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少年の追憶

 僕にとって、妹のミヤビは、この世の何よりも大切な存在であり、明日を生きるための希望だ。彼女の病を治すためなら、僕の残りの人生のすべてを捧げていいと思っている。

 そのミヤビが、夕飯の席でふと、「本の塊が、話しかけてきたんです」と、言ってきた。

 それを聞いた僕は不安になった。本の読み過ぎで、現実と空想の区別がつかなくなってしまったのではないか、と。

「どういう意味なの、それ」僕は食事を中断して、おそるおそる訊ねてみた。

「そのままの意味です」ミヤビは、真剣な眼差しを僕に向けていた。僕とは似つかない凛々しい目つきだ。

「お昼頃、書斎から物音がしたので、見てみたんです。そうしたら、本棚の下に塊ができているのを見つけて」

「塊?」

「本の塊です。色々な本が、まるで一つの球体をつくるようにして集まって、まさに塊になっていたんです」

 塊かあ、と僕は頭を捻った。

 本の塊。頭の中で繰り返し、言ってみた。すると、なんとも聞いたことのない言葉であり、想像すら容易ではない代物のように思えてきた。どういった存在なのだろう、それは。

 読書家であるミヤビの部屋には、いつも大量の本が散らばっている。

 床に乱雑にばら撒かれているばかりではないけれど、小説や図鑑、歴史書などは、文字通り山のように積み上げられていたりする。本の置かれていない床を踏んで移動しようとなると、それは歩行というより、跳躍の動作になってしまうほどだ。

 ミヤビ曰く、規則性のある配置らしいので苦労はないし何ら問題もないらしく、僕としても、妹が不自由なく生活できているのであれば、それはそれでいいか、というのが正直なところだった。

 本まみれの環境下で生活しているミヤビが、わざわざ本の塊と表現したということは、本の塊とは、相応の見栄えを誇るということなのだろうと想像がつく。

 そして、そんな謎の物体が話しかけてきた。らしい。

 まるで、おとぎ話の世界観だ。

 それとも齢十三にして早くも彼女は、人智を超えたある種の悟りの境地へと到達してしまったのだろうか。

 翌日、僕は、ミヤビのこの不思議な発言を村長に相談した。

 話を聞いた村長は眉を寄せ、ふうむと息を吐き、「わからないな」と、口にした。

 そうですか、と僕は肩を落とす。村長にもどうにもできない問題なら、自分には到底、解決できない事案ではないかと落ち込む。村長からの助言だけが頼りだったのに、と。

 この村でもっとも歳を重ねていて、深い皺が刻まれたその厳めしい顔には似合わない若々しい言動をする彼は、村の皆から「村長」と呼ばれ、慕われていた。

 僕とミヤビが世話になっているこの村では、外交は活発に行われておらず、村の長である称号など、あってないようなものなのだが、その呼び名は、この村に住む人たちの間ですっかり定着していた。

 本人も、まんざらではない様子だ。

 もちろん、ただ人から慕われているからそう呼ばれているというだけではなく、彼の器量が皆に認められているからこその愛称でもあった。

 自分たちのリーダー役として、皆、彼を信頼しているのである。

 僕だって、例外ではない。この村の長を多数決で決めるというのであれば、迷いなく彼を指す。僕とミヤビが、こうして平穏な生活を送ることができているのは、すべて村長のおかげでもあるのだから。

 帰る場所がなかった僕たちを、彼は快く受け入れ、村に住まわせてくれた。

 二十歳にも満たない僕に仕事を斡旋してくれたり、無知な妹に常識や道徳を教えてくれたりもした。

 言うまでもなく、僕はそんな彼に対して、生きているのかもわからない親以上に、絶対的な信頼を寄せている。

 日常的に起こる問題は、まず村長に相談すると決めていた。どんな些細なことでも、彼なら親身になって受け止めてくれる。問題解決のために協力してくれるからだ。

 昼下がり、僕は仕事の休憩時間中に、村長の家に出向いた。

 扉を開けた村長は呆れた様子を見せながらも、僕を迎えてくれた。休憩時間には、ちゃんと体を休めろよと注意もされた。

 ダイニングテーブルに座り、ホットミルクを用意してもらったところで、僕は切り出す。

 村長、聞いてください。

 昨晩、ミヤビが不思議なことを言ってきたんです。

「なあ、それってひょっとして、あれじゃねえの」村長は太い腕を組んで、言う。

「あれ?」

「『塊様』だよ」

「塊様」

 僕は繰り返す。聞いたことのない言葉だった。

「この村では有名じゃないんだがな。いるそうだ、塊様ってのが」

「それを、ミヤビが見たってことですか」

「おそらくな」

 都会の街では、塊様というのを崇めるという信仰があるそうだ。そういった組織があるとかないとか、と村長は続けた。

 僕は、注いでもらったホットミルクを一口、飲んだ。程よい温もりと、癖のあるいい香りが口の中に広がる。

 村長の手元には、コーヒーの入ったカップがある。僕には苦すぎる、大人の味わいがある飲み物だ。

「その塊様って、どんな人なんですか?」

「人じゃない。ミヤビも言ってたんだろ、本の塊だったって。つまり、そもそもが、そういう存在なんだよ。気ままな預言者と聞いたことがある」

「はあ」僕は、いまいち要領をつかめないでいる。

「突然現れて、預言を残して去っていく。らしいんだ。そいつが現れる時に、辺りに散らばっているものが集まって塊ができるから、塊様と呼ばれているんだとか」

 後光が差すような何か神々しいものを想像してみた。

 それは人の理解を超え、制御などできそうもない。だからこそ畏れられるのか。崇められるのか。

 しかし、なんて突拍子もない話だろう。こんな時に村長がからかってくるとも思えなかったけれど、にわかには信じがたい。

「そんなのが、どうしてミヤビのところに来たんでしょうか」

「さあな」村長は顔をしかめる。「だが、預言者と呼ばれるからには何か大切なことを伝えに来たってことじゃないのか。そいつ、ミヤビに話しかけてきたんだろ」

「そう言ってました」

「何を言われたって?」

「『不幸が訪れるぞ』と、言われたそうです」

 僕が言うと、村長は呆気にとられたような顔をした。

 少しして、片方の眉がぴくっと動いた。

「なんだそりゃ」

「なんだそりゃ、ですよね」

「それだけか?」

「はい。それだけ言って、すぐに消えたそうです」

「ふうん」

 すると、村長は、案外そんなもんなのか、と噴き出した。

「どうしたんですか」

「いやな、不幸なんて生きてりゃ誰の身にも何かしら降りかかるもんじゃねえか。どんな不幸なんだとか具体的に言ってくれるならまだしも、そいつは曖昧な言い方をして逃げただけだ。確かに、神出鬼没なところは謎だが、言ってることは自体は大したことねえじゃねえかと思ってよ。しかも、それをあたかも、さすらいの預言者かのように持ち上げてる連中がいるんだ。馬鹿らしいじゃねえか」

「はあ」僕は曖昧に相槌を打つ。

 村長は、未だ不安げな僕を見てからか、口の端を上げた。

 それは人を小馬鹿にするような笑みではなく、憐れむ感情の表れに見えた。子を心配する親のような、優しい表情だ。

「な、そんなに気にすることもねえんじゃねえか。思い悩むときりがねえし、苦しくなるだけだろ」

「はい」僕は頷く。

「まあ、それでも心配だってんなら、あの子の傍にいてやれ。しばらく仕事は休んでもいい。あの頭でっかちには、俺から言っておくからよ」

 力強くも優しい彼の眼差しは、僕を正面でとらえ、元気づけてくれる。

 村長がいてくれる限り、この村を襲うどんな災厄も恐るるに足らない。そう思わせる頼もしさが、彼にはある。一緒にいるだけで、言葉を聞いているだけで勇気が湧いてくる。

 僕はホットミルクを飲み干すと、村長の家を後にした。


「昨日の話の続きなんだけどさ」

 夕方、仕事から帰ってきた僕はミヤビの部屋を訪ねた。

「おかえりなさい」ベッドに座って本を読んでいたミヤビは、突然、訪問してきた僕を不思議そうに見つめた。「お兄さん、今日の仕事はもう終わったんですか?」

「うん。なんというか色々あって、しばらく休みがもらえたんだ。あとで、親方が様子を見に来てらしいんだけど」

「親方さんが?」

「ミヤビに会いに来るって」

「彼と会うのは久しぶりなので楽しみです」ミヤビは、ふふと小さく笑う。

 僕は、妹の嬉しそうな顔を見ながら、胸の中にあったもやもやとしたものが浄化されるのを感じた。ミヤビの明るい表情は、いつも僕に癒しを与えてくれる。

「訊きたいことがあるんだ」

「本の塊のことですか」

「そう。おとぎ話みたいな、不思議な体験のこと」

 ミヤビは読んでいた本を閉じ、わかりましたと言う。

 僕は足元に連立する本の山々を崩さないよう慎重に移動し、彼女の隣に腰かける。

 村長の助言の通り、なるべく傍にいるように努める。

「本、また増えた?」僕は室内を見回す。

「はい。村長が」ミヤビは苦笑いを浮かべた。「どんどん新しい本を持ってきてくれて」

 ありがたいくらい世話焼きだね、と僕は言う。本当に、ありがたいことだ。

 生まれつき体が弱いミヤビは、普段、ほとんど寝たきりの生活をしていた。基礎的な運動さえまともにできない体で、外を出歩くことも一苦労なのだ。

 村長は、そんなミヤビのために、ずっと一人で静かな部屋にいるのは可愛そうだからと、図書館で大量の本を集めて、家まで持ってきてくれた。

 僕たちは初め、どう応えればいいのかもわからず、その厚意に遠慮したが、どうせ誰も読まないんだからと、理由にもなっていない理由で説かれ、ほとんど押し付けられるようなかたちで受け取ることにした。

 ただそのおかげで、ミヤビは毎日、充実した時間を過ごせるようになったようだ。

 娯楽のような小説から、小難しい歴史書まで、選り好みをせず熱心に読みふけっている。

 中でも、広大な世界を舞台にした冒険小説がお気に入りなようで、特に面白かった作品は僕にも勧めてくれる。

 普段、あまり本心を表に出さないような振る舞いをしているミヤビだが、好きな小説を語る時だけは、純粋さに満ちた子どものような情熱を見せてくれる。

 だから僕は、喜んで作品を受け取る。読み終えると、ミヤビに感想を告げ、作品について語り合い、また新しい本を受け取る。

 そんな何気ないやり取りが、僕の平穏な日常の中での楽しみの一つでもあった。

 そんな具合で、ミヤビの部屋にはたくさんの本が置いてあり、僕が、時間ができたタイミングで少しずつ図書館に返しに行っていたのだが、村長が毎度、それ以上に本を持ってくるので、家には本が増え続けた。

 ずっと持っておくわけにもいかないし、村長にも返却の手伝いを頼んだが、どうせ誰も読まないんだからと得意の決まり文句を盾にされ、逃げられ続けたので、結局、空き部屋に書斎を設けて本を管理することにした。今や、小規模の図書館が開設しそうなほどである。

「あれから書斎には入った?」僕は訊ねる。

「入っていません。不気味な雰囲気があるので」ミヤビは、本の表紙の文字を指でなぞりながら、小さな声で言う。

「昼間、村長に相談してみたんだ。本の塊のこと」

「何と言ってました?」

「なんでも、塊様ってのがいるらしくて、ミヤビが見たのはそれなんじゃないかって」

「塊様?」

 僕は、村長から聞いた話を、そのままミヤビにした。

「そういった信仰、ですか」ミヤビは、そっと言った。

 普段から、たくさんの本を読んでいる彼女は、僕なんかよりよっぽど賢い。歳不相応な知性を言動の中に見せることだってある。

 そんな彼女が、塊様と聞いて考え込むのは、きっと、何か思うところがあってのことなのだろう。そう僕は思った。

「何か気になるの?」

「ただ現れて、それらしいことを言って去るだけだと、ほら吹き呼ばわりされて終わりだと思います。信仰されるには、それなりに理由があると思うんです」

「何か不幸なことが起きた時に、塊様が言ってたのはこれかって、後から都合よく解釈をするのとは違うってこと?」

「はい。きっとそれは、ただの不幸ではなくて」

「ただの不幸?」僕は、すかさず言っている。

「もう少し骨のある不幸というか」

「骨のある不幸」

「それなりの不幸だと思うんです」

「それなりの不幸、か」

 天井を見上げる。

 年季のある木目の形が人の顔に見えたが、今にも喋り出しそうだった。これからお前たちを襲うのは不幸だぞ、それなりに骨のある不幸がやってくるんだぞ。

 本当にぱっとしない言い方だな、とは思った。

 

 玄関の扉を叩く音がした。出ると、親方がいた。

 作業着のままの姿だ。仕事帰りに立ち寄ってくれたらしい。相変わらずの仏頂面で、大きな籠を抱えていた。屈強な体つきは老いを思わせない頼もしさがある。

 村長といい、親方といい、どうしてこの村の老人たちは、みんな逞しい体つきなのだろうと、ミヤビと話したことがあった。「力仕事の賜物ですよ」と、その時、ミヤビは言った。

「木こりや大工、採掘に農作業、どれも力仕事ばかりです」

「じゃあ僕もそのうち、村長たちみたいにムキムキになるのかな」僕だって、木こりとして、毎日、重たい斧を振るっている。

 言うと、ミヤビはううんと唸った。

「お兄さんじゃ、難しいかもしれません」

「そうなの?」

「だって、似合いませんから」ミヤビは、嬉しそうに笑った。

 似合う似合わないかの問題なのかと、呆れた気味に言ったのを思い出した。

「こんばんは」と、僕は視線を上げた。

「あいつに言われて、様子を見にきた」親方は不愛想に言い、僕の後ろの方に視線を移す。「ミヤビの具合はどうだ?」

「特に変わった様子はありません」

「そうか」親方は籠を抱えたまま、頷いた。

 かすかにだが、彼の口元が緩んだのがわかった。

 それを見て、僕は胸の内に、ぽっと明かりが灯ったような気持ちになる。

 親方はもともと強面な上、しかめっ面以外の表情を見せないので、いつも怒っているのだと誤解されやすいのだが、そこそこの付き合いがあると、感情の揺れ動いた瞬間を認識できるようになる。

 今、親方は確かに安心していた。

 ミヤビに異変がないと知り、ほっと胸を撫で下ろしたという様子だった。

 きっと、彼も心配してくれていたのだ。

 普段、感情を顔には出さない親方だからこそだろうか、その反応を目撃できたことに、僕は思いがけない喜ばしさを感じた。

「入ってもいいか」親方は、やはり不愛想に言う。

「ええ、もちろん。どうぞ」

 親方が持ってきてくれた籠には、畑で採れた新鮮な野菜や果物がたくさん入っていた。

 みんな、ミヤビのことを心配してくれているのだ。その気持ちだけで胸がいっぱいになる。言葉では表せないほどの感謝の念で満ちている。

「お久しぶりですね、親方さん」

 ミヤビが明るい声と共に、姿を現した。

「元気そうだな」表情は変わらないが、親方の声色はどこか明るい。

 僕たちは食卓に集まって話をした。

 仕事を手伝っている時の僕の様子であったり、かつて村で起きた珍事であったり、親方は、彼なりのユーモアで色々なことを語らってくれた。

 僕は、親方の何気ない発言一つ一つに対して、今、ジョークを言ったのか、それともそう聞こえただけなのかを見極めようと、集中して顔を強張らせていたが、ミヤビは楽しそうに話を聞いていた。

 次に、ミヤビが近況報告をした。

 親方と久しぶりに話ができるのが嬉しかったのだろう、延々と面白かった本の感想を述べていた。

 まるで評論会のようでもある。普段、大人しいミヤビが饒舌になって得意そうにしている姿は微笑ましい限りだった。

 一通り世間話を終えると、最後に、今後の方針について親方が教えてくれた。

 ミヤビが本の塊を見たという奇妙な話は、すでに村中に知れ渡っているらしい。

 明日から何人かずつで、大人たちが様子を見に来てくれるそうだ。部屋の片づけをしたり、得意な料理を振る舞ったりするために。

「なんだか申し訳ないです」僕は言う。

「何がだ?」

「迷惑をかけているみたいで」

 言った後で、あっと気づく。本人が隣にいるというのに、僕の口から迷惑と言うのは間違いだったか、と。

 しかし、隣の席に座っているミヤビは気にしていない様子だった。僕と目が合うと、不思議そうに顔を傾けてから、にこりと微笑んだ。

「迷惑だなんて思っていない。みんな、本気で心配しているんだ」

「ありがとうございます」僕は礼を言う。

 親方や村のみんなの思いやってくれる心に対して。

「でも、僕もしばらく休んでもいいって」

「当然だ」親方は頷く。

「仕事を手伝えないのは、僕としては困るんですけど」

 この村には、住まわせてもらっているという恩があるから、何かしらのかたちで返したいのだ。

「食い物なら、その日の仕事が終わった後で俺が持ってきてやる。この籠を見ろ。みんな、お前たちのためにと新鮮なものばかりを用意してくれる」

「そうじゃなくてですね。この村でお世話になっている恩返しがしたいというか、仕事の手伝いがしたいというか」

「木こりの小僧一人、しばらく休んでいたって村では何も困ることはない」

 今のはきっとジョークだなと思うが、僕は何も言わない。

「村のために何かしたいというのなら、お前たちが元気に生きていれば、それでいいんだよ」

「ありがとうございます」僕が言うと、ミヤビも同じように続いた。

 親方は「ああ」と、適当に返事をする。

 室内を沈黙が支配した。

 しばらくすると、親方が立ち上がり、そろそろ帰るからと玄関に向かった。最後の言葉は少し恥ずかしかったらしい。

「あまり気負い過ぎるな」扉に手をかけ、親方は言った。「何かの前触れかもしれないが、気のせいかもしれない。前例がないことなら、深く考えても仕方がない」

 意外と楽観的なんですね、と喉元まで出かかった言葉を慌てて呑み込む。

 直後に、ミヤビが「意外と楽観的ですね」と言うものだから、僕は噴き出しそうになる。

 それを聞いて親方は、ふんと鼻から息を吐く。

 笑った。らしい。

「慎重って言葉が苦手なだけだ。いざって時は――いや、いつだってそうだろうが、何事もなるようにしかならない」

 親方を見送り、僕たちは部屋に戻った。

 玄関の扉を閉めた時、腹の奥底に熱が生まれたのを感じた。

 それは、世界を破滅へと導く災厄の炎ではなく、僕の心を安らかにする火種だった。

 僕たちは支えられて生きている。村のみんなが近くにいてくれる。

 なんて頼もしいんだ。その安心感が薪となり、火をさらに大きくする。孤独の寒冷地からはもっとも遠い世界で生きていることを改めて実感した。

 その夜、僕は穏やかな心地と共に床に就いた。

 ミヤビの見た本の塊が、悲劇の前触れだと本気で考えようとしなかったのは、楽観的に構え過ぎていたとも言えるのかもしれない。

 やがて、ミヤビが聞いた言葉の通り、僕たちには不幸が訪れることとなる。

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