第53話 深夜の峠道
彼女と二人で遠出した帰り道、私はカーナビの指示に導かれるまま、薄暗い蜂蜜色の街灯がまばらに点在する峠道を走っていた。
ほとんど月明かりだけが頼りになるような、不気味な道だった。早く帰りたい一心でアクセルを踏み込んでいたが、突如、大きな破裂音がしたと思うと、車体を底から突き上げるような衝撃が走った。
「げ、まさかパンクか?」
最悪の事態を想像し、私は車を路肩に止めた。
「ちょっと、どうするのよ、こんな真っ暗なところで……」
助手席で彼女が不安げに眉をひそめる。
周囲は深い森に囲まれた暗黒の世界。スマホを取り出してみるが、絶望的な「圏外」の文字が表示される。ロードサービスを呼ぶこともできない。
「ちょっと様子見てくるから、待ってて」
私は意を決し、外へ出ると、スマホのライトを最大に点灯させてタイヤの様子を確認した。
運転手側のタイヤは見事にバーストして無残な姿となっていた。これでは走行するのは危険すぎる。しかし予備のタイヤは積んでおらず、助けを呼ぶ術もない。
どうしたものかと私が破裂したタイヤをじいっと見つめていると、ふと、奇妙なことに気が付いた。
助手席側のタイヤも、全く同じように不自然に裂けてぐちゃぐちゃになっていたのだ。
しっかり舗装されている綺麗な道で、同時に二輪もパンクするなどということがあるだろうか。
不審に思い、スマホのライトを周囲の路面に向けた瞬間、私は息を呑んだ。
アスファルトの上に、意図的に車をパンクさせるための「手製の金属スパイク」が無数に設置されていたのだ。
悪戯にしては質が悪すぎる。犯人への激しい怒りが湧きがった、その時だった。
茂みの奥で、かさりと葉が掠れる音がした。そちらの方に視線を向けると、薄白い懐中電灯の光が見えた。
「人が来た!」と一瞬喜びかけたが、私はすぐに恐怖で全身の血の気が引いた。
霧の奥から現れたのは、頭に2本の懐中電灯をくくりつけ、ギラリと月の光を反射させる日本刀を携えた人影だった。青白い顔に狂気の笑みを張り付けて、こちらへ向かって猛スピードで走ってきている。
私はすぐさま飛び乗るようにして運転席へ滑り込み、即座にエンジンをかけてアクセルを床まで踏み込んだ。
がたんがたんと激しく揺れる車体も気にせず、私は狂ったようにハンドルを握り、できる限りスピードでその場から逃げ出した。
しばらく車を走らせ、ルームミラーとサイドミラーで背後を確認し、誰も追ってこないことにいくらか気持ちが落ち着いたところで、私は助手席に向かって深くため息を吐いた。
「マジで死ぬかとかと思ったわ……。見たか? さっきのヤバそうな奴。あいつ、こうやって車をパンクさせて、降りてきた人を襲って殺してるのかも……」
そう言って、私は隣の彼女に横目を遣った。
そこには――
頭部を綺麗に切り落とされた彼女の首の断面から、返事の代わりとばかりに、生暖かい鮮血がだらだらとシートへ向かって噴き出していた。
「ひ、あ、あああああああああああ!」
凄まじい悲鳴が口を衝いて出る。
ふと目をやったルームミラーの鏡の中に、見知らぬ人影がくっきりと映り込んでいることに気が付いた。
先ほど見た日本刀の狂人とは明らかに違う。大きな肉切り包丁を握り締めた血まみれの男が、ミラー越しに私の目をじいっと見つめながら、大きく裂けた口でにやりと笑った。
殺人鬼は、二人いたのだ。




