便利屋たちの話 4
「時計塔を目指せばいい」と、ナカタは言った。
どこに行けばいいのかわからなくなったら、とにかく時計塔を目指せばいい。そうすれば、マガツ区の中心部に着くと。
わからなくなるというのが、単に道に迷うという意味かと思ったので、工場街を西に進んだら橋があって、その先がマガツ区の東門の一本道なのだから、迷いようがないだろうと俺は反論した。
ナカタは、そんな簡単ならいいんだがな、と悪戯な笑みを浮かべた。
まるで、この先に待つ試練を知らずに進む愚か者を嘲るかのような、挑発的な表情だった。
今朝方、ナカタの元に依頼が届いた。
預かっていた例の男の遺体を、マガツ区という街に届けてほしいとのことだった。
俺とナデシコは、仕事の詳細を聞くと、すぐに出発した。
マガツ区は、円形に壁で覆われている不思議な構造の街で、東側にある門からしか出入りができない。
国外との交流もさほど盛んではないのだろう。この街は、昔から、閉ざしていると聞く。
案の定、何も問題は起こらず、俺たちはマガツ区へのアクセスに成功した。
遺体を積んだ車で、門番らしき男の前を素通りすることができた。何のための番人なんだと思ったが、その程度の街ということなのだろう。ナカタの煽りは、ただの悪戯だったようだ。
門を抜けて街に入ると、舗装された道がまっすぐにのびていた。あたりには綺麗な緑が広がっている。
道の先には、村らしき建物らの集まりが見え、さらに奥には、似た建物が連なっている。
なるほど、そこからが人間の住んでいる領域なのだなと、俺たちは目星をつけ、車を走らせた。
車窓の景色を眺めていると、平原を歩く四足歩行の獣が目に留まった。自分には天敵というものが存在しないのだとばかりの堂々たる姿勢で、美しい緑の大地を闊歩している。子どもか間抜けともつかないが、それなりに体格はあって、横に長いフォルムと黒い体毛は、自然界の強者を思わせる。よく見ると、だいぶ筋肉質な脚をしている。前後ろ共に、人間の腕の倍近くはある太さだ。体長はそれほどに見えるが、実際に目の前にした時の迫力は、圧されるものがあるだろう。
「噂で聞くように、おかしな街だな」
俺は運転するナデシコに言った。
会話をしようと発した言葉というより、ほとんど独り言に近かったが、結果として、彼女に話しかけてしまった。
「どうしてそう思う?」
ナデシコは訊ねてくる。
「獣がいる。街の中に。この平原もそうだが、街と呼ぶにはあまりに自然的な緑の空間が多すぎやしないか」
大抵は、野生との境界を壁で造るものだ。壁の内側は人の住む領域、外側は人の住まない領域、といったように。
「街とは、何だと思っているんだ」ナデシコは前方を見たまま、言う。
「人間の文化が蔓延る集落」俺は答える。
「なら、そういう文化ということだろ。自然の大地を壁で囲っているのだって、この街に住む者たちにとってみれば、珍しいことでもないのかもしれない」
「ああ」俺は納得したように漏らす。「そうかもな」
やはり、ここはおかしな街だ。
そう、俺は認識を改める。
街というのは、総じておかしなものなんだよ。
ふと、そう言ったナカタの顔が浮かんできた。
なんてことだ。これから仕事だと意気込んでいるところなのに、あの男との会話を思い出すとは。
ナカタが意気揚々と語る姿は記憶から呼び起こすだけでも不愉快だった。
街というのは、多くの思想が入り交じっているのだと、ナカタは言っていた。思想のカオスだ。
「思想のカオス?」
いつかの事務室で、俺はナカタに聞き返した。
ナカタは指を鳴らしてから、口を開いた。
「もっとも栄えた街の実態を知っているか?」
「知らないし、何の話だ突然」
「雑談だよ。暇なんだから話相手になってくれ」
暇なんだったら仕事をしてくれと、俺は心の中で呟いた。
「人が多かったのか」
「惜しい」ナカタはなぜか嬉しそうに言った。子どもを相手に励ますような言い方だった。「ある意味、そうともとれるが、要するに」
「なんだ」
「一夜にして、滅んだんだ」
カオスに呑まれて崩壊したと、ナカタは自分の功績かのように得意げにした。
街なんてのは、変わってる。思想の飛び交わない、ただそこにあるだけでいい、それくらいが一番存命するんだよ。
窓の外を見ると、四足歩行の獣が群れをなしていた。
あれは集団というかたちをとるのかと、俺は関心をもつ。
個として生きるのではなく、群がって生きている。
人間と同じ行動だなと、俺は思う。
思考だって、同じかもしれない。もしかして、あの獣と人間の違いは、たんに見た目だけということはないだろうか。そんな考えが、よぎる。過ってから、さっぱりと消えた。
「姪に聞かれたことがあった。この世界には、どれだけの生き物がいるんだと」俺はナデシコに話しかける。
「視野が広いな」ナデシコは言う。
「あれくらいの歳の子は好奇心が旺盛だ。なんでも知りたがし、聞きたがる」俺は言う。
「お前にもそんな時代があったのか」ナデシコが訊ねてくる。
「誰にでもあるさ」と、俺はこたえた。「それで、俺はその時、こう答えたんだ。大まかにわけて、人間と、魔法使いと、それら以外の獣しかいない」
「合ってるな」
「ああ。だが、次の質問で、俺は言葉に詰まった。人間は見たことある。人間じゃない動物も。じゃあ、魔法使いはどこにいるのか。その時、ふと思ったんだ。魔法使いという生き物は本当にいるのかって」
車内に、少しの間だけ沈黙が広がる。
「いるんだろ。私も見たことはないが、おとぎ話にはよく出てくる」
「おとぎ話はそうだが、見たことのない生き物は存在していないのと同じじゃないか」
俺は、窓の外の四足歩行の獣の群れを眺めている。
「俺は、あの獣たちを、初めて見た。それまでは存在を知らなかったから、俺の知る世界にはいないのと同義だった」
「それを言うなら、なんだってそうだろ。自分が知らないものは、存在しない」
「それについて、思うことがあるんだが」
俺は前方に向き直る。俺たちを乗せた車は、もっとも東にある村に差し掛かろうとしていた。マガツ区という街が、近づいてくる。
「ナカタの話、本当だと思うか」俺は言った。
「依頼のことか」
「ああ、ドラゴン退治ってやつだ。あれ、あり得ると思うか」
ナデシコは、ふんと何かが脳裏をよぎったかのような間をあけて、「よくわからんが、仕事ならするだけだろ」と言った。
「そうだが、具体的に何をするのかわからない。そもそもドラゴンってのは何だ。どこにいる」
「魔法使いと同じで、どこかにいるんじゃないのか。それこそ、有名なおとぎ話がある」
ああ、それなら俺も知っている。
悪戯好きな妖精が、凶暴なドラゴンを目覚めさせ、街を襲わせるという恐ろしい物語だ。
さあ、ハルマゲドンが目覚めたぞと、得意げに妖精が笑う。そんな印象的な描写がある、おとぎ話だ。
「ドラゴンが存在しているとして、おとぎ話の通り、凶暴な生き物だったら、俺たちに太刀打ちできるとも思えないんだが」
「同じおとぎ話でいうなら、勇者にでも倒してもらったほうがいいな」
「そうだ、勇者だ。あれはマガツ区にいると聞くから、この仕事のついでに探してみてもいいかもしれない。助言してもらい、準備を整えよう」
「私は早く帰りたいが」
「俺だってそうだ」俺は頷く。「じゃあ、別の誰かに訊いてみることにするか」
「別の誰か。誰にだ」
「この遺体の届け先でいいだろ」俺は遺体の積んであるトランクの方をちらと見た。
ナデシコは、ふむと息を吐いて、「マガ子さん、だったか」と言った。俺たちが遺体を届ける際の受取人の名だ。




