新年の挨拶
年が明けて十日ほど経った頃である。一人の青年が魏仲洪の邸を訪ねて来た。
「明けましておめでとうございます、仲父上」
「今年もよろしくお願いいたします、伯譜どの。陽樊でのお役目は恙なく終えられましたかな?」
溌剌とした声に、魏仲洪は小さく眉宇を潜めつつ新年の挨拶を交わした。この青年は魏伯譜といい、魏盈の長子であり嗣子である。公務のために樊の首都、陽樊に赴いており、つい先日帰ってきたのだ。
「中卿にはもう復命されましたか?」
「昨日のうちに済ませてあります。夕刻の帰着となりましたので、仲父上への挨拶が遅れたこと、申し訳なく思っております」
「そのようなことはお気になさいますな。そもそも、別に私などのところにわざわざ参られずともよろしいのですよ」
「そういうわけにはいきません。それに父からも、副弐どのに陽樊でのことをお伝えするよう言いつけられておりますので」
なるほどと、魏仲洪は悟了した。陽樊で何かあったのだろう。
魏伯譜が陽樊に赴いたのは、樊伯である夷皐へ新年の謹賀を告げるためである。今は樊伯夷皐はほとんど政務に関わっておらず、実質的な樊領の経営は三卿が独自に行っている。それでも三卿にとって君主が夷皐であることに違いはなく、年始には使者を立てて挨拶をするのが慣習となっていた。
本来であれば卿本人が赴くのが礼だが、年末年始は卿も多忙であり、名代を立てることを許されている。魏盈は、ここ数年は嗣子である魏伯譜を名代とするのが常となっていた。
「智氏と維氏はどなたを遣されましたか?」
「智氏は、正卿の長子の孟汽どのが、司徒の荀岱どのを副使として参られていました」
「正卿は司徒を向かわせたのですか」
魏仲洪は驚きの声を挙げた。智孟汽は智嚢の嗣子であり、名代とするに問題ない。しかし、司徒の荀岱といえば智嚢の補佐役であり、魏盈にとっての魏仲洪に等しい立場の人である。
――補佐をするにしても、他に人もいたと思うのだが。
魏伯譜が二十三であるのに対し、智孟汽は十七とまだ若い。卿の名代を務めるには心もとなく副使に高位の人を付けるのはおかしなことではないが、智氏の序列二位の男がそれを行うのは、いささか度が過ぎているように魏仲洪は感じた。
その感覚は魏伯譜も同じであるらしく、
「仲父上も奇妙に思われましたか」
と言った。
「杏邑や霊戍に比べ、武庸は陽樊に近いですからね。中卿が私を向かわせたり、少卿が楼右司馬を副使にするよりは支障もないのでしょうが、気にはなりますな」
そう言ったとき、魏伯譜が困り顔をしたのを、魏仲洪は見逃さなかった。
「どうされました? よもや、維氏も楼氏を副使として遣っていたのですか?」
「実は、そうなのです」
「それで、正使はどなたですか? 維氏は確か、維嘉どのが毎年の使者となっていたはずですが」
維嘉とは維弓の弟である。行人という官に就き、維氏の渉外を担っている人であった。地位と家格に問題はないが、他の二氏がしているように子を立てるべきである。維弓がそれをしないのは、維弓がまだ後嗣を決めかねているからであった。卿の名代を務めるのは嗣子の役目であり、その者を後継とするとの意思表示となる。
――維少卿は次子か三子か、内紛の端になるような子を正使に立てたか?
そう考えた魏仲洪であったが、魏伯譜の答えは違った。
「……維氏は、維少卿が楼右司馬と維嘉どのとを伴って参られました」
「本当ですか!?」
魏伯譜が言い淀んだのも、魏仲洪が思わず叫んだのも、無理からぬことである。樊国が三卿運営となってから今日まで、新年の挨拶に卿が直々に赴いたことなどなかったのだ。智氏の領は陽樊に近いが、それでも年末年始は自領の祭祀などを優先せねばならず――というよりも、今や傀儡も同然の君主への挨拶に重きを置いていないのか、謹賀の挨拶に智嚢が足を運んだことはなかった。このあたりの考え方は魏盈も同じである。
ただし維弓の場合、陽樊と霊戍の距離に開きがあることと、維氏は北方異民族の侵攻を防ぐという任があるため、氏主たる維弓が軽率に霊戍を離れられぬという事情があった。これは樊にまだ六卿があった頃から同様であり、維氏の氏長はほとんど樊伯に見えることがなかったのである。
――今の北辺は一応の平静を保っているらしいが、いつ火急が起こるかは分からない。維少卿はその胎危に目を瞑ってまで、樊伯に顔を見せに行ったということか。
維弓は樊伯への忠義厚く、しかも尊王家としても知られている。しかし清廉なだけの人ではなく、計算高く狡猾なところもあると魏仲洪は見ていた。
「維少卿は自ら来たことについて、何と言っておられましたか?」
「老齢であり、また北地は兵難が絶えず、いつ死ぬかも分からない。そう思うと、死ぬ前にせめてもう一度くらいは樊伯のもとに参内しておかねばと思ったまで、と申しておりました」
おそらくそれは建前であろう。卿の立場も北地防衛も、そのような感情だけで動かせるほど軽いものではないのだ。
「中卿は、そのことについて何か仰りましたか?」
「そういうこともあるだろう、と。それと――仲父上には必ず知らせるように、とも」
それは、魏盈も維弓の参内を重く見ているということだろう。日を改めて、魏仲洪は魏盈と向後のことを相談する必要があった。
――新年から、忙しく奔命することとなりそうだ。
魏仲洪は、胸のあたりが緩やかに締め付けられるような思いで息を吐いた。
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