第8話 母親のボイスメッセージ
一人暮らしを始めてから数ヶ月が経った。実家の母親は過保護で、毎日のように連絡をよこしてくる。
母親はなぜかボイスメッセージの機能を気に入っており、いつもこの機能で録音した声を送ってきていた。
少し鬱陶しいが、それでも母の愛に感謝しながら私は短く返事をするのが日課だった。
ある日の深夜、その日も母親から一本のボイスメッセージが届いた。
私はベッドに寝ころびながら再生ボタンを押した。
スピーカーから、ざらざらとした激しい砂嵐のようなノイズが流れる。
続いて、母親の声が聞こえてきた。
「もしもし? 今からそっちに行くからね」
いつもの優しい声。だが、どこか違和感がある。
まるでAI音声のような、イントネーションとアクセントの不自然さ。
よく知っている声であるだけに、それが妙に不気味に感じられた。
それに、今から行く、とはどういうことだろう。もう時間は深夜だ。こちらに来るという話も特に聞いていない。
不審に思っていると、さらに「あはは、あはは、あはは」という感情のこもっていない不気味な笑い声が聞こえてきた。
何かがおかしい。ぞっとして音声を止めようとするも、画面が固まり、操作を受け付けない。
ノイズが一段と大きくなり、母親の声が急激に歪み始めた。
「今から行くから、今から、い、い、い、く、く、か、ら、ら、ら……」
バグったように同じ言葉を繰り返す母親の声が、徐々に低く、濁っていく。
やがてそれは、何十人もの老若男女が同時に呻いているような、おぞましいものへと変化した。
「おかあ、さんだよ。わたしの息子ぉぉぉ……」
数百人が同時に喋っているような、恐ろしくグロテスクな声。
そこで、再生は止まり、再びスマホを操作できるようになった。
いろいろと動かしてみるが、おかしなことは何もなく、いつも通りだ。
母親からのボイスメッセージも、依然としてそこにある。
だが、再びそれを再生する勇気は、私にはなかった。




