第46話 新訳・くねくね
真昼の正午。太陽が最も高く昇る時間帯でさえ、深緑の暗澹たる影を作り出していた、鬱蒼と生い茂る広大な森林だった場所は、現代の狂気が山を切り開いて築いた、無機質なメガソーラーの漆黒のパネル地帯と化していた。
その遥か彼方、ゆらゆらと蠢く陽炎の奥底に、不自然に白く「くねくね」と激しくのたうち回る、細長い人影のようなものが視認できた。
あれが古くからネットで「くねくね」と通称されてきた、高名な怪異であることは明白だった。
見ると精神が崩壊する、その正体を理解してはいけない――この絶対的な狂気に触れることは、魂の死に等しいものを意味する。ただの白いノイズか、あるいは私自身の眼球の傷による錯覚にしか見えない「あれ」が、遥か彼方の星々から吹き付ける「宇宙の風」の如きものだとは、現代の蒙昧で愚かな者どもは気づいていない。
だが、その正体が隠され続けるのも、今日までだ。現代の科学を使えば、たとえ不可解な怪異だろうとその正体を白日の下に晒すことなど容易い。
私は最新型スマートフォンの4K高解像度ズーム機能を限界まで引き上げ、その白い物体にピントを合わせた。
手振れ補正が冷酷に効き、画面が鮮明にロックされる。
スマートフォンの液晶が捉えたのは、人間には到底不可能な、非ユークリッド幾何学的な狂った動きで、冒涜的な舞踏を踊る「何か」の輪郭だった。
強烈な太陽光がメガソーラーパネルの漆黒に熱を与え続ける中、眼球を灼くほどに禍々しく色飛びした「忌まわしの白」は、私の頭脳の奥深く、人間が数百万年をかけて築き上げてきた平穏な精神を一瞬で上書きし、破壊的な電子ノイズとなって脳髄を駆け巡った。
あの異形は、人間の視覚野を直接ハッキングする、未知の宇宙的ランサムウェアなのだ。一度でもその輪郭を脳が「理解」してしまえば、最早その汚染から逃れる術はない。
炎天下の道路の真ん中、血が滲むほど目を強く瞑っても、私の瞼の裏側で、あの白い残像がくねくねと増殖しながら踊り続けている。
今、私の肉眼の視界の端に、あの細長い異形が現実の空間の階調を狂わせながら、じわじわと近づいてくるのが見える。
あれは風に揺られているのではない。
私の脆弱な意識を、星々の彼方にある「白衣の王」の祭壇へ連れ去ろうと、名状しがたき歓喜の身悶えを上げながら、すぐそこまで這い寄ってきているのだ。




