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第3話「決戦」

 昔々この世界は、幾度とない災厄の連鎖に包まれていました。


 ある時は狂暴な魔物達の脅威が、ある時は天変地異が降り注ぎ、ある時は国同士の戦争が起こったりしていました。


 その度人類は、何度も何度も滅びそうになっていました。


 しかし今日までこの世界で人間が繁栄しているのは、その危機が起こるたびに世界を救う英雄の存在があったからです。


 魔物達が跋扈していた時代には、「世界一の剣士」が。


 天変地異が起こった時代には、「世界一の魔術師」が。


 国同士の戦争が起こった時代には、「世界一の軍略家」が。


 まるで世界に危機が起こる度、それに合わせて生まれる救世主が、その度に世界を救ってきたのです。


 彼は言いました。


『私は世界を救うために生を受けた運命の子である』『世界を滅ぼそうとする存在がある度に生まれ変わる』と。


 その言葉通り、彼はその時代に応じた姿で現れました。そしてその言葉通りに世界を救ってきたのです。


 そして、その英雄の傍らにはいつも同じ人物の存在がありました。


 彼或いは彼女は、英雄とは違い、どの時代・どの危機においても、全く同じ特徴を持った人間でした。


 この世界の人間では有り得ない、宝石のような輝きを持つ銀色の髪と、燃え滾るような熱い意志を表すような赤い眼――銀髪赤眼の存在です。


 英雄は銀髪赤眼のことを『神からの使者』と言います。


 世界を救う英雄を助けるために神が遣わした助っ人である、と。


 世界が危機に陥る度に生まれかわる自分と同じように、銀髪赤眼もその度に神から遣わされる永遠の存在だと言いました。


 本当にそうだったのでしょうか?


 ――確かに、世界の危機が起こる度に、『生まれ変わりの英雄』と『銀髪赤眼』の存在は常に在りました。


 しかし、果たして『銀髪赤眼』は英雄が言う通りの存在だったのでしょうか?


 それを確かめるために、彼らが救ってきた世界の危機を、一つずつ覗いてみることにしましょう。


 そこに、伝説の真実を紐解くカギがあるに違いありません。


 この本を手に取った、そこのあなた。


 ただのお伽話だという考えは一度捨ててみて、私と一緒にこの世界の成り立ちを考えてみてはいかがでしょうか?


 王宮歴史研究家 ヒルベリア=マートン

『世界はいかにして救われたのか?』

 序文より


 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼


 西の彼方より襲来するモンスターの大群に対抗するために王都より派遣された王国騎士団。今回その部隊の指揮官を担う騎士の名はダイアンというらしい。


 ナディールの街中の人を集め、鬼気迫る迫力で行ったあの演説は、壮絶な危機が迫っていることを民衆に知らしめるには充分すぎた。


 その日の内に、戦う能力がある街の住民は全て年齢性別不問で徴兵された。


 魔術を扱う才能のあるカズキやミツキ、そしてコウタなども徴兵されて、今はそれぞれ別々の臨時兵舎内に集められていた。


 そして夜も更けたその頃、多くの徴兵された住民達が雑魚寝する中、カズキはなかなか寝付けずに、布団の中で前に読んだことのある本の内容を思い出していた。


 それはまだこの世界に転生してきたばかりの頃、少しでもこの世界のことを知ろうと、図書館で手に取った歴史研究書の1つだった。


 最も周りの人に言わせれば、その本の著者であるヒルベリアという人物は、肩書こそ王宮歴史研究家ではあるが、実際は絵本作家の方が向いているであろう程の空想家ということで有名らしい。


 すなわちその本も、歴史研究本というには大げさで、せいぜい多少設定の練られた小説に過ぎないというのが、一般的な評判だった。


 しかし、カズキにはそれがそうだと一笑に付せない理由があった。


(銀髪赤眼……)


 それは他の誰でもない、この世界に転生してきたカズキ一家の全員に当てはまる特徴であった。更に、カズキ達がこの世界にやってきた経緯を考えると『神に遣わされた』というのは、まさにピッタリに思えた。


 ――と、そこまでの話であれば、カズキの胸はそこまでざわつくことも無かっただろう。


 この本は序文の後には、これまで世界に起こった危機について語り、『生まれ変わりの英雄』と『銀髪赤眼』がどのように世界を救ってきたのかが描かれる構成となっている。


 そして幾度となく世界を救うその2人だが、どの危機においても必ず共通する事項があった。


 それは、どんな世界の危機においても『銀髪赤眼』は必ずその命を犠牲にするということだった。


(ただのお伽話だよな)


 布団の中で仰向けになったカズキは、兵舎の天井をボーっと見上げながら、自分に言い聞かせるように胸中でつぶやいた。


 あまりにも『銀髪赤眼』の存在が自分達と被り過ぎていると思いつつ、しかし今日これまでカズキがその本のことをあまり気にしていないのも理由があった。


 一つは、この本の中では『銀髪赤眼』はこの世界に唯一無二という風に書かれているが、実際には同じ特徴の人種が存在しているということ。希少な存在であるのは確からしくナディールの街では見たことがないが、事実としてこの世界にそういった人種は存在しているとのことだ。


 そしてもう一つ。そもそもこの世界が平和そのもので、特にカズキ達が暮らすクライトストス王国は統治が安定しており、戦争だとかそういったものとはまるで無縁だったことだ。今日までカズキ達が過ごしていたのは、世界の危機などといった物騒な言葉とはかけ離れた世界だった。


 だから、こんな大群のモンスター来襲の話など、あまりにも突然すぎる話なのだ。


(大丈夫だ。誰かが死ぬなんて、そんなことあるはずもない)


 こんな事態は、カズキ達がこの世界に訪れてから初めてのことだった。


 実際にダイアンが言う危機というのがどのくらいのものなのか、それこそカズキが読んだ本に出てくるような『世界の危機』レベルなのかどうかも分からない。


 だからそんな言い分などまるで根拠のないものだったが、カズキはそう思い込まずにはいられなかった。


 もしも、万が一にでも、この今の事態が『世界の危機』だとしたら。


 そしてカズキ達が神より遣わされた『銀髪赤眼』なのだとしたら。


 おそらく、『生まれ変わりの英雄』が現れて、カズキ達のいずれか或いは全員が犠牲になり、この世界は救われることになる。


「そんなこと、させるものか……」


 不吉な想像に対するその言葉は、胸の中のつぶやきではなく、思わず口に出たものだった。幸いにも僅かに囁く程度だったため、周囲で寝ている者を起こすことは無かった。


(そんなこと、許されるものか。世界が滅びようと何だろうと、俺は……)


 何かがあれば、迷うことなく全てを見捨てて家族を連れて逃げる。そして生き延びてみせる。


 英雄でもないし、神から崇高な使命を受けた使者でもないカズキにとっては、世界を救うことなど二の次だった。


 それよりも、この世界でようやく手に入れた家族の絆を守る方が大事なのである。


 それは責められるべき無責任論ではなく、ごくごく平凡な父親の想いに過ぎない。


 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼


 そして翌日――


 ダイアンの言葉は決して妄言などではなく現実と知らされた。


 地響きを起こしながらナディールの街を津波の如く襲おうとするモンスターの大群と、王国騎士団とナディールの街住民による人類軍が激突したのだ。


「ダイアン隊長。北地区ですが、モンスター共を押し戻しました!」


「そうか! よくやった!」


 指令基地としていた中央区にある屋敷の中に舞い込んできた朗報。机の上に置いた街の全体地図を配下の騎士達と共に囲んでいたダイアンは、その報せに嬉々とした顔を見せる。


「北地区は大型が結集していたのに……本当に、よくやってくれた」


「例の銀髪赤眼の女性が1人で奮闘してくれておりまして、おかげで騎士団も士気を盛り返しました」


 その報告を聞いて、ダイアンは戦闘前に見かけたとある親娘の姿を思い出す。


 その見た目は、お伽話にでてくる『銀髪赤眼』そのもの。特に言葉を交わすことは無かったのだが、その容姿はダイアンの印象に強烈に刻み込まれていた。


「南地区も奮闘しています。こちらにも銀髪赤眼――父親の方が配置されています」


「そうか。本当に、よくやってくれる。これなら、もしかすると……」


 ――自分達は生き延びることが出来るかもしれない。


 実は開戦当初から、ダイアンはモンスター軍に対して遅れをとっていた。


 理性も知能も持たないモンスター軍は猪突猛進するしかなく、そのまま西地区から雪崩れ込んでくるとの判断から、西地区へほぼ全戦力を集中させていた。


 しかしモンスター軍は、北・西・南へと分かれて、三方向より街を襲撃。しかもダイアンが本命としていた西から襲ってくるモンスター軍の戦力は極めて低く、北には大型モンスターを中心とした大戦力、南には毒や幻惑などの特殊能力を有するレアモンスターを集めた戦力を配備するなど、まるでダイアンの裏をかくような攻撃を仕掛けてきたのだ。


 西地区に集めていた部隊を急遽北と南へと向かわせて対応したものの、既に非戦闘員に大きな被害が出てしまっている。


 モンスターが大軍を成して人類の一国――隣国のファステリア帝国――を滅ぼしたという有り得ない事態に加え、この知能が低いモンスターとは思えない程の戦略的な行動は、ダイアンに人類滅亡を予感させるほどの異常事態であり、もはや決死の覚悟を決めていたのだが。


「隊長、まだ大丈夫です! まだ押し戻せます。我々は勝てます!」


 最早絶望的だと思われていた北地区と南地区の逆転劇に、指令基地は俄かに活気づく。ダイアンも自然と握る拳に力が入る。


「失礼します、隊長! 避難の準備が整いました」


 新しく入ってきた騎士が、敬礼をしながら新しい報告をしてくる。


 北と南が攻撃された時点で、ダイアンは生き残った非戦闘員をこの中央区に集めて、街から避難させることを決断して、その準備を進めていたのだ。


 その報告にダイアンはうなずくと


「よし! 避難はこのまま続行だ。西は余裕があるし、北と南は今なら抑え込める。モンスター共の侵入を許していない東からなら、今なら脱出できるはずだ。これ以上、被害を出してはならん!」


 テキパキとダイアンが指示を出すと、それに応じて部下達も慌ただしく動き出す。


「なんとかなりそうですね、隊長」


 腕組みをしながら地図を見下ろすダイアンに、若い騎士が嬉しそうに声を掛けてくると、ダイアンは僅かに頬を緩ませながらうなずく。


「例の親娘には後で礼を言わんとな。ふっふ……あながち『銀髪赤眼』の物語も空想ではないのかもしれないな」


「それなら、いっそのこと『生まれ変わりの英雄』も姿を現わしてくれればいいんですけどね」


 そんな冗談めかした会話に、それまで緊張に貼り詰めていたその部屋の空気が一瞬緩み、かすかな笑いさえ起こるのだった。


「では我々も前線へ向かうぞ。安全な場所から指揮を出しているだけにはいかないからな」


 威勢のいいダイアンの掛け声に配下の騎士達は「うおおおお」と歓声で答える。


 銀髪赤眼の親娘がもたらした希望の光に、ダイアン部隊の士気は最高潮に達していた。


 ――が、それもそこまでだった。


「た、隊長……っ! ぁぐあああっ……!」


 突然、鎧をボロボロにした、満身創痍の騎士が部屋の中へ崩れ落ちるように入ってくる。


 意気揚々としていたダイアン達は、瀕死の重傷を負った突然の騎士の登場に、空気を凍り付かせた。


 その騎士は、避難民達をまとめ先導する部隊の隊長を務める男だった。


「モ、モンスター共が……既に、中央区に……っ!」


「ば、馬鹿なっ?」


 その有り得ない報告に、ダイアンは唾を飛ばして驚愕する。


「どこから入ったというんだ? 西は勿論、北も南も完全に抑え込んでいるはずだぞ?」


「ひ、東から……」


 消え入りそうな声を漏らすその騎士は、そのまま言い終わることが出来ずに息絶えてしまう。しかしその最後の言葉の一片からでも、言わんとすることは分かった。


「ば、馬鹿な……馬鹿な……あり得ぬ。そんなこと……」


 まさか、北と南も囮だったというのか。


 西・北・南へ囮部隊を配してこちらの戦力を引き付けておきながら、手薄の東を本命の戦力で襲撃し、この本部を襲おうというのか。


 何故、どうして、知能を持たないはずのモンスター軍が、そこまで戦術的な行動が出来るのか。有り得ない。


「……っ! いかんっ!」


 しかし、今のダイアンには絶望する余裕すらない。


 今、この中央区には戦う力を持たない人間を集めているのだ。無抵抗のままモンスター共の襲撃を許せば、今度こそ非戦闘員は全滅してしまう。


「全員、武器を持て! 何が何でもモンスター共を返り討ちにするぞ! 決戦だ!」


 騎士たる自分の命を賭してでも、民衆の命は絶対に守って見せる。


 知能で勝るはずのモンスターに戦術戦で敗北したダイアンにとっては、それが最後に残された騎士としての矜持だった。


 □■□■


 ナディールの街北地区には、四足歩行の獣や空を舞う竜など、人間の何倍もの体躯を有するモンスターが押し寄せていた。


 辺りの建物も道も崩壊しており、石や木の破片がそこら辺に散らばっている。そして同様に、多くの人間やモンスターの死骸も転がっており、濃密な血と死の匂いが立ち込めていた。


「でやああああああっ!」


 そんな中、孤軍奮闘しているのは銀髪赤眼の女性――ミツキだった。


 本人はほとんど傷を負っておらず、仲間やモンスターの返り血を顔や身体中に浴びながら、彼女はまた1匹大型モンスターを仕留める。四足獣の口から炎を吐く化物が、ミツキの剣によって両断された。


「はぁっ、はぁっ……」


 もう何匹のモンスターを斬って捨てただろうか。


 しかしモンスターの群れは尽きることを知らないのか、まだまだ向こう側から押し寄せてくるのだった。


「倒してもキリがない……お父さんやコウタ達は大丈夫かな?」


 ふと油断すれば倒れてしまう――そのくらいに疲弊しているミツキだったが、この街に住まう人を守るためという使命感がミツキを支えていた。


 フラフラとしながら、自らに喝を入れるようにしっかりと地面を踏みしめる。


(ここで私が倒れるわけにはいかない)


 元々ミツキは西地区に配置されていたが、こちらの虚を突くように北地区から入ってきたモンスター軍の対処へ、自ら志願して向かったのだった。


 ミツキ達、北地区防衛隊に与えられた任務は、北地区の避難民達が安全な中央区まで逃げるまでの時間稼ぎだった。


 西地区よりも狂暴で凶悪なモンスターで構成された北地区の防衛戦では、1人また1人と騎士やナディールの防衛隊が命を落としていく中、ミツキは今も剣と魔法を駆使して生き残っていた。


 北地区に避難していた住民の中には、まだ子供を産んだばかりのリディアや、戦う力を持たない母アカリも含まれている。


 ミツキとしては絶対に負けられない戦いだった。


「おい……おーい!」


 次のモンスターの襲撃に備えていたミツキは、背後から呼ばれることに気づくと、身体の向きを変えてそちらの方を見る。


 手を振りながら近づいてくるのは、王国騎士の1人。北地区の避難民を中央区へ先導していた騎士だった。


 彼が戻ってきたということは


「避難は無事終わったぞ。あんたが頑張ってくれたおかげだ」


「……良かった」


 この絶望的な状況の中で、初めての朗報といっていい知らせだった。ミツキは僅かに頬を緩めてうなずく。


「よくやってくれた。北地区はもういい。俺達も下がって、中央を守るぞ」


 不意の急襲を受けた北地区は捨てて、まだ無傷の本隊が残る中央区での決戦。それが指揮官のダイアンが下した決断だった。最後の最後まで残ったミツキに労いの言葉を掛けて、共に中央に戻ろうとする騎士だったが、ミツキは首を横に振る。


「先に戻っていて下さい。私は、もう少しモンスターの数を減らしてから戻ります」


「馬鹿な……」


 笑いながらそう言うミツキの言葉に、騎士は驚愕の色を見せる。


「大型モンスターがあれだけ残っていたら、さすがに本隊でも苦戦を強いられるでしょう? 大丈夫。死なない程度に頑張りますから」


 ニッコリと笑いながら言うミツキに、騎士はやはり狼狽を隠せないままだった。


 魔術師という力を持っているとはいえ、ミツキは騎士ではない。ここまで自分の身を挺して戦う理由も使命も特に無いはずなのに、それなのに彼女は誰よりも最前線に立って、モンスター達の猛攻を食い止めていた。


「はいそうですか、と……あんたみたいな女性を一人置いていけるものか。あんたが残るなら、俺も一緒に戦おう」


 そんなミツキの思いに触発されたのか、騎士も剣を抜いて、今も地響きも鳴らしながら押し寄せてくるモンスター達に備える。


 そんな騎士の反応に、ミツキは最初少し戸惑ったような表情をしていたが、「そりゃそうですよね」と苦笑しながら、ミツキも剣を構える。


「へっ……こりゃ、『生まれ変わりの英雄』と『銀髪赤眼』の物語も、あながち本当にあったことなのかもな」


 そんな軽口をたたく騎士のことを頼もしく思いながら、ミツキは気にかかっていたことを問いかける。


「そういえば、南地区の様子って知ってます?」


 北地区と同じように南地区からもモンスター達が入り込んでいるという情報はミツキも耳にしていた。北地区で奮闘しながらもそのことが気になっていたミツキが騎士に聞くと、騎士は自信満々にうなずきながら


「大丈夫だ。あんたと同じ銀髪赤眼の……あんたの父親だったか? 魔術師が向かってくれて、そっちの避難も無事終わっている」


「……お父さん」


 間違えるはずのない銀髪赤眼の特徴――自分以外にはカズキやコウタくらいしかいないだろう。自分と同じように、街の皆を守るために奮闘している家族の姿を思い浮かべて、ミツキは胸が軽くなる思いだった。


(私は一人じゃない。まだまだ戦える)


 そう思うと握る剣に力が入る。そして使い果たしたはずの魔力が漲っていき、ミツキが握る剣が淡い光が帯びていく。


 ――と


「銀髪赤眼! 銀髪赤眼の魔術師はいるか!」


 また別の騎士が後方からやってくる。


 しかしその騎士は徒歩ではなく、貴重な馬を全力疾走させながら、明らかに切羽詰まった様子だった。


「はーい、ここです! こちらです!」


 その異様な騎士の様子に、ミツキは漠然と嫌な予感を抱く。両手を振りながらぴょんぴょんと跳ねて自分の存在をアピールすると、馬に乗った騎士はミツキに気づいて、馬を駆け寄らせてくる。


「一大事だ! 至急中央に戻ってくれ!」


「何事だ?」


 聞き返したのはミツキではなく、側にいた騎士だ。ミツキよりも、むしろこちらの方が焦っているように見える。


「東から入ったモンスター共に中央区が急襲された! 既に避難民にも被害が出ている! 至急戻って加勢してくれ!」


 突如ミツキ達を襲った絶望の闇は、少しでも晴れるどころか、まずますその濃度を高めて彼女達を覆おうとしていた。


 □■□■


 大型モンスターが結集していた北地区に対して、南地区は毒や麻痺の息を吐く固体や呪いを掛けてくる個体など、稀有な種類のモンスターで構成されていた。大型モンスターに比べれば派手さと破壊力は劣るが、人間を死に至らしめる危険性は遥かに上回る。


 そんな特殊なモンスター達を、カズキは罠や作戦でもって翻弄し、集団戦法で惑わせ、魔術でもって打ち倒していた。


 ミツキのように一騎当千の如く真正面からモンスター達を撃退するとは違う戦い方だったが、南地区に避難していた住民の時間稼ぎが出来たという功績は等しかった。


 しかし、ミツキが中央地区急襲の報に揺れる中、カズキもまた同様の報告を受けて動揺していた。


「くそっ、どうしてこんなことに……」


 中央地区には一応王国騎士団の本隊が配置されているが、こうもモンスター軍に後れを取っている状況の中、決して安心など出来ない。


 カズキが、南地区を防衛していた残存兵力と共に中央地区へ辿り着いた時――中央地区の状況は燦燦たる有様となっていた。


「そん、な……」


 かつては数多くの人の活気に満ち溢れていた中央地区の街並み――しかし今はほとんとの建物が崩壊し、燃え燻っており、モンスター達が跋扈していた。


 跋扈しているモンスターの内1匹がカズキ達に気づく。鱗を全身に纏った、爬虫類を思わせるような、異様な造形をした人型の二足歩行のモンスターだ。


「うおおおっ!」


 カズキがその人型爬虫類モンスターを炎の魔術で焼き払うと、周囲にいたモンスター達が気づき、群がるように集まってくる。そしてすぐにカズキ達と乱戦状態になる。


 ――そして、カズキの魔術でもってその小集団を殲滅させるが、カズキ達の方にもまた犠牲者が出てしまう。カズキ自身も左腕に傷を負う。


「はぁっ……はぁっ……くそ。どうなっているんだ。こんな様子じゃあ……」


 モンスター達が自由に動き回り、人間側の組織だった動きが全く見られない。このような状況では、もはや中央地区はモンスターに占領されているといっても良いだろう。


 本丸が落とされた――それはつまり、カズキ達人間側の敗北を意味していた。


「馬鹿なっ……アカリは、みんなは……」


 絶望的な状況に、膝を折って地面に崩れ落ちるカズキ。周りに残った生き残った人間も、そんなカズキに誰も声を掛けられない。それは誰しもカズキと同等以上の絶望を胸に抱いていたからだ。


「グギャアアアアアっ!」


 そんな、哀れな生き残りの人間を補足したのは、空を支配する翼竜だった。人間の倍ほどのある体躯で自由に空を飛びまわる能力を有する、今回の戦いで最も厄介な種族だった。


 その翼竜が上空から急降下すると、茫然と立っていた1人を、その巨大な顎で咥え、そしてそのまま上空へ急上昇する。


「うぎゃああああああああ!」


 咥えられた男の断末魔が響くと、翼竜はその男の肉と骨をまるごとバキバキとかみ砕き、咀嚼する。


 そんな恐るべき光景に、もはやカズキ達は戦う気力を奮い立たせることは出来なかった。


「家族がいないなら……俺がここで、戦う理由はなんだ?」


 それでもカズキは力を失った瞳でフラフラと立ち上がると、上空で次なる獲物を狙う翼竜へと向き合うようにする。


 しかし、それはもはや決められた動きをしようとする壊れかけの人形のようだった。見るからに危なっかしく、人間の意志を感じられないような弱弱しい動作。


 そんな動きでは、もう翼竜の攻撃に反応するは、誰の目から見ても不可能だった。


「グオオオオオオオオ!」


 次なる標的をカズキに定めた翼竜は、先ほどの男の血を滴らせながら再び急降下。今度はカズキの身体を捕食しようも猛然と襲い掛かってくる。


「ギャアアアアアアアアアアアアア!」


 しかし翼竜の牙がカズキの届く前に、横から突然生み出された巨大で鋭利な氷柱が、翼竜の身体を突き刺す。


「ギャフッ……ギアアアアアアア!」


 身体を貫かれた翼竜は血走った眼で氷柱の方へ向き返り、上空へ逃げようと翼を羽ばたかせようとするが、その前に空間から生み出された追加の氷柱が、翼竜の翼を貫く。


 そして更に止めと言わんばかりに、また巨大な氷柱が翼竜の頭上に生み出されて、そのまま翼竜の頭を押しつぶすかのように落とされる。


 頭の上から顎まで、氷柱で貫かれた翼竜はそのまま地面に倒れ込むと動かなくなる。


「お父さん!」


「ミツキ!」


 駆けつけたのは娘――ミツキだった。


 さすがに疲弊した様子はあるものの、目立った傷は見えない。大型モンスター共を相手に、驚くべきことである。


「大丈夫?」


「あ、ああ。俺は大丈夫だ。すまない、ミツキ」


 噂の『銀髪赤眼』の魔術師の参戦に、カズキの他の生き残った人間達が僅かに活気を取り戻す。……が、この状況でミツキ1人が駆け付けたところで、状況が決定的に変わることはない。


 それに何よりも、これでは中央地区にいた他の家族達の安否は絶望的だ。カズキは顔を青くしながら、それでも危機を救ってくれた娘に頭を下げる。


 そんな父の様子を見てその胸中を察したのか、ミツキはカズキの肩を掴んで身体を揺さぶると


「しっかりして、お父さん! お母さんもコウタもリディアさんもリコちゃんも、みんな無事だよ! 大丈夫!」


「……え?」


 思いがけないミツキの言葉に、カズキは間抜けな反応をしてしまう。


「ぎりぎりだったけど、間に合ったの! 今は元々避難していたのと別の場所に逃げてるけど、そこも襲われるのは時間の問題! だから、急がないと!」


「え? あ……あ、ああ……」


 よく見ると、ミツキに傷はないものの、息は弾んでおり汗だくだ。


 北地区への転戦から、中央地区に戻り、家族を探し回りながらモンスターを撃退し、カズキを探す。


 言葉で言うならそれだけのことだが、それは想像を絶する苦行だったろう。


「す、すまない……」


 ようやく思考が追い付いてきたカズキは、そんなミツキの声を聞いている内に、徐々に失った力が漲っていくのを感じる。


 ナディールの街はおしまいだ。もうそれは変えられないだろう。


 しかし、守るべき家族がまだ生きている。例えこの世界がモンスターに支配されようと、生きていれさえすればなんとかなるはずだ。


 ミツキとは違って、全身に傷を負って疲労困憊のカズキだが、ゆっくりと立ち上がると地面を踏みしめる。


「行こう、ミツキ。案内してくれ」


 力と気力を取り戻した父の言葉に、ミツキは力強くうなずき返した。


 □■□■


「それにしても、どこから中央地区にモンスターが入り込んでいたんだ?」


 カズキは、共に戦って生き残った人と共に、ミツキが戦えない人達を避難させたという場所に向かっていた。


「東地区の方から回り込まれたみたいだよ。西も北も南も、陽動だったみたい」


「陽動だって?」


 そのミツキの返答に、カズキは思わず声を裏返す。


「どうなっているんだ? モンスターなんて、知能も理性もない獣じゃないか。それなのに、そんな高等な戦術行動が取れるのか?」


「……」


 カズキの疑問は当然だったが、ミツキは無言のまま答えない。いや、答えられない。ミツキの方こそ教えて欲しいくらいだった。


「――多分、モンスターを指揮している奴がいるんじゃないかな。そうじゃないと、説明出来ないよ」


「人間がモンスターに手を貸してるっていうのか? ――いや、違う。そいつがモンスターを操っているのか?」


 しかし、そんな考察を今カズキとミツキの2人だけでしていても何の意味もない。今はとにかく家族と合流して、身の安全を確保するべきだ。


 そんなことは分かっているが、それでもやはりこの異常事態に不吉な予感は消えない。


 ”世界が滅亡の危機に瀕する時、『生まれ変わりの英雄』と『銀髪赤眼』が現れる”

 ”そして『銀髪赤眼』はその命を代償にしながら、『生まれ変わりの英雄』と共に世界を救う”


 この世界では有名な『お伽話』とされている内容が、否が応でも脳裏にチラつく。


 ――間違いなく、今世界では何かが起こっている。それこそが世界の滅亡の危機じゃないのか。


(冗談じゃない)


 せっかく家族で『この世界』に生まれかわったのだ。


 せっかくやり直すことが出来た――娘との絆を取り戻し、息子は結婚して、孫も生まれた――のに、こんな理不尽にその幸せを奪われてたまるものか。


 もし神という存在がいるのなら、どうして『この世界』に生まれ変わらせたというのか。


 死が前提の生まれ変わりなど、そんなの残酷でしかないじゃないか。


「とにかく、アカリ達が無事なだけ、まだ良かったな」


 そんな不吉な気持ちに胸が圧し潰されそうになるカズキは、隣を走る娘にぼそりとそんな言葉を零す。


「全然良くないよ」


 しかし返ってきた言葉は、意外にも暗い否定の言葉だった。カズキがハッとして隣の娘の顔を見ると、ミツキは目尻に涙を滲ませていた。


「ほとんど助けられなかったんだよ。私は、他の人を見捨てて家族を優先したんだ」


 グスリと泣きながら、滲んだ涙を袖でふき取るミツキ。


 ――そんなこと、当たり前じゃないか。


 カズキは、その言葉は発せられなかった。


 家族と他人とどちらかしか助けられないのなら、家族を選ぶことは人として当然のことだ。それは責められるべきものではない。


 しかし、心優しいミツキは自分を責めずにはいられないのだ。


 そんなミツキに、他の誰が――例え父親のカズキであっても――気にするなと言っても、ミツキは自分を責め続けるだろう。


(俺は、家族のためなら他の何の犠牲も厭わない)


 そのカズキの父親としての感情もまた、この状況下では決して責められるべきものではないだろう。


 しかしカズキは、あまりにも自分の感情と乖離している娘の感情に、危機感を抱いていた。


 □■□■


「ば、馬鹿なっ……!」


 横たわる騎士達の遺体――その中央に、重傷を負って血だらけのダイアンはいた。もはや両の脚だけで自らの身体を支えるのは不可能なくらい疲弊しており、剣を杖代わりにしてなんとか立っていた。


「本隊が、分も持たずに全滅……だと?」


 中央地区で温存していたのは、ダイアンにとって最大の切り札である精鋭部隊だった。王国騎士団の中でも1,2を争う程の戦力だと自負している、その部隊が瞬く間に全滅した。


 1人生き残ったダイアンと対峙しているのは、全身を黒に包んだ男だった。


 髪も黒ければ、見に纏っているローブも黒。手にはグローブをしており、曝け出している顔だけが唯一の肌色で、それ以外は黒一色の男。年のころは20代中盤くらいに見えるが、その醸し出す雰囲気は歴戦の戦士を上回るほどの威圧感を放っている。


「所詮、人などこんなものだ」


 その暗く沈んだ声は、聞いている者をそれだけでゾクリとさせるほどのものだった。黒衣の男はゆらりと揺れるように、ダイアンへと近づいていく。


「ま、待て! 私の身はどうなっても良い。しかし、せめてこの建物にいる者達だけは見逃してくれ!」


「姑息な。時間稼ぎのつもりか」


 全てを見透かしたような男の声に、ダイアンはぎくりとする。


「既に他の場所へ生き残り共を避難させているのは分かっている。見つけ出すのも時間の問題だ」


 男はそう言いながら、自身を囲っているモンスターの群れに向かって、近づいてくるように指で呼ぶ。すると群れの中から狼型のモンスターが男に近づき、男が何かしら指示を与えるような仕草をすると、狼型はその場から離れていき、更に群れの中から数匹の同型モンスターが追従していく。


(こ、この男……完全にモンスターを指揮下に置いている。一体何者だ)


 二段構えの陽動作戦――知能も理性もないモンスター達に、そんな戦術行動をとらせていたのは、この男だ。もう疑う余地はない。


「人間は殺す。一人残さずな」


 男はそう言うと、音もなく黒衣の中から剣を取り出す。


 男の身長ほどもある、長く鋭い黒い剣だ。


「き、貴様は一体何者なのだ……」


 最早死からは逃れることはない。だからその問い掛けに意味などないのに、しかしダイアンは問わずにはいられなかった。


 しかし男は、他の騎士をその手に掛けた時のように、そんな問いなど無視して無慈悲にその黒い刃を振り下ろす――と思いきや、意外にも歩みを止める。


「?」


 ダイアンが疑問符を浮かべていると、男は少し考え込むような仕草をしてから


「ふむ、そうだな。今回は『世界一のモンスター使い』……いや、少し違うな。そもそも決まった物言いなどないのだから、それに従う必要もないか」


「何を言っている……?」


 男のブツブツという言葉にはダイアンには理解不能だった。男もダイアンに聞かせるというよりは、自問自答しているような空気だ。


 一体自分は何者なのか、と


「そうだな。モンスター……魔物共を統べる存在――さしずめ『魔王』といったところか」


「なんだと?」


「まあ、結局の所呼び名などどうでもいい」


 男がダイアンに近づき、その黒剣を振り上げる。もう次は止まらないだろう。確実にダイアンの命を刈り取る刃が、今度こそ振るわれようとしている。


「いずれにせよ、私がこの世界を救う救世主である『生まれ変わりの英雄』だというのは、いつの時代も変わらない」


 ――と、その言葉を吐いた一瞬後に、その男を横から殴り倒すように火炎の渦が襲い掛かる。


「……」


 完全に不意を突いた魔術の炎だったが、英雄と名乗ったその男は左手を翳しただけで、一瞬にしてその炎の渦をかき消す。


 そして次の瞬間には、美しいとすら思える所作で、ダイアンの首を黒剣で跳ね飛ばしていた。


「っああ! ダイアンさんっ!」


 悲壮に塗れた女性の声が聞こえると、黒衣の男はそちらの方に振り向く。


「……っ!」


 そして不意を突かれた炎の魔術にも眉一つ動かさなかった男が、その声の主の姿を認めると明らかに狼狽するのが分かる。


「『銀髪赤眼』……やはり出てきたか」


 ミツキと、そして自らを『魔王』或いは『生まれ変わりの英雄』と称する男が対峙する。


 □■□■


 無惨に刈り取られたダイアンの命――首と胴体が分かれた遺体を見て、ミツキの表情は悲壮に染まる。


 その場に駆けつけたのは、カズキとミツキの2人だけ。ミツキが別の場所へ避難させていたという住民達は、コウタやその他生き残りの騎士達に任せて、カズキとミツキの2人が残って戦うダイアン達に加勢に訪れたのだが


「間に合わなかった……」


 既にダイアン含めて、その場に生きている人間はカズキとミツキ以外にはいなかった。他にいるのは、黒衣の男とそれを囲うようにしているモンスターの群れだけだ。


 黒衣の男は、そのまま無言でカズキ達親娘に向き直る。


 男――『魔王』はダイアンを斬った時のようにゆらりと揺れるように近づいてくると、ミツキは気を引き締めなおして、戦闘態勢に入る。


 が、その前にカズキがミツキの前に立つと


「お父さん?」


「私達のことを知っているのか」


 娘の問いかけは無視して、まっすぐと『魔王』に向けて問いかける。すると『魔王』は動きを止めて、カズキ達を観察しているようだった。


「『銀髪赤眼』が2人……? いや、本来の力はそちらの娘の方から感じる。神め、何を考えているのかは知らないが」


 ぶつぶつと独り言のようにつぶやく『魔王』は、黒剣の切っ先をカズキ達へ向けながら


「本当に貴様らが『銀髪赤眼』というなら、私に協力しろ。それが『銀髪赤眼』の使命だろう」


 ゆっくりと言い聞かせるような口調で言ってくる『魔王』の言葉を聞いて、カズキは確信した。


 ――あのおとぎ話は事実だったのだ、と。


「お父さん、どうしたの?」


「……いや、大丈夫だ」


 それは娘への答えか、自分へ言い聞かせたものだったか。


 重くなった頭を抱えるようにしながら、カズキは『魔王』へ言葉を続ける。


「お前が、例の『生まれ変わりの英雄』というなら、どうしてこんなことをする? お前の使命こそ、人類を救うことじゃなかったのか?」


「――ふん」


 そのカズキの問いかけを『魔王』は一笑に付す。


「笑わせる。私の使命は人類を救うことではない。この世界を救うことだ。そして一言言っておくが、これは貴様らと違って神に与えられた使命などではない。私自身が自らに課した使命だ。『生まれ変わり』の異能を持って生まれた存在として、な」


 今までの端的な言葉からすると、やけに饒舌に語る『魔王』の言葉に、カズキはどう反応していいのか分からない。が、その説明でなんとなく察する。


「つまり、人間こそが世界にとって害悪の存在だということか」


「その通りだ」


 カズキの問いに、一切のよどみなく答える『魔王』。その言葉に咄嗟に反応したのはミツキだった。


「どうして……! あなただって人間なのに……どうしてこんなひどいことが出来るの?」


「――今回の『銀髪赤眼』は、青臭い。その上、甘いな。普通の人の一生程度の時間で、人類を語るな」


 『魔王』が黒剣を構える。すぐに攻撃を仕掛けるというよりは、その準備のために気力を高めているのだろう。


「何百何千という時の中で、人類を見てきた。その私が断言する。人間こそが、世界にとっての最悪の病巣だ。人間を1人残らず排除することで、世界は救われる。そうなれば、もう二度と世界が滅亡する危機は訪れない」


「意味が分からない!」


「人間は醜い。強者に媚び、弱者を踏み躙る。その醜さが人間の本質だ。このまま私が人間を救い続ければ、やがて人間は世界を弱者だと認識するようになる。その時、人間は世界を蹂躙し尽くし、やがて滅亡させるだろう。だから、私は人間を滅ぼすのだ」


 『魔王』の闘気が、魔力が高まっていく。


「別に貴様が理解する必要はない。私の邪魔をするのならば、『銀髪赤眼』も人間の1人として排除するだけのことだ」


 敵は言葉が通じないモンスターではなかった。


 そのことに一縷の望みを掛けて、なんとか戦う以外の選択肢を取ろうとするミツキだったが、そんな娘の優しい気持ちに制止をかけるのはカズキだった。


「説得は無理だ、ミツキ」


 そう言って、カズキは再びミツキの前に出る。


「こいつの言っていることが本当なら、俺達の何百倍も人生経験があるってことになる。そんな奴を説得するなんて、不可能だ」


「でも!」


 食い下がるミツキをそのままに、カズキは真っすぐに『魔王』と向かい合う。


「お前は自分の使命は人類を守ることではなく、世界を守ることだと……そう、自分自身に使命を課したといったな」


 カズキの言葉に、『魔王』は顎を引き、肯定の意を示す。


「何が言いたい? 貴様は――『銀髪赤眼』の使命は、『生まれ変わりの英雄』を助けることでもなく、それこそ世界を救うことでもなく、人類を救うことだと言いたいのか?」


 そんな『魔王』の返答に、カズキは首を振って否定の意を示す。


 例のお伽話が真実だとするならば、おそらく『銀髪赤眼』は、神からの使命を与えられた存在なのだろう。


 前の日の夜に聞こえた「時が来た」というあの声は、おそらく神の声なのだ。


 『魔王』がモンスターを率いて襲ってくることを示したということは、神が『銀髪赤眼』に課した使命は『生まれ変わり英雄』の手助けではないはずだ。おそらくは世界を救うこと……いや、もしかすると人類を救うことが、『銀髪赤眼』が神から与えられた使命なのかもしれない。


 しかし、そんなことはもうカズキには関係なかった。


「俺も、お前と同じように……自分の使命は自分で決める。『銀髪赤眼』ではなく、峰晴和輝という1人の人間が『この世界』に生まれた使命を、俺はようやく理解した」


「なんだと?」「お父さん?」


 ミツキと『魔王』が同時に狼狽する。娘のミツキでさえも、父が何を言っているのか理解できないのだ。


「逃げるぞ、ミツキ」


 そんなミツキに、カズキは振り向いて優しい父の笑顔を向けると、懐から1つの小袋を取り出す。そして即座に、魔術でその袋を発火させる。


 ――その後に訪れたのは、白。


 世界を全て白く塗りつぶすような強烈な眩しい光と、激しい炸裂音。『魔王』もミツキも何が起こったのかが理解できないまま、その白い世界に視界を、聴覚を、そして意識を奪われていく。


 物語上の存在であるはずった『魔王』或いは『生まれ変わりの英雄』と『銀髪赤眼』の意識を刈り取ったのは、特別な魔術や装備などではなく、人間がその知恵と工夫で考えて作り出したごく普通の閃光弾だった。


 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼


 おおよそ2時間後。


 『魔王』を人間というカテゴリーから除外するとするならば、ナディールの街の中で動いている人影は1つも無かった。


「逃げたか。賢明だな」


 配下のモンスターを使って街の中を徹底的に捜索させていた『魔王』は、その内の1つである狼型モンスターの言葉が理解出来るのか、自分の元に戻ってきたその狼型が喉を鳴らすのを聞いて、うなずいた。


「よもやあんな子供だましのような真似をするとは、意外過ぎて対処出来なかった。――が、まあいい。『銀髪赤眼』の力では、私には敵わない。奴はこの世界の人間ではないし、放っておいても構わないだろう」


 静かに平静な口調で淡々と言う『魔王』だが、その眼に激昂の炎が見て取れる程に鋭くなっていた。


「私の目的は、あくまでも『この世界』の人類の滅亡だ。邪魔するならば容赦はしないが、わざわざ追い回すような真似はせぬ」


 『魔王』はもっている黒剣を振り回すと、それを上空に掲げるようにする。するとその動きに呼応するように、街内一体に散らばっていたモンスター達が『魔王』の元に集結し、ひれ伏すようにする。


「すぐにクライストス王国の王都へ攻めあがる! 王都には稀代の勇者と名高いクリストファー騎士団長がいる。貴様らの命を糧にしてでも、王都の人間を根絶やしにするのだ! 特に子を産み増やす女と成長すれば世界の害悪としかならない子は執拗に追い詰めろ! いいな!」


 その『魔王』の激に、集結したモンスター達は地を揺るがす程の雄たけびでもって応えるのだった。


 □■□■


 一方カズキは、僅かに生き残った街の人達を連れて、街の外へ逃げ延びていた。


 街の人々は、王都から駆け付けた騎士団を含めてほとんどが全滅という燦燦たる有様ではあったものの、カズキら峰晴一家とそれに近しい者達――アドラス、スイレン、リディア、リコらは全て生存していた。


 しかしカズキが率いる生き残りの集団は総勢20人にも満たない程度。赤子はリコだけで、その他も無傷な人間はいないという、あまりにもひどすぎる状況である。


 それでも一団は、モンスターに蹂躙されたナディールの街を捨てて歩を進める。少しでも生き残る可能性を高めるため、人類の最後の希望となったクライストス王国の王都へ。


 ――が、その集団は今歩みを止めていた。


「離して! 離してってば!」


「うるさい! 大人しくついてくればいいんだ!」


 集団の中では、今では唯一モンスターと戦える力を有したカズキとミツキ。生き残った中での中心人物たる親娘が怒鳴り合いの喧嘩をしていた。


「見捨てられないよ! まだ生き残っている人達がいるかもしれない!」


「もういるもんか! いたとしても、俺達なんかじゃ助けられない!」


 『魔王』との戦いの最中、閃光弾で意識を失ったミツキを担ぎ、カズキは生き残りの人達を集めて今の状況に至っている。そして逃げ延びる道中、ミツキが意識を取り戻したところで始まったこの喧嘩は既に30分程が経過していたが、両者の押し問答は全く進展していない。同じことを繰り返し言い合っているだけだ。


「どうしてだ……どうして、お前が他人のために、そこまで命を賭けないといけないんだ」


 あまりにもしつこすぎるミツキに、カズキの声の勢いは無くなっていく。最初に見せていた怒りはなりを潜め、弱弱しくなっていく。


「自分の命を捨てようとしている娘の、親の気持ちを考えたことがあるのか……」


 そうやって、どこが懇願するような口調で言うカズキの言葉に、思わずミツキは苦しそうに顔をしかめる。


 しかし、それでもミツキは己の意志を曲げることはなく。


「『銀髪赤眼』の使命だと思うから」


「っ! 知っていたのか」


 そのミツキの言葉にハッと顔を上げるカズキだったが、そこまで意外なことではない、『英雄と銀髪赤眼』の物語は、この世界では広く知られた物語だ。


「『銀髪赤眼』の使命は、『英雄』――いまは『魔王』か――の助けになることなんかじゃないよ。この世界を……ううん、人を守ることだと思うの」


 胸の前でギュッと手を握り、今度はミツキがカズキへ懇願するように言う。


「昔は人間を救っていた『英雄』が、どうして人類を滅ぼすことが世界を救うことになるなんて考えになったかなんてわからない。でも、そんなの間違っている。そんなはず、ない」


 そしてミツキは真っ直ぐと父の眼を見据える。怒りでも懇願でもない、強い意志を込めた赤い眼で、まっすぐと父の眼を見る。


「私がこんな凄い力を持ってこの世界に来たのは、きっと今この時のためなの。この世界で生きる人を守るため。そのために、私は戦う。それが『銀髪赤眼』の使命なんだよ!」


 いつにない娘の決意に満ちた言葉。


 それは、この世界にカズキ達が来る前の世界――いわゆる”現代日本”では、ミツキはこんな表情を見せることは無かった。


 胸の内では納得していない。しかし偽りの感情の仮面を被り、ひたすら我慢を重ね続けて人形のように生きてきた。その仮面の被り方があまりにも巧妙だったから、カズキはそのことに気づくことすら出来なかった。


 しかしこの世界に来て、カズキはミツキと和解した。打ち解けて、お互いの本心をぶつけ合い、本当の家族の絆を取り戻した。娘は仮面を被るのを止めて、そして自分も自らの思いを強制することを止めた。


 こうしてミツキが臆することなく正面から自分の想いをぶつけてくるのは、家族の絆を取り戻せたというカズキの思いが正しいことの証拠だった。


 そんなミツキの嘘偽りない気持ちをぶつけられてカズキは確信する。


 説得をすることは不可能だ、と。


「馬鹿野郎……」


 そうしたカズキが零した一言は、それだった。


「他人のことよりも自分のことを考えろ! 俺の言う通りにすれば間違いない! 子供は親の言う通りにしていればいいんだ! いい年をして、まだそれが分からないのか!」


 唾を飛ばしながら、感情的という言葉では足らないくらいの感情的な言葉。激昂したようにそう言うカズキを、周りを取り巻く生き残りの人々が驚いたように見ていた。


「あなた……」


 2人の剣幕にそれまで声を掛けられなかったアカリが、さすがにカズキに近づいて声を掛けると、カズキは我に返ったようにハッとした表情になる。


 しかし、既に遅い。


「お父さん」


 その声は、空気の中に溶け込みそうな弱弱しく小さい、しかしそれは何故かはっきりとカズキの耳に聞こえてきた。そんな不思議な声を出すミツキは、悲しそうに笑っている。


「この世界に来て、大好きになれたと思ったのに――」


 ミツキの言葉はそこで途切れる。代わりに涙がポロポロとこぼれていき。


「この言葉は、二度と言いたくなかったよ」


「まて、ミツキ!」


 しかしそのカズキの制止の声は、ミツキには届かない。その鼓膜を揺さぶっても、もう二度と自分の言葉は届かない。


 カズキはそんな取り返しのつかないことをしてしまった後悔を感じながら、もう二度と聞きたくなかった、娘の言葉を聞く。


「私は、お父さんの人形じゃない」


 涙を流しながらそう言い残すと、ミツキは父の手を振り解いて、再びナディールの街へと駆けていった。


 □■□■


 ミツキはナディールの街の生き残りの集団から離れて、一人街道を走る。


 赤く泣き腫らした瞳――しかし、涙はほとんど乾いていた。


 全身が疲労している。筋肉は張り、骨は軋み、全身に痛みが突き抜ける。肺が苦しく、喘ぐように口で呼吸をするが、足だけは決して止めない。


「私が、何とかしなくちゃ」


 父との2度目の決別。そのことはもう考えないようにする。考えれば悲しさと苦しさで胸が張り裂けてしまいそうだから。あの恐ろしい『魔王』へ挑もうとする心が折れてしまいそうだったから。


(ごめんね、お父さん)


 それでも最後の最後に、ミツキは胸中で父への謝罪の言葉をつぶやく。


 自分勝手で親不孝な娘だったと思う。


 カズキは……父は、おそらく自分に普通の女の子の人生を歩んでほしかっただけなのだ。


 普通に友達を作って、結婚をして、子供を産んで……そんな、平凡でありふれた娘の幸せ。カズキが願っていたのは、きっとそれだけだった。断じて自分の身を犠牲にしてまで、世界を救う救世主などになって欲しく無かったはずだ。


 それを分かっていながら、あんな言葉を吐くしか出来なかった。


(私は、まだまだ子供だ)


 分かり合えないにしろ、もっと別の言い方があったはずだ。


 だけど、前の世界でカズキがトラウマになった言葉を吐けば、カズキは自分を止められないと分かって、あえてあの言葉を吐いてしまった。


 そう。分かって、あんなことを言ったのだ。


 本当に、最低の娘だ。


「本当に、ごめん! ごめんね、お父さん」


 グスリと最後に鼻を拭って、ミツキは「弱音、終わり!」と自分に言い聞かせるように言うと思考を切り替える。


 ――戻るはいいが、どうすればいい?


 あの『魔王』の力は凄まじい。おそらくミツキの力では敵わないだろう。


 再び戦うにしろ、無策のままでは正に犬死だ。何とかして、あの『魔王』の蛮行を止める術は無いのだろうか。


(何かないか? 何か……)


 必死に思考を駆け巡らせる。が、すぐに答えが出せるようであれば、最初の戦いの時に何とかなっていたはずだ。そうそう都合の良い話などあるはずもない。


 それでも……と、ミツキは諦めない。


 正解がない問い掛けなのかもしれない。それでも、森の中に隠した木を探すようにして、必死に知識を、閃きを総動員する。


 『魔王』を倒す何かが。モンスターの大群を瓦解させる何かが。全てが丸く収まる何かが。何かが無いか。


 そうしてミツキが焦点を置くのは、やはり『生まれ変わりの英雄』と『銀髪赤眼』の物語。それが過去に起こった事実だとするのならば、ヒントはそこにしかないはず。


「――!」


 そして、遂にミツキはそのヒントの尾っぽを掴むことに成功する。


「『銀髪赤眼』の使命は『生まれ変わりの英雄』を助けることではないとしたら……」


 物語の中では、『銀髪赤眼』の存在は『生まれ変わりの英雄』と共にあり世界を救う存在だった。だから『銀髪赤眼』は『生まれ変わりの英雄』を助けるために、神から遣わされた存在だと思っていた。


 しかし、それは双方の目的が『世界を救う』と一致していたに過ぎない。


 今の『生まれ変わりの英雄』――今は『魔王』だが――は、口では世界を救うと言っているが、今やろうとしている行為が、世界の救済であるはずなど有り得ない。


 つまり今、『銀髪赤眼』と『生まれ変わりの英雄』の目的は異なっている。


 『銀髪赤眼』の使命が『生まれ変わりの英雄』のサポートではなく、世界を……人類を救うことだというのなら。


「それが出来る力が、私の中にある……ってことだよね」


 そこでようやくミツキが足を止める。疲労で足を止めたわけではない。自分の中に感じた力の可能性を確かめるために、足を止めて拳を開いたり握ったりする。


「でも、多分その力は……」


 察しの良いミツキは、すぐに気づいた。


 『銀髪赤眼』は世界を救うという使命を達成するために、必ず命を落としている。『銀髪赤眼』は『生まれ変わりの英雄』とは違い、次の時代の危機に現れる『銀髪赤眼』は別人なのである。


 それが転生を繰り返すことで不死身という特性を持つ『生まれ変わりの英雄』と、死ぬたびに別人が担うこととなる『銀髪赤眼』の決定的な違い。


 結論――使命を全うする力。世界を救うための力。すなわち『魔王』を倒す力を行使すれば、ミツキは死ぬ。


『力を与える』


 そうしてミツキが『銀髪赤眼』の力に気づいたのを待っていたかのように、頭の中に無機質な声が響くと――


 次の瞬間、ミツキは白一色の世界に意識を奪われた。


 □■□■


 今聞こえたその声は、この世界に転生してきた時、そしてモンスター軍が押し寄せる前日の夜に頭に響いてきたものと全く同じ声。


 『銀髪赤眼』をこの世界に召喚した”神”の声。


「……意地悪な、神様だね」


 唐突に訪れた摩訶不思議な現象にも、ミツキは大した驚きを見せずに苦笑するだけだった。


 ミツキが掛けていた平地は、一瞬にして全て白い世界に書き換わった。上も下も右も左も、全てが白のみで支配された世界。そこにミツキは1人ポツンと立っていた。


「こんにちは、『銀髪赤眼』」


 突然声が聞こえる。


 それは頭に響いた無機質な声とは違う。明らかに女性と分かる、柔らかで優しい声だった。


 すると、いつの間にかミツキ1人だけだった白の世界の中、ミツキの目の前に1人の女性が立っていた。


 その女性が身にまとうのは、この世界と同じ色の白い服。豊かな金髪に透き通るような碧色の瞳。汚れ一つない白い肌。そして背中から生えた白い翼。


 人間に似ているが、明らかに人間ではないと分かる存在だった。


「私が、こうして『銀髪赤眼』と直接会う機会は初めてです。こんにちは、『銀髪赤眼』」


 ニッコリと笑いながら挨拶を繰り返す彼女――神へ、ミツキも頭を下げながら答える。


「こんにちは。意地悪な神様」


 精一杯の皮肉を込めて言ったつもりだが、ミツキのその言葉に神は微笑んだままだった。


「よく気づきましたね。貴女なら大丈夫でしょう。彼――『生まれ変わりの英雄』……いえ、『魔王』を倒す力を授けましょう」


「『魔王』を倒す力……?」


 ミツキの問い掛けに、神は「ええ」と微笑みながら笑う。


「今の貴女になら、あの『魔王』を超える力を授けても大丈夫でしょう。その優しさと心の強さがあれば、彼のように力に飲まれることもないでしょう。その力でもって、『銀髪赤眼』の使命を果たし、人類を救って下さい」


 本物の女神のように――否、本物の女神なのだろう。あっけらかんと言い放つ神に、ミツキは曇らせた表情を向ける。その顔には、不信の色が隠しきれていない。


「その力は、私を殺すんでしょう?」


「ええ、そうですね。そこまでが『銀髪赤眼』の使命ですから」


 当然のことのように、慈愛に満ちた微笑みを浮かべたままうなずく神。おそらく残酷というわけではないのだろう。ミツキの目の前のこの女性の姿をした存在は、そもそも人間と神という決定的な違いがある。つまり価値観が違うのだ。彼女――という言い方が正しいのかは不明だが――にとって、死とは大した問題ではないのだろう。


 しかしミツキは人間だ。


 痛くて苦しいし、何よりも好きな人達との別れを意味する死は、大きな問題だ。


 その価値観のズレは、ミツキに少なからず苛立ちを覚えさせる。――が、そもそも人間ではない相手とそれについて本気で論じ合うことには何の意味がないことは分かっている。


 それに、確かに死は怖いが、それで他の皆を救えるのならば、ミツキは躊躇うことなくその選択肢を選び取ることが出来る。


「お願いがあります」


「なんでしょうか?」


 そんな色々と言いたい思いを抑えてミツキが言うと、神がそのにこやかな微笑みを微塵にも崩すことなくうなずく。


「あの『魔王』は、死んでも生まれ変わると聞いています。今私がその力――”魔王殺し”の力で倒しても、いずれ復活してしまう。私は、もう私の後の『銀髪赤眼』に同じ使命を背負わせたくありません。『魔王』の生まれ変わりを阻止する方法を教えて下さい」


 それが切なるミツキの願い。或いは自分本位で身勝手な神の価値観への、せめてもの抗弁に過ぎないのかもしれない。


 そんなミツキの訴えに、神はやはり微笑んだままだった。


「彼の生まれ変わりの能力は、私の神たる存在の関与からは外れた異能です。それが人類にとって良き方向へ作用するなら、と思い放置してきました。しかしこのような状況になってしまえば、そういうわけにもいきませんね。神の力たる『銀髪赤眼』をもってして、彼の異能に終止符を打ちましょう」


 神の如く両手を広げて、その名の通り神々しい雰囲気を放つ。しかしミツキは、そんな神を名乗る人物を恭しく敬う気持ちにはなれなかった。


「彼の異能は、この世界の魂の理を外れる力。死してもその魂は私の下で浄化されることはなく、そのまま次なる肉の器に転生し、生を繰り返す。それが異能の正体。ですから、死後に彷徨うその魂を、私の下へ連れてくることが出来れば、その繰り返しの生は止められるでしょう」


 分かるような、分からないような説明だ。少なくとも具体的にミツキが何をすればいいのかは伝わってこない。


 そんなミツキのもどかしさを感じ取ったのか、ミツキが質問を重ねる前に神が先んじで答える。


「『銀髪赤眼』……貴女は”魔王殺し”の力を振るえば死を迎えます。その後魂となって私の元へ訪れる際、彼の魂を一緒に連れてくるのです。同じ魂という存在になれば、それは可能です」


 つまり何がどうあっても、ミツキが望む未来を手にするためには、ミツキの死が絶対条件というわけだ。なんという矛盾。なんというパラドックスだろうか。


 しかし、それを聞いてもミツキの心は変わらない。


 痛いのも怖いのも嫌だ。別れは辛い。だから死は怖い。だけど好きな人達のためなら、ミツキはその選択肢を厭わない。


 ミツキの心は、その神の言葉をしても微塵にも揺らぐことは無かった。


 ――しかし、それでもミツキの心を揺らすことが、たった一つだけあった。


「お父さんと、仲直り……したかったなぁ」


 ミツキがその言葉を零すと、白一色だった世界に突然終わりが訪れて、ミツキは元の街道の上に立っていた。


 身体が軽い。力が漲る。枯れかけていた魔力が倍増しているのを感じる。


 これならば、あの驚異的な力を持っていた『魔王』にも勝てる。今ならあのモンスター軍諸共『魔王』を撃退出来そうだ。


 それほどまでの自信が湧いてくるほどの、圧倒的な力。これが世界を救うという使命を果たすために『銀髪赤眼』に与えられた”魔王殺し”の力。


「……」


 ミツキは何も言うことなく、そのままナディールの街へ一目散に駆けていくのだった。


 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼


 数時間後。


 モンスター軍の来襲と共に太陽を遮るように現れた黒雲は晴れており、眩しいばかりの陽光が地上に降り注いでいた。


「はぁっ……はぁっ……!」


 まるで絶望から希望への転換と言わんばかりに、明るくなった街道を走り抜けるカズキ。


 ミツキが1人街に戻るため集団から離れて、その後しばらくショックでカズキは動けないでいた。


 そうしてミツキがいなくなってから更に数時間後、ナディールの街の方角に突如現れた光の柱のようなものが現れた。その光の柱が黒雲を消し去ったのだ。


 黒から白に変わる世界とは対照的に、カズキの胸中は黒い嫌な予感に染まっていた。


 当然だが、何かが起こったのだ。そしてそれにミツキが関わっているのは間違いない。おそらくミツキが『魔王』を倒し、世界を救ったのだ。


 それは喜ばしいはずなのに、なぜかカズキの胸の動悸は収まるどころか、激しくなっていく一方だった。


「はぁっ! はぁっ…! ミツキ、無事でいてくれ……頼む」


 いても立ってもいられなくなったカズキは、ミツキを追うように一人ナディールの街へ戻る。


 街の入り口に辿り着いたカズキは、すぐに街の異変に気付く。


 モンスター達に占拠されているはずのナディールの街は、異様なまでに静かだった。異変がないとおかしいはずなのに、その異変が見受けられないのだ。


「はぁ、はぁ……頼む。ミツキ……早まった真似だけは、止めてくれ」


 カズキは泣きそうな顔になりながら、慎重に街の中へ足を踏み入れる。


 いつモンスターに襲われても対応できるように、魔力を練りながら警戒心を最大限まで引き上げて、周囲を慎重に見渡して探索を続けていく。


 しかし、そんなカズキの慎重さは徒労に終わる。


 モンスターどころか、人間の死体で死屍累々としていたはずなのに、街中にそれらは一切見られない。


 残っているのは崩壊した建物や、モンスター達に荒らされた大地くらいなものだ。それさえ除けば、モンスターの大群と戦争をしていたことなど信じられないくらい、何もない穏やかな空気だ。


「何が、起こった。一体どうなっているっていうんだ」


 カズキの身体を撫でるように吹く柔らかなそよ風。天から注がれる、身体を癒すような温かい陽光。


 もう血と死が支配する絶望の戦争は終わったのだ。もうこれ以上人が死ぬことはなく、悲惨な惨劇が繰り返されることはない。


 平和が訪れた。人類は救われた。


 そんな希望の予感が濃くなれば濃くなるほど、カズキの胸は絶望に染まっていく。胸が左右に引き千切られるような、そんな錯覚さえ覚える。


「嘘だ……嘘だ。そんなことは、あってはいけない」


 ミツキが世界を救ったというのなら。


 『銀髪赤眼』の使命を果たしたというのなら。


 使命を果たした『銀髪赤眼』は。


「だ、ダメだ……そんなこと。絶対にダメだ。だって、まだ仲直りをしていない。娘と……ミツキと仲直りが……出来ていない」


 もう1回顔を見て、もう1回言葉を重ねれば、もう1回仲直り出来るはずだ。


 だって、前の世界で絶望していたけど、この世界でやり直せたじゃないか。


 だから、もう1回仲直り出来るはずだ。


 顔さえ見れば。言葉さえ重ねれば、もう1回やり直せるはず。


「だから……だから……あと1回。1回だけでいい。ミツキの顔を……娘と会話を……!」


 それは、”神”への祈りか。


 カズキはフラフラとした足取りになりながら、完全にモンスターへの警戒心をカットする。本能では、もう人間の命を脅かすモンスターは残っていないと理解していたからだ。


 そして、見るからに危険な足取りでカズキが中央地区――『魔王』と相対した場に辿り着く。


「……ぁ」


 そこの光景を目の当たりにして、カズキは眼を剥く。


 そこには誰もいない。


 1本の剣が地面に突き刺さっている。


 そしてその剣を照らすように、不自然にそこにだけ濃い太陽の光が降り注いでいる。


「うああああああ……ああああああ……嘘だ、嘘だ……嘘だぁぁぁぁぁ!」


 それは、ミツキが愛用していた剣。


 この世界に来て、魔術師として生計を立てるといったミツキにカズキが買い与えたものだ。ミツキは大層喜んで、欠けようが錆びようが、そのたびに修復・改善を繰り返して、長年大事に使っていた愛剣だった。


 そんな、ミツキが肌身離さず持っていた大切な剣が、ポツンと地面に突き刺さっている。


「うぁ……ああぁぁ……」


 その持ち主の姿形はどこにもなく、気配すらもない。


 まるでその存在がこの世界から消えてしまったような、地面に刺さって残された剣は、そんな空虚感をカズキに与える。


「嘘だ、嘘だああああああああ!」


 その剣に抱き着くようにしながら、カズキはそのまま膝を折って泣き崩れた。


 理屈など抜きに、カズキは残された剣を目にして全てを察したのだ。


 ミツキが、世界を救ったのだと。



 ――こうして当代『銀髪赤眼』も、自らの命と引き換えに世界を救うという使命を全うしたのだった。



 続く

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