第51話 深夜の高速バス
格安の深夜高速バスに乗り込み、私は東京へと向かっていた。
消灯時間を過ぎた車内はカーテンが閉め切られ、青白い常夜灯の薄暗い明かりだけが通路を不気味に照らしている。
他の乗客たちは全員、深い眠りについているようで車内は静まり返っていた。
深夜3時を回った頃。強烈な尿意で目を覚ました私は、車内後方にあるトイレへ向かうため、座席から通路へ足を踏み出した。
ふと、通路側に座る乗客たちの様子が目に入り、私は不自然な違和感に足を止めた。
乗客たちの「姿勢」がおかしい。
誰もが微動だにせず、厭になるほど正された姿勢で身体は前を向いている。それなのに、綺麗に首だけを水平に回転させ、恐ろしいほど真っ暗な瞳で、じいっとこちらを見ているのだ。
前の席の人も、その前の人も、全員がだ。
恐怖で息が詰まる。そんなに一斉に見られるほど、音を立てたつもりはない。
だが、この異様な視線に晒されたままトイレに行く勇気など、あるはずもなかった。
私が引き返そうと、すがる思いで運転席のほうに視線を向けると――運転手の首もまた、きっちり180度回転させて真後ろを向いていた。
これは、流石に普通ではない。
パニックになりながらふと窓の外に目を遣ると、いつの間にか風景は高速道路ではなく、街灯一つない、見知らぬ寂れた山奥の廃道へと変わっていた。
静寂を引き裂くように、車内スピーカーから運転手の抑揚のない平坦な声が流れた。
「えー、まもなく目的地の『冥界前』に到着いたします。現世にお忘れ物、落とし物がございませんよう、今一度お手回りの品をお確かめください。お客様が二度とご乗車することのないよう、祈っております」
プシュー、と重い音を立てて前後のドアが開く。
乗客たちは何も言わず、生気のない顔のまま、ぞろぞろと真っ暗な外へと降車し始めた。
一体、私は何のバスに乗ってしまったのだろうか。
誰もいなくなっていく車内で、私はただ、ガタガタと震えながら座席にしがみつくしかできなかった。




