少年の話 4
「お薬、足りてますか」
すれ違った少年が声を掛けてきた。十代くらいの背の低い男の子だ。
薄手の上着と丈の短いズボンを身につけており、歩きやすそうな靴はずいぶん履きつぶされていて、彼の年相応な快活さの表れかのようだった。
肩にかけた群青色の鞄に手を添え、開けようか開けまいかといった仕草は、中にあるものを僕に見てもらおうとしている風だった。
それでも、僕は先を急ぐために断ろうとした。
すると、マガ子さんがいつのまにか彼に近づいていて、やあ、と挨拶をしていた。精が出るね、これから営業かい。
別に彼の何でもないだろうに、やけに馴れ馴れしいなと思ったけれど、よく考えてみれば彼女は誰に対してもそうだった。僕と宿屋の玄関先で会った時も、こんな感じだったではないか。
「こんにちは、マガ子さん。はい、少しここらを回ろうかと思ってて。そちらの方は?初めてお会いしますね」
少年が思いのほか丁寧な言葉遣いをするので、僕は驚いた。彼くらいの歳の男の子なら皆、礼儀や相手との関係値など考えもせず、とにかく楽しいことに向けて、活発に行動するものだとばかり思っていた。
落ち着き払った、いい意味で年齢に不相応な彼の態度に、僕は好感を抱いた。
「そう、彼は外からの訪問者だよ。妹と再会するために、このマガツ区にやって来たんだって」
正確に説明すると、攫われた妹を取り戻そうとして、気づくとこの街にやって来ていた、となる。
「妹さんが、この街にいるんですね」
「本当かは、わからないんだけどね。この街に来ているんじゃないかなって」
妹を攫った眼帯の男は、「時計塔を目指してこい」とだけ、言ってきた。そこに僕の妹を連れていくだの、どこにある時計塔だのは言わなかった。マガツ区という名前も聞いていない。
けれど、これは何か運命の巡り合わせのようではないかと思う自分もいた。
時計塔を目指せと言われ、そのすぐ後、訪れた街では、僕を時計塔まで誘ってくれる人物と出会った。
これは偶然か。何かの策略か、導きか。どちらにせよ、このマガ子さんについて行けば、真相がわかるだろうと僕は踏んでいた。
彼女はただの案内人ではない。もっと僕にとって重要な何かを知っている人物なのだ。
「君は何をしているの?」
初対面で図々しいかと思ったけれど、この少年は嫌がる性格ではないだろうと感じたので、訊ねてみた。すると、彼は鞄を開いてみせてくれた。「お薬を売っているんです。よく効く塗り薬と飲み薬です」
「それ、魔法使いにも売っているの?」
僕は訊ねた。この街には本当に魔法使いが存在しているのか、という質問のつもりでもあった。
「いえ、人間だけです。僕たち魔法使いは怪我をしたり風邪をひいたりしても、治るのに薬が必要ありませんから」
そうか、君も魔法使いなのか、と言いかけた。口をつぐんだのは、彼ら自身がその事実をどう捉えているか、ちゃんと知らなかったからだ。それは、もしかするとこの街においては、文化的で、社会的で、政治的で、繊細な問題かもしれない。
「家のお手伝い?」と、僕は少年の持っている鞄に目をやった。よく見ると、そこそこ汚れている。それなりに使い込んでいるらしい。
「はい。母が体調を崩してしまって、しばらく動けないので。僕が代わりに売っているんです」
少年と別れたあと、僕たちは再び、通りを歩き始める。
ふと、マガ子さんが口を寄せてきて、「と、思い込んでる」と、言った。
「思い込んでる?」僕は首を傾げた。
「あの薬売りの少年だよ。実際には、そんな事実はないんだ。彼には、母親どころか、他に家族すらいない」
「どういうことですか」マガ子さんはさも当然かのように言ったけれど、意味がわからなかった。
「それが魔法使いなんだよ」
マガ子さんは含みのある言い方をした。そして、それ以上は何も言わずに先を進み始めたので、僕もあとに続いた。
「あの少年は、どうやって生活してるんですか」
まだ年端もいかない少年じゃないですかと、僕はマガ子さんを見る。
「さあ、どうにかこうにか、生きているんだと思うよ。彼もまた、魔法使いだからね」
理由になっていないじゃないか。僕は心の中で呟いた。




