霊戍の雪解け
ようやく雪解けを迎え、雪と寒気によって閉ざされて閑散としていた霊戍の街に段々と活気が戻ってきた。
この地を治める樊の少卿維弓の三子――維叔典は、晴れやかな笑みを浮かべながら霊戍の街を散策していた。
「うん、雪の白も悪くないが、やはり霊戍は賑わっていてこそだな」
「そうですね」
豪放に笑いかけると、未だ雪解けを見ぬような冷たい相槌が返ってくる。維叔典の従者、翟錯のものであった。
維叔典は長身で筋骨隆々の、いかにも武人という容姿である。だがその従者たる翟錯はというと、色白で線が細い。しかも維叔典が明朗快活なのに対し、翟錯は怜悧で物静かな青年である。
「うん、今日はいい気分だ。號の店で一杯やっていこう」
「わかりました」
まだ日は高いのに、維叔典は酒を呑むと言いだした。しかしこの従者は一言の苦言もなく、ただ諾というのみであった。
號の店、と維叔典が向かった酒場へいくと、そこはすでに粗衣の男たちで賑わっていた。冬から春にかけても賑わってはいたのだが、それ以上の活気である。雪解けによって道が開かれたことで、霊戍の外からも人がおしかけていたのだ。
この店はまさに、知る人ぞ知る名店なのである。
「おう、店主よ」
人をかき分けながら維叔典は進んでいった。この店の主、號とは知己なのである。維叔典が維弓の子であることも知っていた。その上で號という恰幅のよい男は、
「中は満席でな。裏の筵席でよければ空いている」
と不愛想に言ったのである。
筵とはむしろのことであり、地にむしろの敷物を引いただけの間に合わせの席のことである。いちおう領主の子であるというのに、號にはまるで忖度するような気配がなかった。
「うむ、それでいいぞ。ならばてきとうに座らせてもらうがいいな?」
維叔典は嫌な顔ひとつしなかった。號は、好きにしろと短く返しただけである。
そして外に出ると、込み合っているすだれの隙間を縫うように歩き、ようやく空きを見つけると、翟錯と共にそこに座り込んだ。
今日は賑わっており、號も何人かの人を使って給仕をさせている。とりあえず酒を二人分頼むと、そちらはすぐに供されたが、料理のほうはなかなか出てこない。料理については號が一人で行っているので、手が回っていないようであった。
気が付けば二人は腹をすかせたまま、杯だけを重ねていったのである。
「見ろ、翟錯。桜が見事に咲いているぞ」
「来た時からずっと、変わりなく咲いておりますよ」
維叔典が差したのは、號の店の裏に咲き誇る巨大な桜の木である。孟夏の暖かい風に枝を揺らし、時に花片の舞いを披露しつつ酔漢たちの目を楽しませていた。
「酔ってみる桜は、素面の時とはまた違う趣きがある」
「なるほど」
主人に話を合わせているようにしか思えない受け答えである。それでいてしっかりと、維叔典と同じ速さで杯を空にしている翟錯は、酩酊を顔にも声にも出すことはなかった。
「付き合わせて悪いな、翟錯」
「私は別にかまいませんよ」
空腹に酒精をいれたせいで酔いが速いらしい。維叔典は、唐突にそう詫びた。
「春になったら號の店で桜を見ようと、子狼と約束していてな。だから雪が融けると、来たくなった」
「その話でしたら、去年も一昨年もお聞きいたしました」
子狼――かつて維氏の人であり、今は鄭国の伯尹たる楡子狼は、維叔典の弟でもある。子狼は維氏の兄たちとは折り合いが悪かったのだが、維叔典とだけは良好な関係であった。
ちなみに子狼が霊戍を出たのは成王十八年の冬のことであり、今は成王二十一年の孟夏(四月)である。これで三度目の花見であり、その度に維叔典はこの若い――といっても、維叔典が二十八なのに対し翟錯が二十四なのでそう齢が離れているわけでもない従者に同じ話をしているのだった。
「それほど子狼さまを気になさるのであれば、一度くらい、鄭国に赴かれてはよいではありませんか。維少卿はかつて鄭伯を庇護されておられたのですから、使者を出してみてはどうかと少卿に進言なさってはいかがですか?」
「うむ、そうしたいし、何度か進言したこともあったが、父はいつも難色を示されてな」
これには樊国内における政治的な理由があった。
かつて鄭伯――姜子蘭が顓族を掃討した後、維氏の兵を返すためにその臣が霊戍に来たことがあった。その時に維弓は、祝賀として礼物を送ろうとしたのである。その話は、姜子蘭の臣、楼盾が自らの裁量では判断しかねると言ってなくなったのだが、その話が正卿智嚢の耳に入ったらしく、やがて樊伯夷皐からの使者が霊戍を訪れたのである。
『少卿は如何なる思惑あって鄭伯と交誼を結ぼうとするのか』
という、譴責の使者である。夷皐からの使者という体裁を取ってこそいるが、そこに智嚢の思惑が入り込んでいることは明らかであった。
――智嚢は、私と鄭が結ぶのを懼れている。
そう感じた維弓は、それならばと反骨心を見せて姜子蘭に使者を送ろうとしたが、重臣であり維氏の宿老でもある楼環が諫めたのである。
「今は不要に智氏を逆撫でするようなことはするべきではありません。次に三卿の間で対立が起これば、かつてのように穏便に帰結することはなく、さらに樊から卿が減ることとなりましょう」
長年に渡って維弓を支えてきた宿老にそう強諫されては、維弓としても引き下がらざるを得なかった。それ故に、維叔典の鄭行きも遠のいたのである。




