第61話 スマホの現在地
ある日の夜、会社から帰宅した私は、スマホをどこかに置き忘れたことに気が付いた。
焦った私は急いでパソコンを立ち上げ、クラウド経由で端末の位置情報を特定できる位置確認サービスを開くと、『デバイスを探す』のマップ機能を使った。
画面の地図の上に、私のスマホを示す青いピンが点灯する。どうやら、スマホは今まさに移動しているようだった。
誰かが拾ってくれたのだろうか。このまま落とし物として交番などに持って行ってくれるとありがたいのだが。
私は祈るような気持ちで画面を見つめ、ピンの行く末をじいっと見守っていた。
だが、ピンの軌跡をしばらく凝視しているうちに、その動きが奇妙であることに気が付いた。
このルートは、私が今日歩いてきた、会社からの帰り道そのものだった。
全く別の方向へ逸れることなく、正確に私の家へと向かうルートを辿っている。
さらに画面を拡大した瞬間、私は喉の奥が引き攣るほどの恐ろしい事実に気が付いた。
このピンは、ただ単純に私の帰宅経路をなぞっているわけではない。
私が今日、帰る途中で行った、「細かな動き」まで、すべて不気味なほど綺麗にトレースしていたのだ。
途中で買い物に寄ったコンビニでは、全く同じように敷地の脇道へと逸れ。
信号が変わりそうになって私が小走りになった場所では、同じように少し早くなり。
果ては、夜風に当たるために公園の前でほんの数秒だけ立ち止まった時間まで――きっちりと、おそらく寸分違わず、完全に再現されていた。
少しずつ、確実に私の住む部屋へと近づいてくる青いピン。
比例するように私の恐怖心も膨れ上がっていく。
画面の中で、ピンがついに私の部屋の目の前でピタリと重なった、まさにその瞬間だった。
カツン、と小さく、1回だけ玄関のドアが叩かれるような無機質な音が響いた。
心臓が止まるかと思った。私は痴漢撃退グッズを握りしめ、震える手で意を決して玄関のドアを勢いよく跳ね開けた。
しかし、外の薄暗い廊下には誰もいなかった。
ただ、冷たいコンクリートの床の上に、私のスマホがぽつんと1台、落ちているだけだった。
まるでスマホが意思を持って、自分で歩いて帰ってきたようだ。
何にせよ、怖い幽霊や変質者が待ち構えていたわけではなくて、本当によかった。
そう思った直後。
私の耳元のすぐ後ろの至近距離から、「やっと出会えた」という、くぐもった男の囁き声が、はっきりと聞こえた。




