樊の鴟
樊という国は虞の諸侯国の中ではかなり古く、その祖は虞の武王の甥である姜子燮である。この人は武王の焱朝討伐において軍功があり、その功を以て樊の首都、陽樊を含む四城を与えられたのである。ここから樊という国は興ったのだ。
樊国の君主はよく虞王を支え、畿内の諸侯を取りまとめた。時には虞王に代わって諸侯の紛争の仲裁にあたったり、異民族に攻められた諸侯を援けたりもしていた。名実ともに、虞王を輔弼する国であったと言ってよい。
そのことを顕著に示す逸話がある。
かつて五武というものがあると話した。虞の武王が焱朝と戦うに際して作らせた五つの武器――剣、戟、楯、弓、矛である。これらは虞王の死後、原本は武王と共に埋葬され、真似て作られた複製品が五人の臣に与えられた。
この五人の臣のうち、四人は武王四桀である。そして、残る一人というのが姜子爕なのだ。
武王四桀は虞開廟にあたって大功ありと認められた武王の股肱の臣であるが、姜子爕はそれに次ぐ功有りと評されたのである。
樊国の最大の特徴と言えば、多姓国家であるということである。
ここで言う多姓とは、その国の朝廷における顕職を占める臣の姓の多様さを指す。
少しくどいかもしれないが、氏ではなく姓である。姓は決して変わることなく、姓を同じくする者同士は先祖を同じくするということになる。そして、だいたいの国では要職を兼ねるのは国姓――国君と同じ姓を有する者が多いのである。
しかし樊はそうではない。
かつての樊の六卿の姓を挙げると、
智氏――姜姓
韓氏――姫姓
維氏――嬴姓
武氏――子姓
魏氏――姫姓
士氏――祁姓
となる。実は樊伯と同じ姜姓の卿は智氏の他にいなかったのだ。
しかも姫姓は焱朝の国姓であり、嬴姓はその臣の姓である。さらに言うと嬴姓の先祖に嬴亢という者がおり、この臣は焱朝最後の天子、紂帝に美女と酒を勧め、その権威を利用して専権を欲しいままにしたという稀代の悪臣である。
姫姓と嬴姓で生きるということは、虞の天下に置いて肩身が狭い。自分たちの祖を否定した天に照らされて生きることは難しく、日陰を好まざるを得なかった。
しかし樊という国は、そういう者たちさえ受け入れ、擢登してきたのである。
血族による縁故は強く、どこの国でも――それは虞においても例外なく、廷臣の大半は朝廷の主と姓を同じくする者なのである。
それだけに、政治の長たる正丞こそ姜姓の智氏であるが、それ以外の卿がすべて異姓であった樊国は奇異であると言ってよい。
樊国には今日まで、分かりやすい暗君というものが現れなかった。
唯一、武霊公と諡された人がいるが、この君主としても、決して暗愚というわけではない。
諡は君主の生前の功績への顕彰である。武はその最上級であり、霊は最下級である。そもそも諡号は一字が通例であり、諡号を二字並べ、しかもそれが最高と最低の二文字であるのだから、いかに後の世の樊の廷臣がこの君主の事績への評価に窮したかが分かるだろう。
ともかく、樊は累代の徳によって、虞の天日の届かぬところにいる人たちをも安んじてたきのである。
その威信が最も高まったのが荘公の時である。
しかし、すべては撃鹿の敗戦によって崩れ去った。
六卿は三卿に減り、かろうじて保たれていた均衡は破られようとしている。
「三羽の鴟が樊の中で争っている。無傷でいられる者はいないだろう。しかし、最後に残った者は樊を破り、大鳥となって飛翔することになる――」
ある男は、樊の現状をそう評した。
そして今、まさにその不穏な予言が現実のものになろうとしていた――。
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