第65話 スマホの位置情報
「あなたの安全のためだから」
私は母親にそう言われ、半ば強制的にスマホの『位置情報共有アプリ』をインストールさせられた。
母はとある新興宗教の熱心な信者で、教団の集まりなどには足しげく通っていた。
だが、その宗教は客観的に見てもはっきり言って怪しげなカルト教団であり、全く信用できなかった私は、母とも教団ともできる限り距離を置いて生活していた。
それからだった――私が神社や寺院の敷地に少しでも近づくと、見知らぬ不審なアドレスから、大量のメッセージが届くようになったのは。
『それは罪です』『そこは穢れた場所です。すぐに離れなさい』
おそらく、あの位置情報共有アプリのデータが教団側に漏れているのだろう。
毎回毎回、「教団にとって良くない場所」に近づくだけで執拗に届く警告メッセージに、底知れない恐怖を感じた私は、ある日こっそりアプリを削除することにした。
しかし。
数日後、スマホを開くと、完全にアンインストールしたはずのあのアプリが、なぜかまた画面の中に存在していたのだ。
母親の仕業だろうか。
次はスマホのロック画面のパスコードも変更し、顔認証も設定して「二段階認証」を必須にするという徹底的な対策を取った。
だが、そんな私の努力も虚しく、消しても、消しても、数日経つと何故かあの位置情報共有アプリは、ウイルスのように勝手にホーム画面に復活していた。
いい加減に我慢の限界がきた私は、母に直接抗議をすることにした。
「いい加減にしてよ、お母さん! もう二度と、こんな気持ち悪いアプリ入れないで!」
私は位置情報共有アプリを開いたままの画面を、母の目の前に突きつけて怒鳴った。
だが、母はキョトンとした顔を浮かべて、不思議そうに言った。
「何の話?」
詳しく問い詰めてみると、母がアプリを入れたのは最初だけで、本当にただ私の安全が心配だったからだという。
教団についても、以前は深く信じ込んでいたが、最近はその過激な思想や多額の寄付金要求に付いていけなくなり、とっくに距離を置いて集会にも一切参加していないらしい。
私は母が洗脳されていなかったことに心底ホッとした――
だが、同時に全身から血の気が一気に引いていくのも感じた。
母が仕掛けたのではないのだとしたら。
――私のスマホのセキュリティを突破し、何度も何度も勝手にアプリをインストールし続けていたのは、一体、誰なのだろう。
ドンドン、ドンドンドン!
突然、家の玄関のドアが、外側から壊れそうなほどの勢いで激しく叩きつけられた。
「○○さん、お喜びください。あなたの娘さんが『捧げもの』に選ばれました」
濁った無機質な男の声が、ドアの向こう側から大音量で響き渡る。
私は母と顔を見合わせる。二人ともあまりの恐怖に声も出せず、その場から一歩も動くことができなくなった。
なおも激しい打撃音が響き渡る。
ふと、位置情報共有アプリをみると、「狂信者たち」の現在地を示す真っ赤なピンが、家の周りを逃げ場のないほど完全に埋め尽くすようにして、数十個、蠢いていた。




