第37話 エレベーターの乗客
私は、ある総合病院で夜勤をしている新人看護師だ。
その日の午前0時、私は入院患者のカルテを抱え、静まり返ったエレベーターに乗り込んだ。
途中、ある階でガタコンと音がしてドアが開くと、そこに見るからに生気のない、顔色の悪い男性患者が立っていた。
男性はふらふらとした足取りで乗り込んできたが、私と目を合わせようとはせず、虚ろな目のまま壁にもたれかかった。その身体からは、奇妙に生臭いような、鉄のような独特の臭いが漂い、ツンと鼻をついた。
彼は行き先ボタンも押さず、ただじいっと佇んでいる。
「何階ですか?」
私が尋ねても、彼は苦しそうに喉を鳴らすばかりで、まったく反応がなかった。
仕方なくそのまま乗り続け、エレベーターが地下に到着すると、その男性も生気のない足取りのまま、静かに開いたドアから降りていった。そして、薄暗い廊下の奥にある「霊安室」の方向へと、ゆっくりと歩いていったのだ。
その様子を背後から見送りながら、私の頭に一つの考えがよぎった。
もしかすると、あの人は幽霊だったのではないだろうか。
あの尋常ではない顔の白さ、漂ってきた生臭い臭い。そして、何故か「霊安室」へ向かったこと。きっと間違いない。
初めて遭遇した本物の心霊現象に、ゾクリと鳥肌が立つ。
やはり、夜中の病院ではこういう不思議なことが起こるものなのだろう。
翌朝、先輩看護師に事情を聞く機会があった。
なんと、あの男性はこの病院の入院患者で、今日の明け方ごろ、亡くなっているのが発見されたらしい。
容態がかなり快復し、そろそろ退院できる、という矢先の悲しい出来事だったようだ。
あの人は幽霊になって、私に何かを伝えたかったのだろうか。
そろそろ退院できるはずだったから、まだ現世に強い未練があったのかもしれない。
そう思うと、胸の奥が少しだけ切なくなった。
その後、病院にたくさんの警察官がやってきて、夜勤帯のスタッフ全員が事情聴取をされることになった。
流石に「深夜に幽霊を見ました」などと言ったら頭がおかしいと思われるので、私はそのことだけは伏せて、黙っておくことにした。




