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少女の話 2

「起きたの」赤い髪の騎士が言った。

「飲み水を持ってきたよ」と、背の高い騎士が言った。筒状の容器を差し出してくる。

 ミヤビはそれを受け取った。

「ありがとうございます」

 水を一口、含む。喉の乾きが解消された。

「体調は大丈夫そう?」と、今度は赤い髪の騎士が、心配そうに覗き込みながら、言ってきた。

 装いのおかげで威厳ある風に映るが、年齢はミヤビと同じほどに見える少女だった。

 童顔で、肩よりも短い髪は、陽光を蓄えているのかというほどに明るい綺麗な朱色をしている。

 彼女の名は、アンリという。

「はい、おかげで。あなたたちが助けてくれたんですよね」

 ミヤビは、扉の前に立つ二人の騎士を交互に見た。

 白い軍服に身を包んでいる彼女らは、王都の騎士である。

 この大陸でもっとも栄えた巨大な都市――「王都」と呼ばれている――で活動する部隊の呼び名であり、その隊員の呼び名でもある。

 秩序に則り、法を敷いたその街で唯一、逮捕権を有する組織であり、人々からの信頼も厚い。

 一般に、正義の代弁者、および、善なるものに与する存在ではあるので、畏れる必要はない。むしろ頼りになる者たちである。そして、それは王都の外であっても同様であった。

「助けたというか、あなた街の外で」アンリは、隣に立つ背の高い騎士と顔を合わせて、「倒れていたのよ。今日は、近くで魔法使いが発生する予報があったし、あのまま放っておくわけにはいかないから、連れてきたの」と、説明してくれる。

「助かりました」ミヤビは礼を言う。

「無事で何よりだよ」背の高い騎士が、言う。

 こちらは、長い黒髪で優しそうな目元をした少女だった。

 赤い髪の騎士とは反対に、印象的なほど背が高く、隣に立って目を合わせようとすると、少し視線を上げなければならない。落ち着き払った様子もあって、大人っぽく見える。

 彼女の名はユウという。

 ミヤビは二人の騎士に名乗ると、早速、訊きたいことがあるのだと告げた。

 せっかく当事者に会えたのだから、確認しておきたいことがあった。

「私がいた場所の近くに、他に人がいませんでしたか」

 騎士の二人は、顔を見合わせる。

「あなたは一人だったわよ」と、アンリが答えてくれる。

「そうですか」

 どうやら、自分を攫ったあの眼帯の男は、姿を消したらしい。

 どうか夢であってほしいと思ったあの出来事も、やはり現実のもののようだ。

「誰か探しているの?」ユウが訊ねてくる。

「実は」

 ミヤビは二人の騎士に、自分がどうしてあの場所で倒れていたのか、ヒロセの意見を参考に、そのいきさつを説明した。推測だけれどという断りを入れて。

 一通り、話を聞いたあとで、騎士の二人は労りの言葉を口にしてくれた。

 ミヤビは、自分が倒れていた場所の近くに、誘拐犯である眼帯の男らしき人物がいなかったかを、二人に訊ねてみた。

「うん、やっぱり、あなたの言うような人は見なかったわね」と、アンリは言った。

「魔法使いを見かけたから、逃げ出したとか」と、ユウが言った。

「魔法使いが、近くにいたんですか?」

「私たちがあなたを発見した時は、いなかったわ。だから、あなたを無事に確保できたんだもの」

 それは、魔法使いが近くにいたならば、下手に動くことができず、危ない状況だったと言っているようにも取れた。

 魔法使いは災厄の象徴。破壊の力を持つ恐ろしい存在。それは、ミヤビの村でのおとぎ話に限らず、大陸中の共通の認識であるらしい。

 これほど気高く、正義感の強そうな騎士たちが及び腰になる姿は想像できないが、いざ魔法使いに出会ってしまった時のことを思うと、わからないでもなかった。

 魔法使いを見て、感じることは恐怖だけではない。

 自分の想像力では、浮かびもしないほどの偉大なものを前にした時の、なんとも言えない幸福感。そして、己の全てを委ねてもいいとさえ錯覚しかねない信仰心。そういった類いの情動は、人の理性で蓋をしてしまうには大きすぎるようで、不思議なことに、自分のことであるのにも関わらず、自分の頭は、考えることを半ば放棄してしまう。

 つまり、魔法使いを前にした時、人は自分の頭の中に蔓延した未知の感情の詰め合わせに慄き、それ以上の思考をやめ、ただ目の前にある現実を見ることだけに集中して動けなくなるのだ。

 他一切の行為を見逃して、ある種、人でなくなってさえしまう。

 魔法使い。

 あれは、言葉では表し切れない、何か得体の知れない感情を呼び覚まさせる、不思議な生き物なのだ。

「とにかく、私たちがあなたを見つけた時、あなたは一人だったわ。近くに誰かがいたわけじゃない」

「そうですか。まあ、そうですよね。そんな気はしてました。ありがとうございます」ミヤビは律儀に、礼を言う。

 騎士の二人は顔を見合わせる。目だけで何かを語り合っているように見えた。

 少しの間だけ、室内に沈黙が訪れる。

 ミヤビは、この状況を受け入れるだけの時間が必要かもしれないと思った。

 理由もわからずに攫われ、しかもその人物は、おそらく目的を達成しないままに、姿を消してしまった。

 なのに、自分はどうしてここにいるのか。ここにいなくてはならないのか。

 できることなら、早く自分の家に帰りたい。村のみんなに会って、誘拐されて心配をかけただろうけど、素敵な人たちに助けてもらえたのだと、話をしたい。そして、村のみんなと食卓を囲いながら笑い合い、大好きな本を読んで、自室のベッドで安心して眠りたい。平穏な日常を、また過ごしたいのだ。

 けれど、それも叶わない。ここが、大陸のどこに位置しており、自分の住む村からどれだけ離れているかわからない上に、唯一の導である眼帯男も、いない。

 状況は絶望的だった。

 どうすれば、家に帰ることができるのだろうか。

 これから何をすれば、どんな行動を起こせばいいのだろうか。

 奇妙奇天烈な事態に陥ってしまっていることを、寝起きから覚醒しつつある頭で、段々と理解してゆくと、今度は名状し難い恐怖が、心を蝕んでくる。

 胸から腹にかけて、目には見えない重しが取り付けられているかのような、不快感と息苦しさに、支配されそうになる。

 こんな感情は、生まれて初めて得るものだった。

 故に、どのように処理すればいいのかがわからない。なんとか気に留めないようにと、いっそ飲み込んでしまおうとすると、胸をきゅっと締め付けられそうになる。

「これから、どうするの?」

 沈黙の空気を割いたのは、ヒロセだった。

 その視線は、ミヤビに向けられている。騎士の二人も、ミヤビを見ていた。

「どう、したらいいんでしょうか」ミヤビは、訊ね返すように言う。部屋を借してもらったのもあってか、今後の方針をすぐに定めることができず、成り行き任せになりつつある今の自分の姿勢に、どこかいたたまれない気持ちになった。

「君は自分の意志でこの街に来たわけじゃないみたいだから、特に用もないんでしょう?それなら、まっすぐ家に帰るのがいいんじゃないかな」と、ヒロセは言う。

「そうなんですけど、場所がわからないんです。この街から、どこに向けて進めば、私の家があるのか」

「図書館に行けば、大陸の地図があるけど」

「私の住んでいる場所——村のような集落なんですけど、大陸のどのあたりに位置するか、わからないんです。私、地理関係に疎くて」

「そうなの。村の名前は?」アンリが口を開く。その声音は、ミヤビに協力的な態度であった。あるいは、ミヤビの出身地に興味がある風だ。

「わかりません。外交はあったようなので、名前はあるんでしょうが、私は知らないです。今まで村の外に出たこともないので、近隣に何があるのかも、よくわかりません」

「なるほどね」ヒロセは考え込むようにする。そして、口を開く。「じゃあ、彼はどうだろう。君を攫ったという男は」

 ミヤビは頷く。

「はい。おそらく、それが唯一の手がかりなんですけど、私の倒れていた場所の近くに、それらしい人物はいなかったんですよね」と、ミヤビは騎士たちに目を向けた。

 二人は、意味ありげに視線を合わせていた。

「まあ、そうね」「どこにも見当たらなかったかな」と、二人が答える。

「いったい、どこに行っちゃったんでしょうか」

 騎士の二人は口を閉ざす。

 やはり、眼帯をした男の行方はわからないようだ。

 彼女らは、何かを意図的に伝えていない素振りではあったが、この時のミヤビは、その理由がわからなかったので、疑うこともしなかった。

 すると、「彼、マガツ区にいるんじゃないかな」と、ヒロセが言った。

「この街に、ですか?」

 三人の視線が、一度にヒロセに集まる。

 推理小説で探偵が事件の真相を話すとき、注目の的になっているような、雰囲気だった。

 こいつなら謎を明らかにしてくれるぞという期待と、いったい何を知っているんだという不安に混じった視線が飛び交う、あの独特な空気感だ。

 ヒロセはその状況に気恥ずかしさを覚えたのか、腕を組み直してから、口を開く。

「あくまで、推測だけどね。彼の目的地が、この街だったとして、その道中で、魔法使いを見かけたから、君を置いて逃げ出した。と、考えるなら、この街に逃げ込んだのかもしれないってことだよ」

「その可能性は高いと思うよ」と、ユウが言う。「マガツ区の周辺に、魔法使いから身を隠せるような集落や街はないし。私も、この街にいるんじゃないかと思う」

「だとしたら、情報屋に行ってみるといいかもね。男についての情報が何か得られるかもしれない」ヒロセが提案した。

「情報屋?この街には、そんな人がいるんですか」ミヤビは首を傾ける。

「ええ、いるわ。繁華街の方にね。この街のことなら、なんでも知っているそうよ」と、アンリが言った。

「情報屋で、君を攫った男の居場所の手がかりを手に入れる。男に接触して、君の住む村の場所を聞き出す。男の目的が何なのかはわからないけど、うまくいけば、無事に帰ることができるんじゃないかな」

「危険だわ。男の正体もわからないのに。そもそも誘拐犯なのよ。協力してくれるかどうかも怪しい」アンリが言う。

「けど、現状、それが一番適当な方法なんだと思います。あの人を見つけて、どうすれば帰ることができるのか、教えてもらうことが」ミヤビは言う。ヒロセと同意見だった。危険は百も承知だが、他に手掛かりがないのである。

「いざとなれば、騎士の二人がいるし」ヒロセは言う。揶揄うような言い方ではなかったが、そう捉えてしまったのか、アンリは面白くなさそうに眉を顰めた。


 さて、そんなわけで、謎の男に誘拐され、見知らぬ街、マガツ区へと流れ着いたミヤビだったが、そこで出会った女医や騎士たちの協力を得て、村に帰る方法を計画するのであった。

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