第36話 大好物のハンバーグ
我が家はものすごい貧乏だ。絵に描いたような貧しさで、その原因はギャンブル狂いで無職の父親だった。
母がパートで稼いだ僅かなお金も、父がすべて酒とパチンコにつぎ込んでしまうため、毎日の食卓はもやしと豆腐ばかりだった。
その日も父親は酒浸りになりながらパチンコへ行こうとしていたので、私はついに我慢できなくなり、「いい加減家族のことを考えろ!」と怒鳴ってしまった。
父は激怒して私を殴り飛ばした。
母が必死にかばってくれたが、その日から、私はもうあの男を父親と思うことをやめた。
家はこんな調子で、学校も学校で、部活動で活躍を期待されていた陸上部のエースが行方不明になったとかで暗い雰囲気が漂っており、どこにも心が休まる場所がなかった。
だが、それから数日後、我が家の日常が急変した。
学校から帰ると、母親が鼻歌を歌いながら、妙に上機嫌でキッチンに立っていたのだ。
いつものもやしや豆腐ではない。香ばしい肉の焼ける匂いが、部屋中に充満している。
何があったのか尋ねると、母はフライパンを揺らしながら、「お父さん、山のような借金だけ残して、どこかへ蒸発しちゃったの」と満面の笑顔で言った。
その日の夕食は、我が家には絶対に並ばないはずの、丸々と大きく分厚いハンバーグだった。
ナイフを入れるとジューシーな肉汁が溢れだす。
私は大喜びでハンバーグを口に運んだ。
お肉の生臭さを消すためだろうか、大量のハーブやスパイスの独特な風味がしたけれど、久しぶりのまともな肉は、言葉にできないほど美味しかった。
「ねぇ、このお肉、もしかしてお父さんだったりして」
私はネットで読んだ定番の都市伝説を思い出し、冗談半分でそう言ってみた。
最悪な父親が消えた開放感から出た、軽いブラックジョークのつもりだった。
すると母はクスクスと声を上げて笑った。
「厭だわ、もう。あんな酒とタバコまみれの不健康な男の肉なんて、不味くてとても食べられたもんじゃないわよ」
「あはは、やっぱりそうだよね」
私は笑いながら、大好物のハンバーグを平らげた。




