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少女の話 9

 ミヤビたちは、フロウ集会を探すため、連日、街へと繰り出した。

 その間は、同じような一日が繰り返された。

 朝は、起きてすぐに広間に集まって朝食をとる。アンリとユウとヒロセと共に食卓を囲った。ヒロセが寝坊をして不在のことがあったけれど、朝食が出ない日はなかった。同じ宿に住んでいるヒロセの手伝いをしている人物が、毎日、欠かさずに用意してくれた。

 朝食を終えると、二組に分かれて調査を行う。出発前には、向かうエリアを決める。

 家や店を回り、フロウ集会の情報を集めた。当然、聞き込み以外にも、目にした街の様子や耳にした会話内容から推察したりもした。

 昼は適当な飲食店に入り、簡単に済ませる。ミヤビは、いつかユウと立ち寄った喫茶店が気に入っていた。そこのスイーツサンドとサラダのセットは、毎日だって食べることができた。

 そして、日が暮れる頃には宿に戻って、情報を共有した。

 やるべきことを終え、翌日の段取りを話し合った後は、用意してもらった夕食を食べ、部屋に戻って本を読む。

 寝る前には、決まって日記をつけた。


 そうして、フロウ集会を探す日々が続いた。

 初日こそ有益な情報が得られず、前途多難だと誰もが感じていたのだが、毎日諦めずに調査を続けていると、少しずつではあるが情報が集まりだした。

 ついには、フロウ集会に所属しているという人物が、声を掛けてきてくれた。

 街でフロウ集会のことを訊きまわっている人たちがいるという噂が広まったらしく、向こうから接触をはかってくれたようだ。


 さらなる進展があったのは、それからさらに二日経ってからだった。

 フロウ集会に所属する人物らとの会談を翌日に控えたある日。

 ミヤビたちは、ある男と出会った。


「よお、あんたら。フロウ集会を探しているんだろ」

 その男は、唐突に話しかけてきた。

 ミヤビが、アンリ、ユウ、ドロシーと共に、街を探索している最中だった。

 黒いチェスターコートに身を包み、通りの反対側から気怠げに歩いてくる。

 身につけた衣類は、セーター、手袋、パンツとその全てが黒く、夜の世界からの使者なのではないかと、ミヤビは思った。

 手には棒状の何かが握られている。あれは凶器だろうか。長さは男の腕と同じ(男はすらりと伸びた手脚をしている)ほどで、先端部分にはいくつかの針らしきものが突き出して見える。

 つんと逆立った髪と鋭い目つきには威圧感がある。目元はうっすらと黒みがかっていて、太い鼻筋が目立つ。顔面の造形はお世辞にも整っているとは言えないし、何とも不気味な雰囲気を持つ人物だった。

 男から、友好的な態度は微塵も感じられなかった。こちらを見てくる視線には、悪意のような憎らしい感情が込められており、男自身、それを隠そうともしていない。

 男は、ミヤビたちの前で立ち止まると、こちらを嘲るような、そして挑発するような薄ら笑いを浮かべた。

「誰かしら」アンリが言う。ミヤビと男の間に割って入った。

 それに連動するように、ユウがミヤビの隣に立つ。

 ミヤビに抱えられているドロシーが「面倒なことになったかな」と溢した。

「フロウ集会の者だよ」

「そう。何の用かしら」アンリは突き放すような声で言う。

「フロウ集会のこと、嗅ぎまわっているそうじゃないか。だから、こっちから来てやったんだよ」男は、威嚇のつもりだろうか、手にした棒を振り上げるような仕草を見せた。

「それはありがたいわね」アンリは言いながら、男の手にしているものを指した。「ところで、それは何?武器かしら」

「ああ。護身用のな」男は言う。「バットってな。スポーツをするための道具だとよ。そいつに釘を打ち込んである。殺傷力を上げているわけだ」

「それで魔法使いと闘うつもり?」

「あくまで護身用だ。この街じゃ、何が起きてもおかしくない」

 男はくっくと笑う。

 ミヤビは、アンリの体の陰から男の様子を観察した。

 大きな口は笑みを浮かべるように歪められているが、その目は芯から笑っておらず、どこまでも真っ暗だった。光の宿らない深淵を蓄えていて、目を合わせた者を引きずり込もうとしている。男は接する者すべてに敵意を向けているかに見えた。

「あなた、本当にフロウ集会の人間なの?」アンリは訊ねる。

「ああ。俺はフロウ集会のアモン・レッドウィングってんだ。他のやつらからは過激派だの暴力的だの言われちゃいるが、俺だってこの街のために、はたらいているわけだ」

 騎士の少女二人の目が、きっと鋭くなる。

 アモンという男を危険人物と看做したのだろう。いつの間にか、二人ともがアモンを前に身構え、いつでも素早く動き出せる姿勢をとっていた。

「街のためにはたらくのは良いことよ。けど、仲間たちからは、やり過ぎだって言われているんでしょう。だったら控えた方がいいんじゃないかしら」

「あの連中は臆病な部分があるからな。俺のやり方が気に入らないだけなんだよ。俺は俺なりのやり方でやる。合わせる気はねえ」

「あら、そう」

「まあ、組織ってのはそんなもんだ。どこかで必ず対立が生まれるものさ。街の復興を願って、同じ目標を持って活動しているフロウ集会だって例外じゃない」

「ところで、私たちに会いに来た理由は何かしら」

「さっきも言っただろ。フロウ集会のことを探しているみたいだから、来てやったんだよ」

 アモンは苛立ち混じりに言う。陽光を照り返すほどに磨かれたカットブーツ(これももれなく黒色だ)の先で、地面をコツコツと突いている。落ち着きのない仕草だ。

「本当にそれだけ?」

「ああ。あとは、大したことじゃないんだが、お前たちに訊きたいことがあってな。そっちの目的もある」アモンは凶器を担ぎ、肩に乗せる。「猫を探しているんだ。スタークという名の猫さ。この辺りにいるみたいなんだが、知らないか?」

 アンリは唇の端を結び、アモンを睨み付ける。何と切り出していいのか、頭を回転させて考えているようだ。

「知らない」アンリは言う。「どうして猫を探しているの?」

「この街を救うために必要だからだよ」アモンは言い、ミヤビの方に目を向けてくる。「なあ、お前さん。その猫を、どこで見つけたんだ?」

 ミヤビははっとして、腕の中で大人しくしているドロシーと目を合わせる。

「違います。この子はドロシーといいます」

 直感的に、アモンという男の狙いを感じ取ったミヤビは、牽制するように答える。

 その抱えている猫こそ、スタークではないのか。そうやって難癖をつけてくる気がした。

 ミヤビには、勘が鋭いところがある。けれど、今回に限って言えば、その直感的な言動が裏目に出てしまう。 

「ドロシー?その猫が、か」

 アモンは不吉な笑みを浮かべた。口がぐにゃりと不気味な形に歪められている。彼なりの笑みのつもりなのだろう。企て事があるかのような表情だ。

「おお。そりゃ、ちょうどよかった。なら、この邂逅は運命というやつだな。まさに命を運ぶということだ。お前たちは、その猫を俺のもとに運んできてくれた」アモンはわざとらしく、声を大きくして言った。

「何のことを言っているの」

「俺はな、そのドロシーって猫に用があるんだ。そして、お前たちはフロウ集会に用がある。互いにとって、いい取引ができる気がするんだが、どうだろうか」アモンは言う。

「どうして、ドロシーに用があるの」アンリは訊ねる。

 まさか情報屋が目的ではあるまい、と彼女は考えたようだ。

 このアモンという男には、暴力的な思考があるように感じられた。

「同じだよ。この街を救うために必要だからだ。さっきはスタークという猫が必要と言ったが、それはドロシーを捜すためだ。もういいさ」

「ふうん」アンリは腕を組む。「あなた、私たちが、フロウ集会にどんな用があるのかは知らないのかしら」

「ああ、知らないな。何だ」

「最近、マガツ区から猫がいなくなる事件が発生しているのよ。それも不自然なかたちでね。現場には、フロウ集会と思しき人物がいた。だから、事情を聞くためにフロウ集会を探していたのよ」

「ほおん」アモンは顎髭をゆっくりと撫でる。「そりゃあ、また、何の目的でだ」

「目的?何のこと」

「お前たち、街の外の人間だろ。というか、あんたら二人はどう見ても王都の騎士じゃねえか。しかも、この街にやって来たのは最近だろ。もっと昔からいるんなら、すぐに噂になっちまう。で、そんな遠方から、はるばるやって来た騎士たちが、朝から晩まで、街でフロウ集会を探し回っている。その理由は、猫が失踪した事件に関わっているらしいからときた。王都の騎士様が、他所の街でそんな慈善事業をすんのか?違うな。もっと別な理由があるように俺は思う」

 アモンは、こちらを鋭く睨みつけてくる。

「こちらにも事情はあるの。けれど、あなたには関係のないことよ」アンリは負けじと言う。

「そうか。まあいい。何にせよ、事態はシンプルなかたちに収まっているように思う。結局のところ、お前たちの目的はこの街から消えた猫を取り戻すことだろう」アモンは、思惑を見透かしたように口の端を上げる。

「あなたは、そのいなくなった猫たちの居場所を知っていると言いたいわけ」

「その通りだ。そして、さっきも言った通り、俺はそのドロシーという猫に用がある。そこで、取引というわけだ」 

「猫の居場所を教えるから、ドロシーを渡せ、と?」

「そうだ」

「断るわ」アンリはすぐに言う。

 アモンは一瞬、怪訝に眉根を寄せた。ように見えた。気のせいかもしれない。

 けれど、何かしら不愉快な感情を得たようで、それを顔に表していた。

 アンリが拒否したことに対し、「そりゃあ、どうしてだ?」と、訊ねてくる。

「街の猫がいなくなった理由には、あなたが関わっている可能性があるからよ」

「ほおん」アモンは首を大きく傾ける。「どうして、そう思うんだ?」

「街から猫がいなくなった。その理由は誰にもわからない。だけど、予想がついたの。現場にいたというフロウ集会の人間。彼らによって攫われたんじゃないのかってね」

「どうだろうな」

「そして、捜査をするうちに、こんな情報が入ってきたの。現場にいたフロウ集会は、過激派と呼ばれている集団だと。ねえ、つまりは、あなたのことよね」

「かもな」

「猫を攫ったかもしれない。そんな危険な人物にドロシーを渡すわけにはいかないわよ。当然でしょう」

 アンリが言うと、アモンは口の端を結び、黙り込んだ。

 目線は、目の前の騎士たちに向けられている。じっとりと舐め回し、あるいは突き刺すように敵意が込められている目だ。

 彼は、アンリの態度に怒りを覚えているのだろうか。

 ミヤビが感じたところによると、そうではなかった。

 アモンは、ただ純粋な気持ちで精査している。

 目の前の騎士二人をどう出し抜いてやろうか。その算段を頭の中で構築している風に見える。

 ふと、辺りが異様に静かなことに気がついた。

 皆が示し合わせたかのように、一帯には静寂が保たれていた。

 この静けさは、目の前の邪悪な男がもたらしたものなのだろうか。

 ミヤビは、アモンの姿を視界に捉え続ける。そして、この男のどこに、邪悪を感じたのだろうかと考えてみた。

 アンリとの会話はすべて聞いていた。すると、男の言動には、つかみどころのない漠然とした恐ろしさがあるように感じた。

 夜道を揺蕩う冷気のように、実体を持たず、目に見えない存在だが、こちら側に干渉し、確実に蝕んでくる。そんな恐ろしさだ。

 しかし、男のそれには、いくらかの誠実さがあるようにも思えた。

 それが何を意味しているのかまでは理解できていない。しかしながら確かに、男の邪悪さは、一定量の正しいとさえされる価値感を伴っていた。

 この怪しさを、ミヤビは以前にも一度、味わったことがある。

 どの場面であるかは思い出せない。ミヤビは、これまでの人生の中で一度だけ、現在、対峙しているのに似た邪悪さに向き合ったことがあるのだ。

 当時の様子をなぞって考えるならば、このアモンという男の邪悪さは、正当な秩序のもと遂行される事柄であり、彼なりの正義が内包されているらしいのだ。

 アモンは奇妙な立場にある存在だった。

 現在の状況では、悪に分類されかねない様相であるのだが、世界的にみれば、彼は中立にあり、またとある世界(ここでは、フロウ集会の過激派だ)からしてみれば、紛れもなく善なのだから。

「お見事。想像通りだ」アモンは手を叩く。「マガツ区の猫を片端から捕まえていたのは、俺だ」

 その瞳は黒く輝いている。

「どうして、そんなことをしていたの」アンリは訊ねる。

「そのドロシーという猫を手に入れるためだよ」

「ドロシーを手に入れて、どうするつもりなの」

「あの大天使様の元に連れて行くんだ」

「大天使?」

「おい、いいぞ」アモンが言い、片手を上げる。

 すると、二十人ほどの集団が通りに姿を現した。それまでどこかに潜んでいたようで、アモンの合図により、ぞろぞろと統一性のない歩き方で、こちらに近づいてきた。

 やがて、集団はミヤビたちを囲うようにして、留まる。

 よく見ると、皆が皆、手には凶器と思しき道具を携えていた。それは刃物であったり鈍器であったりと様々だ。とても平和的な展開になるとは思えない。獲物を前に昂る狩人のような彼らの表情からも、友好的な証を感じとれはしなかった。

「そういうわけで、俺はドロシーに用があるんだ」アモンは言う。これは警告だとばかりの厳しい顔つきだ。

「彼ら、全員がフロウ集会かしら」アンリは周囲を見回す。

「ああ。俺と同じ理想を持つ、いわば同士だ」

「つまり、もれなく過激派ってことね。穏やかな話し合いはできそうにない雰囲気じゃない」

 言いながら、アンリは腰のホルダーに手を添える。

 それとほとんど同時に、ユウが隣に立ち、耳打ちをする。「派手に動くことはできないよ。他所の街との間で何かあったとなれば、大きな問題になりかねない」

「マガツ区は代表不在よ。王も帝もいない」と、アンリは言う。

「王都の騎士が街の外で、魔法使い相手でもないのに戦闘を起こしたなんて噂されるかもしれない。それは後々、私たち自身の首を絞めることになる」ユウは一層、声を顰めて言う。「何より、この子がいる」

 アンリが横目で見てくる。ミヤビは、その注意深い視線に気づく。

「退却するしかないのかしら」と、アンリは溢す。

「彼らが襲い掛かってきたら私が引き受けるから、ミヤビちゃんとドロシーを連れてここから離れて」

「わかったわ。ひとまず、様子をみましょう。けど、身の危険を感じた時は躊躇しないから」

 ミヤビたちは、住宅街の通りの端で、建物を背にフロウ集会の過激派たちに囲われている。彼らは扇形に隊列をつくり、獲物を追い込む構えをしている。猫一匹、逃がすまいと目をぎらぎらに輝かせている。

 ここから抜け出すのには一苦労だと、ミヤビは思った。

 アンリやユウは騎士であるため、戦闘能力は高いだろう。ドロシーだって不思議な力を持っているのだから、この場を切り抜けることに関しては、どうにかなるだろうが、穏やかなやり方では厳しいことが予想される。

 アモンが、隊の中から一歩前に歩み出る。代表を気取った風に、口を開く。

「話し合いが続くかどうかは、お前たち次第だ。当然、俺たちとしても事を荒立てたくはないんだが」右手に持つバットの先で、地面をごんと叩く。威嚇のつもりだ。「やむを得ない場合もある」

 呼吸が苦しくなるように、空気が張り詰める。

 一触即発の雰囲気だ。

 ミヤビは唾をのみ、事の行く末を見守っていた。

 ひょっとして、自分の身に危険が降りかかるのではないか。そんな緊張が全身を駆け抜けた。

「なんだか厄介なことになりかねないしさ。ボクも協力するよ」

 ふと、ミヤビの腕の中からドロシーが言った。アモンたちに聞かれないよう、声を顰めていた。

「何か策があるの?」

「ここを抜け出す。でも、そのおかげで、少しばかり面倒なことになるかもしれないけど、まあ、後のことは後で考えよう」

 ドロシーはそう言って、欠伸をした。

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