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5話 多分、人違いです

ーーまさか、な。そんなはずはない。けれども、瓜二つだ。


魔人と名乗った少年を白沢(しらさわ)は食い入るように見つめた。

脳裏に蘇るのは、十年前の航空機事故の記憶。

上空から落ちる中、突然発生した虚空(ホール)へ飲み込まれていく仲間達の姿。


その内の一人が、今白沢の目の前に立っている少年だ。


皆神舞斗(みなかみまいと)

当時17歳。旅客機墜落事件の行方不明者。

あれから十年経った今では死亡者として扱われている。


風貌は当時のまま。

しかし、肌は灰色、髪の毛は白色、瞳は……猫目のような縦線が入っている。

彼のようで、彼ではない。


「どうか……なさいましたか?」


魔人Aがもう一度訪ねた。

声も舞斗(まいと)と同じだ。


しかし、その丁寧な物腰と口調はあのやんちゃな舞斗とは正反対である。

やはり他人の空似なのだろうか。


「おい、どうした白沢、平気か?女魔族の色気にでもやられたか?ムンムンだしな」


三枝の声にはっと我に返った白沢。


「あっはい、確かに魔族の女性達は美人ですが……じゃなくて!じゅ、十年前に事故で亡くなった友人と、彼の姿が似てまして……」


弁明する白沢の姿に、魔人Aは無言で首を傾げる。


「ごめん、初対面でこんな話いきなりもちだしちゃった上に、突然大声あげちゃって」


後ろ頭を掻きながら、魔人Aに謝る。


「……多分、人違いですよ。魔人は魔王様の道具。故に名はありません。便宜上今は魔人Aと名乗っています。それに……私はそのような名前で呼ばれたことはありませんから」

「そ、そっか……。君めっちゃクールだね……」


スーツの胸ポケットに入れていた、あのスケジュール帳を上から撫でた。

平静を装っていたが、心臓は波打っていた。

ウルミラ(ここ)に来てから、気のせいか変なことが起こりすぎてる。


アザミツ空港からの転移中に見たビジョンといい、舞斗のことと言い。


まるで自分の意志とは関係なく、何かにずっと引っ張られている奇妙な感じが続いていた。


「ほー、そんなにお前の友人とやらにあの子供は似てんのか。……高校生くらいの見た目だな。肌の色さえ良かったら、中々イケメンだろうな。ははは」


三枝がタバコをふかしながら何か喋っているが、白沢の頭には入ってこなかった。


ーーあれから十年も経っている。

もし彼が生きたとしていても、自分と同じように年をとっているはずだ。

だから"彼"ではないし、彼もそんな名前で呼ばれたことは無いといった。


ーーだけど……。


もやもやとした気持ちを振切るように白沢は頭を奮った。


「時間もありませんので、チェックインを済ませた後、我々魔人達が城内の案内をさせて頂きます」

「あ、あぁゴメンね。僕が時間取らせちゃったかな?ははは……」


魔人Aが腕時計を見てロスタイムに気づき、顔を顰めると早々と行動を開始した。


時間(スケジュール)には厳しい性格のようだ。

何かと大雑把だった舞斗とはやはり違う。


他の魔人達も彼に倣い、素早くチェックインするために行動に移った。

そのやり方は、地球では見ない方式のチェックイン方法だった。


「こんにちわ、初めまして。右手の甲を出して。キータトゥーを埋め込むから」

「こ、こう?」


魔人Aと同じ灰色の肌と白髪を持つ少女が白沢の手に触れた。

びっくりする程、彼女の手は冷たかった。

まるで氷のように。死体のように。彼女が生きている、という感覚がしなかった。


「初めて?」

「まぁね。何か見慣れない魔術陣が生成されてるんだけど、痛い?」

「大丈夫。ゆっくり、力を抜いて……。そう、リラックスが大事」


魔人の少女は淡々と抑揚無く喋り、説明を続けた。

手の甲の上に少女が手を掲げると、キィンという音と共にトライバルデザインに似た紋様が彫り込まれ、そして消えていった。


「今の形を覚えておいて。それがあなたの部屋の鍵であり、自分の部屋以外にも、そのキータトゥーで封印を解除できるものがあるから。魔王城はほとんどが封印扉で出来てるの」

「なるほど。だから鍵の刺青(キータトゥー)ってことか。テーマパークのハンドスタンプみたいなもんかな」


白沢の言葉には返さず、ただ無言で小さくこくん、と頷いた魔人の少女。

ホテルの制服のフリル付きのスカートと縦ロールの白い髪の毛が揺れた。

血色さえ良かったら西洋人形のように可愛い少女だろう、と白沢は思った。


「後、チェックインした人なら誰でも挑戦出来る"試練の扉"の封印解除にも繋がるから」

「試練の扉っていうのは?」

客人(トラベラーズ)向けのアトラクションみたいなもの」

「へぇ、面白そうだね。扉の開け方はどうするの?」


白沢の冒険心と旅行好きの魂に火がついた。

地球七大州を巡る中で、紛争地帯を駆け抜けたり極北の彼方に潜むとある組織の要人まで営業をしに行かされたりもしたが、一体どちらが過酷なのか試したくなった。


わくわくとした顔で魔人の少女に詰め寄る。


「手を翳すだけ。封印扉の魔術式とそのキータトゥーの解除魔術式が適合すると開くから。翳しても反応の無い扉は開かない。初めてここに来たあなたはレベル1。試練の扉はレベル1から100まであるの。過去に来た人は前回クリアできたレベルから引き継ぐ形で、また再挑戦できる仕様になってる。扉の先に何があるかは私たちからは言え無い。自分で確かめてみて」


相変わらず淡々と、そして一字一句間違えることなく流暢に説明を終えた少女。


「いいね、冒険心を擽ってくるシステム。今回の社員旅行の中でどこまでいけるか試してみるよ。ちなみに開けられない扉っていうのは、どんなものがあるの?」

「まだ改修工事中だったり、スタッフルームだったり、後は客人(トラベラーズ)には危険な部屋。聖女以外は立ち入り禁止の部屋とかーーあ、魔王様隔離部屋とか……。別名"恐怖⭐︎絶望のお仕置き部屋"」


最後の一言は、何やら穏やかでない部屋のよう聞こえた。

キータトゥーによる封印解除が必須なので、間違えて入ってしまう、ということはなさそうだが、なるべく怪し気な扉の前には近づかないようにしようと、白沢は決めた。


このキータトゥーは鍵として勿論の事だが、

人によっては開けられる扉と開けられ無い扉があるということになる。

先ほどのウルミラ式のチェックイン儀式で魔王城のリピーター勢と初めて訪れた白沢では開けられる扉の数も違うということになるのだ。


初めて来城した客人が、あれやこれやと弄って危ない目に合わないよう制限をかけていると思えば安心できるシステムだった。


「質問は?」


魔人の少女が、縦筋の入った瞳でじっと見上げてきた。

よく見ると眉毛・睫毛まで髪と同じ白毛で、地球上にはいない人種であるという異様さと異形さがはっきりと浮き出されていた。

だがそこが良いというコアなファンもいるようだったが。


「ーーもしキータトゥーのデザインを忘れた場合は?」

「残念だけど、旅行中は地下牢で寝泊まり」

「すっごく覚えたから大丈夫」


少しだけ形を忘れそうになっていた白沢は焦りながら、

自分に与えられたキータトゥーのデザインを思い出し脳内に縫い付けた。


せっかくの旅行が地下牢寝泊りになるとか、東南アジアの旅の途中で冤罪で捕まった時以来だ。

絶対に避けたい。


「それじゃ私は次の人のチェックインをーー」

「あ、待って」

「君の名前はなんていうの?」


白沢の矢継ぎ早な質問にも、嫌な顔一つせず魔人の少女は進めていた足を止めて振り向いた。

もしかしたら、感情が無い機械のような魔人にはそういった煩わしいといった気持ちさえ浮かんでこなかっただけかもしれないが。


「…………」


少女からの返事は無い。

何か気に触ることを言っただろうか、と一瞬白沢は悩んだが彼女の表情を見て、それは違うという感じがした。


嫌な質問をされて無視をするというよりも、まるで何だったっけ?と思い出すように、眉を潜めて斜め上を見上げていた。

感情起伏が少ない魔人の数少ない表情の一つが見れた気がした。


魔人(われわれ)はかつて大戦時、魔王様の道具だったから名前……というのはないわ。道具に名前なんて要らないもの。だけどーー」


また少し考えるような仕草をとった後、少女は続けた。


「もし何か私に用があるなら、そうね……魔人A(あそこのあれ)みたいに魔人BとかCみたいに呼べば良い。"おい"とか"お前"でも十分通じるから。特に用事が無いなら、この魔王城を彷徨(うろ)いてる群衆(モブ)だと思ってくれて構わないわ」


友人の舞斗(まいと)にそっくりだった魔人Aに視線だけむけて、アレ呼ばわりした後、

それじゃあ、と魔人の少女は小さく呟いて踵を返した。


「じゃあ、君はBちゃんで。あ、いや女の子だからB子って呼ばせてもらうねー!!嫌だったら源氏名とか……他の名前で呼ぶからーー!!」


声は彼女に届いただろうか。

振り向きもせず、別のグループが集まるJAMIC社員達の中に紛れていき、白沢にしたようにチェックインの儀式を行っていった。


右手の甲を見る。

今は何の紋様も無く、綺麗に消え去っている。


魔素の存在しない地球では、日本に帰還時に消滅してしまう類のキーだろう、とウルミラの魔術に乏しいが白沢なりに考えてみた。

だが、これなら鍵の盗難や紛失にも繋がらないしセキュリティとしては高い機能を持っている。

科学で言う所の生体認証型システムに近い。その魔術版というところだろう。


詳しいことは研究部の人間や魔術融合部の下山田玉夫に聞けば、水を得た魚のように必要無いことまで詳しく語ってくれるはずだと思った。

彼らは日常会話は苦手とする人物が多いが、得意分野となるとマシンガンの如く喋り出す癖がある。


ちらっと、そんな研究部員が集まる方に視線を向けた。


「どっちかっていうと、うちの研究部員の方がモブみたいな顔つきの連中多いけどなぁ……」


揃いも揃って眼鏡にチェックシャツ。

脂身しかなさそうな丸々した体型が半数を超えるメンツを見て白沢はぼそりと零した。


だが見た目はともかく、彼らは世界で唯一魔術と科学を融合した"魔科学"で次世代アイテムを作り出す組織"日本魔科学研究開発会社(Japan magical Idea creaters)"JAMICの社員である。


2105年、少子化に伴い国力の疲弊した今の日本を支える、オタクの中でも超上位種のエリートオタクと言っても過言では無い。


その淀んだ見た目と、(ほとばし)る脂汗姿とは裏腹に、技術・知能・情熱・魔術・異性のパンツへの強い関心と興味は一般人のそれを凌駕する。

魔族のアイドルグループのパンチラシーンを確実に撮影でき、さらに撮った画像の一部をステルスにすることが出来るという魔科学アイテムを作り上げたのが良い例だ。


他の一般オタクには無い尋常ではない執着心と布一枚への常軌を逸脱した執念が日本の魔科学技術を発展させているのだから。


きっと生まれてくる時に容姿へのステ振りを全部捨てて、技術と変態力に全振りした結果なのだろうと、白沢は営業部という立場から客観的に研究部署の人間を(失礼にも程があるくらい)冷静に推測した。



「あのー、何度か出張とか調査でウルミラに来てる俺らには説明いらないからさ、ライブ始まるまで部屋行っててもいい?」


チェックインが終わり、待たされている研究員達が痺れを切らして声を上げた。

まだ数分も経っていないにも関わらず、待ちきれない他の社員達も同じように声を上げた。


「ね、そう思いません、三枝研究部長?ボクたち研究部の人間はウルミラの事詳しいし(・・・・)、この魔王城も何回か泊まってるから詳しいし(・・・・)


異世界(ウルミラ)のことも、魔王城のことも知り尽くしてると言わんばかりか、二度も繰り返す研究部員らしき男。

何やらこれから起こりうることの噛ませ犬として自ら志願していくような口ぶりに、白沢はまたもや嫌な予感を察知した。


「いや、良い。私は魔人(かれら)の案内を聞くよ。先に行きたいのなら行きたいやつだけ行けば良いだろ」


意外にも、あれだけ魔術の研究を行いたいと浮き足立っていた三枝が、おとなしく待っているのに白沢は驚いた。

てっきり我先にと魔王城に備えているラボに走り去って行くと思っていたのに。


ーーあれ、やっぱり、これ何かありそう……。


地球七大州を旅した白沢の旅人的直感力が、何やら違和感(・・・)良くない事(・・・・・)受信(キャッチ)した。


「白沢、お前も故人と瓜二つな奴に出会って精神的に参ったんじゃないか?もしあれなら先行って休んでても良いぞ」


歪めた口の先からふぅぅぅと紫煙を吐き出し、三枝が奥に続く通路を顎先で指した。

続く石畳の通路に燭台に灯された、青い炎。

ぼっと音を立てて、この先の行く末を示すかのように怪しく揺らめいた。


「ほら、白沢、先行こうぜ。俺たちが案内してやるからさ」

「ちょっと、藤樹達まで……」

「ボクは前に来たのは3年前だけど、そんなに見た目は変わってないから、平気だよ〜」


他部署だが同時期に入社したJAMIC企画部の藤樹俊(ふじきしゅん)最澄照道(もずみてるみち)も、研究部員に連れられて乗り出した。


こういう何度も来たことがあるから、自分に任せておけ系な台詞を吐く輩は、決まって失敗を犯したりすることが多いことを旅先道中で出会った旅人にやらかされた過去がある白沢は、何としてでもここで留まりたいと願った。


ーーJAMICの社員旅行(・・・・・・・・・・)だぞ?一般企業とかけ離れたうちみたいな会社が、一般向けの社員旅行先を選ぶわけがない。


絶対に裏がある、と白沢は勘ぐっていた。


「そうだ、そうだ。とっとと行きな。お前にとって初めての魔王城だぞ?心ゆくまで堪能して良いぞ」


三枝が背中を押すように声を掛ける。

その顔は面白そうに笑っていた。


もう白沢は嫌な予感しかしなかった。確定された良からぬ絶望が待っていること間違い無しだろう。

三枝響子(みつえだきょうこ)という魔科学者(まかがくしゃ)は他人の不幸が好きなタイプであることを、これまでの経緯で重々感じていた。

彼女の歓びを満たすためだけに使われるのは御免だ。


「えぇ……。絶対何かあるの知ってますよね、ここホテルって言っても魔王城ですよね?!いやいや、僕全然大丈夫なんでちょっと待って、君たち僕の手を引っ張らないで!!玉夫、玉夫!!助けてーーって、あぁ!!魔族のお姉ちゃんとデレデレイチャイチャしてるぅうう!!」


頼みの綱である大学時代からの親友、下山田玉夫(しもやまだたまお)に助けを求めたかったが、すでに城内の魔族のお姉に鞭で叩かれて喜んでいた。


ーーそんなハードなプレイを朝っぱらから、してもらえるのか?!畜生、羨まーー……じゃなくて!あ、チップ渡した!!


アレ(・・)が魔王城のサービスの一環であることに白沢は驚いた。

そして、チップを払うことで追加の一鞭を魔族の美人なお姉さんが臀部にぴしりと与えてくれることも。


「ぉぉおあぉあぁあありがとうございます!ありがとうございます!!」


尻を突き出したまま恍惚とした表情で礼を返す下山田。

鞭を持ったムチムチボディな魔族のお姉さんも高いチップを貰った事もあってか満更ではなさそうだ。


他の観光地やホテルでは見られないサービス。

そして、完全に利害が一致している関係。


魔王城、現総支配人の聖女イブリスの考案なのだろうか……。

果たして彼女は一体何者なのか、いや何を考えているのだろうか。


まだ見えぬ聖女の象に白沢は頭を悩ました。


ちなみに彼の、下山田の性癖は分かりやすい。ドストレートにドMなだけである。

異性(特に異種族人外)に鞭で叩かれたり、罵倒されると喜ぶという単純明快な嗜好を備え持つ。

好みの女性のタイプは清純な外見で中身はビッチな女性らしい。

特に黒髪で前髪がぱっつんだと見るだけで股間や色んな所がゾクゾクするのだと、耳にタコが出来るくらい聞かされた。


ーーいや今はそんな事考えてる暇なんかない!


魔王城エントランスには上階に繋がる大きな階段が中央に、同じフロアの奥に進める通路、そして東と西側にロビーに続くであろうと思われる通路があった。


魔王城をシャトーホテルとして使っているだけにあって、なかなか複雑極まりない造りをしているのは間違いなさそうだ。

加えて、怪しさ満点の壁際に配置された鉄兜やら斧やら、謎めいた魔術陣たち。


「旅好きって言う割に、何でそんなに拒むんだよ。お前はヘタレか、威張ってた割にヘタレなのか!?」


藤樹が白沢の腕を掴み通路の方へ歩き出そうとする。


「旅は大好きだけどね、未知の場所に行く時にはちゃんとガイドの話は聞くよ!毎年何千人のトラベラーがガイドの説明無視して危険区域入ったり、無茶やらかして死んだり病院送りになってるのか、お前知ってるのか?!」

「し、白沢が切れた……。しかもめっちゃ涙目でキレた」


藤樹が涙声で語る白沢に引いて腕を離した。

旅慣れしているからと言って、油断は禁物である。

アフリカに渡った時は危険な猛獣が生息するポイントは事前に近隣の街人に聞き込みをしたり、ガイドの説明を入念に聞いた。

登山する時は崩落の恐れがあるルートを調べたりして頭にしっかりとメモした上で、ベテランにアシストしてもらう形で登りきった。


「僕もナイアガラ周辺でガイドのバイトしたことあるから分かるけど、あいつら"HAHAHAダイジョーブサ!"って言いながらバランス崩して谷底に落っこちたやついるんだぞ!!しかも落ち際に僕の裾引っ張って道連れに!!」

「えっ……おまえ落ちたの!?ナイアガラに?」

「落ちた観光客を下流まで誘導して、その後引き上げて病院に引き渡したよ……。自力で這い上がるの大変だったんだから……」

「さすが、JAMICの特殊営業部所属の白沢伊予(しらさわいよ)……。しぶといな……」


白沢の知られざる過去の旅行記の一部を聞いて、想像よりも凄まじかったことに藤樹と最澄は唖然とした。


「後は慣れてるから大丈夫って言って猛獣の餌になって次の日のネットニュースで「邦人男性、ガイドの注意を無視して重体」だの「登山中に落下し死亡」と晒されるのがオ・チ・だ・か・ら!!」


地球上での旅と特殊営業をひたすらこなして来たからこそ、白沢は慎重にもなった。


「悪かったよ……ボクらがはしゃぎすぎてた」


最澄が白沢の猛烈な勢いに押され謝った。

これで、一件落着とため息を落とした白沢だっが、思いもよらない発言が繰り出された。


「でも特殊営業部の白沢伊予がいるなら、なんとかなるって感じするよな!さっきも魔王のナイフを受け止めたしな!」

「HAHAHAダイジョーブ、ダイジョーブ。研究部の奴らも先に行ったみたいだしなんとも無いって!まぁ、白沢君が来ないならボク達だけで先に行くけどね〜」

「やめてぇ〜やめてえぇぇ。フラグを立てるのやめてえぇぇーー……」


あれだけ力説しても聞き耳持たずな藤樹と最澄に言葉を失った白沢。


しかし、JAMICの企画部ならしょうがないかもしれない。

なぜならJAMICの企画部は何が何でも企画を通すという意地と底力を入社当時から叩き込まれている。


そんな彼らが、やりたいと言ったことを止めさせることが出来るわけがないのだ。

しかも企画を通すために、毎日夜遅くまで仕事をしているのは知っている。


さぞストレスも溜まっており、異世界で発散したいのは分かる気もするがーー。

この魔王城は、何だか危なげな臭いがする。


ヘル・ブリッジでの飛竜-ファジャロ・プテリクス-のドラゴンブレスを思い出した。

歓迎イベントでの演出とは言え、実際に毒の沼地に叩き落された男女数名の社員もいるし、あの巨大な炎の塊を浴びて火傷しそうにもなった。


おそらくあれは序盤のリップサービス的なレベルの催しと考えられる。

魔王城と言うならば、奥に踏み込むごとにその熾烈さは増していくだろう。


ーーいや、絶対そんな気がする。僕の勘と心臓がバクバクビンビンしてるもん。


あの飛行機事故以来、何かと直勘(・・)が優れるようになった白沢は痛む心臓を抑えるようにスーツの上から握った。

此処に来てから嫌な汗ばかり背中にぐっしょりと掻いているのは気のせいだろうか。

ついでに脇汗も大分、分泌されてきていた。


爽やか、爽快、笑顔と第一印象が大事な営業マンがこんなに汗を掻き酷い見た目になってしまうとは。


白沢は己の姿を恥じた。


「ま、待って!」


歩み出す二人の背に声をかける。

同期の人間を放っておくのは、コミュ力第一とされる営業部の人間として見過ごせない。


それに、十年前の飛行機事故で何も出来ずに助けられなかった自分を思い出して、反面的に他者に対して異常な程、過保護的にもなってしまっていた。


「君ら、本当に放っておけ無いから……僕も付いていくって形で……」


藤樹と最澄の両肩に手を充て、割り込むような形で告げた。

その言葉に、二人は顔を見合わせニカっと笑った。


「そうこなくっちゃな!ちなみに俺、藤樹 俊サマはウルミラに来ると、なんと風の属性魔術が使えるから。覚えとけよ!」

「あは〜ボクは水の属性魔術が使えるみたい。まだまだこの世界で練習中だけど、よろしく!」


そう言いながら、片手の平の上に魔術陣を発動させて小さな竜巻と、いくつかの水球を発現させて見せた。

二人は三枝が説明していた基本四属性の属性魔術がこのウルミラでは使えるようであった。


果たしてその術が、実際に為になるのか初めて訪れた白沢には分かり兼ねたがーー。


それでも、こんな奴らでも立派な社会人なんだから、何とかなるだろうーー……。


そう気休め程度に白沢は自分に自己暗示を掛けまくった。


「それじゃあ、案内を宜しく二人とも。地球上ならともかく、流石に異世界(ウルミラ)の旅行は初めてだから本当に頼むよ!」

「だーいじょうぶだって。まぁ、見てな。まず俺たちの客室がある棟まで行くのに、あの中央通路を通る。ここら辺はまだ何も仕掛けられてないから平気ーーーー」


ーーフォオオオン


藤樹が客室棟(ゲストフロア)に向かうための通路に足を踏み入れた瞬間。

足元に魔術陣が光を放ちながら生成された。


「あれ、なんだこの魔術陣。前来た時こんなんあったっけ」

「さぁ?」


最澄がへらへらと笑いながら首をかしげた瞬間、ガコンーーと音がして床が抜け落ちた。


「へっ!?」


いや、正確には抜け落ちたのではない。

実体のあった床が、何らかの魔術で透過したのだ。


そう頭の中で解釈した時には、すでに白沢たちは真っ暗な中を絶賛フリーフォール中であった。



「おや、先程の男性の方は?姿が見られませんが……」


魔人Aは自分を昔の友人と勘違いしたという男の姿が見えずに、三枝に尋ねた。


「白沢なら先に行ったぞ。後、他にも数人、リピーター勢も先へ進んだとさ」

「白沢様はここへ来られるのは初めてでしたよね?大丈夫でしょうか」

「特殊営業部の人間だから、大丈夫だろう。それにいい機会だ、他部署の人間と絡んだことはほとんどなかったから、どれだけの実力者か見極めさせて貰いたいところだったしな」


魔人Aに与えて貰ったキータトゥーの具合を確かめながら三枝は面白そうに笑った。


三枝を含め、JAMICの研究員達は他部署に比べてウルミラとの関わり合いが以前から濃く、魔王城に備えられているラボの使用を特別に認められている。

その為、他の社員達よりも多く魔王城の封印扉を解除出来る、一つランクが上のキータトゥーを所持していた。

白沢達のシンプルな形をしたキータトゥーより凝ったデザインのキータトゥーが皮膚に馴染み、そして情報保護の為、透明化されていった。


「おー怖!三枝研究部長ってやっぱ噂通りのヤバい女性(ヒト)っすね。俺達目を付けられなくてよかったーー」

「研究系の部署はいつも研究室に引きこもりのあかん奴の塊って言うしな」


JAMIC広報部と製造部の社員達が小声で話すのを三枝が聞き取り振り向いた。


「広報部の広瀬と製造部のマイケル志田だっけか。お前達も行くか?噂ではこの魔王城は観光に力を入れすぎて年々レベルアップしていってるらしいぞ?ん?」


「結構です!」「No,thank you......」


両手を前に出し全力で顔を横に振る広瀬とマイケル志田。

彼らもまたJAMIC研究部側の人間の扱いの酷さに怖じ気付いていた。



『うわあああああぁぁぁぁぁァァーー……』


床下から轟くトラップにハマった者達の声。

おそらく白沢達だろう。

それは次第に小さくなりながら消えていった。


「やっぱりか、色々と改装してたのか、魔王城」


ふっ、と紫煙を吐き出しながら三枝はエントランスに飾れている聖女イブリスの肖像画を、想いを馳せるかのように見据えた。




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