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便利屋たちの話 3

「よお、お疲れさん」

 事務所の扉を開けると、陽気な声に迎えられた。

 部屋の正面奥に構えるデスクから、こちらに手を振っている男がいる。ナカタだ。

 俺は出かかった溜め息を飲み込み、デスクの前まで移動する。背もたれの高い椅子にかけている彼を見下ろした。

「帰ってなかったのか」

 先ほど、追加の仕事を与えられた時、事務所に戻ってもナカタはいないかもと言っていたため、意表を突かれた気分になった。何せこういった場合に、律儀にも彼が、便利屋の帰りを事務所で待っていたことなど、これまで一度もなかったからだ。

「当たり前だろ。人に仕事を頼んでおいて、すぐに帰っちゃうのはどうかしてるじゃないか」ナカタは、口角を上げる。「こう見えて俺、多忙なんだよ。まだ仕事が残ってたし」

「俺たちの仕事が終わる頃には、事務所にはいないかもしれないと言ってなかったか?」

「事務所にはいないかもしれなかった。けど、仕事はあるからなあ。結局、手詰まりになって、戻ってきたんだよ」

 ナカタは言いながら、自分の頭を撫でるように触る。短い髪が手の皮膚に当たる感覚が心地いいのだろうか。彼は常に髪を短く保っているので、頭部のシルエットとして十分に丸いわけだが、頭のかたちを丁寧に整えるかのように執拗に、頭を触っている。

 デスクの上には、開いた跡が残った文庫本が置かれていた。彼は仕事をしていたのではなく、読書をして時間をつぶしていたのだろうとは容易に想像できる。追加の依頼をした便利屋の二人が事務所に戻ってくるのを、のんびりと待っていたのだ。

「仕事のほうはどうだった?」ナカタは椅子にもたれかかり、言う。手を組み、頭の後ろへ回し、目も合わせず天井を見つめながらといった態度は、まるでこの街の長としてここに座しているのだと言わんばかりの図々しさがある。

「残業のか」俺は嫌味のつもりで言う。

「そ、残業の」

「どうも何も、手筈通り片付けたが」

「さっすが。ご苦労だったな」と、ナカタは手を叩いた。

「聞いていた話とは少し違ったがな。清掃じゃなく、運びの代理だった」

「ああ、そうだったか。そりゃ悪いな。けど、似たようなもんだろ」

「全然、違う。清掃作業なら、あの場で仕事は終わっていた。だが、運びをすることになったせいで、こうして持ち帰ったんだ」

「持ち帰ってきたのか」

「依頼人からの要望があったからな」

 運びを依頼してきたイナガキという男は、遺体を一時的に預かっていてほしいと頼んできた。

 というのも、遺体の届け先である相手に連絡をしなくてはならないそうで、それも、すぐにとはいかないらしい。

 なので、そのうち新たな依頼として、ナカタに連絡するそうだ。それまでは、回収した遺体は、こちらで管理しておかなければならない。

「残業して、仕事を持ち帰って、よく働くな。感心したよ」ナカタは笑う。他者を讃えているようには思えない静かな笑い方だ。

「俺たちの働きぶりに感動してもらえたなら、いろいろと改めてくれるとありがたいんだが」

「人手不足だからなあ。どうにもならんのだよ。ま、残業やらはみんなやってるから、そんなに気にするな」

 俺の隣で、ナデシコが「出た」と呟いた。言い方といい、表情といい、大切にしている花壇に定期的に発生する害虫を見つけた時の姪と似ていたものだから、俺は噴き出しそうになる。

 ナデシコは常にすました顔で凛とした態度だが、姪はいつも笑顔で、日頃、身の回りの愉快なことを発見しては嬉しそうにする。

 似ても似つかない二人の人間が、天敵を相手にする時は同じような顔をする。思わぬ共通点が、おかしかった。

「確認しておきたいんだが、俺たちが請け負った運びの仕事について、聞いてはいるのか」俺は訊ねる。

「ああ、聞いたよ。ついさっきな。依頼人から連絡があった。便利屋二人に、仕事内容がうまく伝わっていなかったようだとな。わざわざ教えてくれたんだよ。で、届け先はまた後日、改めて依頼させてもらうってさ。いい依頼人だな、あのイナガキとかいう男は」

 本来、それを管理するのが、お前の仕事じゃないのかと言いかけて、やめる。

「ところで、あの遺体の男は何者なんだ」俺は自分の背後を指す。運ぶこととなった遺体を今、事務所まで持ってきているのだと、暗に伝えた。

「さあな。そこまでは教えてもらえなかったよ。だが、なんとしても必要なんだそうだ」

「必要?何に」

「知らねえ」ナカタは肩をすくめる。「男が何者にせよ、依頼人は、遺体が運び屋業者に回収されると考えて、それを嫌った。運び屋といえば、この業界ではかなり信頼を置かれている連中なんだけどな。遺体であれ、危険物であれ、どんな荷物も確実に運んでくれる。依頼の失敗なんて、あいつらとの付き合いも十年くらいと長いが、一度も聞いたことがない」

「そんな業者でも、依頼人からしてみれば、あの男の遺体を勝手に処理されるのは困るということなのか」

「みたいだな」

「そういえば、運び屋は信用できないとかなんとか言っていた気がするが」

「遺体の男の死そのものが出回ることに、何かしらの意味があるとか、そんな理由じゃないのか」

「何かしらの意味?」

 ナカタは指を鳴らした。得意げに講釈じみた話を始める時の、彼の癖だ。

「たとえばだが、その遺体の男がギャングのボスだったとして、だ。そんな男が死んだとなれば、裏社会に与える影響は大きいはずだ。だからそれを隠そうとして、運びを依頼した。なんてのはどうだ」

「あるいは対抗勢力なんかが、その死を利用しようと依頼してきた可能性もある」俺は口を挟む。

「想像が膨らむな」

 ナカタはなぜか嬉しそうに言い、デスクの隅に置いていたグラスを手に取った。中にはオレンジ色の液体が注がれていた。

「まあ、男が何者かは正直、どうでもいい。俺たちは、あの依頼人からの連絡があるまで、遺体を預かることになった。事務所で管理していても構わないか」

「別にいいけど、臭いとか大丈夫なのかよ。俺、けっこう潔癖だぜ」ナカタは嫌そうな顔をするも、どこかこちらを、からかうような笑みであった。彼はこういったくだらない馴れ合いが好きなだけで、心から拒絶しているわけではないのだ。もちろん俺たちはそれを知っているので、いつも無視している。

「臭いなら心配ない。遺体を回収した時に確認したが、腐敗は進行していないようだった」

「それなら、いっか」

 部屋に遺体があること自体はいいのか、と俺はいいかけてやめた。

「おかしな話だが、遺体と言われなければそうは見えないくらい、まだ生気を感じる状態だった。死後、時間は経っているようだが、初めて見た時は、男がただ寝ているだけなのかと思ったほどだ」

「それ、ほんとうに遺体なのかよ」

「ああ、間違いなくな。遺体を車まで運んだんだが、あれは生きている人間の身体ではなかった」

「けど、死んでいないように見えなくもないと」

「そうだ」

「死んでるのに死んでないのか」

「そんな具合だ」

「じゃあ、魔法使いの遺体なのかもなあ」

 ナカタが、グラスの中の液体を飲み干す。何かはわからないが、明るい色の不気味な液体が、ナカタの口に消える。特に味わっている様子も見せないので、美味しいわけではないのかと思う。あれは、ただオレンジ色をした味のない液体だ。

 話も終わったので、俺たちは事務所から出ようとした。回収した男の遺体を、運び込むためだ。

 突如、ぱちんと弾ける音がする。ナカタが気障にも指を鳴らした音だった。

「そうだ。お前たちに嬉しいお知らせがあるんだ」と、ナカタに引き留められた。ろくなことを言わない気がしていたが、無視するわけにもいかない。俺もナデシコも不満げな顔で、ナカタのデスクの方を振り返り、睨んだ。

「嬉しい報せと聞いて、実際に嬉しかったことなどないが」

 ナカタが口にする事柄は、だいたいそうである。彼が嬉々として話を始めようとしていればしているほど、だ。

「何を言うか。お前たちの仕事ぶりが評価されて、さらなる仕事が入ったってことだ」ナカタは興奮気味に言う。「それもけっこうデカいやつがな」

「誰に評価されたんだ」面倒なことにならなければいいがと、俺は内心で溜め息を吐いている。

「巷だよ。ここだけの話、実は、さりげなく言いふらして回ってたんだ。なんでもできる便利屋さんがいるらしいぞってな。どうやら功を奏したらしい」

 蒔いた種が実った、収穫時だ、とナカタは楽しそうに言った。

 俺はナデシコと横目で視線を交わす。

 どうして自分は、こんな勝手なやつと仕事をしているのだろうと、嘆き、呆れ果てているような顔をしていた。彼女の目にも、俺がそう映っていたに違いない。

「デカいというのは、それだけ大変な仕事なのか」俺は訊ねる。

「仕事は大変だ。敵がデカいわけだし。ま、その分、報酬もデカいけどな」

「敵がデカいというのは、どういう意味だ」

「ドラゴン退治だよ」ナカタは他人事のように笑っている。「おい、そんな顔するなよ。大丈夫。ドラゴン退治なんて、みんなやってるから」

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