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少女の話 7

「フロウ集会という団体を探す必要があるみたいだ」ドロシーが言った。

 食卓を囲む全員の視線が、卓上に座る(行儀はよくないが、猫なので仕方がない)ドロシーに集まる。

 ミヤビとアンリ、ユウ、ヒロセの四人だ。

 ドロシーは首をくいっと曲げたあと、顔を振るわせた。欠伸をする。

「スタークから聞いた話だと、街からネコが消える理由には、フロウ集会が関係しているらしいんだ」

「フロウ集会か」ヒロセは背もたれに深く体を預ける。「その事件、解決するのに一筋縄ではいかないかもね」

「フロウ集会っていうのは、マガツ区の自警団のこと?」ユウが訊ねる。

「そんな具合だね。マガツ区の復興を目指しているみたいで、日々、あちこちで活動している団体のことだよ」

「素敵な団体なんですね」ミヤビは言う。「街のため、人々のために尽力するのは素晴らしいことだと思います」

「そうだね。彼らの活動自体は問題じゃないんだけど」ヒロセは腕を組む。「組織内に派閥があるみたいなんだ。中でも、過激派とされている集団が厄介な連中でね。接触するなら気をつけたほうがいい」

「そうなんですか」ミヤビは不安そうに溢す。「でも、フロウ集会の人に聞けば、この街の猫の行方がわかるということですか」

「そうみたいだよ。スタークが言うには、ネコたちが姿を消した現場には、必ずフロウ集会の人間がいたらしい」

「誘拐の可能性があるわけね」と、アンリは言う。

「それは、まだわからない。けど、ボクもその可能性を考えている。あるいは、脅されてたりして縄張りを追い出されたとか。けど、もれなく街からいなくなるなんてことはあり得ない。何にせよ、フロウ集会は何か知っているはずだ」

「じゃあ、明日はフロウ集会への聞き込みね。彼らを探して、事情を訊く」アンリは張りのある声を出す。この件について、気合いを入れて取り組む姿勢だ。

「二手に別れようか。そのほうがいい」ユウが提案する。「私とミヤビちゃん。アンリとドロシー」と、名前を挙げながら、指を立てる。

「私たちは別行動するの?」アンリは組み分けに不満があるわけではなさそうだが、訊ねる。

「過激派と接触してしまったら何が起こるかわからないからね。危険になった時、守ることができるように、一応、私たちは別々にしておこう」

「そうね。わかったわ」

 ミヤビは、ユウの横顔をじっと見つめる。

 その視線に気づき、ユウは微笑みを見せる。

「私たちは王都の騎士だからね。何かあった時には盾になるよ」

「それは、たとえば暴力的な展開になった時などでしょうか」

「そうそう。そんな時でもちゃんと守るから。安心していいよ」ユウは握り拳を胸の前に掲げ、ふふっと笑う。

 力強く逞しい彼女の腕に、頼もしさを感じた。


 食事を終え、ミヤビは部屋に戻る。

 手には、ヒロセから借りてきた本を数冊抱えている。

 寝るまでにまだ時間があるので、読書でもしようと思い、ヒロセに貸し出しを頼んでみたのだ。

 マガツ区の歴史、生き物の起源、社会心理学、数字の概念、昔の人々の暮らし。

 ヒロセが持っている本は、ミヤビにとってはどれも小難しいものばかりだ。その中から、幾分、興味のある本を選んだつもりだった。

 それでも、ミヤビが好きなおとぎ話の類に比べると、純粋な気持ちで楽しめるようなものはなさそうだった。ならば、学びを得る心持ちで読書をしてみようか。時には勉強することも大切なのかもしれないと、ミヤビは思った。

 部屋の扉を開ける。

 すると、複数の視線が一斉に、自分に対して向けられたような感覚があった。こちらからは認識しづらい物陰から、一方的に覗かれているような寒気が、首の後ろを走った。

 はっとして、周りを見る。廊下には誰もいなかった。

 室内に視線を戻す。もちろん室内にも誰もいない。いるはずはない。ただ静かな部屋が、ミヤビを迎えているだけだった。

 そこは、ヒロセが用意してくれた部屋だ。家具が少なく、生活感のない部屋だ。

 けれど、それが良い雰囲気に感じられる。いくらか好意的に受け取ることができる。

 普段、暮らしている部屋とは全く、構造からして違うのだが、自分がどのようにしてこの部屋を理解し、受け入れることができたのか、ミヤビには不思議だった。

 ミヤビは、自分の心の本質的な部分が、長年、暮らしてきた部屋に住み着いてしまっているからなのだろうと考える。

 毎日、寝起きをして、本を読んで、家族と話をした、忘れられない部屋だ。

 肉体は遠く離れた地へ移っていても、心は離れられるわけがない。

 我々の心は、いつも自分の中ではない何処か、信頼のできる場所に根付き、安寧を築いているのだ。

 そういった自分にとっての居心地の良い部屋が存在しているからこそ、雰囲気の異なる場所を愉しむ心を育むことができるのだろうと、ミヤビは思う。

 旅先の宿がどれほど質素なつくりであっても、特別に感じるのはそのためだ。

 ミヤビは、ヒロセに借りた部屋のことを特別、気に入っていた。

 最初、見た時こそ殺風景に思え、過ごすのに苦労はあるまいかと不安だったのだが、居心地はまるで悪くなく、一晩明かしてみれば、贅沢な都暮らしのような豊かさを、日常の一部として味うことができる潜在性を仄めかしていることがわかる。

 もちろん、それを意図したかたちで部屋が用意されているわけではなく、ミヤビが感じ取っているに過ぎない話なので、万人にとって当てはまるわけではない。皆が皆、似通った感性をしているはずもなく、部屋を気にいることはないだろう。

 ただミヤビに限って言えば、この部屋を借りることができ、幸福とさえ感じていた。

 部屋に入り、扉を閉める。もう視線は感じない。室内にはミヤビ、ひとりだ。

 机の上に本を並べる。今日、読むものを一つ選び取り、残りを几帳面に、背を揃えて積み重ねる。

 選んだのは、マガツ区の歴史についての本だ。

 椅子にかけ、本を開く。

 厚い表紙をめくる。指の先が本当に微かにだが、震えているのがわかる。待ち侘びているためだ。

 未知の世界へと足を踏み入れる勇気は、時として、人の精神を蝕む。けれど、新しく本を読み始める時はいつも心がおどった。学びは世界を見つめる視野を広げてくれるし、心を豊かにしてくれるからだ。知識を得ることは人生を謳歌するための由緒正しい欲求であると、ミヤビは思っていた。

 街の歴史が記された本を読み進める。本は全部で五つの章によって構成されており、どの章から読み始めても問題のないつくりとなっていた。ミヤビは一章から順に読むことにした。最初の章は、マガツ区が誕生した経緯であった。

 部屋は、望むべく静謐とはまた異なる、異質な空気を含んだ静けさに満たされていた。ページをめくり、文字を指でなぞる音だけが存在している。そこには高潔さなど微塵もない。けれど風格のある確かな空間であった。ミヤビはそんな部屋の中で、ただひとり本を読んでいた。

 ふと、ミヤビはマガツ区の夜の街並みを眺めたくなった。

 本の内容に影響されたのは言うまでもないが、夕刻、中央広場で見た時計塔のことが頭にはあった。昼と夜とで異なる姿をしていた様子を思い出し、改めて見てみたくなったのだ。

 しかしながら、深夜の勝手な外出をアンリたちは許さないだろう。約束をしたわけではないが、そんな気がした。

 ミヤビは、ヒロセや騎士の二人に断りを入れず、こっそりと部屋を抜け出し、宿を出た。

 人気のない通りを、こつりこつりと歩く。

 夜道は森の中のように薄暗い。街灯が並んでいるが、灯は心許なかった。

 街は静かだった。空気は冷たい。

 夜の静けさと、夜の冷たさだ。

 夜空を見上げ、ふうっと息を吐く。紺色に染まった空に、白い星が点々としている。月も現れていた。どういった原理かは知らないが、銀色の輝きを発している。その光が夜の世界を照らす導となっている。

 実に見覚えのある空だった。

 故郷の村で見たことがある。それと同じ類の空が、マガツ区の上にも広がっているのが確認できた。

 安心していい。自分は家に帰ることができる。

 か細く弱っていた心を、己の言葉で鼓舞してみせる。

 空が教えてくれた。世界は繋がっているのだと。この街は、故郷の村と同じ大陸に、ちゃんと存在しているのだ。

 考え事をしながら、ミヤビは歩き続ける。目的地はない。

 気づけば、時計塔のある中央広場へとやって来ていた。

 無意識的に、そこに足を運んだのだ。夜の世界でも、変わらずそこに在る時計塔の姿を、確認してみたくなったのかもしれない。

 果たして、時計塔は広場に佇んでいた。夜のマガツ区に溶け込むようにして、眠っている。この街では、夜になるとすべてのものが眠りにつくようだ。

 人が眠る。獣が眠る。建物が眠る。通りが眠る。時計塔だって、例外ではなく眠るのだ。


 この塔は、何かを待っているみたいだ。

 時計塔を見上げて、ミヤビは思う。

 目の前にある塔は、ただの建築物なのではなくて、街のシンボルに過ぎないわけではなくて、それ以上にもっと重要な、舞台装置としての役割を果たすという使命を持った上で存在しているらしかった。

 もちろん、時計塔に、そのような意思表示があるわけではない。

 どこかに目印があるのだとか、メッセージが預けられているのだとか、そのような、決まりきった待ち方を示してはいない。

 ただ、来たるべき時と、そこで訪れる何者かを、ひたすらに待っているのだと、ミヤビは、そんな想いを感じ取ってしまった。

 つまるところ、この物語における時計塔は、ある時、ある人物により開かれ、動き出すことで物語を進展させる重要な役割を持っている。

 しかし、それが何を意味しているのかは、まだ明らかにならない。この街についての情報が足らない上に、今の彼女には、これからやることがある。

 この塔の真髄に触れるのは、もう少しあとのことである。


 しばらく時計塔を眺めたあと、明日は朝早くから活動するのだと思い直し、ミヤビは宿に戻った。

 読書を少し続け、日記をつけ、静かに眠った。

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