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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
魏氏罅隙

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霊戍の酒

 維弓いきゅうとの会合を終えた夜のことである。与えられた客舎で、魏仲洪は礼服を脱ぎ、平服でくつろいでいた。といっても、壁にもたれ掛かって何もせず、ぼうとしながら天井の木目を眺めているだけである。


主人あるじさまは、一人の時はまったく酒を呑まれませんね」


 従者の欒侑らんいくは、今は部屋の中に控えている。そして、何もせず彫像のように座している主人を不思議そうに見ていた。


「酒を呑むと頭が騒がしくなるからな」

「それが楽しいのではありませんか」


 欒侑は酒豪であった。人生の楽しみは色々とあるが、酒に勝るものはないと思っている。それだけに、下戸であるという人、酒を好まぬ人を見ると、何が楽しくて生きているのだろうか、と思う時があるのだった。


 ――主人さまの場合は、芸術が酒の代わりなのだろうか?


 そんなことを考えていると、急に魏仲洪が、ああ、と呟きを漏らした。


「なんだ、呑みたいならば呑んでもいいぞ。慣れぬ地への旅だ、疲れただろう。私のことは気にするな」

「そういうわけにも参りません」


 欒侑の体が酒を欲しているのは嘘ではないが、従者としての分別はある。


「そういうことならば、私も少し呑むことにしよう。すまないが、もらってきてくれ。盃は二つだぞ」

「……よろしいのですか?」


 欒侑は戸惑いと、気まずさの混じった声を出した。これではどうにも、酒をねだったようで後ろめたい。


「かまわんさ。どうせ、明日からは忙しくなる。酒も飲まねばならないだろう。今のうちから体を慣らしておくとしよう」


 魏仲洪が許したので、その夜はささやかな酒宴となった。ただし、魏仲洪は軽く喉を湿らす程度で寝てしまったが、欒侑は大杯に三度も酒を注ぎ、すべて呑み切っていたのである。




 旭日の白光と、道を舗装する雪の白とが混濁する霊戍の街で、魏仲洪は馬車に揺られていた。ただしその体が大きく揺れているのは、道の悪さだけではなく、まして、御をする欒侑の拙さでもない。

 瞼が重く、顔が白い。宿酔(ふつかよい)であった。


「主人さまは、それほどまでに酒が弱くございましたか?」


 欒侑の疑問はもっともである。魏仲洪は杏邑では酒席に何度も参加しているし、時には自ら開いて人を招いたりもしている。そういう場でどれだけ呑んでも、翌日には何食わぬ顔で魏盈ぎえいの下に出仕しているのだ。


「……この地の酒は、異様に酒精が濃かったではないか。むしろお前はよく、あんなものを呑んで、私よりも早く起きられたものだな」

「私はあまり気になりませんでしたね。酒に貴賤はございませんので」


 魏仲洪は従者の青年の言葉に、どう返せばよいか分からなかった。仮眠するならば着いたら起こす、と欒侑は言ったのだが、魏仲洪は、顔色は悪いままに頑なに起きている。

 そして目的の場所――維氏の行人、維嘉いかの邸宅についたときには、居住まいを正し、先ほどまで宿酔いで青白い顔をしていたとは思えぬ整然とした振る舞いでその門を叩いたのであった。


「ようこそおいでくださいました」


 客間に案内された魏仲洪は、維嘉の歓待を受けた。

 現状、魏盈と維弓の間柄はよいとは言えない。険悪といって差し支えないが、それぞれの弟であるこの二人の関係は、兄たちほどに冷え切っていない。むしろ、それ故に両氏は表立って対立していないとも言える。

 この二人が特に骨を折ったのは、虞の王子たる姜子蘭が杏邑を脱出し、維氏の領へ逃げ込んだ時であった。

 魏盈の下知を受けた蒋不乙しょうふいつは、姜子蘭を奪回すべく北へ兵を進めた。そこで、当時はまだ維氏の臣であった子狼の兵と戦ったのである。

 この一事は、魏氏と維氏の真っ向からの対立に繋がる恐れがあった。それを収めるべく交渉と調整を行ったのが魏仲洪と維嘉なのだ。


「此度は急なことであったにも関わらず、諸事に応対していただき感謝しております」

「これが私の職務ですから、お気になさらずに。しかし、婚家の話であるとは伺っておらず、驚きはいたしましたがな」


 維嘉は豪放に笑った。釣られて――そういうふりをして、魏仲洪も口元を抑えて微笑する。


「伯譜どのの影響でしょうな。我が兄も、人の親でございます。伯譜どのと、智氏の後嗣たる孟汽(もうき)どのは親しいらしく、当代の怨恨を次代に持ち込んではならぬと考えを改めようとされているようでしてな」

「なるほど。かつてのように、卿が連立して樊伯を支えるべきであると、魏中卿はお考えであると」

「はい。それこそが、樊のあるべき形でございましょう」


 魏仲洪は頷いた。腹蔵する想いがどうあれ、そういうことにしておかなければ話は進まない。


「しかし実際に、維少卿はどなたに次代を継がせるおつもりなのでしょう? いつまでも維嘉どのが少卿の名代を務めるというわけにもいかぬでしょうし――維少卿が後嗣を定められぬことには、齎字せいじの儀が執り行えません」


 その言葉に、維嘉は俯き、眉間に手を当てて弱々しい息を吐いた。

 今日で『春秋異聞』の投稿を始めて一年となります!! ここまで続けてこられたのはひとえに読んでくださり、ブックマーク、評価、感想などをくださった皆様のおかげでございます。本当にありがとうございます!!


 そしてどうか、読んでいただいた皆様の所感や1周年のお祝いを感想でいただきたいです!! 普段はあまりこのようなことは言わないのですが、1周年×300話ということで許してください!! そして読者の皆様のお言葉をください!!

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『春秋異聞』連載1周年、そして300話到達、誠におめでとうございます! 1年間という長い時間をかけて物語を紡ぎ続けること自体が素晴らしいことですが、それを300話という大きな節目まで積み重ねられたこ…
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