第52話 深夜のナビ
一人旅で秘湯巡りなどに憧れていた私は、ある日一念発起し、数日間のまとまった休暇を取って、秘境があると言われている地方都市へとやってきた。
せっかくの見知らぬ土地での長期ドライブということもあり、私はこれを機に、愛車のカーナビもAI搭載の最新型へと買い換えていた。
ネットで入念に調べた、温泉マニアの間で評価の高い隠れた名湯を目指し、夜の山道を車で進む。
山深くへ入るとすでに完全に日は落ち、街灯一つない周囲は、ヘッドライトの光以外はすべて深い闇に包まれていた。
流石は秘境と呼ばれるだけはある。
最新のナビがなければ、このような暗黒の道は怖くてとても運転できなかっただろう。
「この先、300メートル先、斜め右方向です」
女性の滑らかな合成音声の案内に従い、私は右へとハンドルを切った。
しかし、進むにつれて道はどんどん険しくなり、路面には不自然な草木が生い茂る未舗装の悪路へと変わっていった。
明らかに様子がおかしい。不審に思ってナビのマップを縮小し、広範囲を表示させてみるが、画面上の自車位置のピンは、完全に道なき山林の奥深くへと外れていた。スマホを確認してみると、いつの間にか完全に圏外になっている。
厭な予感を覚えた私は、一度ナビの案内を解除し、初期化して再び目的地を入力しなおした。
「ルートを再検索します。――このまま、真っ直ぐ進んでください」
やはり、ナビはそのまま進むよう案内を示した。
GPSの位置がずれているのか、あるいはここがショートカットになるとでも言いたいのだろうか。最早ここまで来たら、下手にバックで引き返すよりも、このまま進んでしまった方が安全かもしれない。
そう自分に言い聞かせ、ナビの案内に従ってさらに進んでいくと――。
行く手を阻むようにして、物々しい防壁と有刺鉄線、そして頑強な鉄格子のゲートによって、異様なほど厳重に封印された区画へと到着した。
「目的地に到着しました。お疲れ様でした」
無機質なナビの声が、静まり返った車内に響いた。
何を言っているんだ、このナビは。
温泉など、影も形もないではないか。
せっかく買った最新型だと思ったが、とんだポンコツをつかまされたらしい。
激しい苛立ちを覚え、画面をタッチして無理やり目的地を設定しなおそうとした――その時だった。
「お疲れさまでした。――大いなる存在に、その身を捧げてください」
ナビの合成音声が、ノイズが混ざって引き裂かれたように奇妙に低く歪んで響いた。
は?――と呆然とした瞬間。
行く手を塞ぐ鉄格子の向こう側、濃い霧が立ち込める暗闇の底から、巨大な軟体動物を思わせる、粘液に塗れた無数の触手が音もなく這い出てきた。
触手は万力のような力で車ごと私の身体をがっしりと掴み上げると、一切の抵抗をする間もなく、漆黒の巨大な顎の向こう側へと私を丸呑みにしていった。




