表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
魏氏罅隙

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
311/323

次代の樊伯

 魏仲洪ぎちゅうこうが小梁に出かけた翌日、杏邑あんゆうを密かに訪れた智嚢の臣、驪胡季りこき。半白の幽鬼のようなこの男は、智氏と魏氏で樊国を二分しようと持ち掛けてきたのである。

 はじめのうちは、魅力的な提案のように聞こえ、魏盈は思わず身を乗り出した。

 しかし心が動いたのは一瞬だけである。魏氏の長として、その権勢の伸張を望む気持ちはあるが、智嚢を信じるに足るかどうか、と考えた時、どうしても二の足を踏んでしまうのである。

 今の三卿は、魏氏に限らず、多面に気を払わねばならない。どの勢力と結び、どの勢力と対立するか。その判断には慎重を期さねばならないのだ。

 ちなみにこれについて魏仲洪は魏盈に、


「今は、智氏とも維氏とも、対立しないほうがよろしいでしょう。そして、結ぶべきでもありません」


 と進言していた。

 融和するにも危うく、敵対するのもまた危うい。それが魏仲洪の見解である。それはどちらもが連衡の相手として信が置けぬということもあり、また、戦うとしても分が悪い。今は智氏と維氏が手を結ばぬよう注視するだけでよい。

 後々のことを思えば、いつまでもこのままというわけにはいかない。しかし、今は表立って動く時宜ではないというのが魏仲洪の考えであり、魏盈もその意見には納得していた。

 それ故に魏盈は、驪胡季の言葉を、懐疑と警戒とをもって迎え入れた。

 垂涎の提言であるが、甘い匂いの下に毒が隠されている。そこにあっさりと飛びつくような軽率さは魏盈にはない。


「驪胡季とやら、その提言は、維氏を蔑ろにした物言いであろう。かつて六卿(りくけい)で輔弼していた樊を、今は我ら三卿で運営していかねばならないのだ。軽々に事を起こし、かえって樊に擾乱をもたらすようなことがあってはならない」


 もっともらしい言葉を並べ、穏便にお引き取りもらおう。魏盈はそう考えた。

 しかし驪胡季が、


「次の樊伯を魏氏と智氏で決められる、となってもですか?」


 と言うと、眉を潜めた。


「当代の後嗣には供酒きょうしゅさまがおられるではないか? それに、樊伯はまだご壮健であろう?」

「いいえ、近頃、病に倒れられました」


 その話は初めて聞いた。魏盈とて陽樊ようはんには偵者を放っているが、探ってきてはいない内容である。

 しかし、まだ驪胡季の話は見えてこない。いかに当代の樊伯、夷皐(いこう)こうじたとしても、夷皐が後嗣を定めているとなれば、それを臣の思惑で変えるのは僭越になる。


「今の樊は複雑な情勢にございます。また、西では虞王の威光によって顓戎(せんじゅう)(はら)われたといえど、安定はしておりません。この局面で、まだ七つの供酒さまが即位したとして、国が纏まるでしょうか?」


 もっともらしい言説であるが、魏盈としてはやはり怪訝であった。


 ――どうせ、樊の政治を執り行うのは智嚢であろう。ならば幼君のほうが都合がよいのではないか?


 都合よく傀儡に出来る飾りの君主がいないのであれば、こういった密謀を持ち掛けてくるのも分かる。しかしこの話は、確かに魏盈にとっては旨味があるが、今や樊を壟断している智嚢には利がない。


「ちなみに、もしそうするとすれば、どなたに樊伯になっていただくことになるのかな?」

「公子の黒腱(こくけん)さまです」


 なるほどと、一応、魏盈は頷いた。智嚢が話を持ってきたわけが分かったからである。

 黒腱というのは、夷皐の庶兄の一人であった。黒腱は既に三十五であり、年齢としては充分である。そしてその母というのが魏盈の叔母であり、妻は智嚢の母方の従妹なのだ。つまり、智嚢と魏盈の双方にとって近しい存在といえる。

 また、今の樊の主筋において、それなりの影響力も有していた。というよりも、その他の公子たちがほとんどいないというほうが正しい。撃鹿げきろくの戦いで戦死したか、その後の動乱で命を落とした者が大半であった。

 ただし黒腱を樊伯にするには問題がある。


「黒腱さまは、今は(けい)国におられるではないか。お迎えするのは困難であろう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ