第59話 深夜の無人駅
旅行の途中、見知らぬローカル鉄道の終電に慌てて飛び乗った私は、山奥の聞いたこともない無人駅で降ろされ、そこで完全に電車を間違えたことに気が付いた。
周囲は完全な暗黒に包まれており、古びた木造のホームの寂れた電灯以外、一切の明かりが存在していなかった。
仕方なくタクシーでも呼ぼうとスマホを取り出してみるが、画面には無慈悲にも『圏外』の文字が、暗闇の中で厭味なほど明るく光っていた。
壁に貼られた古びた時刻表を見るも、やはり終電はとうに過ぎている。
ここで、たった一人で一晩明かさないといけないのか――そんな絶望的な考えが脳裏をよぎる。
しかし、周りを見渡しても、ほんの数メートル先さえ見えないような、完全な暗闇だ。
こんな状況で、むやみに歩いて人里を探すなど、絶対に不可能だった。
あきらめてホームのベンチに腰掛け、しばらく呆然としていると、遠くのほうから、「ガタゴト、ガタゴト」と、レールを激しく叩く音が聞こえてきた。
まさか、と思い、ホームの端まで行って線路の先を覗き込んでみる。すると、暗闇の奥からうっすらとヘッドライトの光が、こちらに向かって近づいてくるのが見えた。
電車だ。
だが、終電は終わっているはずだ。回送列車か何かが、そのまま通り過ぎるのだろうか――そう思っていると、一本の古びた車両がキィィと音を立ててホームに滑り込み、静かにそのドアが開かれた。
不思議に思ったが、それ以上に「助かった」という思いが勝り、私は突き動かされるようにしてその電車に乗り込んだ。
少なくとも、あの真っ暗な無人駅に一人で取り残されるよりは、酷い場所に行くことはないだろう。そう信じていた。
だが、私は安堵したのも束の間、すぐさま自分の判断を激しく後悔することになる。
乗り込んだ瞬間に、強烈な「腐臭」がツンと鼻を衝いたのだ。
驚いて周りを見渡してみて、私は喉の奥から声にならない悲鳴を上げた。
座席の上にも、通路の床の上にも、衣服を身に着けた無数の「腐乱した死体」が、ゴミのように折り重なって転がっていた。
さらに、窓ガラスやドアの表面には、赤黒い血の跡がべっとりと付着している。
それを見た瞬間、最悪な予感が脳裏をよぎった。
この無数の血の手形は――
かつてこの列車に閉じ込められた乗客たちが、どうしても外に出られず、発狂しながら何度も、何度も自らの手を激しく叩きつけた痕跡ではないのか。
どこに行くかも分からない。いつ降りられるかも分からない。
この列車は、迷い込んだ人間を閉じ込めて、死ぬまで離さない、そんな『走る棺桶』ではないのか。
私はすぐさま電車から降りようと踵を返し、今入ってきたばかりの乗降口へと手を伸ばした。
プシュー。
私の指先が触れるよりも早く、重い鉄のドアは完全に閉まり、冷酷に施錠されてしまった。
私がどれだけドアを叩いても、びくともせず、ただ列車は動き出した。




