第48話 新訳・メリーさんの電話
金曜の夜、自炊をする元気がなかった私は、スマホの出前アプリでピザを注文した。
注文確定の画面が表示され、配達員のプロフィール欄に目を遣ったとき、少し変わった名前が目についた。
『今回の配達員:Merry』
外国人だろうか。鮮やかな金髪が目を惹く美人がアイコンになっており、何があるわけでもないだろうに、私は内心で「ラッキー」などと考えていた。
そして、注文からわずか数分後、スマホに非通知の着信があった。
出ると、少し低く、機械的に歪んだ女性の声が響いた。
「私メリーさん。今、お店を出て最初の交差点にいるの」
それだけ言って、プツリと電話は切れた。
そこで私は得心がいった。「メリーさんの電話」だ。メリーさんという人形から電話がかかってきて、少しずつ自分のいる場所へ近づいてくるという、あの古典的な都市伝説。
それを再現するという、そんなくだらない悪戯をするために名前を『Merry』にしたのだ。
なんとも馬鹿らしいことを考えるものだ。
こういったおふざけは嫌いではない。面白かったので、到着したらチップでも弾んでやろうか――そんなことを考えている矢先。
再び非通知で着信があった。
「私メリーさん。今、踏切の手前にいるの」
さらに数分後。
「私メリーさん。今あなたのアパートの前にいるの」
近づいてくるたびに、律儀に電話があった。
アプリのマップ画面を見れば、確かにその通り、配達員を表す自転車のアイコンが、リアルタイムで少しずつ私の部屋へと近づいてきている。
最初こそ面白かったが、さすがにこう何度もかけてこられたらうっとうしい。おふざけも程々にして、早く配達に集中してほしい。
さらにそこから何度も鳴り響く非通知のコール音に、私の心には次第にイライラが募っていった。
到着したら、顔を見て一言文句を言ってやる。
私はそう心に決め、画面のマップを確認しながら、配達員が部屋の前まで来るのを待った。
そして、アプリ上のアイコンが、私の部屋の位置と完全に重なったとき。
スマホが一際大きくバイブレーションを鳴らし、画面に非通知の着信が表示された。
私が出ると――
「私メリーさん。今、あなたの部屋の前にいるの」
予想通りの言葉が流れてきた。
すぐに「そこで待ってろ!」と怒鳴ってみるが、通じたかはわからない。
私が急いで玄関のドアを開けると、そこにはデリバリー用の保温バッグだけがポツンと残されていた。
やはり逃げられたか。しかも、大切な仕事道具であるバッグごと置いていくとは、一体何のつもりだ。
絶対に低評価を押してやる。
そう悪態をつきながら、私は廊下のバッグを拾い上げて部屋に戻った。
マジックテープをバリバリと剥がし、ピザを取り出そうと中に手を差し入れた、その瞬間だった。
スマホに再び着信があった。
そして、今度は私が応答ボタンを押してもいないのに、スピーカーから勝手にあの歪んだ声が流れ始めた。
「もしもし、私メリーさん。――今、あなたの手を握っているわよ」
手のひらに、べっとりと生暖かく、ひんやりとした不気味な感触が伝わってきた。それは、断じてピザの箱などではない。
冷汗が眉間を伝う。私が意を決して、暗いバッグの中を恐る恐る覗き込むと。
そこには、人間には不可能な角度で全身の関節を折りたたまれた、青白い手足と、金色の鮮やかな長い髪。
そして、その髪を内側からかき分けるようにして、こちらをじいっと見つめる、血走った青く透き通る瞳と目があった。




