第55話 深夜の最終新幹線
出張の帰りが遅くなり、私は東京発の最終新幹線に滑り込んだ。
指定された車両に入ると、車内は不気味なほど静まり返っていた。私以外に乗客は数人しかおらず、まばらに座っているだけだった。
疲れ果てて空いている席につき、電車特有の心地よい揺れにうとうとしながら、ふと前方の壁面のデジタル時計を確認する。
時計の表示は、すでに深夜の0時を回っている。
こんなに遅くなってしまったのか。それは疲れるわけだ――と、ずっしりと重い身体をシートに深く預けて、ため息を吐いた。
だが――私は、すぐに妙な違和感に気が付いた。
確か、日本の法令や運行規定では、新幹線の午前0時以降の走行は原則として行わないはずだ。
鉄道の知識にはあまり詳しくはないが、そうそう例外などないだろうし、あったとしても、特に事件が起きたわけでもない今日のような、至って平凡な日にあるはずがない。
不審に思い、新幹線の現在の運行状況を確認しようとスマホを操作した。
しかし、画面の隅には、いつの間にか『圏外』の文字が表示されている。
車窓の外は真っ暗で気づかなかったが、長いトンネルにでも入ったのだろうか。じいっと目を凝らして窓の外を見てみるが、あまりに深い暗黒すぎて、トンネルなのかそうでないのかすら判断がつかない。
マップアプリを開いてみるも、画面は『システムエラー:未登録区域』と表示され、地図データが存在しない真っ暗な虚無だけを映し出していた。
なんだ、この新幹線は。一体、どこへ向かって走っているのだ――。
強烈な不安が心の底からこみ上げ、私は得体の知れない恐怖に身を支配されていった。
――コツン……コツン。
その時、静まり返った通路の奥から、革靴を鳴らしながら歩いてくる「車掌」の姿が見えた。
よかった、車掌が来た。
今ここがどこなのか、この新幹線は何なのかを尋ねようと、私は藁にもすがる思いで席を立った。
――だが、私は、恐怖のあまりそれ以上一歩も動くことができなくなった。
通路をこちらへ向かってくる車掌の右手には――
赤黒い生々しい何かがべったりと付着した、巨大な鋼鉄製の「肉叩き」が握られていた。
車掌はそれを、座席の背もたれの端にぶつけながら、耳まで裂けた狂気の笑顔を貼り付け、私のほうへと一歩ずつ、確実に近づいてきた。




