マヨイガと
謝ってくれた迷い家の化身、名前は無いらしい。マヨイガと呼ばれているだけで、人みたいに名前がある方が不思議だと言われた。
妖魔界の人はみんな名前あったけどなぁ。
「とりあえず家に来い」
「まさか…」
「大丈夫だ。もう無理矢理手を出すつもりはない。 その…代わりの服を渡すから」
ああ。思いっきり破いてくれたもんね…。胸元とか丸見えで、手で隠すにも限界がある。
「普段から女の人にこんなことしてるの?」
「だから、普通はみんな応じるんだ! お前があまりにも強情だからムキになった…」
「それで許されると思ってるの? 女の人の姿にもなれるなら、あんな無理矢理されたら嫌だってわからない?」
「……かもな。悪かった…」
本当にわかってるのかしら。妖怪か何かだと思うけど、この人に言っても理解できてるのかはわからない。でも、二度と同じ事はしないようにしなきゃ。
影もまだ居るままで、手は治らない?って聞いたらきれいに治った。
ついてきてって言えばついてきてくれてる。この子に頼むか…
「また人を襲うかもしれないし、この影をおていこうかな。酷いことをしようとしたらどんな手を使っても、止めろってお願いして」
「もう絶対にしない! だから…やめてくれ。頼む…」
「私が嫌って言ってあなたはやめた?」
「それは…。 謝っただろ!」
「襲っておいてごめんなさいで済んだら世話無いのよ」
釘を刺しておくくらいしてもいいよね、被害者として。
家に帰り、着替えをもらってようやく落ち着く。
襲われかけた相手に肌を晒しているなんてありえないもの。
「それで、私を帰してくれるの?」
「…方法がわからん」
「はい? いや、ちょっと…」
「今までは交わった後に願いを聞いてから帰してきたんだ」
「じゃあ何?私はあなたに身体を差し出さなきゃ出られないと?」
「ああ…」
でもこの言い方だと、なにか取引をしなくてはいけない…ともとれるのよね。
「じゃあ私にできる内容の取引ではだめなの?」
「わからん」
「自分の家でしょうが!!」
「うるせぇな! わかんねぇもんは仕方ねぇだろ!」
逆ギレ!? 何なのこいつ本当に…。
「試してみよう?なにかお願いないの? 私にできることで」
「だから子供を…」
「影、やっておしまい」
「待て待て待て! 他に望んだことがないからわかんねぇんだよ…」
本能で生きてるなぁ…。あ…じゃあ、他の欲求を満たしてあげたらどうだろう。
「食べたいものはない?」
「今は腹いっぱい」
殴っていいかな?
「仕方ない…」
リビングのソファーに座り、手招き。
「なんだよ?」
「ほら、頭のせて」
「それになんの意味が…」
「いいから」
無理矢理膝枕させて、撫ぜる。
「こうしててあげるから寝なさい」
最後の基本的欲求、睡眠欲! お腹が膨れてるなら眠くなるよね?
「……悪くない」
それは何より。
撫ぜ続けていたら寝息が聞こえてきた。
こうしてるとこんなヤツでも可愛いものよね…。
そういえば…子狐丸にしてあげたのは鼻血を出してた時だけだったな、膝枕。
覚えてないだろうから、ちゃんとしてあげたかった…。
今更か…。
記憶が戻ったのはいいのだけど、同時に悲しみと後悔も押し寄せてくる。
こうして落ち着いていると余計に…。
撫ぜている左手薬指の指輪の跡がもう辛い。
「泣いてるのか…?」
「ごめ…起こしちゃった?」
「冷たいからな…」
涙のせいね。ごめん…。
「もう無理矢理とかしない。だからここにいてくれないか?」
「え?」
「こんなふうに叱られたのも、優しくされたのも初めてなんだ…。飯も美味かった」
「そう…」
確かに妖魔界へ戻っても…。私の一番大切だった人はもう戻ってこないかもしれない。
仮に子狐丸が戻ってきたとして、どんな顔をして会えばいいの?
いっそこの人に身を委ねたら楽になれるの…?
はぁ…。
「どうやら直ぐには戻れないみたいだし、ここから出る方法がわかるまではお世話になるしかないよね…」
「本当か!」
「うん…。でも一つだけ教えて? さっき私が進んだ方向には何があるの?」
「…地獄だ」
「地獄って…閻魔様のいる?」
「そうだ。死人が向かう先。 だから危ないって言ったんだ」
「でも恐怖心とか感じなかったけど…。鬼門の方は体調悪くなるくらいだったのに」
「お前は人だからな。いつかは向かうだろう? それにしたって普通は怖い筈なんだが…」
…死んだら行くって言われている場所だものね。閻魔様の裁き次第でどうなるか決まる。でもそんな恐怖は感じなかった。
「じゃあ止めたのは本当に危なかったから?」
「そうだ。 あのまま行ってたら確実に死んでた」
”確実に死んでた“そのセリフにゾッとした。
「助けてくれたのはありがとう。でもその後の行動で台無しだったよ?」
「その制裁は受けただろ…」
「治したのも私だけどね」
「うっ…。服もやったし、食料も…」
「そもそも服を破いたのはあなただし、オムライス作ってあげたよね?」
「わかった! わかったから…。 悪かった! 謝るからここにいてくれ」
「素直でよろしい。 まだ信用したわけじゃないけど、よろしくね?」
「ああ」
ここを出る方法もわからないし、今はここにいよう…。
気持ちの整理をするためにも…。
それでもし本当にこの人といていいと思えたのなら、その時は…。




