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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
魏氏罅隙

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仲父と甥

 魏盈の元を辞し、自邸に戻った魏仲洪は、欒郁に旅の支度を命じた。


「北地より帰ったかと思えば、次は南ですか」


 小さくそう零しつつも、欒郁は従者として言われた通りに動いた。

 此度は兵も連れて行くとのことである。といっても魏仲洪は私兵というものをほとんどもっていないので、魏盈の兵を借りる形であった。

 先徹(せんてつ)という男が率いる五十の兵である。兵の支度はそちらに任せることになっていた。

 騒然となっている魏仲洪の邸宅に、魏伯譜がやってきた。多忙の最中ではあるが、中卿の嗣子を無碍にするわけにはいかず、客間に通したのである。


「我が弟のことでお手を煩わせている中、押しかけてしまい申し訳ございません」

「いいや、お気になさいますな。仲荘は私にとっても弟子のようなもの。我が身の不手際でもございます」


 この仲父おじと甥との関係は、昔から良好だった。互いに敬意を以て接し合っており、対立らしい対立をしたことがなかった。

 魏伯譜は魏仲荘についても、この仲父のことは親類として、そして師として尊敬しているだろうと思っていただけに、此度のことに困惑しているのである。


「仲荘さまのことは私が明らかにして参りましょう」

「そうしていただけると助かります。弟が私の命を狙ったなどとは、未だに信じてはおりません。悪しき者の姦計か、そうでなくとも、弟を使嗾した君側の奸がいるに違いありません」

「私も、そう見ております」


 魏盈のまえでは言うことを憚られたが、魏伯譜も同じ考えだと知って、魏仲洪は少し気が楽になった。巧く魏仲荘を説き伏せ、魏盈の前で謝罪させることが出来れば、そう大事にはならないだろう。せいぜい、邑を取り上げるか、数か月の蟄居くらいでで終わらせることが出来ると、魏仲洪は目算した。


「しかし、兄上がああも仲荘のことで悩んでいるとは意外でしたな」


 魏盈と魏仲荘の親子はあまり親しくはない。魏伯譜と同母の兄弟であるのだが、二人の母は既に故人である。母の死後、魏盈は後嗣としての立場である魏伯譜のことは尊重しても、魏仲荘についてはほとんど関わってこなかった。師弟として接してきた魏仲洪のほうが向き合った時間が長いほどである。


「あれは仲荘のことではなく、奚忌けいきが病を発したので、それ故でございます」


 二人して、呆れたような顔をした。

 奚忌というのは魏盈の子であり、今の正室たる姜女きょうじょの子である。この女性というのが、樊伯夷皐(いこう)の従妹でもある女性で、魏盈は姜女と、その間に生まれた魏奚忌を溺愛していた。

 魏奚忌はまだ五つであり、それ故に、すでに成人しきった子供たちより愛おしいというのは分かる。しかし、その子の病ていどでああも分かりやすく気落ちするのはいかがなものかと、二人は半ば憂い、半ば呆れていたのだ。


「仲荘のことが落ち着きましたら、私からも兄上に申しましょう」

「そうしていただけると助かります」


 実は、魏伯譜は何度か魏奚忌への過度な溺愛を諫めているのだが、その度に一蹴されてきたのである。

 魏仲洪は、兄といえど主君の奥向きに関わることを嫌って静観していたのだが、それが政務にまで影響するとなるとそうもいかない。


 ――悩みの火種というのは、そこかしこに燻っているものだな。


 それが人の世の辛さであり、人臣の苦しさであった。




 先徹からは、兵の支度にもう一日かかると言われた。魏仲洪のほうの準備は整っていたのだが、兵がいなくては仕方がない。その日は、家人に酒を振舞い、自らも軽く酒を呑むことにした。

 といっても、魏仲洪は一人で静かに呑んでいる。欒侑には、


「お前は今のうちに、嬴六と友誼でも結んでおけ」


 と言ったので、二人で呑んでいた。

 時候は季春きしゅんを過ぎていた。寒気の季節もじきに終わる。それでもまだ夜は肌寒く、冷えた風が夜空の雲を融かして天と地との間にある障害を取り払って、澄んだ星空を顕わにしていた。

 魏仲洪は夜空を見上げつつ、ふらふらと庭を逍遥していた。そして、端にある小さな蔵のほうへと杯っていった。

 この倉というのが、魏仲洪の他には唯一、(れん)という侍女が入る他は誰も入ってはならぬと命じられている謎の蔵である。ただし家人たちは、特に大事な芸術品を飾っているのだろう、くらいにしか思っていなかった。

 魏仲洪は鍵を開けると、炬火を照らして薄暗い室の中に入った。


「あら、こんな夜更けに来られるとは珍しいですね」


 若い女の声がした。鈴の音のような玲瓏な響きがある。


「気まぐれだ。どうせ、明日にはまた杏邑を発たねばならんからな。その前に一度、死んでいないか確かめておこうと思ったまでだ」


 魏仲洪は、突き放すような声で言った。


「私の生死などを、どうして気になさるのですか? ここから出してくださるつもりもなければ、慰み者として玩弄しようというわけでもないというのに」


 声の主は、心底不思議そうに聞いた。蔵の中には格子があって、女性は外に出られないようになっている。幽閉されているのであった。その女性は、閉じこもった生活でやや痩せぎすではあるが、肌は白く、年若い美女である。

 しかし魏仲洪は、この女性を閉じ込めて何をするわけでもなかった。


「相変わらず、よく喋ることだ。しかしお前は、そうしているほうが私としても落ち着くよ――香蘭(こうらん)

 今日の21時には外伝『春秋異聞南溟伝 -兄の真意を求め、若き王は死の国へ向かう-』の更新もあります。こちらも是認よろしくお願いします!!


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