第42話 新訳・人面犬
深夜2時、連日の猛烈な残業を終えた私は、街灯の消えかけた薄暗い裏路地をふらふらと歩いていた。
疲労で頭が割れそうに痛む中、ゴミ箱の陰から「クチャクチャ」と何かが生肉を貪るような音が聞こえてきた。
今時珍しいが、野良犬だろうか。
襲われたでもしたら堪らないと、スマホのライトを向けた瞬間、私は腰が抜けそうになった。
それは、犬の身体に人間の頭部を持つ、謎の生物の姿だった。
「ひっ」
こちらを向いたその顔を視認した瞬間、私は小さく悲鳴を上げた。
それは、数日前、日々の過酷な業務に耐えかねて自ら命を絶ったはずの、会社の先輩だったのだ。
青白く生気のない先輩の頭部が、赤黒い太い糸で、大型犬の身体に無理やり縫い付けられている。
「あ、○○くん。久しぶりだね……。ごめんね、急に現場を抜けちゃって」
その声も、生前と完全に同じ、先輩のものだった。
「せ、先輩、なんですか?」
私が震える声で訊ねると、先輩の頭部は悲しげに目を伏せて、ぽつりと言った。
「そうだよ……。あの時、死んですべてから解放されたと思ったんだけどね。会社から『死亡は退職事由にならない』って突っぱねられてさ。契約書に基づいてこうなっちゃって、死んでからも、まだ働かされているんだ……」
暗い声で語り続ける先輩を前に、私はあまりの恐怖と理不尽さに、何も言葉が出なかった。
「ああ、またこの後、夜勤のクレーム対応に行かなくちゃあいけないんだ。それじゃあ、ごめんね」
先輩の頭部は、再び四足歩行の身体を不自然に揺らしながら、私を振り返って続けた。
「○○くんも、もしこの会社から逃げ出したくなったら……『自殺』以外の方法をおすすめするよ」
そう言って、先輩は裏路地の深い闇の中へと、静かに消えていった。
どうやら、この地獄のような労働の日々に終わりはないらしい。
夜明け前の冷たい空気の中、呆然と立ち尽くす私の全身を、緩やかな絶望が包み込んでいった。




