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4話 ようこそ、だが歓迎はしない!!

異界の特殊技術を研究する"日本魔科学技術研究開発社"通称JAMIC(Japan Magical Idea Creaters)は社員旅行で異世界のウルミラという世界に足を踏み入れた。

JAMIC一行の目の前に聳え立つのは巨大な城。

城と一口に言っても、王様や女王様が住んでいるようなファンシーな人類向け(・・・・)の城ではない。

これは、紛うことなき魔王城だ。


城壁は漆黒石で固められ見るからに防備堅固であり、鋭い棘の生えた植物の蔦は侵入者を拒むように絡みついていた。

地球上に実存する城で例えるなら、中世ヨーロッパの城塞に近い雰囲気だ。


この魔王城は100年以上も昔に起こった人類と魔族の大戦で、人類側を勝利に導いた一人の聖女が魔王から勝ち取った城である。

つまり今は、この城の支配者は魔王ではなく聖女ということになる。


見張り台と思われる塔が城門近くに二つ。

見張り役には兎に似た長い耳が頭から垂れた、見た目はヒト科に近い魔族が望遠鏡を覗いていた。

ラビリット・モラ。ウルミラの共通語(エスペラント)でラビリットは兎、モラとは獣を指す。

毛深い体毛と高い視力を持つ下級魔族である。

逃げ足も早く、大戦時には偵察や部隊の斥候を主として活躍していた。


今日では、魔王城に遊びに来た観光客や宿泊客を見つけて無線で本部と連絡を取ったり、不慮の事故に遭ってしまった客がいないか発見・監視に勤めている。


言うなれば、プールの監視員のお兄さん的なポジションである。

そんなラビリット・モラの一体が、垂れた耳をピンと伸ばした。

異国の言葉がその長い耳に入り、魔術による言語解析で異世界の言葉を理解した。

JAMICに気付いて、紳士的な一礼をした後、手を振る。


「ねぇねぇ、見張り台にいた子が気付いて手を振ってくれたよ!」

「かわいー、魔族ってあんなかわいい子もいるんだね!」


女性社員達が浮き立った声を上げて、手を振って返す。

聴覚の鋭いもう一体のラビリット・モラが怪訝な顔つきで口を開いた。


「けっ、誰がかわいい子だよ。こっちは100歳超えてんだぞ。ったく、聖女に限定封印(リミテッド)されなきゃこんな仕事やってらんねーっての」

「これ、もっと女の子らしい言葉遣いをせんか、エルモフ。この仕事は現支配者のイブリス様が与えてくれたんだ。自分の職を全うせんか」


エルモフと呼ばれたラビリット・モラはおっ立てた耳を再び垂らした。

老いたラビリット・モラのシーモフに言葉遣いを注意され、バツの悪そうな顔をする。

大戦時には勇者一行や騎士団の行進を50km以上離れた位置から目視することが出来た。

しかし、忠誠を尽くしていた魔王シャイタンが聖女イブリスに倒されてからは、個々の魔族全てに人類に危害が及ばぬように限定封印の術を施されてしまった。


全盛期の数分の一、いや数十分の一まで落とされた肉体と能力は重い枷であった。


「くそー、視力も大分落とされちまって10km先ぐらいしか見渡せねぇ」

「今更何を。能力が完全封印されてしまった元・魔王様より随分ワシらは優遇されとるぞ。ほれ、飛竜に出番が来たと知らせるぞ」


無線機を取り出して、シーモフは歓迎用の演出を飛竜に飛ばした。

いわゆる魔王城に訪れた客人へのイベントの1つである。




一方の社員旅行に日本から異世界へ訪れたJAMIC社員、215名。


「ゲーム終盤のラスボスが住んでそうな所ですね……。これ本当に観光地なんですか?ってか、こんな僻地にわざわざ高い金払って遊びに来る連中もいるんですねぇ」


初めてこの地に訪れた一人の社員が呆然としながら呟いた。

周辺にはこの世界の人類だろうか、はたまた自分たちと同じようなまた別の異世界から訪れた客人達が遊びに来ている事から、その禍々しい見た目とは裏腹に列記とした観光地であることに間違いはないのだがーー。


別の社員の男性が、同じように口を開いた。


「ほら、お化け屋敷に行くようなもんじゃないっすか?怖いもの見たさや、好奇心っすよ。それよりハリウッドで使えそうな城っすね。知り合いの映画監督に次のロケ地として紹介したいっす」


ウルミラに初めて訪れた社員達は皆、魔王がかつて備えたという圧巻のフィールドに驚いた。

そんな彼らの姿を魔科学研究部部長の三枝響子や、魔術融合部の下山田玉夫など以前にも何度か足を運んだことのあるリピーター勢は、彼らの初々しい反応を見て楽しんでいた。


「今回は、何人リタイアするか、見物だな。賭けるか?下山田」

「じ、自分は遠慮致します。それに人が悪いですぞ三枝部長ぉ……」


何やら事情を知る三枝の言葉に、下山田は眉を八の字に歪めて呟いた。


そんな二人の会話に入らず、営業部の白沢伊予だけが、魔王城よりも城と沼地を繋ぐ大橋とその周囲を真剣に観察していた。

営業部故の土地観察と仕事癖が抜けないようだ。


ごぽごぽと泡を吹き上げる紫色の沼地の中を、水着姿の女性達が楽しそうに体を浸している。

紫色の泥を顔や腕に塗ったりと、パックのように馴染ませている者もいた。


「"毒の沼地"とパンフレットにはありましたが……あれは?」

「大戦時には"猛毒の沼地"として勇者達を苦しめて来たが、今は毒の濃度を希釈させて美容効果があるんだとさ。魔王城に行くにはこの大橋-ヘル・ブリッジ -ルートとあいつらみたいに毒の沼地を渡って行く毒沼ルートがあるんだが、興味があるなら、お前だけ毒沼ルートで進んでもいいぞ。ただし、匂いが体に染み 付くけどな」


三枝が火炎の魔術を使用して新しいタバコに火をつけながら、悪戯に笑った。

魔王城がリゾート地として開拓されてからは、かつての歴戦の勇者達や戦士達が潜り抜けた道を追体験出来る仕様となっている。

冒険、旅好きな人間からしてみれば(一応)命の保証がされている魔王城への挑戦はロマンに溢れていた。


「行ってみたいげど、行けませんよ……。一応アポ取りたい人いるんで、臭いままお会いするのは失礼じゃないですか。第一印象が大事なんですよ、営業は!」

「インパクトも大事だろ?初対面で臭ぇ人!!って印象づけたら、次からも"あぁ、あの臭ぇ人か!"って覚えてもらえるだろ」


大凡女性とは思えない口の悪さに白沢も慣れつつあった。


「だめですって!マイナスイメージ付与してどうするんですか……。って背中押そうとしないでくださいよ!三枝部長ぉおお!!」


背中を三枝に押され、危うく頭からダイブしそうなところを寸手の所で止める。

ここで落ちたら一張羅のオーダースーツ(白沢のお気に入り)が台無しになってしまう。


「三枝部長!伊予殿はこう見えてか〜なり力強い男児!その程度の力では蹴落とすのは無理ですぞ!!もっとこう、死ぬ気でど突くような攻撃でないと!」

「君はどっちの味方なのさ……」


キラリと黒縁メガネを反射させた下山田が白沢の強さをアピールした。

地球七大州を一人で旅や冒険をしてきた白沢は自然と鍛え抜かれた肉体を持っていたが、それでも不意の三枝の攻撃は危なかった。

あと一歩足に力を込めて踏みとどまるのが遅かったら、見事に毒沼に落ちていただろう。

営業用のスーツは荷物を減らす為に一着しか持ってきていない為、あわや大惨事となる所であった。

そんな営業部の命とも言える仕事着を何の躊躇いもなく他部署の三枝は、悪魔的な笑みを浮かべて汚しにかかってくるのだから油断ならない。

白沢は噂だけで聞いていた研究部署の人間の性格の悪さを思い知った。


ーー部下の研究員は毎日三枝部長にこうやって弄られてるのかなぁ。こえぇ……


白沢は引きつった笑みと共に冷や汗を拭った。

営業部にも営業部で厄介な上司はいるが三枝よりかは幾分マシであった。


「ほら、橋を渡って魔王城(ホテル)にチェックインするぞ。貸切ライブが始まるまでに済ませて置かないとな」


今回の魔族が歌うライブのチケット代ももちろん会社側が負担してくれている。


魔術とはまた別の力である、魔族の魔導術を使った魔唱の歌声。

術式を用いない魔導術は、魔術と科学を融合した次世代科学の魔科学を以てしても、未だ魔導力だけは解明に至っていない。


日本で魔術と科学を研究する三枝にとって、魔族のライブでさえ余暇を楽しむものでなく、あくまで研究材料であった。

三枝は研究材料となる魔導の基礎を今回のライブから掴みたかった。


勿論、No.1アイドル魔族のグループ、スカーレットデモンズと、絶世の美女と言われる漆黒の戦歌姫(いくさうたひめ)リリス等、彼女達の純粋なファンもいる。


「でゅふ、でゅふふふふ。これ見てくれよ、ローズちゃんの空中遊泳(エアリアル)シーンで一瞬見えるパンチラのためだけに作った、超高機能望遠付きシャッターカメラ」

「魔科学を応用して、体のモーションがパンチラシーンに近づいた瞬間だけキャプチャーとれるんだぜ。撮った画像は後でステルス編集機能で布下をパージしてごにょごにょ……」

「すっげぇどん引き!!」

「褒め言葉ありがとうございます!!」


見た目は小学生低学年のスカーレットデモンズの3人、ローズ、ガーネ、ルビーはその手の趣向を好む者にとっては格好の的であった。

2105年の日本では法律による未成年者のイカガワシイ、キワドイ写真、画像等の所持はかなり厳しく罰せられる。

画像識別によりデータ化されたものは自動でウルトラサイバーフォースなるネットポリス組織に情報が送信され問答無用で御用となってしまうほどだ。


しかし、それは日本国内での話。

異世界であるウルミラでその法律は適用されない他、撮った被写体は魔族であるため人間ではない彼らに日本の法律は通用しないのだ。

しかも彼らは魔族であり長命種。見た目に反して高齢なので未成年者への保護法も通用しない。

まるで日本の法律の穴を掻い潜ったかのような存在の彼らは、JAMICの中でもオタク気質な研究部員と社員達にとってまさに神とも呼べる偶像(アイドル)であった。


これだけでは、彼らが下卑た野郎共にしか見えないので弁明しておくが、この変態力とパンツ一枚への探求力のおかげで魔科学技術と日本の国力は発展しているという部分もあるので、彼らを唾棄することはできない。


白沢は自分とは別次元の彼方に存在する彼らを見て、外に出しては行けない部類の人間だからこそ、今回の特別社員旅行に彼らが選ばれたのでは、と推測した。


どう考えても犯罪行為スレスレの彼らは日本に、いや、地球上には放っては行けないレベルの害獣になる可能性が高い。


「キモオタなんだが、優秀なんだよなぁ。JAMIC(うちの)研究部員共は。さ、行くぞ」


アーチ型をしたヘル・ブリッジを三枝に続き進み出す。

かつての大戦時で出来た傷跡なのか、所々に砕けた部分や巨大な爪で引っ掻いたようなえぐり取られた箇所もあった。


この世界、ウルミラでは種族をかけた壮絶な戦いがあったと白沢は聞いた。

たった1人の少女が魔王の支配していた時代を止めたという史実は、今や地球上でも子供向けのお話として伝わっている。

かなりマイルドな絵本として販売されているが、このヘル・ブリッジの傷跡を見る限りではそんな生易しい戦いでは無かったのだと白沢は感じた。

爪跡一つ一つに戦争の記憶と記録が残り、溢れている。

ボランティアで海外の紛争後跡地まで行った時の事を思い出した。

高威力の爆弾で地図から消された街、瓦礫の下で暮らす子供達。


旅行として楽しむ社員達の中、一人、白沢だけが言葉に出来ない感傷に浸っていた。


遺された傷跡を見る度、散っていったであろう双方の命の事を考えてしまう。


「聖女はどうやって戦争を終結させたんだろう……」


前を行く三枝や隣を歩く下山田に言ったわけではなく、自分への自問自答めいた言葉が独り言のように自然と零れた。


「さぁな、聖女イブリスは聖なる法力の使い手。人であって人に非らずという噂もあるからな」


研究以外には無頓着なのか、あまり手入れの行き届いていない疎らな長い髪の毛を揺らしながら、三枝が白沢の言葉に反応を示し、答えた。


「今回の社員旅行の中でお逢いできるプランとかは入ってないんですか?」

「何度か謁見の話も入れてるんだが、忙しいみたいで毎度お断りされてるよ。私も実物で見た事は一度も無い」

「そう簡単に会える人物ではない、ってことですか」

「自分も逢ってみたいのですが、肖像画だけで我慢しろってことですかな。二次絵ならともかく写実な肖像画でペロペロするのは中々ハードですごふぉっ!!!!」


脂汗を滴らせながら、豚鼻をふごふごと鳴らしていた下山田に三枝の高速の蹴りが食い込んだ。

ドムッという肉の塊ならではの重く篭った音が響いた。


「聖女はこの世界の最も崇高なる人物で、我々JAMICとも関係のあるお方だ。聖女の名を貶めるような行為や萌えることは断じて許さん……と上層部から流石に止められているのでな」

「す、すいましぇん……」


蹴る動作は要らなかったんじゃ……と白沢は心の中で突っ込んでおいた。


聖女兼、総支配人のイブリスに会うことが出来れば御の字だが、今回あくまで白沢の第一の目的はマチリ・ヴァーミリアという魔術師に会いアポイントメントを取ることだ。


これは営業部の部長、つまり白沢の直属の上司である五野見金剛(ごのみこんごう)の指示でもあった。

旅立つ前に渡された資料をどうしても彼女に渡して欲しい、とのことだった。

今回の社員旅行で営業部は他にも何人か参加しているが、わざわざ自分を指名してきたということは、彼女は一筋縄ではいかないような場所にいるという事であることは間違いないだろう、と白沢は考えた。



「魔族との大戦に終止符を打った聖女イブリスが、現魔王城の城主であり、総支配人。ふふ、同じ同性ながら、彼女の腕っ節には惚れ込んでしまうな」


三枝が魔王城のどこかにいるであろう聖女イブリスを思い、ぽつりと零した。


来る者に威圧を与えるガーゴイル像、城を見守っているのか付近を飛んでいる数体の飛竜。

猛毒の沼地と言い、どうやって彼女はこの城を掻い潜ったのか確かに気になるところだと白沢は思った。


「おい!!今、飛竜が火を噴いたぜ!!見たか!?」


誰かが興奮した様子で砦の方を指差した。

飛竜は答えるかのように、もう一度炎を口からごぉっと噴いた。


「すご……。あれに乗って通勤したいや」


日本で発売されてるウルミラの旅雑誌の写真で飛竜や人間とは異なる異型種の存在は知っていたが、やはり写真で見るのと実物を見るのは違う、と白沢は感嘆の声を漏らした。


硬い表皮と二対のしっかりとした骨格から出来たドラゴンの翼は、一度風を漕ぐと大きな羽音が辺りに響いた。


「魔族の元空戦部隊の飛竜-ファジャロ・プテリクス-ですな。ちなみにあれは歓迎の演出なんですぞ!前回よりもドラゴンブレスの勢いが増してますな」


黒縁眼鏡に指をかけて下山田が意気揚々と説明を挟んできた。

演出用の炎としても、迫力はテーマパークのそれとは訳が違う。

近くであのドラゴンブレスを食らえば丸焦げどころでは済まない、という恐怖さえ脳内に知らずに焼き付けられた。


見張り台のシーモフは聞き耳を立てて、団体客の反応を伺った。

距離は離れているとは言え、集音性の高い長耳を澄ませれば彼らの話し声や小さな会話など容易に聞き取れた。


「エルモフ、聖女様からの命令を忘れたのか。『逐一お越しになられたお客様の反応を伺い、楽しませろ』と言われたではないか」


シーモフがサボりがちなエルモフに喝を入れる。


「そういや大戦時には魔王様も同じこと言ってたよね。『逐一お越しになられたお客様の反応を伺い、楽しませてやれ!』ってさ。ヘル・ブリッジを渡ろうとする勇者一行を焼き払ったんだけどなぁ」


実は、大戦時には魔王シャイタンからも全く同じ命令が出ていたのだが、同命令でもそう支配者が変われば全く任務内容が変わってしまうのが不思議でならなかったエルモフであった。

焼き払う指示を飛竜に出していたのは過去のもの、今では抑え目の低火力ドラゴンブレス、いやドラゴンのため息レベルの炎を観光客に見せつけるだけであったが。



「ほれ、ぼさっとしとらんで飛竜に次の指示を出すぞ」


シーモフが無線で彼らに近づくよう、飛竜に指示を飛ばした。

空を舞っていた飛竜ーー名はフレイダスに、指示が飛んだ。


『了解シタ。上空ヲ通過スル』


くぐもった声を返し、上空を旋回後にフレイダスはヘル・ブリッジ上空を目掛けて飛んだ。

体内に存在する、肺とは別の炎の魔導核を有する"炎肺器官"と呼ばれる、溜め込んだ空気を炎に変換する肺に、圧縮した空気を取り込んだ。

自身に備わる魔導核が、反射的に圧力のかかった空気の塊に反応を起こし、炎へと変換されたのをフレイダは感じた。

体内に生命エネルギーとは別の熱を持った強いエネルギーの鼓動が分かる。

これでいつでも炎を噴き出せる。


フン、と鼻を鳴らせば炎肺器官から漏れた少量の炎が鼻から吹き出した。


「ちょ、ちょっと!!なんか飛竜がこっちに来てるんだけど!!?」


若い女性社員が両手を顔に当て、青ざた表情で叫んだ。

白沢達の頭上が一瞬真っ暗になった。

飛竜、フレイダの影が大陽光を遮ったのだった。


そして遅れて到達する、巨大な風圧。

フレイダの起こした翼から放たれた風は全てを薙ぎ倒すことさえ出来そうな強さだった。


「ぎゃぁああああああ!!!」

「あかんやつや、これ!!吹き飛ばされる!!」

「足、踏ん張っーーー無理ぃいいい!!!」


どぼどぼ、どぼん、と比較的体重の軽い女性社員数名がフレイダの巻き起こした風圧に巻き込まれヘル・ブリッジから毒の沼地に落とされた音が聞こえた。


「あー、女の子達落ちちゃいましたね」

「俺らデブだし、あの程度じゃ飛ばされんわな」

「お、沈んでく沈んでく」


ヘル・ブリッジから飛ばされること無く生き残った社員達が、落ちた方に向かって親指をぐっと立てた。


「何がI'll be backよ。ターミネーターじゃないっての!!あ、あいつら覚えときなさいよ!」

「ぺっぺ!!口に入った!!あんた達も落ちろーー!!」

「異世界の冒険って憧れてたけど、わたし達が本当に勇者とかだったら今ので死んでたね」


毒の沼地に落とされた方もいきなりの歓迎イベントに満更でも無さそうで、怒っているような声は上げていたがお互いの泥だらけの顔を見て吹き出していた。


そんな光景を見て上手い、と白沢は内心思った。

客を持て成す演出に過ぎないが、魔王城という基盤を活かし、実際に自分たちが魔王城に攻め込む勇敢な者たちだと思い込ませる一興であった。


聖女イブリス。


おそらくこのイベントを考えついたのも、彼女だろう。

この前座を体感した白沢は、彼女には惹きつける何かを持っている、と一片から見出した。

それは営業マンである白沢にとって、"人を惹きつける力"というものはいかに重要なものであるか、日々の仕事から感じていたものであったからだ。


ーー逢えるものなら、逢ってみたい。


白沢は既に、見えざる聖女の魅力に、この一興だけで心を奪われてしまった。


「おい、飛竜が旋回してきたぞ!!」


毒の沼地の泥を風圧で飛ばしながら再びヘル・ブリッジへと向かってくる飛竜。

水着姿で遊んでいた別のトラベラーズ達が、きゃーっと悲鳴を、しかしどこか衝撃を待ちわびるような声を出し、飛んでくる泥を腕で防いだ。


白沢は、風圧に身構えるよりも先に違和感を感じた。

さっきよりも速度が遅い気がしたからだ。


ーー何故?


そう考えるよりも先に目が飛竜の口元からチラつく赤い炎に止まった。

先ほどと同じ速度で突っ込んでくれば、口から吐き出した炎は逆噴射して自分に降りかかってくる。

だから、敢えて速度を落として、今度は風圧攻撃じゃなくてーー


電気が走るような一瞬の思考に合点がいった。

弾き出された答えはーー


「もしかして、さっきのドラゴンブレスってやつ?!」


旅人的直観力で嫌な予感を察知し、白沢はこの後を考えるよりも先に体が反射的に動いた。

ヘル・ブリッジの柱の影に姿勢を低くして隠れる。


その直後に、頭上を巨大な炎がゴォッと吹き荒れた。


「ぎゃぁああぁぁああぁああ!!」

「あついンゴオオおおおお!!」

「おい、バカ!!離せ危なーーー」


写真を撮ろうと身を乗り出していた、男性社員達が間近のドラゴンブレスに驚きバランスを崩し呆気なく、毒の沼地へとその身を落としていった。


「ざまぁ!!落ちてきたわね!!」

「やったわ、いい気味よ!!」


先に落ちた女性達が、みっともなく驚いて落ちてきた彼らを嘲笑った。

イベントとは思えない程のド迫力に、白沢は息を飲んだ。

真上であの巨大な炎が放たれた瞬間、自分の周りが火炎地獄のように熱されたと思えた程であった。


「ウルミラ専用の生命保険に入らされるわけだ……。下手してたら火傷してた……」


ちなみに保険には携行品損害も含まれている。


「楽しんでいる所悪いが、我々は先に行ってるぞ」


沼地に落ちた彼らの姿を見て三枝はヘル・ブリッジを進んでいった。

毒の沼地から「ちょ、まっ置いてかないでください」という悲痛な声が聞こえたが、生き残った(落ちなかった)者達は苦笑いしながら、手を振り三枝の後を追った。


「いいんですか。放っておいて」

「構わんだろう。私は早くチェックインを済ませて魔術と魔導の調査を行いたいし。自己責任、自己責任っと。ここにくる前に多少の怪我や保険の話にも同意しただろ」


三枝は落ちた彼らを気にすることなく、心なしか小躍りするような気分で足を進めた。

落ちた者の中には、きっと電子機器類をポケットに入れて持ち歩いていた人もいただろう。

防水機能が付いていれば訳はないが、沼地から聞こえてくる数名の悲鳴は、おそらく逝った(・・・)証だろうと白沢は気の毒だった。


「三枝部長は魔術の研究、調査には目がないですからなぁ。目的が近くなれば近くなるほど自分勝手に事を進めていくので注意ですぞ!」


小声で下山田が耳打ちをしてきた。

いや、目的が近くなくてもかなり自分勝手な部分がある人……と言いたかったが、白沢は言葉を飲み込んだ。


その後飛竜のドラゴンブレスによる演出のターゲットは毒の沼地で遊んでいる者達に向けられたのか、何事もなくヘル・ブリッジを渡りきったJAMIC一行。


「そうだ、そろそろトラベラーズウォッチの翻訳機能もONにしておけよ」


三枝が思い出したかのように言い、トラベラーズウォッチの翻訳機能を起動した。


「地球上で使うより大分機能が向上してますぞ!」

「どういうこと?」


トラベラーズウォッチに備わる標準アプリである翻訳機能には英語、中国語、ロシア語、フランス語といった地球上のありとあらゆる言語をクラウド経由で解析し、即座に翻訳され、旅人の間で爆発的に広まった。

逆に通訳者は仕事を奪われるなどして、一時期彼らとの衝突問題もあったが時間とともに昔よりかは下火となっていった。


「同時翻訳ではなく、対象の声そのものを日本語へと変換して、耳に届けてくれるのさ」

「これも魔科学ですか?」

「当たりだ。地球上では話し手の声の後から、声質を近づけた機械音声が翻訳して喋ってくれる……だが」


三枝が一息おいて、ニッと口元を釣り上げた。


「ウルミラでは音の魔素を利用して、話し手が喋った声をトラベラーズウォッチが解析後、中に仕込んだ音の魔術式と同期して空気中の魔素を振動させる。耳に届くのは淀みなく流暢な母国語へと変換されるんだ」


その説明に追加するように下山田が割り込んできた。

黒縁メガネがキラリとまたもや光る。


「もっと詳しく説明するなら、このトラベラーズウォッチを付けている限り、使用者の周りに見えない極薄の音の魔素壁が張られていて、そこを音声が通過すると音の波が変化し耳小骨までたどり着くのですぞ。従来の翻訳と違い、音の波を解析して、その波形を母国語の音の波と同じ物に変換している…… いわば、空気の振動を魔術と科学で操作している、という仕組みですな」

「逆も然り、我々が放った言葉は空気の振動を彼らの言語波形に変換して、彼らの耳に届く。口の動きとは少しずれるだろうが、会話はほぼ滞りなく行えるぞ」

「まぁウルミラの方でも最近は異世界からの来訪者たちが多いみたいで、魔術による完全翻訳が大分発展してるから、特に支障はないんですけどね」


魔科学者組の二人は腕を組み、自身たっぷりに語る。

この魔科学アイテムは相当の出来栄えだと自負しているようだ。


「そりゃ、凄い……。魔術が鳥居内でしか使えない地球ではどうやたって、声を機械音声でしか作れないしね。ウルミラの魔素を利用した翻訳機能、面白そうだ」


白沢自身、トラベラーズウォッチの翻訳機能は地球上での旅行先や出張先ではあまり使ったことがなかったアプリだった。

異国言語でも基本的な日常会話は旅の中で自然と身についており、使う頻度といえばどうしても分からない単語を翻訳するのに使ったり、緊急時くらいのものだった。

その時は、相手が喋った言葉をトラベラーズウォッチが拾って、スピーカーから流れる声を拾うという形だったため、相手の会話と翻訳音声を聞き逃さないよう集中しなければいけないという手間はあった。


ウルミラの言語は種族によって強い訛りや、独特の言い回しがあり言語もいくつかあるとは知っている。

種族間を隔てる時は共通言語のウルミラエスペラントという、地球でいう英語くらいには知名度がある共通言語を使用しているらしい。

つまり公用語が二つある世界、と思えば分かりやすい。

日本のように公用語が一つしかないと珍しいかもしれないが、

地球上で例えるならフィリピンはフィリピン語と英語の二言語があるし、

カナダでは英語とフランス語が入り混じっており、ほとんどの商品パッケージには両言語での説明がなされていた。

マレーシアでは英語、中国語、タミル語と多言語である。


ウルミラの言語は、事前に少しだけ調べた挨拶「フラ・エルダ」やお礼の言葉「リュミラ・ファーダ」、別れの言葉「ラス・エルダ」くらいしか知らない白沢は今回の翻訳機能がどれほどのものなのか興味が湧いた。

もちろん、根っからの日本文化以外への関心も強い白沢は、いつかウルミラの言語も取得したいと考えていた。


「夜辺りにバーでも行ってみようかな」


左腕に装着されたトラベラーズウォッチが光を反射して小さく輝いた。


「女でも口説くのか?役に立つぞ、うちが開発した翻訳アプリは!」

「違いますよ、こっちの言語も慣れたいんでお酒入れて話してみようかと思ってたんです」


お酒が入ると、人間意外と喋れるようになるものである、と白沢は実感していた。


「もの好きだな、お前も。異世界の女落として1発ヤりたいって素直に言えよ。まだ独身だろ」


三枝の女性とは思えない下発言に、白沢は呆れた。


「もぉ……ほんとに、なんて事言うんですか。万が一、翻訳がきかなくなった時のためにも役立つじゃないですかーー……って、あれは?」


苦笑いしながら、目を逸らした先に制服姿の集団が目に入った。

魔王城のエントランスに列を作り待機している。

明らかに人間ではない角や翼が生えた人物達が、ホテルの制服を皺一つ無くピシリと着こなしている。

しかし、人外にしてはかなり粒揃い。日本人の感覚から見てもイケメン・美女と呼ばれる者達が揃っていた。


「揃いも揃って、皆さん容姿端麗ですが……。あれは一体?」


こちらに気付き、彼らは胸に手を充てJAMIC一行に一礼をした。


「ふふふ、我々を歓迎してくれてるのですぞ!目に焼き付けた方が良いですぞ伊予殿!ほら、あの女性魔族のタイトスカート!!ピンヒール!!おほぉ〜〜たまりませんなぁ」


まるで仏像を拝むような仕草で、下山田は手を合わせ合掌しだした。

同じように女性社員はイケメン魔族の出迎えにわーきゃーと黄色い声を出して手を振っている。

向こうも気づいたのか、牙を持つ魔族のお兄さんらしき人が、照れながらも柔かな笑顔で彼女達に手を振った。


「魔族って初めて目にしましたけど、結構人間臭い所もあるんですね……」

「あぁ、パンフレットに載ってるような魔族でも獣や怪物に近い者から、彼らみたいな歓迎要員のやつらもいる」

「歓迎要員ってことは、彼らの役割はベルボーイとかポーターとかドアマンみたいな所ですか?」

「ま、そういう所だな。私らは異世界からの団体客ってことで荷物はすでに転送してるからポーターは今回必要ないが、世話になったらチップは必要だとさ」

「あぁ、ウルミラってチップの文化があるんですね。でもうちのオタクっ気のある社員てそういうの渋ったりしないんですか?日本にチップ文化ないですし」


国にもよるがチップは大体1ドル〜2ドルだったり、レストランなどのサービスでは10%〜15%上乗せして支払ったりする。

他には観光地で民族衣装を纏ったモデルとの撮影に1ドルのチップを渡したこともあった。

日本国内ではあまり意識することのないチップ制度。

他部署に比べて研究室にこもりっぱなしのJAMICの研究員は、そういうところに関してはどうなんだ、と白沢は思いながら目を彼らの方に向けた。


「サキュバスのミュレームちゃぁん!久しぶり!俺だよ、覚えてる?とりあえず再会の握手して!!あと写真撮ろう!!」

「ケンタさんでしょ。ちゃんと覚えてるわよ。はい、握手。あと写真もカシャっとね」

「ありがとうございます!!ありがとうございます!!これチップ、む、胸に入れさせてもらっていいかな」

「も、ち、ろ、ん。ほら、優しく入れてね……?」


まだ朝時だというのに、小さな子供には見せられないような如何わしいシーンがあちらこちら、魔王城の前で繰り広げられていた。


「寧ろ彼らの感覚からすれば貢ぐのが堪らないようだ」

「チップを貢ぐってなんか違和感が……。まぁ、お捻りみたいなものなのかな。そういえば、日本円使えるんですよね、ここ」


異世界の住人の、しかも魔族の豊満な胸に挟まれた諭吉の図は中々にシュールであった。

ウルミラでは日本円がそのまま使える。

様々な異世界と繋がる中央駅(セントラル)のような位置のウルミラでは、異世界の通貨を管理するバンクが王都ミリオンダリムにあると言う。


ちなみにウルミラのお金の単位は"ダール(D)"で補助通貨は"センス(C)"である。

1ダールはおおよそ、日本円にして85円。

1センスは約0.0117円である。


紙幣は1ダール、5ダール、10ダール、20ダール、50ダール、100ダールの6種類。

硬貨は1センス、5センス、10センス、25センス(クォーター)、50センスの5種類である。


「異世界から遥々、魔王城へようこそ。私、この城の元・執事のミセラウスにございます。我々一同、総支配人イブリス様の指揮のもと全力でお持て成しをさせて頂きます」


ミセラウスと名乗る、羊の角を生やした老人が丁寧に頭を下げた。

人間でいうと60代くらいの男性だが、背筋は他の歓迎要員と呼ばれるスタッフの誰よりもピンと伸びていた。


「こ、こんにちわ。初めまして……っていうか"元"というのは?」

「は、聖女イブリス様が城主になられ、全魔族の役割が変わりまして、今の私はコンシェルジュという役を与えられております。つきましては城内の事で分からないことや、何かリクエストがありましたら私までお尋ねください」


なるほど、そういう事で"元"という事か、と白沢は納得した。

コンシェルジュとはフロント付近に常駐し、ゲストの要望や相談係などを主とした専門職である。

大戦時に魔王城の執事だったということは、誰よりも城に関しては詳しいだろう。

聖女が執事から彼をコンシェルジュに役割を与えたというのなら、適材適所。

人材を見抜く能力も高いと思われる。


元・執事と最初に名乗ったのも、魔王城に関しての知識と信頼があるとゲストに伝えるためであったのだろう。


上手い言い回しだと白沢は思った。その老いた風貌と落ち着きから他の誰よりも仕事に長けている様子が伺えるが、役職と役割でそれとなく更に自分のイメージを植え付けた。


「やっほーミセラウス!今日も渋いね!!そうだ、後で美味しい紅茶入れて!」

「やっぱ、執事はこれくらいの年齢じゃないとねぇ〜」

「ねぇ、あの子だしてよ、あの子!!看・板・少・年!!」


はしゃぎ出る女性社員たちは元・執事、現・コンシェルジュのミセラウスに群がり、早速リクエストを出し合った。

ミセラウスも元執事というステータスを持っているだけあって、その手の性質が好きな女性陣が詰め寄っていった。

やはり、リピーターともなると手慣れている。

そしてミセラウスは、慌てることなく一つ一つの要望を手帳に記し女性達を捌いていった。

流石はこちらも手馴れている。


「皆様のご要望、しかと承りました。それでは、最初のリクエスト元・魔王、そして我ら魔族の元城主であられたシャイタン様です」


ミセラウスが腕をエントランスへと伸ばした。

歓迎要員の若い魔族達が綺麗に列を作り、一斉に例をする。

その中央を6、7歳ほどの男の子がむっすりとした顔でずかずかと歩いてきた。


「よく来たな、人間共。歓迎はしないぞ、とっとと帰れ」


到底、客を出迎えるとは思えないセリフを魔王シャイタンは述べた。


「あ、あの魔王様、イブリス様がご用意されたセリフと随分違うのですが……」


ミセラウスが焦りながら小声でシャイタンに耳打ちした。

予めイブリスに用意されていた台本をガン無視してのアドリブ。

コンシェルジュとして客に対する態度に敏感なミセラウスは冷や汗を掻いたが杞憂に終わった。


「こ、この生意気なジト目さいこおおおおおお!!」

「わたし、初めてウルミラに来たんですが、あなたが本物の魔王さまなんですか?!」

「やーん、かわいいー!!白髪に赤目とかチョータイプなんですけどー!!」

「ツノ!ツノ触らせて!!これって痛覚あんの?」

「うっひょ〜〜ショタたまんないわぁ〜。色んな所がぷにぷに〜〜」


彼の無愛想極まりない態度は、逆にJAMICの特殊な性癖の女性社員達の格好の的となっていた。


「なぁ玉夫、あの子供だれ?」

「彼は元・ウルミラの魔王シャイタンですぞ」

「パンフレットに書かれてた肖像画と違うんだけど……」


ポケットに無造作に折りたたんでしまっていた、魔王城のパンフレット~日本語版~を取り出して広げてみる。

観音折の裏表紙には魔王の肖像画、表紙には聖女の肖像画が掲載されている。

そして、その下にそれぞれどのような人物であったか説明が書かれていた。


聖女の肩書きには「聖女/魔王城現・総支配人」

魔王の肖像画には「元・魔王/雑用」

との記述が日本語で書かれていた。


JAMICの広報部が手掛けたものだが、この記述は大丈夫なのだろうか。

今まで旅先でこんないい加減なパンフレットを見たことは無い。

人権問題に発展しないのだろうか。と、白沢は突っ込みたくなった。


「この絵の魔王は人間でいうところの壮年期っぽい感じで、あんなぷにぷにとは対称的なムキムキ人物なんだけど……」


描かれた肖像画の写真の魔王は立派な角、死を彷彿とさせる死神のような白い長い髪。

加えて人間など片腕一つて千切ってしまえそうな隆々の筋肉。

まさに、魔王という風貌を備えた人物であった。


「あぁ、それはですな。うちの女性社員がお出迎えにはイケメンホテルマンと、ショタっ気むんむんなかわいい子が良いというリクエストを事前に出しておりまして、そのリクエストを承諾して頂いた聖女イブリス様が魔王の姿を、不思議な魔法で少年に変えたのですぞ!」

「今更だけど、何でもアリだねー……」


男性社員もオタクの集まりみたいなものだが(勿論、普通の人間もいる)、JAMICの女性社員も失礼ながら、結構特殊な人が多い。

白沢は魔王に群がる女性社員達の中に、グループ3の代表者の女性の姿も見つけた。

彼女も年下好きなのだろうか。


「そういえば、聖女と魔王って過去に戦ったことがあるって、聞いたことはあるけど。今は完全に和解でもしたの?」


パンフレットには、魔王城の地図の他にヒストリーが簡潔に書かれている。


シャイタン歴893年まで魔王の支配した時代であり、聖女に倒された後の暦はイブリス歴と名を変え現在に至る。

魔導大戦の終戦後にも形を残していた魔王城は現総支配人の聖女イブリスが観光地として開拓。

以降、世界に名を轟かせるまでに至ったのは聖女イブリスの手腕にあるーーと。


「和解だと?この成りを見てもお前はそう言えるのか、小僧」


到底、客に対する言葉遣いではない声がした方を白沢は振り向いた。

が、視線の先には誰もいない。


「伊予殿!足元、足元ですぞー!」


下山田の抑えた声に、はっとして足元を見下ろすとどうやってあの女性社員達の輪を掻い潜ったのか、ちっさい魔王が白沢の足元までやってきて睨みつけていた。


「小僧って、僕は27だよ」

「ふん、27年しか生き延びていないのか。魔族から見れば矮小過ぎるぞ人間めが」


子供ながらに、なかなかの迫力と気迫がある。

姿も人間のものとは違い、頭から生える両角に赤い切れ長の瞳。


何やら険悪なムードの二人にざわついていた辺りの人間は、しんと静まった。

子供の姿をしていても、あの存在はかつての魔王。

放たれる殺気めいた気配が、辺りの人間を黙らせた。


「あ、あの魔王様……、いくら早朝からイブリス様に扱かれたといって、お客様の前では態度を改めて……」


ミセラウスが口ひげをもごもごと揺らしながら慌てて静止に入ろうとした。

が、白沢は気にすることなく屈んで視線を同じにするとーー



営業マンらしく、素早く美しい動作で魔王に名刺を差し出した。



その様子にミセラウスは一触触発の状態だと危惧していたためか、肩の力が抜けがくんと倒れこんだ。


名刺を無愛想な顔付きのまま、片手で受け取ろうと手を伸ばしたシャイタン。

だが、袖口に隠していたナイフを取り出し、そのまま白沢の喉元に突き立てーーようとしたが、あっけなく失敗に終わった。


ナイフが喉元を掻っ切る手前、空いた片手で白沢はシャイタンの手首を掴み阻止していた。


「ーーほう、見切ったか」


一瞬、驚き目を見開くシャイタン。


「い……いきなりな挨拶だね、魔族の王の挨拶はこんなものなの?」


交差する名刺とナイフ。

白沢は突きつけられたナイフが喉元に触れないように、今限りの力を込めて退ける。

こいつを見た目から人間の少年とは思ってはいけない。

魔族の筋肉のせいだろうか、力は強く油断できない。

だが、営業部代表として一度差し出した名刺を引くことなど恥ずべき行為であると考える白沢はシャイタンに受け取ってもらえるまで粘ってやるという意地を見せた。


営業部にとって名刺は剣、アタッシュケースは盾、スーツは最強防具だ。

サブ装備のブランド時計にブランドのシャツ、ネクタイで社会的地位(ステータス)をアップしろ、そう上司に叩き込まれた営業マンの確固たる意地である。


その異様な光景に辺りはざわついた。


「ふん、流石はあの聖女と関わりのあるJAMICとやらの組織の人間か。面白い」


なおも、シャイタンは力を入れて首筋に刃先を近づけようとするが、今の子供の姿では筋肉に力も上手く伝わらず、腕はぶるぶると小刻みに震えるだけで精一杯だった。


口元に少し笑みを浮かべ、僕の勝ちだ、と宣言するかのような白沢の強い瞳が目に入る。


これ以上の水面下での攻防は無駄に終わると踏んだのか、諦めて手荒に名刺を受け取る魔王。


「あの女以来のしぶとそうな人間が来るとはな。面白い」

「昔、カナダでグリズリーに襲われたこともよくあったからね。あとスペインのサン・フェルミン祭で牛に跳ね飛ばされたりも経験したから、僕は意外と頑丈だよ」


今までの数々の旅先での経験を活かした白沢が余裕の笑みで答えた。

周囲の人間たちから「流石あの営業部の白沢……」とか「月の裏側でも営業に行けると噂の男」などと尊敬の声が上がった。


魔王シャイタンの耳にもその声が届いた。

赤い瞳でちらりと見上げ、目の前の男を見つめた。

事情は詳しくは知らないが、この男はいつか利用出来そうだと考え、にやりと笑った。


「おい、貴 様 は 俺 を 殺 せ る か ?」


思いもよらない言葉が突然放たれた。


「えっ……?何て、今……」


冷たい息と共に耳元に降り掛かってきた言葉に白沢は驚いた。


確かにこの魔王は今、自分に向かって殺せるかと問うてきた。

油断していると、彼の中に潜む魔王としての威厳と殺気だけで掻っ切られそうになる。

ふざけているようで、侮れない節がある。


ーー危ない。元・魔王なだけあって、底に抱えている諸悪が計り知れない。


平常心を保ちながら白沢はシャイタンの内に秘める負と悪のオーラを感じ取った。


ーーこいつは何を考えているか分からない。だけど、危険な存在には違いない。


そう、営業先で突然無理難題な案件と突拍子もない事を振りまいてくる、能無し&トンデモ取引先と遭遇した気分だ。


逆に、どうやりくるめてやろうかと白沢はこれまでにない高揚感も覚えた。

旅行先でこんなぶっ飛んだ奴に会えるのは貴重な体験である。


ーー詮索するのは後、とにかく今は……。


白沢は突きつけられたナイフに目をやる。

何かの紋章と、呪文のような文字が刻まれている装飾ナイフだった。


「これは、子供には危ないから僕が預かっておくね」

「ククク、取れるものなら、取ってみ……っ痛っっっった!!」


シャイタンの挑発は華麗に決まることなく、情けなく終わった。

掴んだ手首を地面に叩きつけ、痛みによる一瞬の隙が生まれた後、白沢はナイフをもぎ取ったのだ。

昔、旅行先の酒屋で絡まれてナイフを同じように突き立てられた時、酒場の店主が対処方法を教えてくれたのが役に立った。


「めっ」


ナイフを慣れた手つきで回転させて、スーツのポケットに仕舞う白沢。

周囲の者たちから拍手が上がる。

この手遊びも数年前に世界一治安が悪いとされるホンジュラスのサン・ペドロ・スラの飲み屋で、絡んできたおっさんと何故か意気投合し、教えて貰ったものだ。

かっこいいという理由と会社の宴会芸に使えるだろうという理由だけでその後も練習し、完全習得してみた甲斐があった。


「くっ……!!」


たかだか二十数年ほどしか生きていない脆弱な人間に手玉に取られ、悔しがる魔王シャイタン。

一方の白沢は緩んだネクタイをきゅっと締め、得意の営業スマイルでシャイタンに再び微笑んだ。


「JAMIC、特殊営業部(・・・・・)の白沢伊予と申します。今日からウルミラ標準時間の4日間、お世話になりますね」


シャイタンは白沢から無理やり渡された名刺に目をやった。

両面に印字がされており、片面には日本語。

もう片面にはご丁寧にウルミラの共通言語で記されていた。

JAMICの言語学部の面々に頼んで作成してもらった特別な名刺である。


この世界では余り馴染みの無い職業と役職を見て、シャイタンは白沢伊予という人物に少し興味を持った。


「よろしく、魔王様」


握手しようと手を差し伸ばしてくるが、それをシャイタンははねのけた。


ここで騒ぎを起こして聖女の顔に泥でも塗ってやろうかという思惑は潰されてしまったが……。


ーーこの人間、出来る!


見た目は普通の人間の男だが、聖女に次ぐしぶとさを持っていると感じた。

聖女を出し抜くのに利用できそうだと、姑息な考えを思いついていた。


「くっくっくっく」


シャイタンは口元を押さえながら、下卑た笑い声をあげた。


「今度は、突然笑い出したんだけど、この子……。可愛く無いなぁ」


白沢は、まるで幼稚園児が悪巧みをするような顔をした魔王を見て、本音を漏らした。


「いつもこんな感じだぞ、この世界の魔王は」

「油断してると、色々攻撃仕掛けてくるから注意が必要ですぞ」

「そこもこのリゾート地の目玉の1つって事か、あはははは」



完全に遊ばれていると感じた魔王。

周りの人間は笑っているが、確実に殺しに掛かろうとしていた筈だったのに。

一体全体、自分の能力は何処まで落とされてしまったのか、考えるだけで死にたくなった。


「おい、貴様。俺の力が戻ったら真っ先に殺しに行くから待っているが良いーーぃいい!??こら、止めろ離せ!!雌豚共が!!」

「良いな白沢先輩、わたしも魔王のキルリスト入れてもらいた〜い!!」

「雌豚ですって!?ありがとうございます!!はぁはぁうえへへへへ」


再び子供(ショタ)好きなJAMICの女性社員達に囲まれ、さながら人形のように弄ばれながらシャイタンは白沢伊代に捨て台詞を吐いた。

キルリストというのはシャイタンが腹立たしく思い、いつか復讐してやりたい人物リストの事である。

大戦時にはキルリストに入った人間共を捕まえては(むご)い扱いをした後、文字通り惨殺した。

が、今となっては、魔王のファンから魔王に注目されてる特別人物としての称号的(ステータス)な意味を含めて入りたがっている人間は多い。


「何か勝手にキルリストに入れられてるんだけど大丈夫かな、僕……」

「大丈夫ですぞ、伊予殿ならやられる前にやる男ですしな!」

「えぇ、どういう意味なの……。ともかくチェックインをしてーー」


魔王城の扉の両側に立っていた門番らしきゴーレムが動き出し、扉を完全に解放する。

錆び付いた音を立てて開かれた。


その先に垣間見える魔王城エントランス。

青い炎が揺らめく黒いシャンデリア。

大理石の床にいくつもの彫り込まれた魔術陣が姿を見せた。


生暖かい風が吹き抜け、パニックルームに詰め込まれるかのような絶望感が彼らを陥れた。

そんな彼らを中で待ちわびていた別のホテルマン達が数名、ウルミラ式の胸に手を当て頭を軽く下げるお辞儀をした。


そして佇む、1人の少年と目が合った瞬間、白沢は頭を強く殴られたような衝撃が走った。



「伊予殿?」


口をぱくぱくと魚のように動かす姿を不審に思った下山田が問いかけた。



「あ……、ぁああああ!!!」


指を少年に向けて指して、言葉にならない声を上げる。


「ようこそ、魔王城へ。本日JAMIC様の案内を担当させて頂きます。魔人の1人です。名はありません、強いて呼ぶなら魔人Aでしょうか。以後お見知りおきを……。どうかなさいましたか?」


人間とは思えない灰色の肌に、色素の無い白い髪の毛。

機械を思わせる冷たい瞳。

しかし、どことなく顔つき、体格は日本人寄りの顔をしている。

そんな"魔人"と名乗った少年は、自分を指さすスーツ姿の男に疑問を持ち、首を傾げた。


「いや、ちょっと待って名前はあるよ!!君の名前は皆神(みなかみ) 舞斗(まいと)!!十年前にあの事故で亡くなった僕の無二の親友だ!!」


ーーどうして君が生きてるの?!

  

   いや何で、あの飛行機事故で亡くなったあの時の年齢のまま?!


これはもう一体、どういうことなの?!

  

     うっわ、肌の色わっっる!!!


 ご飯ちゃんと食ってたのか?!



脳が完全にパニックを起こしているのか、光の速さで駆け抜ける珍妙な疑問の嵐の中、白沢は凍りついた。


ただの他人の空似か。

はたまた本当に彼本人なのか。

ならどうして生きてる?


再会を喜ぶよりも、得体の知れない恐怖さえ感じた。



その様子をみて1人納得が行った魔王シャイタンだけが、女性社員たちにもみくちゃにされながらニヤリと口元を歪めた。


「ククク、なる程な。日本からの客人というのはこういうことを仕込んでいたか……イブリスめ。今回は楽しめそうだぁああいたたたたた!角を引っ張るな雌豚!!殺すぞ!!」

「へー、痛覚あるんだ。あ、殺すぞ宣言ありがとうございます。我々にとってご褒美です、ジュルっ」

「男女共に変態しかおらんのか!お前らの国の人間共は?!?!」


「「「はい」」」



入り乱れる歓喜、歓声の中、白沢だけがこの先の見えない闇を見つめていた。

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