コウノトリの話 2
「彼のいる、その『マガツ区』という街は、実在するのかい?」ぼくはコウノトリのママの話を遮り、訊ねた。
「ええ、するわ」ママは頷いて、顔をぶるっと震わせた。「ただし、私のいた世界での話だけれどね」
「君のいた世界?」
「こことは異なる次元にある世界よ」
「ふうん」ぼくは適当に相槌を打つ。
何やら、ややこしい話になってきた。
聞くと、ぼくの暮らしているこの世界とは別に、似たような世界がどこかに存在していて、ママはそこからやって来たというのだ。
「君のいたその世界は、どこにあるの?」
「わからないわ」ママは嘴を左右に振る。「『壁』を越えて来たんだけどね、詳細な位置までは、なんとも。一つ言えることは、この場所とは陸続きじゃないってことよ」と、ママは寝室の床を嘴で指した。
「そうなんだ」
「ええ、だから移動も大変なの。ま、普通、世界と世界の間にはそういった壁があって、簡単に行き来はできないんだけど」
「君はできた」
「そうよ」
「どうやったの」
「飛んだの」
「その翼でかい?」
「ええ、そうよ」ママは片方の翼を広げてみせる。寝室いっぱいに、神々しい白が満ちた。床にはママの翼をなぞるように、扇形に影が落ちる。
「そうか。壁があるって言ったけど、君は飛べるから超えられたのか」
「いえ、そういうわけじゃないの。壁は実体を持たないもの。高さとか広さとかいうものはないわ。けれど、私はただ飛んでるだけで、壁を越えられた。変な話よね」
「そうだね」
「私にも詳しくはわからないのよ」
「実体を持たない壁というのは、目には見えないということかい?」ぼくは訊ねる。
「見えないわ」
「それじゃあ、壁を越えたかどうか、わからないじゃないか」
「壁を越えた瞬間に、あ、今、壁を越えたなって感じるのよ。不思議なことにね。なぜかしら」ママは嘴を自分の足元に向け、何かを突くような仕草をした。
「さあね」
「どういうわけか、コウノトリと鉱物とドラゴンだけが、唯一、世界の壁を超えることができるの。いったいどんな原理かはわからないけど、昔から決まっている掟や約束事みたいなものね」
「そんな掟があるのか」
「とにかく、私は壁を越えてやってきた。そして、元いた世界には、『マガツ区』という街が確かにあって、私が今、お話しした少年のおとぎ話も、実在するものなのよ」
ぼくは大きく欠伸をする。ママは窓際を少し後ずさる。月が暗雲に隠れたのか、差し込む月明かりが薄れ、室内の闇が増す。夜の淡い闇色だ。それでも、夜はまだ始まったばかりで、ママのおとぎ話はさらに続くようだ。




