↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代怪談短編集 霊話百物語  作者: ナハ子
【6章 旅先・乗り物の怪異】
63/79

第58話 深夜のフェリー

午前2時、本州へ向かう深夜の大型フェリーの展望デッキに、私はひとりで立っていた。

気が付くと、船はすっぽりと、恐ろしいほど濃い海霧に包まれていた。海面も、星空も、何一つ見えない。

水平線も境界線もすべて失った船は、まるで真っ白な虚空の中にぽつんと浮いているような、不気味な浮遊感を漂わせていた。

ただ、乳白色の闇の奥で、船のエンジン音だけが虚しく響き渡っている。


ふと、ポケットの中でスマホが小さく震えた。

画面を見ると、電波は完全に『圏外』と表示されている。それなのに、何故か1通の不審な通知が届いていた。


「なんだこれ……」


呟いた瞬間、静まり返った霧の奥から、奇妙な音が聞こえてきた。


ザ、ザザザッ――。


それは波の音などではなかった。テレビの画面が乱れたときに聞こえるような、無機質なグリッチノイズだ。

驚いて霧の向こうを凝視する。スマホのライトを向けて照らしてみると、白い闇の中に、いくつかの「人影」が立っているような気がした。


不思議な感覚に陥りながら、私は何気なく船べりまで歩み寄り、手すりから海面を見下ろしてみた。

航跡が白く泡立つ海面に、何か妙なものが見える。


先ほどの霧の中の人影と、何か関係があるのだろうか。

スマホのカメラを起動し、海面をいっぱいまで拡大してみる。

そこに映った映像を視認した瞬間、私は呼吸を忘れた。



そこにいたのは、スーツを着た無数の「真っ白い人間」だった。

彼らは霧の立ち込める海の上に、重力に逆らうようにして直立しながら、フェリーの巡行速度に合わせて、ゆっくりと平行移動していた。


さらに不可解なことに、彼らの身体の輪郭は、まるで壊れた映像のノイズのように左右へ激しくブレ続けている。

そして、その真っ白な人間たちは全員が、手にしたスマホの画面の明かりで、自分の霧に溶けそうなくらい白い顔を、下からぼうっと照らし出していたのだ。


その時、私の手の中で、再びスマホが震えた。

通知画面を開くと、そこに表示されたのは、他でもない、自分自身の番号から届いた1通のメッセージだった。


『お疲れ様です。席、空けて待っています』



画面からゆっくりと視線を上げると、海面を滑る霧の中の「彼ら」が、一斉に首をこちらへ向けてきた。


スマホの光に照らされた、その無数の白い顔の中に。

私とまったく同じ顔をしたスーツの男が、ノイズでブレた笑顔を浮かべながら、私に向かって嬉しそうに手を振っているのが、はっきりと見えた。


ここはもう、現実の海ではない。あまりにも濃い霧が、世界の輪郭を失わせ、すべてを曖昧にしてしまった。

ふと足元を見ると、私の靴の先が輪郭を失い、ゆっくりと乳白色の霧と同化して、溶け始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。