少女の話 8
ミヤビはユウと共に、フロウ集会の居場所を探るため、中央広場付近の住宅街を訪れた。
ヒロセ曰く、フロウ集会は最近、中央広場で支援活動を行っていたそうで、近隣に住む者であれば、彼らの居場所について心当たりがあるかもしれないとのことだった。
調査は、日が昇り始めた早朝から行われた。
住宅街にある家を一軒一軒訪ね、フロウ集会に関する情報を集める。
しかし、調査は難航した。有力な情報というのは、簡単には得られないものだ。
ミヤビたちは、次から次へと家を回った。
王都からやって来た、いかにも騎士といった格好の少女と、それに付き添う田舎娘(ミヤビ本人からしても、故郷の村は田舎と呼べる)が、早朝から玄関を叩いてくる。
怪しい状況ではあるが、何か訳のありそうな二人組の来訪は、意外にも受け入れられた。
突然、訪れたのに、玄関先で突っぱねられるなんてことはなかった。皆、話をしてくれた。
この街の人々は、魔法使いの襲撃によって、平穏な日常を奪われている。
奇妙な来訪があったところで、少なくとも姿形は人であるし、意思の疎通ができるということで、恐ろしいともなんとも思わないのかもしれない。
昼になると、観葉植物を店先に並べた小粋な喫茶店に入り、昼食をとった。
ミヤビは、スイーツのサンドイッチとサラダを注文した。食後には、ミルクコーヒーを用意してもらった。
ミヤビは、この街で流れている通貨なんて持ってはいなかったのだが、そのあたりは騎士の二人が工面してくれた。彼女らにとってどんな利点があるのかはわからなかったけれど、故郷の村に帰るまでの間は、金銭面を含め、あらゆるかたちで協力をしてくれるようであった。
そういえば、二日前の夜、部屋を訪ねてきたアンリが言っていたではないか。
自分が故郷の村に帰ることができた暁には、魔法使いについての情報が、何か得られる気がするのだ、と。確かそのようなことを口にしていた。
つまり、彼女たちの最終的な目的はどうあれ魔法使いに関する情報を手に入れることであり、ミヤビへの協力は、そのための過程だということだ。
しかし、自分と魔法使いには接点なんて、まるでない。
そもそも目にしたことも一度しかなく、それまではおとぎ話に登場する、空想上の生物だとばかり思っていたのだ。
だというのに、騎士の二人はいったい何を期待しているのだろうか。
ミヤビにはわからなかった。
だから、わからない身分なりに考えることなどせず、むしろ、深く考え込まないことにした。
彼女らには何かしら企みがあるのだろうということは予想できる。けれど、ミヤビには関係のない事柄だと踏んだ。憶測である。
ミヤビの目的は、村に帰ることだ。
一人では難しいことかもしれないが、協力者がいてくれることはありがたいし、それが王都の騎士であるならば、なんとも心強い。
共に行動していて感じたことだが、彼女たちはこの件に本気で取り組んでくれている。
ならば、応えなくてはならない。それが道理というものだ。
無事、村に帰ることができたのであれば、今度は自分が彼女たちの助けになろう。できることがあるなら、協力しよう。
ミヤビは、食後のミルクコーヒーを口にしながら、そう心に誓った。
昼食を済ませると、調査を再開した。
付近の住宅街は一通り訪れたので、今度は、繁華街の方へと出向いた。
日が高くなる時間帯だと、住宅街よりも人気がある一帯となるため、調査も充実するものになるだろうと考えたからだ。
予想通り、繁華街は人で賑わっていた。
無論、賑わいと言っても、それは形式的なものではある。彼らが真の意味で賑わうことはない。明るく振る舞うことはできても、胸の奥底はどんよりとした曇で覆われているためだ。
繁華街は、大きな通り三つがコの字に組み合わさって、広く展開する一帯である。
ミヤビたちは、通りを往く人々や店舗の人々に話しかけながら、素早く通りを回った。
フロウ集会という団体について、お聞きしたいのですが。
さて、何だい。
この辺りでフロウ集会の方々が活動してはいませんでしょうか。
いないねえ。今はいない。最近は全然、見ないよ、あの人たち。
団体に属する方ならどなたでも構いません。居場所を知りませんか。
あれは、いつもどこで集まっているんだろうね。そんなとこまでは知らないよ。
そうですか。ありがとうございました。
そんなやり取りが、何度も繰り返された。
ミヤビたちは挫けず、聞き込みを続けた。
けれど、有益な情報を得ることはできなかった。
フロウ集会は、すでにこの近辺からは撤退している。その事実が、今日、もっとも重要と言える収穫であった。
ふと見上げると、いつの間にか日は落ち、橙色の空と灰色の雲が街を覆っていた。母が子に向ける眼差しのような、優しく暖かい日差しが、ミヤビたちを照らしていた。
ここまでのようだ。夜を迎える前に宿に戻り、別行動をしていたアンリ、ドロシーと情報を共有する必要がある。
ミヤビとユウは帰路につく。
「明日はもう少し北のエリアに行ってみようか。この辺りほどではないかもしれないけど、住宅地があるようだし」ユウが言う。落ち込んでいる相手を慰めるような優しい声音だ。
「フロウ集会は、ここよりさらに北に進出したのでしょうか」ミヤビは言う。
「どうだろうね。けど、そうだとするなら、この辺りで目撃情報があったはずだよ。きっと北のエリアからは撤退しているんだよ」ユウは来た道を振り返り、指した。
「やっぱり、もうこの辺りにはいないんですよね」
「でも、フロウ集会そのものがいなくても、その関係者はいるかもしれない。あるいは、フロウ集会に所属している人物と会うことができるかもしれないよ。関係者が一人でも見つかれば、進展はあるはずだから。明日も頑張ろう」
そう言って、ユウは微笑む。
ミヤビには、このユウという名の騎士の少女が、歳の離れた姉のような存在に感じられた。
実際のミヤビの家族構成に、姉は存在しない。兄はいるものの、姉や妹はいない。なので、姉というものがいったいどのような性質を持つ存在であるのか、ミヤビは知り得ない。
しかし、頭の中に理想像はある。すなわち、姉とはこうであってほしいという願望が、少なからず浮かんでおり、その姿にユウという騎士は当てはまって見えるのだ。
ミヤビは、この帰郷の冒険譚において、ユウという騎士の少女を、同じく騎士であるアンリとは異なった点で、頼りとするところがあった。
ユウは、アンリに比べて穏やかな面がある。周囲の状況や人をよく観察して、数手先を見据えた発言ができる人物だ。また、その際には、損得勘定によって導き出された言葉などではなく、周りを気遣った意見を口にする。
普段から、人間関係に気を遣っているのだろう。言葉の端々からは面倒見の良い人柄もうかがえる。
そのような性格と分析したことから、やはり、彼女は姉のような存在だと思った。
宿に帰ると、アンリとドロシーが待っていた。
ミヤビたちは早速、調査結果の共有をした。
アンリたちは西のエリアの調査をしていた。西のエリアには住宅街が多いらしい。そのすべてを回ることはできなかったそうだ。
そして、ミヤビらと同じく、フロウ集会に関する有益な情報を得ることはできなかったようだ。
つまり、今日一日を通してみて、フロウ集会の居場所を知ることはできなかったわけだ。
ヒロセが用意してくれた夕飯(正確には、ヒロセの宿に同居している人物が拵えたものだ)を食べ終え、各々の部屋に戻る。
今日の目ぼしい収穫はない。警察のような聞き込みの調査などしたことはないし、そのような展開は物語の中でしか味わったことがない。すぐに結果が出るものだとも思っていなかったが、これは中々に骨が折れるぞと、ミヤビは意気込んだ。
丸一日、調査を行ってみて進展がなかったため、精神的にまいってしまっていた。気持ちを落ち着けようと、昨日まで進めていた読書を再開する。気分が沈んでいる時は、決まって本を読むことにしていた。
ヒロセから借りた街の歴史に関する本は、何とも興味深い知見をミヤビに与えてくれた。
ミヤビはこれまで、歴史書のような厚い書物を進んで読み込んだことはなかった。どちらかと言えば、物語性のある、おとぎ話のような本が好きだったため、歴史的な書物など、自分には合わないものだろうと思い込んでいた。
けれど、いざ読み始めてみると、そこにはまったく未知の世界が広がっており、面白いと感じるかどうかは些細な問題として、年相応な知的好奇心が、胸の底で鼓動を始める。
その歴史、過去の事実は、創作された愉快なおとぎ話以上に刺激的な体験を、ミヤビにもたらしてくれる。
本の中身は、難しい言葉が堅苦しい文脈で並んでいる一見して退屈なもので、そこに物語性はない。ただ、事実の羅列。真実の追求。偽りのない、本質を説いた、実態が綴られている。
それでも、ミヤビは夢中で読書を続けた。
自分が、この本の虜になってしまっていることに、自分自身で気がつかなかった。
やがて、最後のページまでを読破した時、ミヤビは一種の放心状態に陥った。
しかし、これはミヤビの中にある何かしら貴重な物事が損なわれたことを意味しているのではなく、むしろ、この瞬間にこそ、本から得たあらゆる知識や事象、そしてそれらを構築するための想像力が、蓄積されている証であるのだ。
ミヤビは、しばらく天井を眺めていた。
それから少しして、ふっと短い息を吐いた。手元に視線を戻す。読み終えたばかりの本が、借りてきた時よりも厚く、重たくなっているような気がした。
背表紙に触れ、端から端までを順に辿るようにして指先でなぞる。ざらざらとした感触があった。
指先から流れ込んできたこの感触は、ミヤビの中で、外部からの刺激としてもっとも意味深いものとして、重要な機密事項のように扱われた。
この指先の感覚を忘れてはならない。声とも呼べない声らしき音が、どこかから聞こえてくる。頭の中に響いている。これは幻聴ではなく、意味を持った音だ。
ミヤビは本を返し、表紙に目をやる。
煌びやかな色で飾られた題名と、何かを象徴しているであろう文様を少しの間、見つめた。
そして、無言のままに最初のページを開いた。再び、本を読み始めた。




