魏仲荘
欒侑は魏仲洪に命じられた通り、維仲堰について調べてみた。しかし、そのための人手などなく、大したことは分からなかった。
そうしているうちに、魏仲洪が霊戍を去り、杏邑へと戻る日となった。
魏仲洪は改めて嬴六を呼び、去就を聞いた。
「先主に恩があるというのであれば、構いませんぞ」
「いいえ。私は、主人に棄てられたも同然です。魏氏が私を拾ってくださるのであれば、お供させていただきたい」
こうして嬴六は、魏仲洪の家人の一人として杏邑へ行くこととなった。
欒侑はその時、嬴六が主人に棄てられたと言ったのが気になった。しかしそのあたりの事情を嬴六は話すつもりはないらしい。魏仲洪も、詮索するつもりはなかった。
雪原で汗を垂らす雪掻き人夫の背を追いながら、魏仲洪の車は南へと進んでいく。北地の寒気から遠のいているのだと思うと、欒侑は少し気が軽くなった。
嬴六も、霊戍を出て暫くは顔を隠して車の後ろを歩いていたが、今は人夫に混じって鍬を手に除雪を行っている。
「まだ怪我も癒えておらんだろうに、頑丈な男だ」
魏仲洪は感心したように言った。
「ところで主人さま、霊戍での首尾はいかがでしたか? ほとんど、維叔典どののところにばかり赴かれておられましたが」
「まあ、それなりだ。後は維氏がどう出るか次第だな。それよりも今は、杏邑で溜まっているであろう政務のほうが気にかかっている」
魏仲洪は珍しく、物憂げな様子で言った。心なしか、疲れているように見える。
「主人さまの憂鬱は、長きに渡って芸術から遠のいていたからではないのですか?」
「……それもあるな。帰ったら、半日くらいは蔵に籠りたいものだ」
そう言ったからには、魏仲洪は本当に蔵に引きこもってしまうのだ。蒐集品を他者に披露するのを好む一方で、一人になって芸術を愛でたい時もあるらしく、そういう時は、家人が蔵に一歩でも足を踏み入れただけで激怒することもあるのだ。
芸術が絡まなければ、冷厳ながらも無暗に叱責や懲罰を行わぬよい主人なのだがと、魏仲洪の家人で思わぬ者はいない。
「私が不在の間に、何事も起きていなければよいがな」
そう呟いた魏仲洪の願いは、しかし叶わなかった。
魏仲洪が霊戍に赴いていたひと月半ほどの間に、杏邑である事件が起きていたのである。そのことを帰路で知った魏仲洪は道を急がせ、杏邑に着くとすぐに魏盈の下へ向かった。
「――中卿!! 仲荘が謀叛を起こしたとは、誠ですか!?」
声を荒げて入ってきた弟を、しかし魏盈は咎めなかった。
その場には魏盈の後嗣たる魏伯譜もいる。二人とも、顔色に翳がかかっていた。
「ああ、仲洪か。よく戻ったな。遠路、ご苦労であった」
「復命ならばあとで致します。それよりも、仔細をお聞かせ願いたい!!」
魏仲洪は鬼気迫る表情であった。そこで、魏盈に代わって、魏伯譜が説明することになったのである。
仲荘――魏仲荘とは、魏盈の次子である。寡黙で、気性に些かの棘があり狷介さはあるが悧巧な人であり、魏仲洪はいずれ後任の副弐にと見込んで教育していたのである。
「仲荘は私に刺客を放ち、それが露見した後に自領の小梁へ逃げました」
魏伯譜が言った。魏盈の後嗣たる魏伯譜に刺客を差し向けるというのは、次代の中卿への野心の発露に他ならず、真実ならば由々しき事態だ。
「その刺客とやらを、仲荘が差し向けたというのは確かなのですか?」
「我が家臣に捕らえられた時に、そう自白いたしました」
「刺客ごときの自白など信じるに足らぬものです!!」
「……ですので、真偽を定めるべく、父の名で、杏邑にいた仲荘に出仕を命じました。しかしその時に仲荘は、父や私に挨拶もせず、逃げるように小梁へ戻ってしまっていたのでございます」
客観的は話だけを聞けば、魏仲荘に叛心があったようにしか思えない。魏伯譜も、その言葉の端々に、弟を信じたいという兄心が滲み出ている。しかし、信じきれないというのもまた本心であった。
信じたいのは魏仲洪も同じである。ただしここで魏仲荘を表立って庇うことは出来ない。下手なことを言えば、魏盈の嫌疑の目は魏仲洪にも向けられるだろう。魏伯譜と魏仲荘が仲たがいしているような現状で、魏盈と魏仲洪の関係にまで亀裂が生じれば、魏氏は二つに割れてしまう。
「……中卿は、いかが思われますか?」
魏仲洪は、心を押し殺して聞いた。首を絞められながら話しているような声である。
「さて、どうするべきであろうか……」
魏盈は弱々しく言った。中卿として、魏氏の長として、いかにも精彩を欠いている。
「すまぬが副弐よ。おぬしが、小梁へ行ってくれぬか? いきなり兵を差し向けるわけにはいかん」
「わかりました。仲荘への処遇はいかがいたしましょう?」
「それも、一任する」
魏仲洪を信頼するようでいて、その実、責任というものを放棄したような物言いである。しかし、魏仲洪は即諾した。この時、魏仲洪も冷静さを欠いていたのである。
そしてこの決断が、魏氏の命運を大きく左右することとなったのであった。




