政道と道理
朝議の場にて、姜子蘭が晋姚、供酒と接見した後のことである。
盧武成と楡子狼は、二人を守ってきた荀という老人と会合していた。
荀は字を仄という。この荀仄という人は、かつては樊の荘公の車右を務めたこともあり、樊では衛尉の官にある人である。衛尉とは、樊伯の宮殿を守護する兵の長であり、樊伯に近しい臣の一人であった。
戦車に乗るのはすべて貴族であり、国君の戦車に乗る者は信任と地位の高さをも表している。荀仄は今や多くの廷臣が三卿の顔色を窺う樊にあって、数少ない公室への忠誠を持ち合わせている人であった。そのために智嚢の専横を苦々しく思っており、その毒牙が正后と嗣子にまで伸びようとしているのを見て、激憤に駆られ、二人を連れて鄭へ逃げるという強行に及んだのであろう。
「今の樊は――というよりも、樊伯はいかなる状況に置かれているのですか?」
まずは、盧武成が口を開いた。
「当代さまは、智嚢によって酒色の毒にひたされております。昼夜を問わず後宮に籠られ、ほとんど我ら廷臣の前には姿をお見せになられません」
「なるほど。智正卿は賢明で、しかも陰黠ですな。酒と美女は毒でありながら、痛みも苦しみもございません。耽美な夢を見ながら緩やかに身を滅ぼしていけるのですから、殿中を兵で充たし凶刃を以て権勢を得るよりも、よほど人の心がおありのようだ」
楡子狼が諧謔を口にした。荀仄は少しだけ眉をひそめたが、反言はしない。正義を語り、涙を用いて姜子蘭の恵恤に縋ろうとした晋姚と違い、荀仄という老武人は現状を正しくわかっていた。
鄭は未だ、興って二年も経たぬ国である。他国の擾乱に兵を出すようなゆとりはない。敢えてそれを行うということは、樊伯の復権と引き換えに鄭国が地上から消えるかもしれないのだ。
そのことをわかっているからこそ、姜子蘭は晋姚の求めに対して言葉を濁したのである。
また、鄭国の兄師、伯尹として、盧武成と楡子狼も、火中の栗を拾うが如き出兵を勧めることは出来ない。晋姚らは鄭国にとって、招かれざる客人なのである。
「君主に過ちあらばこれを正し、善政を敷くよう教導することこそが臣の務めでありましょう。智嚢はそういった考えなど無く、あるのはただ我欲のみです。これが人臣の道と言えますかな?」
「さて、他国のことでございますので、分かりませんな。そういうことを説かれるのであれば、魏氏か維氏に赴かれればよいでしょう。とりわけ維少卿は、遠く鄭の地にも聞こえた樊の忠臣であり、尊王家でもあると聞いております」
楡子狼は饒舌で、しかも、意地の悪さを晒した。舌から形作られたようなこの執政は、根底では徳や正義を好みながら、正道や節義を語る相手には舌鋒を鋭くするのである。
「そういえば、我が国の兄師どのは武庸に足を運ばれたことがおありでしたな」
わざとらしく、楡子狼は盧武成に話を振った。ちなみに武庸は智氏の居城である。
「そこで、百姓が重税に喘ぎ、賦役に圧迫されているようなことはありましたか?」
盧武成は、楡子狼が展開しようとしている論法が読めた。虚言を吐くことに利はないが、釈然としないという想いはある。それでも、盧武成は率直な所感を口にした。
「武庸は兵が城市を巡視しており、多少の閉塞感はありましたが、民の生活は安定していて穏やかだったと思います」
「では、顓族が支配していた頃の王畿の情勢はどのようなものでしたか?」
「……困窮し、禍難に遇った者を救う心のゆとりさえないほどに、誰も彼もが自らの暮らしのことしか考えられぬ有様でしたな」
盧武成は憮然とした顔で答えた。
「お分かりいただけましたかな、荀氏よ。鄭伯は、顓族の暴政を除くべく兵を挙げられたのです。今、智氏は君主をないがしろにしながら、しかし領地では、善政とまでは言えずとも良き政を敷いています。酒色に溺れた樊伯と未だ幼きその嗣子が、智正卿よりも善き政治を行えるという保証なくば、我らは臣として鄭伯に出兵を進言することは出来かねます」
楡子狼は悪びれることなく言った。荀仄は何か言いたげであったが、口をつぐんでいる。それが楡子狼の言葉に道理を認めたからか、この場でこれ以上、二人への心象を悪くしないためなのかは、ただ荀仄のみが知ることである。
翌日の朝議である。この場には、晋姚ら樊国の者はいない。改めて、降って湧いたような北からの受難をどうするか、廷臣によって話し合うこととなった。
「晋崖に兵を遣りながら、左司馬の帰還を待つのがよろしいかと存じます」
そう進言したのは、右司馬の楼盾である。樊国の擾乱について、鄭国の者たちはほとんど分かっていない。晋姚と荀仄の言にしても、それらが主観である以上、どこまでを信じてよいかは分からないのである。
范玄の家人たる士直と均も同じ旨のことを言っているが、国として、外からもたらされた情報のみを頼みとするのはとても危うく、愚かしい行為なのである。
「いっそのこと、智正卿という人に使者を出してみてはいかがでしょうか?」
大胆にもそう言ったのは、監軍補の顓遜である。策としては悪くない。だが、それを行うには、相応に弁の立つ者が使者とならねば、智嚢にいらぬ口実を与えることにもなりかねない。
「任に堪えうるとお思いであれば、私が参りましょう。樊国の内情に通じた者を副使としてお付けいただきたい」
顓遜がそう言ったことで話は決まった。維氏の領の出身である赤錯という者を副使とし、三十ほどの兵を率いて智嚢の元へ使者として向かうことになったのである。




