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3話 僕の初めての異世界旅行。

あれが起きたのは僕が高校生の頃だった。

もう随分昔の話になるけれど。


当時の僕は日本以外の国にも強い興味を持っていた。

日本には無い文化、言語、風習、それに技術ーー。


幼い頃、旅好きな両親に連れられてアメリカやイギリス、ベトナム、中国、台湾、エジプト、モロッコ、トルコetc……ヨーロッパ、アジアを問わずに数え切れないくらいの海外旅行をしたのも、きっかけだったと思う。


飛行機を降りて初めて感じる、異国の匂い。

まるで異世界に訪れたかのような錯覚に陥る、あの感覚がたまらなく好きだった。


高校生になって、初めて出来た仲間たちと夏休みに海外へ旅行に行くことになった。

僕を入れて5人。

お金は皆で1年間頑張ってバイトで稼いだ。

初めて家族以外の人と出かける海外旅行に僕たち全員、心が躍っていた。


日本からおよそ8時間もしないうちに到着するであろう、その国での観光、食べ歩き、ショッピング、あとマリンスポーツも。

機内で着いたらまず何をするかを、皆で言い合いながら到着を楽しみに待っていた。


日本を発ってから、4時間経った頃だった。


突然、機内が大きく揺れた。

隣に座る友達が驚いて声を上げたが、僕は経験から乱気流(タービュランス)に入った揺れだと彼に伝えて宥めた。


『さすが、旅慣れしてんなー伊予は!あーまじでビビった。もう大丈夫だわ、ははは!』


冷や汗をかきながら、彼は僕に向かって笑顔を向けた。

僕が見た、彼の最後の笑顔だった。


夕日の光を反射して、淡いパステル調の赤い雲と空が見えていた窓の外が突然真っ暗闇になった。

そして、飛行機の先頭部から大きな爆発音が聞こえた。


乗客の悲鳴。落ちてくる酸素マスク。流れ込む強い外気。


ーー乱気流じゃない!エンジントラブル。テロ。故障。操作ミス、何なんだ!?


様々な事態が一瞬で脳裏を過ぎった。


『伊予、なんーーれ!?前に……ブラックホールが?!くそーー、ーー子、無事ーーか?!』


彼の叫ぶ声が、爆音にかき消されながら僕の耳に届いた。

その後の僕の記憶は途切れ途切れだ。


覚えているのは、彼が他に乗り合わせた客と共に、座席ごと前方に吸い込まれていく姿。

飛行機の羽がまるで強い重力に押しつぶされたかのように、ぐしゃりと歪むシーン。


空と地が反転ーー。


それから、なす術もなく落ちて行く中僕はーー。


3話 僕の初めての異世界旅行。


ーー異世界行特殊転送空港(ゲート)"アザミツ"


日本から東に数百キロ離れた所にある人工島"アザミツ島"にある異世界への転送を主とした空港(ゲート)である。

空港と名が付いている理由は異世界以外にも、航空機・観光用飛空船の発着もその大規模な港に備えているからだ。

ウルミラ世界に存在する魔術を地球上でも使えるように、魔科学者達が叡智を結集させた異世界行きの特殊な港。

そんなアザミツゲートはいつもより一段と賑わっていた。


「おーい、白沢(しらさわ)。パスポート忘れてないよな」


酒と煙草で枯れた女性の声が日焼けした褐色肌の男に飛んだ。

声を掛けられた男、白沢伊予(しらさわいよ)はアザミツ空港内を見渡していた視線を女性へと向けた。


「あ、はい。大丈ーー」

三枝(みつえだ)部長、七大州を巡ったことがある伊予殿にその質問は失礼ですぞ!!」


白沢が口を開く前に、別の太った男が割って入った。

額から脂汗を流し、度の強い黒縁眼鏡をきらりと反射しながら早口で喋る短足男、下山田玉夫(しもやまだたまお)


「何せ、彼は大学時代にワーホリビザ取得して一人で各国渡り歩いてきた、旅のエキスパートですぞ!!」

「ワーホリ、なんだっけ?ワーカーホリック?」


三枝は咥えたタバコを吸いながら聞き慣れない言葉を返した。


「ははは、違いますよ。ワーキングホリデーって言って、海外で働いたり語学を学んだりできるビザのことですよ。年齢制限や募集数に制限はありましたが、大学時代に運良くビザが取得できまして、働いたり、遊んだり色々してまして……」

「それで、伊予殿は自分がこよなく愛する海外限定のグッズを土産に買ってきてくれるスーパー紳士なのですぞ!!

伊予殿がいなかったら自分は……自分は……断腸の思いでマイリトル◯ニーの限定ぬいぐるみを諦めねばならい所でーー」


白沢の説明も他所に、自分語りを始めてしまう下山田に三枝が少し引いていた。


「わ、わかったから、落ち着け下山田……。あと口調も元に戻せ、キモい」


芝居めいた口調で、涙を流す下山田玉夫。

白沢伊予(しらさわいよ)の大学時代のサークル仲間であり、同じ会社に勤める同期でもある。

上司である三枝響子(みつえだきょうこ)にとがめられ子犬、もとい子豚のようにしゅんと小さくなった。


「は、はい。すみません、興奮すると自分はついああなってしまってしまうのでありました、まる」


まだどこか抜けきらない、奇妙な口調のまま下山田は謝った。


「全く、社員旅行とは銘打ってるがウルミラ世界(あっち)の技術と魔術の調査でもあるんだぞ。気を抜くなよ」


三枝が煙を吐き捨てながら、下山田と同じように昂ぶり、荒ぶっている者達に注意を飛ばした。


「あー久々にローズちゃんの声聞けるわ」

「あれ、おまえってリリス派じゃなかったっけ?鞍替えしてんのか?」

「いやーウチの子供がスカーレットデモンズ好きでさ。一緒にDVD見てたら俺のがはまっちゃって!」

「はぁ……リリス様に踏んでもらいたい。踏んでもらいたい。踏んでもらいたい。はぁ……はぁ……うっ……!」


見事に下山田と同じ種類の人間が200名以上、空港の異世界行き転移魔術陣(テレポーター)の前に群がっていた。


「はぁ……。何でうちの社員はこういうオタク共が多いんだ……」


三枝のため息がタバコの煙と共に漏れる。大きな白煙の塊は三枝の抱えた疑問の大きさを表しているようだった。


「魔術や魔法なんて今までアニメやゲーム、映画の中くらいでしたから。立証出来るようになれば、魔法という概念に焦がれていた人たちは、この会社に入りたがりますよ。魔術と科学を組み合わせて商品を作りだせる会社はウチくらいなものですし。ーーそれよりも、三枝部長」


白沢は一息つくと、三枝を見て続けた。


「ちゃんと、帰還場所の設定をアプリに入力しましたか?ウルミラとの時間の進み具合は捻じれてるから、不備があると適正時刻の日本に帰れなくなる可能性がある、としおりに書いてましたよ」


事前に社内で配られていたしおりに書かれていた注意書きを思い出して三枝に伝えた。

旅行慣れしているとはいえ、細かな注意点は旅の興奮で忘れがちになる人も少なくない。


「大丈夫だっての……たく。あれ?」


三枝は白沢に言われて左腕に装着された時計型の小型マシンを見た。

ウルミラに出かける者はパスポートとこの"トラベラーズウォッチ"が必須となる。

その時刻、日付は00:00:00。未入力状態となっていた。


「おっかしいな。入れたつもりだったんだが」

「その"つもり"は旅行の中での油断になりますよ。使い慣れない道具や違う環境に入ると、人間はやったつもり、でも実際は完了してなかったりすること多いですから」

「はいはい、分かりましたよっと。えーと、時間は2105年9月ーー……」


トラベラーズウォッチを起動させ、空中に投影された仮想パネルに数値を入力していく。

しかし、途中で三枝の手が止まった。

入力時刻を忘れたのか、ちらり、と白沢の方を見やる。


「19日です」

「そーだったな。んで、帰還時刻はーー……」


再び手が止まり。

もう一度、ちらりと視線を送る。


「……9月23日、午後8時30分ですよ。……しっかりして下さい、部長……」

「平気だ問題ない!」

「あと、タバコ。ここで吸ったらだめですよ」


苦笑いしながら、白沢は三枝の吸っていたタバコを優しく取り上げゴミ箱に捨てた。

残り少なくなっていたミネラルウォーターで残り火を消すのも忘れずに。


「そうですよ、部長。ウルミラに住まう美しき民達にタバコ臭いおばさんだと思われたらどうするんです?」

「あ?荷造り用のロープで縛ってボンレスハムにしたろうか?豚山田め」

「それは御褒美ではなく、拷問ですぞおおおおおおお!!」


眼鏡を反射させながら、下山田は猛ダッシュで下がっていった。

どっちが先にふっかけたのやら、と白沢は出発時刻まで待機している社員の方に消えていった下山田に視線を送った。

皆、久しぶりの長期休暇ともあって、いつもの仕事場内での堅苦しい顔や態度は崩れて思い思いの話に花を咲かせている。


「……なぁ、白沢。お前は何でうちの会社に入ったんだ?お前も物好きなオタクなのか?それとも純粋に"異世界"の興味があるからなのか?」


三枝が寂しくなった口を誤魔化すかのように、喋りだした。


「そう……ですね。あそこまで、ではないですけど」


白沢は背後でウルミラに想いを馳せるオタク社員達を見て、答えた。


「僕もある種のオタク、なんでしょうね。旅行オタク。好きなんですよ、日本には無い、文化や言語を学んだり、その国の人々とお酒飲みながら触れ合ったりするのが。だからうちみたいな異世界との関わりがある会社に"冒険"の可能性を見つけて入社しました」


旅行会社に入る、という手もあったが白沢にとって地球とはすでに冒険し尽くした世界であった。

大学時代、下山田に地球上にはもう旅するところが無い、と愚痴ったことがあるほどだ。

旅行会社や代理店で今まで訪れた土地や経験を他人に紹介したり、プランを練るのは楽しいかもしれない。

だけど、

白沢は子供の頃から心に秘めていた冒険心を忘れてはならないと思っていた。


未知の分野である、異世界の魔術を研究し科学技術との融合と次世代アイテムの創造する会社。


一般社会とはかけ離れた分野"魔科学"を生業とするため、一般人からは変な宗教が絡んだ危ない組織ではないのかなどと噂めいた所があったが、それが白沢の冒険心を燻らせた。



「冒険、ねぇ。一夜限りの関係ってやつも出来たりするだろうしな」


茶々を入れる三枝に苦笑いしてみせる、白沢。


「ハハハ、僕はそんな不純な動機ではしませんよ。それに旅をするとーー……」


白沢は左胸ポケットの上を撫でた。

中にはいつも持ち歩いている小さなスケジュールが入っていた。

その輪郭をなぞり、次に紡ぐ言葉を探した。


「それに?」


言葉に詰まった白沢の顔を覗き込む、三枝。

少し翳りの入った表情を感じ取り、それ以上尋ねることを止した。

誰にでも、触れられたくないものはあるのだろう、と。

魔科学者という立場柄、モノを観ることに長けていた三枝は踏み込むことを自重した。


「ま、最近の若者は自発的に行動するやつが多くていいね。そういえばさ、何でお前だけスーツなんだ?」


話題を変えるかのように、別の質問を投げつける三枝。

その目は白沢の服を奇妙なものでも見るかのように見つめていた。


「あちらに住まわれる魔術師マチリ・ヴァーミリアさんと言う方に用事があって、ついでにアポイントもとろうかと思いまして」

「…………やっぱ、お前ワーホリだわ。ワーカーホリックの方な」


研究部と技術部に所属する人間ならば、今回の旅行先での調査や取材は頭に入れておくことも大事だが、わざわざ営業部の人間がこちらに来てまで営業するとは思っていなかった三枝。

仕事魔である白沢伊予に三枝は飽きれたように返した。


「そういう部長も、研究者なだけあって漆黒の白衣(・・・・)、入れてるんじゃないですか?スーツケースに」


ばれたか、というように赤い舌をちらりと覗かせる三枝。

従来の科学者や研究者が身に付ける白衣とは違い、魔術と科学の両翼を担う魔科学者は漆黒の黒衣を身に纏う。

単に社内での差別化というのもあるが、黒色の白衣には繊維に魔術式が込められており、研究開発中の魔術の暴発にも耐えられる程度の防御魔術が組み込まれているのだった。

魔術としての知識がウルミラに比べて疎い地球では、基礎的な魔術を組み立てるためのプロセスでも思わぬアクシデントが勃発することが絶えない。


「そりゃ、こう見えても研究部長だからな。日本の技術に付与できる魔術が見つかれば、逃すわけにはいかんだろ?"昨日出来なかったことが今日出来るわけない"、魔科学ってのは日々努力あるのみさ」


動きやすいスニーカーの爪先で、荷物の入ったスーツケースをこんこんと叩いて見せた。

なんだかんだ問題行動の多い上司だが、根は"未知に対する学び"という研究者ならではの強い信念がある。

彼女の矜持は確固たるもので白沢はその力の入った言葉に、自身もまた気を引き締めた。


社内での所属部署は違えども、目的とするものは同じであった。


『お待たせ致しました。本日9月19日、10時にウルミラへご出発される日本魔科学技術研究開発会社JAMICの皆様。準備が整いましたので、転移魔術陣の上にお上りください。お荷物は別便で転移させますので貴重品などーー』


インカムに備わる拡声装置で、アテンダントが異界行きの出発を告げた。

余談だが、このアザミツ空港の職員の制服は可愛くて人気が高いらしい。

青と白を基調とした清涼なスカートとスーツに、純白の手袋。頭にはころんとした丸みを帯びたモンティーベレーが上品さを演出している。

制服マニアな社員が数名、アテンダントと一緒に写真を撮ったりしているのを白沢は見つけた。


「お、ようやく我らJAMICの名前が呼ばれたな。おーい、お前ら、転送魔術陣の上にとっとと乗りな!」


三枝の声が上がる。

待ってましたと言わんばかりの声が社員から上がる。

さながら、アトラクションの待ち時間がようやく終わった時のような歓声だった。


ーー"日本魔科学技術研究開発会社。

"通称JAMIC(Japan magical Idea creaters)"


その実態は日本唯一の異世界の特殊技術を研究開発する会社である。

会社と名があるが、大規模な研究所も社内に備えており未知なる魔術と日本の培ってきた技術を組み合わせ、これまでにない未来のアイテムを作り上げることを目的とした巨大組織である。


白沢の営業部。

三枝の魔科学研究部。

下山田の魔術融合部。その他、科学技術専門部、言語学部……と、数十種類にも渡る部署が存在し、各部署の優秀な成績を収める社員や、研究員。

または、次の要となりそうな人材を今回、社員旅行として特別休暇が200名以上に与えられたのだ。


JAMIC設立者がどういうわけか過去にウルミラと関係があったらしく、向こうからは親睦も兼ねて招待状がくる状態となっているほどの仲だ。

友好国。

いや、友好世界と言うべきか。

白沢はなぜそんなに、よりにもよって日本がウルミラから好かれているのか詳しく知らないが、こうして異世界までの旅行を会社持ちでタダで行けることは嬉しかった。


「ま、こんな奴らだが、上層部が選んだ精鋭社員だしな。旅行と言えど、必ず次の技術に活かせる種を掴んでみせる」


三枝は伸ばした手で空を掴んだ。

その瞳は何時もの粗暴な態度からは思えない、強い信念に満ちた鋭い瞳があった。


「白沢、お前はあっちに行くのは初めてだろうし、迷惑はかけるなよ」

「そんな新参者の僕に、トラベラーズウォッチの入力不足を指摘されたのはどなたですか」

「ははは、今に見てろ。旅のプロだかエキスパートだか何だかしらんが、異世界ってのは地球を旅するのとは次元が違うぞ?」


三枝はとぼけたフリをして、笑って誤魔化した。


程なくして、空港内の異界行きゲートが重々しい作動音を鳴らした。

真っ白で汚れ一つない柱に、それぞれ青色の光の線が宿る。

電子回路のように柱を伝う光の線が四隅に設置された柱とそれぞれリンクを始め、四角柱の空間が出来上がった。

空間内が蜃気楼を眺めたかのようにゆらゆらと歪んでいる。


「三枝部長……あれは?」

「地球には存在しない法則である魔術は、いくら正しい詠唱や術式を生成しても消滅してしまう。

(たい)外世界法則具現化装置(がいせかいほうそくぐげんかそうち)、長いから私らは"鳥居"ってニックネームつけて呼んでるんだが。あの鳥居を同時起動させることで、向こうの世界と同じ法則を柱内だけだが同じとすることができるのさ。研究所内でも同じ仕組みの装置を用いて研究してるんだ」


研究の第一人者である三枝が柱を指して説明を始め、なるほど、と頷く白沢。

JAMICの研究部から毎日聞こえる爆発音はあの鳥居内で行われているのだ。

そしてそんな騒動な割に、常駐の消防隊が動くほどの騒ぎにならないのは、この地球上には存在しない物質が鳥居のエリア外に漏れた際に消滅してしまうから大事に至らないのだろう。


その点を踏まえれば、三枝達のような魔科学者が着る黒衣も、防御面では秀でているが鳥居外に出してしまえばただの布切れと同じになる、ということになる。


漆黒の白衣などと呼ばれて、研究部以外の部署からはカッコイイと評判の衣類だが、万能アイテムというわけではなさそうだ。


「つまり、この世界に存在しない物質もあの柱内で、今満たされているってことですね」

「極小規模だがな。向こうの世界ではありふれている魔力の源、いわゆる"魔力素"や"魔素"だのと言われている物質を満たしてやれば……ほら、この通り……」


ーーブン。


四柱の中央地点に小さな点が現れた。

やがてそれは蠢きながら直線系の光の筋を伸ばし、プログラムされた術式言語を刻み出す。

魔術陣というと円をイメージするが、今、白沢の目の前に完成された魔術陣は円環ではなく四角い魔術陣だった。


「あれに乗って……異世界へと旅立つんですね」


今まで旅行というと飛行機や客船、長距離列車を利用してきていたが、魔術陣を使って転送されるという出発は初めてだったため、白沢の少なからず心は興奮していた。


「スクエア・サークル。私らがこの世界で発動できる術は、四角形なのは知ってるだろ。直線で結べる術式の方が円系の魔術陣よりも科学技術と相性が良いみたいでな。成功確率も3割高かった。」

「成功確率と相性までは詳しく知りませんでした。今回研究部の方とご一緒出来て光栄です」


営業部での仕事は外回りが多かった白沢にとって研究部内での仕事内容や今までの軌跡の話が聞けるのは非常に新鮮味があった。

会社の中では、直接関わることが少ない部署もいくつかあったため、

今回の社員旅行の中で他部署を代表とする人物達との親睦も兼ねておけば、後々顔が効くようになるかもしれないと白沢は考えていた。


「安定稼働率が99.993%越えないと普及の承認も降りないし、維持費や人件費を考えると小型化はまだまだ遠い未来の話なんだよなぁ……くそ」


この転送術式と装置もJAMICの発明品の一つである。

三枝は眉を潜めながら対・外世界法則具現化装置を睨んだ。


「掴めると良いですね、今回の旅行の中で何か一つでもこの世界で使える魔術が見つかれば……」

「簡単に言ってくれるな。向こうは魔術がありふれてる世界だが、千……いや数万に一つだ。実際にこの世界でも有益となるような魔術は、な」


しらみ潰しに探しに掛かるしかない魔術。

それを執念深く観察・研究する研究部門の三枝。

そんな研究を重ねた魔科学の一つである、テレポーターが無事にプロセスを終了させた。

足元に描かれた転移用の魔術陣が光を帯て更に拡大、展開していく。


「さて、何せこの数だ。最初にグループ分けしたように3つのグループに分けて転移するぞー!」


三枝が指示を飛ばすと、社員達は素早く指定されたグループへと纏まった。


一つだけだった四角い魔術陣が2つ、3つ、4つと数が増えていき緻密な術式を、さながらコンピューターが計算をするようにカリカリと刻まれていく。


ゲートに刻まれた電子時計が目まぐるしくカウントを始めた。


この時刻がこれから旅立つ者達の絶対座標と絶対標準時間となる。

何せ時間は常に刻み、時の流れは膨大。

同じ時刻、同じ世界に戻るには印となるものが必要だからだ。

もし、数万秒の1でもずれてしまえば、地球外へと放り出されてしまう、という設があるからだ。

今の所、そういった時間誤差による死者は確認されていないものの、魔科学者の立てる仮設だから証明は出来ずとも、確率としては起こりうると考えており、アザミツゲートに刻まれる時刻を目安にトラベラーズ達は活動する。


日本へ帰還の際は、この絶対標準時間を基準として戻ってくることで、間違って宇宙空間に放り出されることも、戦国時代にトリップしてしまい織田信長やら戦国武将たちの戦に巻き込まれ……と言ったどっきりハプニングが無いことを先に伝えておこう。


「そういえば、白沢。お前乗り物酔いは?」

「?別に無いですけど……」


三枝が悪戯な笑みを浮かべて尋ね、白沢が不思議そうな顔で返した。

足元の魔術陣が高速で回転を始め、異界のウルミラにあるであろう、もう一つの転移用魔術陣と共鳴が始まっていた。


眩く蛍の光に似た無数のパーティクルが放たれ、空港内のこの場所だけが日常とは切り離された幻想的な空間へと染まった。


「くくく、そうか。なら"世界酔い"にも耐えられるか楽しみだ」


まるでこの先の運命を知っているかのような悪魔的な笑みで三枝は白沢を見た。

対称的にアテンダントの可愛い女性は天使の笑みを浮かべて見送りの手を滑らかな動作で振っている。

白沢にはそれが、逆に恐ろしかった。


「えっ?!なんです、それ。聞いてなーー……」

『JAMIC第1グループの転移開始。所定の位置から動かないで下さい。カウントダウン・起動スペル開始ーー3、2、1 システム起動・ウルミラゲート!』


その意味を問う間もなく、テレポーターはナビゲーターの女性の合図とともに発動した。

音と景色が引き伸ばされて、地平の彼方へと収束していった。 



一瞬の無の後、視界が真っ白になった。




ーーこの感覚は、あの時と似ている。

飛行機事故に遭い、仲間が謎の空間へと飲み込まれ、そして自分は落ちていく。


そうだ、あの時の一部を思い出した。

こんな、光に包まれて海に激突する手前で一瞬だけふわりと重力が無くなったかのような不思議な浮遊間。


飛行機の前方部から中間部は無くなったものの、後方部だけ辛うじて形を残したまま、海面へと着水したんだ。


当時の世間は神の御業だと騒がれた。

やがて専門家の間で、気流の関係と水底から発生していた大量の地底ガスが重なり、飛行機の後方部分だけでも着水できたのだと無茶な分析が下され、世間を無理やり丸め込んだこと。

消滅した機体の一部はどこに行ったのかも、全て時間と闇の中へと消え去ったんだ。



なんで、僕は……やっと心の中に封じ込めた感情の鍵を、再び開けてしまったんだろう。


見えない糸がどこかに繋がっているようで、まるで誰かにその運命の糸を手繰り寄せられているようだった。


でも、誰が……?


真っ白な空間、僕は逆さまに落ちていく中、忽然と佇む一人の女性の姿を見つけた。

毛先に青い色が入った金糸の髪を持つ不思議な女性。

顔は見えなかったが、すれ違い様にその美しき女性の唇がにこりと笑うようにつり上がったように感じた。


ようこそ(エスレティア)わたくし(ルペレ)()愛した世界へ(ウルミラシュヴィーレ運命の(オプリア )開花を発動(フォルトゥナ)しました(メゾル)願わくば(アズーラ)あなたが彼を(ダンゼェル)救ってくれることを(カラヴニスト)ーー……』


聞いたことの無い言語で彼女は僕に話しかけた。

だけど、僕にはそれが何と言っているか理解できた。

まるで、映画の中の海外俳優が喋っているのを字幕で認識した時と似たような感じだった。



ーーエミリアグラスフィールド〜第1異世界行ゲート〜


JAMIC一行が転移された先は危険な動物等は全く生息しないのどかな草原"エミリアグラスフィールドという名前の草原地帯だった。

ここは日本から転移されてきた客人だけが最初に訪れることができる、専用の送受転移場所。


異世界から訪れる者は、各世界毎に転移場所が異なっている。

それはこのウルミラとの関係や信頼度、世界情勢により決められているという。

異世界同士、仲のよろしくない関係の世界があるらしく、そういった世界からの来訪者がゲートを使っての抗争に発展しないようにと予め離された土地に転移魔術陣を展開しているのだ。


日本のアザミツ空港(ゲート)は他と比べても景観も良く、安全が確保されている草原となっている。

まるで、RPGの最初のスタート地点のような広大な草原は、こちらに興味を示す人間の間でも人気が高い。


そんな穏やかで癒しスポットとも呼べるエミリアグラスフィールドの景色を眺める前に、白沢伊予(しらさわいよ)は地面に倒れ込んでいた。


「おーい、白沢、大丈夫かー?」

「うぇっぷ……おぼぅぇぇえ!!き、きもちわるーー……っ!!」

「ぶっははは!!いかんな、こりゃ!」


遊園地の珈琲カップでふざけて高速回転させて酔わされた時の、いや、それ以上の不快感と嗚咽が胃の中からウルトラマッハで逆流してきた。


「ほかのヤツらも、ゲロってんな。そして、意外にも下山田は平気なんだよな」


地面に突っ伏したままの者、頭を抱えて蹲るもの、様々な社員の姿を三枝は面白そうに眺めた。

大半数がそうやって世界を跨ぐ長距離転移による弊害に沈み込んだ中、一部社員は三枝と同じようにケロッとした表情で立っている。

過去にプライベートか仕事などでこちらへ来たことがある、所謂リピーターはこの世界酔い(不快感)に慣れているらしい。


「はっはっは。なにせ自分は!リリスたんのライブで5回以上も昇天させられたプロ観客!この程度の世界酔いなど屁ともないですぞ!」


他にも下山田と同種の社員達だけが数名、世界酔いという名の症状を物ともせずに立っていた。


ーーアイドルオタクの執念、マジで半端無い。


「あ、あの……、部長……この気持ち悪さ……なんなんですか……。頭はぐるぐるするし……、平衡感覚掴めないし……う゛ぉぇっ!!」


アザミツ空港(ゲート)内で食べたサンドイッチを耳を塞ぎたくなるような汚い音と共に盛大にリバースしながら、白沢は部長の足を掴んだ。

さながら地獄から這い上がってきた亡者が生者に縋るような構図だった。


「私らの住む世界の法則と、ウルミラの法則が違うからな。初めて来る奴は大抵、最初の景色を拝む前に突っ伏して地面とご挨拶ってわけだ。ははは!!」


呑気に笑いながら説明をする三枝の声も、頭の中でぐわんぐわんと響いて木霊する。

二日酔いよりも酷い。乗り物酔いよりも治る気配が見えない。


これまでかつて、目的地に着いた直後にこんな悲劇に見舞われることはあっただろうか?


ーーいや、無い。


旅先で進められて食べた生野菜で食中毒を起こしたこと、

ボランティア活動先の蚊に刺されて感染症、

何故だか左腕を掠って飛んで行った流れ弾。


旅好きな白沢にとって旅先のトラブルは付き物であったが、こんなトラブルは初めて体感した。


「ふふ……ふふふ……、こんな経験初めて……逆に新鮮でいいかもです……。非日常万々歳……っ!!」


生まれたての小鹿のように震える両足に力を込めて、自力で立ち上がる。

今までに無かった経験は、逆に白沢の冒険&旅好きの心を震わせたのであった。


「ほう、世界酔いに当たって一人で笑いながら立ち上がった奴は私は初めて見たぞ。というかお前はマゾだったのか?」


感心するような、どこか呆れ帰った様子で三枝は白沢を見つめた。

旅好きという言葉は嘘では無さそうだ。

どんな困難に当たっても挫けずポジティブ思考で乗り越える白沢に、三枝は少しだけ好感を持った。


未だ地面に伏したまま立ち上がれない社員も多い。

時間を置いて第2グループも到着し、そして白沢と同じくして初めてこの地に来た者は地面に倒れこんだ。

誰かに支えられながら立ったり、ミネラルウォーターで口をゆすぐ者までいた。


「平気な奴は私みたいに何度か出張でこっちに来て慣れた者や、下山田みたいな魔力耐性が出来上がった奴だな」

「げほっ、魔力耐性……ですか……?」


口元を拭いながら白沢が問い返した。


「さっきも言った通り、この世界にはこの世界の法則がある。そして、私たちの世界には存在しない魔力の元素ーー"魔素"や"魔力素"と呼ばれてる物質が地中から大気中まで漂ってる」


一区切り置いて、三枝は上着のポケットから煙草を出した。

真っ赤な口紅が塗られた唇の先で煙草を加える。

そして左手にはライター、ではなく人差し指と親指。

不思議そうな顔でそれを見つめる白沢。


唇の端を少し釣り上げ、三枝は指を弾いた。


炎を象った魔術陣が一瞬現れ、そして小さな炎が煙草に火を付けた。

白沢は驚いて同じように指を弾いてみるが、何も起こらない。


「まぁ、待て。説明してやる。魔素は口や鼻といった体のあらゆる器官から入り込み、体内の血中に溶け込む。そして分解される成分とされない成分に分かれる。これは個人差があり分解される成分は分解後に魔力へと変換され、蓄積される。分解されなかった魔素は一定時間が過ぎると体外へと放出される」

「アルコールみたいですね。つまり、分解されなかった成分がいつまでも血中に残り……その結果、酔う……つまり世界酔いに繋がるわけですね」


両手をポン、と叩いて理解したというポーズを取る白沢。

顔はまだ少し青ざめたままだ。


「理解が早いな。最初のうちは一度に大量の魔素が洪水のように溶け込むから、あんな風に酔った状態となるが……。まぁ、何度か来ていれば体も耐性が付いて慣れてくるってこった」


三枝は世界酔いの洗礼を受けた社員たちに視線を向けて示唆した。


「で、その魔素分解の速度や個人差だが。魔素は火・風・土・水の基本四属性に加え、派生属性の音やら光やら闇やら電気やら何やらと沢山ある、らしい」

「"らしい"、ですか?」


営業部である白沢は研究部では基礎教養として当たり前の内容には乏しかった。


「まだ日本で研究段階の物が多いから確定は出来てないんだよ。魔素は元の世界に持って帰ることが出来ないからな。私らの世界の物理法則によって、帰還の際に自然消滅してしまうし……。こっちの文献や資料だけで、はい存在しました、なんて見聞きしただけでは研究でも何でもないからな。証明によって暴かれて、初めて確定事項なんだ」


頭を掻きむしりながら煙草の煙を一気に吐き出す三枝。

研究部の方は研究部の方で、抱えた難問があるようだった。

営業部である白沢は、研究部の研究員達が日々呻きながら、頭を悩ませている理由をここに来てようやく分かった気がした。


「ーーと、話がそれたな。分解された魔素にはエネルギーがある。その分解され、蓄えられたエネルギーこそが個人の得意とする属性ってやつだな」


もう一度、今度は手のひらを上に向けて三枝は呪文を唱えた。

自分の中に蓄えられた魔力に意識を伸ばしスイッチを入れる。


「"イグナイト"」


三枝の声が魔力を帯びて反響した。魔術が発動する合図だ。

周囲に漂う大気中の魔素と血中魔素が摩滅反応を起し、辺りの空間が蜃気楼のように一瞬歪んだ。

先ほど指先から現れた魔術陣と同じ、しかし大きさは二周りほど大きな陣であった。

ぼうっと揺らめく炎が回転する魔術陣から放たれた。


「こっちでは円形の魔術陣は簡単に生成できるんだけどなぁ」


三枝はウルミラの世界の法則を羨ましそうに、自分が生成した魔術陣を見つめた。

魔科学によって生成された術式は四角形、純粋な魔術を魔素から発動したものは円形。

見た目から判別するには、魔術陣で目視すればいいのだと白沢は思った。


「私は自分の血液をこっちに来て採取し、分析した結果、どうやら火属性の魔素を20%分解できることが分かった。12%は風の成分を含む魔素も分解出来ているから、なんとかきっかけを掴めば風属性も扱えるようになる、らしいと踏んでいる」


そう言って発動させた炎を握りつぶして消し去る三枝。


「熱くはないんですか?」

「体内の血中魔素濃度によって同じ属性の魔術は耐性が出来てる、ようだ。すまんな、憶測ばかりで研究者として断言できないのが悔しいが……。現在の我々の研究は未だ手探りのものも多いんだよ」


「いえ、やっぱり三枝部長は研究者で素晴らしい方ですよ。営業部が専門で、研究に疎い僕でも噛み砕いて説明してくれましたし」

「出たよ、営業部の褒め殺し作戦に必殺スマイル。それで他社から仕事奪って来てんだろ」


ニヤニヤと煽てには乗らないといった顔で三枝は、白沢を肘で突いた。

しかしどこか嬉しそうな表情が見え隠れしているから、研究者として褒められると素直に嬉しいのだろう。


「ちなみに、私と同じ火属性を持つ部下に、こっちでアルコールランプの火を素手で消させてみせたが火傷一つなかった。しかし、それ以上の火、いや炎となると火傷した。自分の分解できる魔素濃度によって耐性レベルも変わってくるようだ」

「ちょ、あなた部下になにさせてるんですか!?それ人体実験じゃないですか!!」

「BBQで使う炭の中に放りこんでみただけだ。さすがにキャパオーバーってやつだったか。ははは」


ーー悪魔だ、この人。研究と称して普通に人体実験に踏み込み、さらりとそれをこの場で言うあたり悪気が無さそうだ……。


煙草を吹かしながら満足げに笑う三枝研究部長。

肉体的にも精神的にも辛いのは営業部も同じだが、三枝はやばい。マッドサイエンティストの素質がある。

彼女に付いていく部下の研究員達はさぞ大変であろう、と白沢は心の中で合掌した。


「そ、それじゃあ僕にもなんらかの魔術がウルミラだと使えるんですね」


話題を変えて、自分にも宿るであろう属性という響きに心無しか気分を盛り上げる。


「使え無いやつもいるぞ。全属性の魔素を体内で分解出来ない人間もいる。こればっかりは酒に酔いやすい、酔わない体質と同じで個人差だからな」


盛り上げた気分を瞬間的に0まで落とされた白沢は、自分の手を見つめた。

三枝と同じように指先を擦ったり、手のひらを翳して呪文を唱えてみたりするものの火や炎が現れることはなかった。


「……どうやら僕は火属性の魔素は分解できてないみたいですね」

「ま、気を落とすな。体内に取り込んだ魔素を発動させるスイッチ……いわゆるコツみたいなもんが掴めてないだけで存外使えるかもしれんしな」

「僕、火が良いいな……かっこいいし」

「なにかしらはあると思うけどな。一人で世界酔いから早く克服できたのも、今回お前が一番だったし」

「だと、嬉しいんですが……そういうもんでしょうか」


旅雑誌にもここまで詳しく魔術やウルミラの法則についてまでは書かれていなかった。

どちらかといえば、景色や建物、食べ物や人種についての写真が多く、ウルミラのことを知るには実際に足を運んだ方が早いとまで旅行者の間で言われてきた。行けるものなら(・・・・・・・)

そもそも、地球からウルミラに行くには、まず日本のアザミツ空港まで辿り着かなければならず、しかも異界行きというチケットはべらぼうに高い。

本土からアザミツまでのチケットで20万円。ウルミラの宿代込み往復チケットで約300万円(オフシーズン時)だ。

日本以外の海外勢にとっては日本までの航空代金が高く、海外からウルミラへ旅行へいったという人間はまだ数が少ない。

当の日本人でさえ、往復チケット300万円という壁はでかく、金に余裕のある富裕層しか足を運べない理想郷とまで謳われている。


そんな、目玉が飛び出そうなプライスを200名以上の社員に特別休暇として無償で与えてくれるJAMICという会社は、いかに巨大な組織かお分りいただけただろうか。

無論、アザミツ空港内に設置された対・外世界法則具現化装置はJAMICの発明であるのに加えて、ウルミラとのコネクションがあるから旅行会社が作ったトラベルパッケージの相場よりは格段に安いはずであるが。


地球上での旅行の際には、代理店を通さずに自分で格安のチケットを毎回自力で獲得していた白沢は、ウルミラ行きのチケット相場から実際のパッケージの原価に近い値段を頭の中で割り出し、今回のJAMICが負担した額を大まかに計算してみる。


ーー本土からアザミツまでの飛行機は自社専用機(ジャンボジェット)を使用。空港使用料や燃油サーチャージは自社割引適用。テレポーターの起動が計3回にしても、自社の特別設定価格で転移できたし、魔王城での宿泊代金も上層部の人が団体割引とコネでごにょごにょしたって言ってたし……。


カチャカチャ、チーン。


白沢の脳内レジスターが結果を弾き出す。


おおよそ6000万程だろう。


ーー社員旅行4日間(しかも異世界(ウルミラ)行き)で6000万。JAMICって社員・研究員はオタクばっかだけどやっぱり凄い。そんな組織を纏めてぽんとお金を出す上層部もネジが飛んでいると思う。


「ね、ねぇ玉夫。ほんとに今回の社員旅行、一銭も払わなくてもいいんだよね、僕ら?」


こそこそと耳打ちをするように、下山田に尋ねてみる。

給料から天引きとか無いだろうか。と白沢は少し恐れをなしていた。


「ははは、伊予殿は今まで何でもかんでも自分一人でこなしてきたから疑心暗鬼になりすぎですぞ!デュフフ、今回のライブも全部会社の経費でチケット購入が許されましたしな!!」


過去にもライブに来たことがあると言っていた下山田の言葉に嘘は無いだろう、と白沢は安堵した。


「あのライブもかなり特殊でな。魔族が歌う魔唱には、魔術とは別の魔導術と呼ばれる力が宿っている。上の連中は魔導にも興味を持ち出してるから、それらに関わることなら、何でも経費で落としていいとのことだ」


各研究部の代表責任者兼、魔科学を専門とする三枝は上層部との関係も近く、その内部の動きも他部署の人間よりかは詳しい。

言わば三枝響子という人間はJAMICの上層部と下層部の間を繋ぐ、重要なパイプ役の一人とも言える。

異世界(ウルミラ)との関係や技術研究・魔術調査をするよりも、地球上のあらゆる会社や役人とのアポ取りやセールスをメインとする白沢の営業部はJAMICの中では最もウルミラとの関係が遠く浅い部署であった。


「何というか、よく営業部の重役人でもない僕が今回の特別休暇の旅行に連れてって貰えたなぁ……と」

「それだけお前が期待されてるってことだろ。光栄に思うんだな」


ーー果たして、本当にそうなのだろうか。


三枝の言葉に疑問が残る。


「……確かに自分はJAMICに入社と同時に地球の裏側までいきなり営業に行かされたり、中東まで極秘重要書類を届けてくれって言われて単身紛争地まで乗り込んだこともありますが、それだけで上は僕のことを過大評価しすぎじゃないですか」

「いやいや、十分ですぞ伊予殿」

「十分すぎる結果と成果だろ」


片手をフリながら下山田と三枝が同時に突っ込んだ。


「ウチはこんな異世界との線を繋ぐ組織。命かけての仕事だし、何事も無く生還したお前は若いながらも実力は認められてるんだよ」

「そう、なんでしょうか?ていうか、もう27ですよ僕。あはは……」

「社会からみりゃ、お前ら二人ともまだガキだよ」


照れ隠ししながら、白沢は後ろ頭を掻いた。


そんな話の中、ようやく3回目の転移魔術陣が開いた。


「三枝部長ぉーっ!!全グループが到着しました!!」

「お、ご苦労。えらく最後は時間がかかったな」


第3グループのリーダーと思われる、女性が駆け寄ってきて報告を述べた。


「第2グループまでは順調にテレポーターの起動が進んだのですが、私たちの番になって鳥居内の魔素濃度が一時的に上昇してしまって、一定濃度に収まるまで時間を置いて、再起動してからの転移となったんです」


要所を完結に纏めて女性が報告を終えた。

背が低く幼い容姿ながらも背筋をピンと伸ばし、はきはきとした声色はまるで軍人のような印象を受けた。

敬礼でもしたら、さらに似合いそうだと白沢は思った。

一瞬だけ目が合い、向こうがお辞儀をしたので白沢はにこりと微笑んでおいた。


報告を受けた三枝がふむ、と呟いて考える仕草をとった。


「短時間内での転移を続けた事と、一度に転移させた人数が多かったんだろう。ゲートが繋がった瞬間にウルミラ(こっち)の魔素がこのゲートを通じて、アザミツ空港内に流れ込んだ」


三枝の説明を聞いた下山田が、なるほどと感づいたようにメガネを反射させた。


「しかし、地球上では対・外世界法則具現化装置内以外では魔素は、物理法則によって掻き消されてしまいますからなぁ。次からは転移後は随時テレポーターと装置を切って、一度四柱内に溜まった魔素を浄化させた方が良さそうですな」


研究員の二人が納得して頷くも、難しい言葉に白沢と報告に来た女性は顔を傾げた。


「何かアクシデントでもあったみたいですが、僕たち無事に日本へ帰れますよね」

「まぁ、問題ないだろう。過去にも魔素率上昇はテレポーター内であったしな。一応上には報告と対処を私から連絡しておく」


そう言って三枝は通信用超薄型デバイス"Reporter-Card"、通称リポーターをポケットから取り出した。

報告に来た女性は、一度礼をしてから自分のまとめるグループへと去っていった。


「あ、ここ電波入るんですね」


白沢も同じように、自分のリポーターを取り出した。

電波の強さを示す柱はMAXで5本。その内の4本が立っている。


「圏外地帯ももちろんあるが、JAMICの魔科学力でここら辺とホテル、あと有名な観光地帯には中継機を建てた。ツイッターとかインスタとかソシャゲーも普通にできるぞ」

「ちなみに異世界と日本間での通信料金はどうなるんです?大分昔、海外旅行でパケ死したことあるんで、僕……」

「旅のエキスパートじゃないのか、お前。そういえばお前にはまだ渡して無かったな。会社用のリポーターだ。プライベートのは使うな、料金は会社が全部出してくれるとさ」

「周りが勝手にそう呼んでるだけですって。経験を踏まえた上で、今の僕があるんです。あ、どうもありがとうございます」


三枝から会社用の、おそらく今回の社員旅行仕様にカスタマイズされているであろうリポーターを受け取った。

表面にJAMICのロゴマークが磨りガラスのように刻まれている。

試しに起動してみると、電源が入ると同時にJAMICのロゴは消え去り、透明だったカードが色づく。

詳しい仕組みは分からないが、魔科学のシステムで刻まれたロゴを不可視にすることは可能だから、応用しているのだろうと白沢は考えた。


「このリポーターもかなり日本国内で浸透しましたね」

「魔術融合部と技術部の愛の決勝ですぞ!開発中は自分の体重が120Kgから80Kgまで落ちましたしなぁ」


感慨深く下山田がつぶやいた。


1世紀ほど前に流行ったスマートフォンなるものをさらに薄型化させ、ビジネスカード大ほどの大きさと、数ミリの厚みしかないデバイスだ。

ほぼ無色透明だが、電源を入れるとReporter-CardのOSである"SV-Continents"が起動し有色となる。

四隅に埋め込まれたナノマイクロチップがタップした場所の座標を感知し、レスポンスを返す。

ナノマイクロチップ内の回路サーキットに電気の属性を持つ術式をインプットしており、魔術式が長期使用により磨耗・消滅するまで使える。

要は、バッテリーはナノマイクロチップ内の術式が切れるまで充電不要の使い捨て。

大体3ヶ月くらいは使える。(小細工すれば半年使えるが、ビジネスとして利益を得る必要があるので世間では3ヶ月毎の交換として販売しているのだ)

バッテリーが切れそうになると、要交換のサインが右上に表示される。

持ち主は、バッテリーが完全に放電してしまう前にアカウントと引き継ぎ用データをクラウドにアップロード。

次のリポーターを購入→使用→3ヶ月後に交換、というサイクルになっている。


魔科学アイテムの一つであり、JAMICが作った一つの作品である。

魔術と科学を融合させた、次世代機器。

このデバイスの担当者の一人が、白沢の隣で鼻息を荒くしている下山田である。


魔術融合部は地球上で消滅してしまう魔素を、いかに最先端技術と合わせて消滅までの時間を遅らせることが出来るかが鍵だと、下山田が前に言っていた。

さすがにその方式まではトップシークレットで営業部である白沢には教えなかったが、全く法則の違う世界の物質を地球上で時限式だが存続できているのは下山田が所属する魔術融合部の賜物である。

それこそ、三枝が説明してくれた対・外世界法則具現化装置を小型化できれば魔素と術式を利用した永久機関ができるかもしれない。


悔しいかな、今の時代でも未だ永久機関なんて物は発明できていない。


「そういや、玉夫」

「んん、なんですかな?」

「転移される時に辺な映像見えたりした?真っ白な空間で、女の人が立っててさ……」


転移直後に視たイメージを白沢は下山田に伝えた。

あれは一体なんだったのか、転移時の衝撃で脳が勝手に見せた夢かもしれない。


「はて、自分には何も見えませんでしたぞ。いつも通り瞬きした瞬間にはこっちに着いてる感じですしな」

「そっか、ならやっぱり夢かな。脳が勝手に作り上げたイメージ……か」


きっと初めての異世界旅行で頭も心もびっくりしたのだろう、と白沢はそれ以上深くは考えないようにした。

慣れない土地に着いた時は眠れない時もあったし、夢に魘されることもあった。

その類だろう、と。


「ま、いいや。三枝部長が上に連絡入れてる間、まだ時間あるよね。ちょっとだけ向こう行ってくる!」


視線をちらりと、丘の先にやる。

あの丘に上がれば、一望できるはずだと白沢は思った。


「勝手な行動は慎むべきだと言われたのに……。まぁ、すぐに戻ってきてくだされ。あの様子だと10分もかからないですぞ」


小声で三枝の様子を伺う下山田。


「さんきゅ!5分ですませる!!」


軽く手を振り、数十メートルほど離れている丘まで全速力で走った。

心なしか体も軽い気がする。


草原の一部が盛り上がった丘に上がれば、景色を一望できるだろうと白沢は思っていた。

到着してすぐの世界酔いに苛まれ、初の異世界旅行だというのに景色を見渡せていないのは、旅好きとしては物哀しい。


是非とも、見晴らしの良い場所で一枚写真を撮らなければ、と白沢は心に決めていた。


「荷物だけ別に城へ転移させてもらったし、軽装備で動けるのは最高だな」


特に障害も無く、丘に上り詰めた白沢は両腕を広げて風を仰いだ。

気持ちの良い風が吹き抜ける。

空には白い翼を持つ鳥がさえずりながら舞っていた。


視線を動かせば、映画の中に迷い込んだかのような景色が一度に目に入った。

さらに目を凝らしてみれば、巨大な大樹にクリスタルが生えた奇妙な植物。

太陽とは違う光の球が揺らぐ、都。


そして、これから先向かう予定の魔王城。

山の上に聳え立つ漆黒の城。

背後には巨大な岩山が顔を覗かしており、不気味さが漂う。

難攻不落の城、という言葉が似合う。



「やば……なんだか、本当に闇の住人が住んでそうな雰囲気の城なんだけど……。本当にあそこに泊まれるのか?」


北西に佇む魔王城だけが昼間なのに異様に、周囲が暗い。

太陽光は燦々と降り注いでいるのに、そこだけ光を跳ね除けているようだ。

この辺りに浮かぶ雲にしたって、真っ白で青空とのコントラストが美しい。のに、魔王城の上空だけ夕日が落ちたように全体的に紫がかっており、雲も地球ではみたことの無い、毒を含んでいそうな赤紫色をしている。


「久々に、わくわくしてきた」


武者震いを抑えるように両手で拳を作る。

もう地球上では旅行で行くところなど、殆どなかったほど歩いてきた白沢はウルミラの全てが真新しく、新鮮であった。

JAMICの特権を使い、余すところなくウルミラを、しかも下町ではなく魔王城に宿泊できる。

まだ旅行会社でも見つけていないような情報や景色、さらにはグルメ処も発掘できそうな予感に心が昂り出した。


「みんなと出来なかった、あの時の旅の分まで……。僕はみんなの分まで背負って旅、するね」


胸ポケットにしまっていた小さなスケジュール帳を開いて、古ぼけた紙を取り出した。

ネット新聞で10年前に、世界同時に拡散された記事を印刷したものだった。


【2095年8月17日旅客機墜落 機体の一部が消滅 行方不明者113名 生存者3名 死者数ーー--】


掠れ、破れて文字が読めなくなった所も多い。

政府の陰謀か、テロか、動向は一切わから無いが現在ではこの事件に関する記事はネット上でアクセス出来無いようになっている。

ニュースページが削除された今、白沢が当時の事件を記したもので所持しているのは、この記事くらいだ。


記事を胸に充て、瞳を閉じて亡くなった友たちへ黙祷を捧げる。

旅先に着いた時、必ず行う祈りと行為であった。


5人の中で自分だけが生き残ったのならば、彼らの分まで精一杯生きよう。


舞斗(マイト)

竜子(リュウコ)

あっちゃん

笑真(エマ)


瞳の裏に浮かぶのは、年を取った自分の今の姿と、17歳の頃で成長が止まった彼らの姿。

彼らが生きていたらどんな人生を送っていたのだろうか。



結婚していただろか。子供が出来ていただろうか。仕事に没頭していただろうか。夢だったピアノの先生になっていたのだろうか。




ーー彼らが果たすことが出来なかった、人生の旅を僕は続けようーー



風が応えるかのように、白沢の頬を撫でて去っていった。


「それじゃあ、旅を楽しもうか。みんな」


閉じていた瞳をゆっくりと開けて、目的地の魔王城を見据えた。

ゲームや映画みたいな、武器や防具なんて無い。

着ているのは、この景色に似つかわしくないいつものスーツ姿。


なんともアンバランス差が浮き立つ景色の中、白沢はリポーターにインストールされているカメラ機能を起動させて一枚の写真を収めた。


ファイル名を付けて保存のボタンを押す。

入力用の仮装キーボードがリポーター上に照射された。


タイトルは[僕の初めての異世界旅行]と入力した。

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