第64話 スマホの音声アシスタント
深夜2時。静まり返った自室で一人で作業をしていると、机の上に置いてあったスマホが突如、ピピッ、と無機質な電子音を鳴らした。
「すみません、よく聞き取れませんでした。もう一度お話しください」
滑らかな女性の合成音声が静寂を引き裂き、スマホには音声アシスタントの入力待ちの画面が表示されていた。
「何も言ってないぞ……」
私は呆れ混じりに小さく呟き、スマホを伏せた。
こういった誤作動は珍しいことではない。だが、大抵はテレビの音や私の独り言に反応してのものだ。今のように、完全な無音の空間で反応されると、さすがに少しだけ薄気味悪さを感じる。
しかし、やはりただの誤動作だろう。
そう自分を納得させた私は、気を取り直して再び机に向かい、作業を続けた。
しかし、それから数秒後のことだった。
ピピッ。
またあの電子音が鳴った。
不審に思ってスマホを表に返すと、画面の下部で、音声を感知するマイクのインジケーターが細かく波打っていた。
完全な無音のはずの部屋で、「何かの音」を執拗に拾い続けているのだ。
やがて、画面の中央に、リアルタイムの文字起こしテキストが静かに表示され始めた。
ぽつり、ぽつりと、一文字ずつ――。
『う』
『し』
『ろ』
『に』
『い』
『る』
『よ』
不気味な文字が、ゆっくりと画面に表示されていく。
ぞくりと肌が粟立ち、急いでアプリを落とそうとする。しかし、私の指の入力は完全に無視され、インジケーターの波形はさらに激しく、狂ったようにうねり始めた。
『こっちをむいて』
『ねえ』
『はやく』
画面が、その悍ましい文字列で埋め尽くされていく。
それと同時に、背後から冷たい気配を感じる。
絶対に、後ろを振り返ってはいけない。人間の本能が、全力でそう告げていた。
――だが、次の瞬間。
私の手の中で、いつもと変わらぬ、あの平坦で無機質な合成音声が、静まり返った部屋中に響き渡った。
「『早く殺したいから、振り向いて』と、言っています」




