で来ておいて何を…。
もしかしてどっちもキープしておきたいと?相手は了承してるって事よね?ここに来てるんだし、目の前で言うくらいだもの。
呆れて言葉も出ない。確かに場所によっては一夫多妻とかもあるし、妖怪ならあり得るのかもしれないけど、私は受け入れられないよ?
いや…でも、ちょっと待って。 私が我慢すればいいだけなのかな。
子狐丸を寂しくさせずに済むし、安心して奈子さんの手伝いにも行ける。
この先、雪乃さんの子が産まれた時にも、私は気兼ねなくお手伝いに行けるのよね。
何より、有り余る子狐丸の欲求を半分引き受けてくれるのなら…。
独占欲とか私のわがままさえ抑えればいいのね。
「わかったよ。それでいいから。 せめて名前くらいつけてあげなさいよ。呼びにくいでしょう」
「瑠璃にしか無理だよ」
なんで! 私が! 子狐丸の浮気相手の! 名前を決めなくてはいけないのよ!?
ううん、ここで怒っていたらこの先やっていけない。
キレイな金色の髪、美人で整った顔…。イライラするっ! 落ち着かなきゃ…。
「わかりました。 じゃあ…よう子でどう?」
子狐丸が連れてきた誰かもわからない妖しい子だし。名前として破綻もしてないよね?
「兄ちゃん! あたし、よう子だって!」
「よかったな。 瑠璃にちゃんとお礼をいわなきゃだめだよ」
「ありがとうございます! 瑠璃さん」
「え、ええ…」
兄ちゃん!?なんて呼び方させてるの? 確かに一部でそういうのを好む人がいるっていうのは、そっち方面に詳しい麻衣に聞いたことがあるけど、こんな身近にいたなんて。
しかも本当に兄みたいに振る舞ってるし。もう私は子狐丸がわかんないよ…。
こんな事でこれからやっていけるのかしら…。
もう今はいいや。考えても答えは出ないから。気がかりだったことだけ聞いておこう。
「子狐丸、私が境界から逃した子がどうなったか知ってる?無事ならいいのだけど…」
「無事だよ。母親と話してたところに僕らがたまたま居合わせてね…。それで瑠璃の行き先の見当がついてた」
「そうだったんだ…。よかった」
それだけがずっと心配だったから。
「瑠璃、これ…もうつけてくれないの?」
手渡してきたのはケースに入れた指輪…。
今、話が終わった途端にそれ!? 流石にまだちょっとつける気にはなれない…。
「これからご飯の仕度するし、今は置いといてもらえる?ずっとつけたままにしてたから傷とかもついてるし、手入れしたいから」
「わかった!」
咄嗟の言い訳だったけど、納得してくれてよかった…。
私が夕食の仕度を始めても、よう子さんは手伝いにも来ないで子狐丸にべったり。
これみよがしに腕を絡ませて、押し付けてる。
そうですか…私は飯炊き女をしてろと?上等よ。きっちりこなしてやろうじゃない!
しばらく不便な迷い家にいたおかげで、こちらでの調理なんて楽なもの。
豪華な夕食を作って度肝抜いてやるんだから!
ズラッと並べたのは和食のフルコース並みのメニュー。
どう?料理が上手い女はモテるって何かで読んだんだから!
「今日は豪華だね、瑠璃」
「…いつもは貧相でごめんなさいね?」
「そんなことないよ! いつも瑠璃のご飯はおいしいし…」
「うわぁ〜すごい! 瑠璃さんプロみたい!」
ふんっ! オーブンレンジさんを駆使すればこれくらい!
……私の実力でもないのに、一体何を偉そうにしてるんだろう…。ほんと自分が嫌になる。
「食べていいですか?」
「どうぞ…」
二人は争うように食べてて、そこだけは見ててほっこりする。食べ方がそっくりなんだもの。
それくらい深い関係なんだ…。いつからだろう? 私はずっと気がつかなかった…。
「二人はいつからの付き合いなの?」
「えっと…いつだっけ」
「かれこれ五年ちょいってところでしょうか。兄ちゃんが弱ってた頃に、しばらくサポートを…」
慌てたようによう子さんの口を塞ぐ子狐丸。当然よね…。
五年って……。私と正式に付き合い出したのなんてせいぜい数ヶ月前。
それよりずっと前からの付き合いだなんて。むしろ私のが後からできた浮気相手だったってことじゃない…。
そんな…。じゃあ子狐丸は今までずっと私に嘘をついてたんだ…。
”瑠璃しかいない“ ”瑠璃だけ“ その言葉が全部嘘で…。それを信じて浮かれていた私を二人で笑ってたんだ。さぞ滑稽だったでしょうね…。
なんかもう全部どうでも良くなってきちゃった…。
「瑠璃は食べないの?」
「うん。食欲ないから」
「体調不良ですか? あたし少しなら診れますよ」
「大丈夫です。 休めば楽になると思いますから…。 先にお風呂に入って休みますね」
「はい…」
「瑠璃…本当に大丈夫?」
「大丈夫」
お風呂に浸かり、ぐるぐると今までの記憶が蘇るけど、どれもが嘘に固められたモノだったと思うと、全部黒く塗りつぶされていく。
あの思い出も、あの記憶も…。全部全部真っ黒に。
こんな事なら迷い家にいればよかった…。なんの為に必至で守ったんだろう。もういっそめちゃくちゃにされてればよかったのかな。
お風呂から出ると、子狐丸とよう子さんが仲良く並んで洗い物をしてて、その後ろ姿にどす黒い感情が渦巻くのを抑えられず。それを振り払うように寝室へ行き、布団に潜り込んだ。
多分、子狐丸は九城っていう家があるから傍にいてくれただけなんだ…。
あの激しい行為も、愛じゃなくて腹いせだった?家のためにお前といてやるんだから、って…。
そんなはずないよ…。初めての時は本当に優しかったもん。
私自身も嬉しかったし、あの時向けてくれた笑顔が嘘だったなんて…思いたくない…。
でも…。
じゃあ一体どこで間違えたの?
そっか…間違えたと言うならあの蔵に閉じ込められた時だ。
すべてが狂い始めたのは、私が子狐丸を突き放したから。
自業自得…か。あれで子狐丸は弱体化して、その時にサポートしてたのがよう子さん。
「それは勝てないわ…」




