迷い家
食料や水の量から考えても、一日…長くても二日か三日しかもたない。
だったら確信に近い方向へ向かうのみ。
目指すのは、体調が悪くなって進むのを断念した北東。つまり鬼門へ向かって進む。
門っていうくらいだもの。なんとかなりそうじゃない?
進むにつれて寒気と恐怖感で挫けそうになるけど、ここで負けたらあいつにいいようにされてしまう。それだけはイヤ。
酷くなる頭痛にも耐えながら進むけど、一向に変化が起きない。他の方角ならとっくに家の前に戻されていたのに。これは正解かも…。
「無理すんな。人間には耐えられんぞ」
薄暗い森にある一本の木の上から見下ろしてるヤツにそう言われた。
返事をするのも億劫だから無視。
「俺の言うことを聞けば、どんな願いも叶えてやるぞ」
「………」
「金か?男か?それとも権力か?」
「………」
「強情な女だ。好きにしろ」
やっと静かになった。ただでさえ頭が痛いのにムカつく声で更に痛くなるんだから。
ようやく開けた場所に出て、そこに家がない事に安堵。
でも、代わりにあるのは禍々しいという表現がピッタリの黒くて巨大な観音開きの扉のついた門。
見ているだけで震えるし、絶対に近づいたら駄目だってカンが言ってる。
それでも、ここから出られるならっ!
なんとか門にたどり着き、押しても開かず。引いても駄目。当然引き戸でもない。
何なのよ…。
「そろそろ諦める気になったか? それはな、人間では絶対に開けられねぇよ。ここまで来たのは褒めてやるから」
諦めてたまるものですか!
鬼門がだめだっただけ。
まだもう一つ希望はあるのだから。
すぐにUターンして来た道を戻る。
「やっと諦める気になったか! 家で待っててやるよ。覚悟しろよ。滅茶苦茶にしてやるからな!」
そればっかりね。誰が家になんて戻るものですか。
鬼門から離れると体調も落ち着く。
やっぱりカンは侮ったらだめだね…。あれは絶対に開けたらいけない扉だった。
じゃあどうするか。
鬼門には裏鬼門というものもある。鬼門の真反対の方角にあるのだけど、そっちも門と名前がつくのなら何かあるかもしれない。
こちらは進んでも寒気とか恐怖心は感じないし、いい兆候かも。
「何だ、家に来ないのか? 滅茶苦茶にするって言ったのは嘘だ。優しくしてやるから、な?」
急に態度が変わった? さっきまでは強気で上からだったのに。
無視して進み続けてたら、ついに腕を掴まれた。
「そっちは危ねぇからやめろ!」
「鬼門の方が明らかに危なかったのに。 でも止めなかった…おかしくない?」
「あっちはお前ではどうにもできないからだ! こっちは…」
「こっちは?」
「あぁもう! めんどくせぇ!」
いきなり激高した相手に押し倒された。
突然な態度の急変に意味がわからなくて…。
「俺は中古は趣味じゃねぇんだ! 記憶も全部消して、元に戻してやる!」
そう言った相手に下腹部を強く押さえられて、苦しくて…うめき声しか出ない。
「うっ…や…め…」
「いいか? お前は今から俺の女になるんだよ! 痛みと一緒にその身体と頑固な頭に刻みつけろ!」
この人は何を言ってるの…?わかんないよ…。
わかるのは力では勝てなくて…今から何をされるかって事だけ。
恐怖とかより、悲しくて涙が出た。なにか大切な約束を破ってしまう、そんな気がして…。
「……なんで泣くんだよ」
「約束、破っちゃうから…」
「ふざけるな! 裏切られたのはお前だろ! 信じてた男を他の女に取られたんだろうが!」
「そう…なの…?」
「ああ。お前の記憶を俺は見た。あまりに辛そうだったから消したんだ…。なのに…なのにお前はそんな相手への義理を立てるのか!」
「わかんないよ…。覚えてないんだもん…」
「いいだろう。思い出させてやるよ。そうしたら俺を受け入れるだろう」
頭を鷲掴みにされて、直後に流れ込んできた記憶。 子狐丸!!
……そっか、私があの子を大切にしなかったから…。悪いのは私であの子じゃない。
でも浮気されて…裏切られていい気分ではないし、悲しくて仕方がない。
だからって!
私が他の人を受け入れる理由になんてならない!!
それに…この人だけは絶対にイヤ!
お願い助けて…子きつ…ううん。あの子はもう私の頼っていい相手じゃない。
自分で何とかしなきゃ…。 でも力では勝てない…このままじゃ本当に…。
私の胸元を掴むと力いっぱい引っ張られ、服を破られた恐怖で声も出ない。
何も考えられなくなって、諦めかけた瞬間、全身から抜けていく妖力。あの家に入ってから満たされていたはずの妖力が消費された?
「手間かけさせやがって!」
「………」
スカートにまで手を入れられ、本当にもうだめ…ごめんなさい、子狐丸…。
悔しくて悲しくて…目を閉じる。せめて早く終わらせて…。
…? 突然、私に触れていた相手の動きが止まった…?
「な、なんだ…?」
目を開けると、私に覆い被さっていた相手は目を見開いて驚いていたけど、直後にすごい音がして吹っ飛んでいった。
何が起こってるのかわからず、倒れたまま見上げるとそこにいたのは…
「私…?」
無表情の私そっくりな人は、倒れている私には目もくれず、ふっ飛ばした相手の元へ行くと、殴る蹴るの凄まじい暴力。
なんとか身体を起こした私はその光景をただ見ている事しか出来なくて…。
「や、やめてくれ! 頼む…助けて…」
助けを求める声に我に返る。
「やめてあげて!」
私の叫び声に呼応するように攻撃も止む。
あれって…影? 海で見た私にそっくりな影と同じ。
妖力を消費したのはこの影を生んだからだったのね。海の時はまだ妖力なんてよくわからなかったけど…、影にこんな力があったなんて。普段のお手伝いを頼んでいた時との差に怖くなる…。
あれだけ訓練したのに、冷静じゃないとこうやって無意識に力が働いてしまうのはマズいね…。
おかげで助かったから感謝はしなきゃいけないけど。
「こっちに来て」
私の影は無言のまま戻ってきたけど、その手を見て血の気が引いた…。
血だらけな上に、指がありえない方向に曲がってる。
これ、あれだ…。人は本来なら痛みがあるから無茶をできないけど、この影にはそんなものがないから、力の限り暴力を奮った結果がこれ…。元がひ弱な私の身体なら無理もない。
じゃあその全力の暴力をぶつけられた相手は!?いくら私が非力だとはいえ…
急いで見に行くと、相手も血だらけな上に、顔も形が変わるくらいにボロボロで…。
「ごめんなさい、ごめんなさい…殺さないで…」
「助けるから動かないで!」
いくら襲われそうになった相手だとしても、怯えている人をこんな姿で放置なんて私には無理…。
妖力を使い、傷が癒える様に願う。
またごっそりと妖力を持っていかれたけど、まだなんとか…。
「大丈夫?」
「…なんで助けた」
「襲われたくはなかったし、あなたは大嫌いだけど、あんな目に合わせるつもりはなかったの。ごめんなさい…」
「また襲われると思わないのか」
「その時はまた考えます」
まだ影もいるし…。でももう無茶はさせたくないけどね。痛々しすぎるんだもの。まるで自分がボロボロになっている気分。
「悪かったな…。普通なら人間は絶対にこちらの提案に応じるんだよ。拒否された時にどうしたらいいかわからなかった…」
「今まではみんな思い通りになったと?」
「そうだ。 考えてもみろ。一夜を共にするだけで何でも願いがかなうんだぞ?」
「子供を産めとか言ってなかった?」
「それは…あれだ。比喩というか…直接言うのは色々とまずいんだ」
なんの話よ…。
「私は何もあなたに求めないから、せめてここから外に出してくれない?」
「ママになってくれるって約束は…」
「大の大人が何を言ってるのかな? もう一度、影に殴ってもらう?」
「や、やめてくれ!!」
まったくもう。




